ラウラの詩
〜前編・2/7〜

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 シュウは笑顔のまま、俺を空いている手術台に押し伏せてきた。

 手術台の冷たさと、笑顔の裏にあるシュウの冷酷さで、全身に寒気が走った。

「シュウッ! ここでだけは止めてくれ! お願いだからッ!」

 心臓が潰れそうなほど怖かったけど、それでも俺は必死で拒んだ。

 だって…。
 ここで譲ったら、ヤンロンに見られてしまうかも知れない。

 こんな汚い身体だって、ヤンロンに知られてしまうのだけは絶対にイヤだ。


 怒ると思った。
 「言う通りにしろ」って、殴られると思った。

 でも、口答えをした俺を見るシュウの表情は、さっきと変わっていない。
 それだって俺を怯えさせるには充分だけど…。

 胸が緊張で締め付けられるような沈黙のあと、シュウは笑いを押し殺したような声で言ってくる。

「マサキ、少し冷静になって考えてごらんなさい。 たった1回、彼の前で私に抱かれるのと、戦場で突然彼の目が見えなくなるのと、 どちらが良いと思います?」

 鳩尾がひやり、とした。

「………………え?」

 だけど…頭が意味を感じ取れなかった。

 違う。
 俺が、意味を理解するのを拒んだんだ。
 だって、理解しちまったら、それはつまり…。


 でも、シュウは、それ以上の拒絶は許してくれなかった。

「ククク…ごく初歩的な呪詛ですよ。 何の媒体も介さなくて良いほどに簡単な…」
「そん…なッ! 治してくれたんじゃなかったのかよッ!!」
「えぇ、愛しいマサキのお望み通り、眼球の傷も付加されていた呪いも、 綺麗に治癒しましたよ。 ですが、その後どうして欲しいか、貴方は言いませんでしたよね、マサキ?」

 それが…。

 それがお前がそんなに機嫌が良い理由かよっ!
 俺が、こんなに辛い思いで堪えてるのに…!

「ひど…い! ひどいじゃねぇか!  ヤンロンを治してくれるって言うから、俺…こんな…っ!  俺を騙したのかよ!」
「おや? 貴方との約束はちゃんと果たしましたよ?  騙したなどとは心外ですね」
「ヤンロンの呪い、解いてくれよ! シュウ! 頼む!」
「それは、貴方次第ですよ」

 シュウの笑いが、ゆっくりと濃く深くなった。

 最初から俺には選択肢なんて、なかったってコトじゃねぇかよ!!
 最初から、お前はヤンロンに見せつけるつもりだったんじゃねぇかよ!!

 悔しくて。
 それでも耐えなきゃいけないなんて、辛くて。
 悔しくて、悔しくて。

 泣きたくもないのに涙が出た。

 シュウが、当たり前のように、俺の涙を指で拭く。

「そんなに哀しそうな顔をしないで下さい。 私は貴方が欲しいだけです。貴方を哀しませるつもりなどないんですから」
「……だったら……ッ!!」
「マサキ…、彼の気持ちを知りたくはありませんか?」
「……え……?」
「彼の呪いに、ある仕掛けをしたんですよ」
「し…仕掛けって…!! シュ…シュウ…、 お願いだからもう…ッ」
「またそんなに涙をこぼして…、ですが、泣き顔も愛らしいですね、マサキ。 ご心配なく。それによって今すぐ死に至るようなものではありませんよ」
「……何を…したんだよ?!」
「呪いの解除に、ただ一つ、条件をつけただけですよ。 おとぎ話によくあるでしょう? 王子の口付けや、乙女の祈りといった様な類のものが。 彼の場合は、そんな子供だましではありませんが……」

 言いながら、シュウは俺の身体を自分の方に引き寄せた。
 俺は騙された悔しさで、思わず掴まれた腕を振りほどこうとした。
 でも、直後にシュウが言った言葉を聞いた瞬間、俺の身体は指の一本まで動かなくなった。


「マサキ…、彼の呪いは『最愛の者が犯される姿』を見た時、 初めて解けるんですよ」


 シュウへの怒りで熱くなっていた身体が、急に冷たくなった。


 だって…。

 ヤンロンが一番大切なのは、モニカのはずだ。
 俺が、ヤンロンの最愛の人だなんて、有り得ない。


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