ラウラの詩
〜前編・1/7〜
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「彼を連れてくるのに、随分と時間がかかったようですが…?」
無事にヤンロンの目の治療を終えたシュウが、俺に背を向けたまま手術道具を片付けながら、
突然言った。
「……え?」
「私が想定していた時間より30分ほど、余計に掛かっています。
一体何をしていたのですか?」
「何も…してない。俺が行ったら、ちょうどヤンロンが目を覚まして、
それで、ここへ戻ってきた」
答える声が震えた。
シュウはまるで人が変わったみたいに気が短くなっていて、
怒るとどんなひどいことをされるか分からない。
例え俺がウソをついていなくても、シュウがウソだと思ったら、ウソになってしまう。
「それは、随分とゆっくり歩いてきたものですね」
「……だって、ヤンロンは目が見えなかったから…」
片づけを終えたシュウが、俺の方に近づいてきた。
その顔は無表情で、怒っているのかそうでないのか、全然分からない。
逃げ出したかった。
でも、走りたくても、足がすくんでしまって、動かなかった。
「彼を気遣って、慎重にここまで来た、ということですね?」
「……あ…あぁ」
シュウが俺の方に手を伸ばしてきたのを見て、打たれると思った。
俺がシュウに怯えているのが気に入らなかったんだと、そう思った。
思わず眼を閉じて、歯を食いしばる。
でも、勢いよく叩かれると思った頬を、そっとくすぐるように撫でられた。
「そんなに怯えないで下さい」
「……………」
「マサキ、正直に話して下さい。彼を愛していますか?」
「…………え?」
「愛している、では答え難いですか?
では、好きですか? と言い換えましょう。どうなんです?」
どう答えたら良いんだろう?
ヤンロンのこと好きだなんて言ったら、怒るかも知れない。
正直に言えって言ってるのに、ウソをついたら、怒るかも知れない。
頭の中で、ものすごくいろんな考えが駆けめぐった。
すぐには答えられない俺を見て、でも、シュウは怒ったりしなかった。
怒るどころか、無意識に震えてる俺を宥めるように、優しく肩や背中を撫でてくれた。
その優しい仕草で、恐怖が解れてきて、俺は決心して正直に答えた。
「…好き…だよ…」
「そうですか…。
では、彼の目が治るのは、うれしいですか?」
「…あぁ。シュウには、本当に感謝してる…」
シュウにはすごくひどいことをされたし、これからだって、どうなるか分からない。
でも、ちゃんとヤンロンの目を治療してくれた。
だからシュウに感謝してるのは本心からだ。
でも、言った後で、シュウのご機嫌を取ろうとして言ったのと勘違いされて、
シュウが怒り出さないか不安になった。
思わず上目遣いにシュウを見たら、予想に反して上機嫌の笑顔だった。
「どういたしまして。
私も、マサキに喜んで頂けて、うれしいですよ」
「………あ、あぁ…」
憑き物が落ちたような変わり様に、どんな反応を返したらいいか分からない。
でも、もしかしたら「ヤンロンが目を覚ましたら一緒に帰っていい」なんて、
言ってくれるかも知れない。
そう思ったときだった。
「私はよくやったでしょう?
ご褒美に、今ここで貴方を抱かせて下さい」
「……………ッ!」
俺が抱いた希望は、一瞬で踏みにじられた。
「ああ、ご心配なく。昨日までのような、無慈悲な真似はしませんよ。
あれは、ずっと欲しかった貴方を、ようやく手に入れられた歓喜ゆえですから」
「……………あ…」
「勿論今でもその喜びは消えていません。
寧ろ、今まで以上に貴方が愛しくて、その興奮に胸が戦慄いていますよ」
「…………・シュウ…でも…ッ」
「登り詰める貴方は、とても愛らしく、とても綺麗でした。
私の腕の中で悦ぶ貴方を、もっと見たいんです」
「……・シュウ…・・俺…」
「私の全てで貴方を愛してあげます。
ですから、その可愛らしい唇で、私の名を沢山呼んで下さいね、マサキ」
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