『虚空より来たる者』という、
いずれ私達が闘わなければならない相手のこととか。
昨日こんな事があった、なんていう、とても他愛のない話とか。
とりとめのない話をするうちに、シオンさんは子供のように、
座ったままコクリコクリと船をこぎ出す。
「シオンさん、もう休みましょうか」
「・・・・ん、あ・・・悪ぃ・・・大丈夫・・・・」
「大丈夫も何も、今にも寝てしまいそうな顔をしてますよ?」
『ほら、こっちで休んで下さい』
そんな親切ぶった口調で、シオンさんを寝室へと案内する。
いつもはソークと二人で暖めているベッド。
そこまでの僅かな道のりに、肩を貸す。
シオンさんは、既に、その意識の半分以上が、眠りに落ちてしまっている。
案の定、寝室まで辿り着く前に、その意識は完全に睡魔に飲み込まれてしまった。
私の胸に顔を埋めるようにしてもたれ掛かってくる、その長身を支えながら、
子供をあやすように、彼の頬を飾る金糸に指を絡めた。
「シオンさん、起きて下さい。あと少しですから」
「・・・・・・う・・、・・・・ん・・・・・・・・・」
「仕方がないですね・・・・」
もう、すやすやという穏やかな寝息しか返してこないシオンさんに、
思わず溜息が漏れる。
でも・・・・・。
そう、これは全て計画通り・・・。
ソークの留守。
そのタイミングを選んで、私は、止めどない話の聞き役に、と彼を呼んだ。
否・・・・・。
聞き役など必要なかった。
必要だったのは、まさに『シオンさん』その人。
彼が好んで飲む種のアルコールに、味を邪魔しない程度の希薄な睡眠薬を落とし込む。
人を疑うことを知らない彼は、何の躊躇うこともなく私の勧めるそれで喉を潤した。
私は、無駄な話に付き合わせ、彼に杯を重ねさせた。
そして今腕に抱いているのは、力なく無防備に眠るシオンさん。
逞しくも細い躯を包む着衣を、少しだけすべり落とす。
なめらかな肌が着衣の滑落を妨げることはない。
あっさりと露わになった肩が描く悩ましい曲線に、思わず息を呑んだ。
「・・・・・・・シオンさん・・・?」
意識の有無を確認するために、顔を覗き込みながら呼びかける。
「・・・・・・・・・・・・・」
薬が良く効いているらしく、シオンさんからの反応はない。
口元が緩むのを感じた。
そう・・・。
今私が腕に抱いているものは、この上なく私の劣情を掻き立て、理性を雲散霧消させるもの。
何度この身体を嬲る様を夢に描いたことか。
「・・・・貴方が、あの男を側へ置いたりしなければ、
私もこんなことはしなかったんですよ・・・、シオンさん」
あの男・・・・・・4勇者の一人・サイゾウ。
月での死闘より消息を絶っていた彼が、突然シオンさんの前に現れたのは、ほんの数日前。
現れるだけならば良かったのだが、彼はそのままシオンさんの家に居着いた。
そして、シオンさんもそれを拒むことなく受け入れた。
あの男の、シオンさんを見る、汚れた眼差し。
このまま行けば、シオンさんがあの男に穢されるのは時間の問題だと、目に見えて判った。
「・・・・・容易くは渡しませんよ」
抱き上げた力無い四肢を、ベッドに横たえる。
そのまま、その上に覆い被されば、安いスプリングが抗議の悲鳴を上げた。
「だって、今の貴方は、まだ誰のものではないんですから・・・・・」
下肢を覆うものを剥ぎ取る。
すらりと伸びる、なめらかでしなやかな脚。
余分な肉のない、腰から下腹部のライン。
そして、シオンさんが紛れもない男性だという証明。
何もかもが、この上なく禁欲的で、しかしそれ故に、寒気を覚えるほどの色香に満ちている。
目にするだけで達してしまいそうなほどの快感が、私の中心を走り抜けた。
そっと絹のような肌に指をすべらせる。
何の躊躇いも、気兼ねもなく、どんな場所にでも触れることの出来るこの瞬間に、
胸が歓喜で戦慄いた。
唇を寄せれば、日向の匂いが鼻孔をついた。
舌で確かめれば、ほのかな甘さが神経を痺れさせる。
その身体の全てを探り、確かめ、味を知る。
シオンさん、あなたがもし覚醒していたのなら、どんな声を私に聴かせてくれたんでしょう?
どんなことをされたら、あなたは一番悦ぶんでしょう?
何に歓喜し、どこに感じるんでしょう?
あぁ、そうでした。
急ぐ必要はないんですね。
時間は、充分すぎるほどにあるんです。
だってほら、外はまだ、夜明け前なのだから。
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