時を刻む音がやたらと大きく聞こえる。
静謐な空間。
昨夜。
男が促すままにその腕の中に身を預け、柔らかな抱擁の中で眠りに落ちた。
覚醒した時には、一体いつこの身体を離したのか、男は居なくなっていた。
介助のないマサキは、身動きが取れない。
ただ、黙って寝台にうずくまるだけである。
視界を覆う包帯は、何らかの呪詛が掛かっているらしく何度試しても解くことは出来なかった。
それが分かっているから、男も、マサキを拘束したりしないのだろう。
確かに男は決して激情を見せることはない。
むしろ労り、大切に扱う。
だが、一方で、呪詛まで使用してマサキの動きを確実に封じ込めてくる。
間違いなくそこには、慈愛に満ちた振る舞いとは相反する、深い闇が存在している。
─このままここにとどまり続けることは、自分にとって一体どのくらい危険なことなのだろう?
─あの男は、自分にとってどういうものなのだろうか。
─こうやって誘拐されているのだから、味方と言うことは出来ないが、
かといって敵であるとも言い切れない。
ただ一つ、マサキにとって悩むまでもなく明らかなことは、
このままここにいることは出来ない、ということだ。
放置状態にあるであろうサイバスターも、他の魔装機神操者や仲間達のことも気に掛かる。
特に、何者か…恐らくあの男の手で意識を失う直前まで一緒にいたヤンロンの安否が案じられた。
─あの男は、ここからの解放を要求した時、どんな反応をするのだろう?
─今までそうであったように自分が望むまま、その願いを叶えてくれるのか。
─それとも。
─冷酷で苛烈な本性をあらわすのか…。
「………あ?」
思考にとらわれ現実から意識の離れていたマサキは、指先に触れる少し湿った感触で我に返る。
「あぁ…、お前か」
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物思いに沈むマサキを案じるように押し当てられた鼻先。
姿を見たことはない。
マサキは、今自分の横にいるものが、
大きな猟犬のようにがっしりとした身体をしているということしか知らなかった。
男のペットなのだろうか。
男が不在の時には、その身代わりとでも言うように、
この大きな動物がマサキにその温かい身を寄せてくる。
目で確認するまでもなく、指先で触れただけで分かる美しい毛並みを撫でる。
それが心地良いのか、その生き物はぴたりとマサキに寄り添って離れようとしない。
「…………?」
不意に、指先にざらりとした暖かいものが絡みついた。
「へぇ…、身体がデカイと、やっぱり舌もデカイんだな」
生き物は、何か反応を返すと言うこともなく、何度も指先を舐める。
それは、じゃれる、という行為からはほど遠く、ひどく労りに満ちていた。
まるで男の膝に抱かれて愛撫されている時のようだ、とマサキは思う。
「そうか…。お前、俺のこと心配してくれてるんだな。
けど、俺なら大丈夫だから、何も心配ないぜ」
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空いている手で、ねぎらうように頭を撫でてやる。
生き物はそれを待っていたかのように、指を舐めるのを止め、
自分を撫でる掌に頭をすり寄せて来た。
「ははッ…、図体はデカイくせに、お前けっこう甘えん坊なんだな」
甘えるような仕草に、思わずマサキは笑みをこぼす。
不安に凍えていた胸は、すでに温もりに癒されていた。
太く隆々とした首を抱き寄せ、滑らかな毛並みに頬を埋める。
「ありがとな」
励ましの返礼にと、マサキは、その大きく温かい身体を、丁寧に何度も撫でてやった。
しかし…。
マサキは、今自分がそうして腕に抱いている温もりが「共犯者」であることを知らない。
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