ラウラの詩
〜中編・5/6〜
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「もう、そんなふうに、
自分を痛めつけるようなこと、するなよ…」
「何か、とても勝手な誤解をされているようですね。
言っている意味を理解しかねます」
シュウは、あくまでも、偽りの態度を崩さなかった。
「こいつはワケの分からないことばかり言って困る」
みたいな迷惑そうな顔をしているだけだった。
その後、もう俺の相手なんかしていられない、というように、そっぽを向いて立ち上がる。
「……どこ…行くんだよ?」
シュウは答えず、少し俺の方に視線を流しただけだった。
静かに、本当に静かに歩いて、ドアの向こうに姿を消す。
俺は、シュウがあてがってくれたこの部屋に、ぽつんの残された。
本当に出て行けってことなんだろうか?
開け放たれたあのドアから。
でも、そんなことを言われても、俺だって困る。
こんなことになっちまったのは、シュウと俺の気持ちが噛み合わなかったせいで、
シュウが悪いんじゃない。
だけど、こんな言い方はしたくないけど、結果だけ見たら、
俺はシュウに帰る場所を奪われたってことになるだろう?
だから、今更出て行けなんて、やっぱり無責任だ。
でも、俺が帰らなかったら、シュウはまた自分を責めるだろうか?
俺を帰れなくしてしまったって自分を責めて、
またあんな風に自分にウソをついて、自分を傷付けるだろうか?
シュウにそんなことさせたくないな。
「まぁ、何とかなるさ」って笑いながらここを出て行こうか。
そうだな。そうしよう。
それから後のことは、その時に考えればいい。
ラングランにいる皆以外の誰かを頼ってみるってのもありだ。
ジノさんは義理堅いから、何か協力してくれる。
ロドニーのおっさんだったら、結構いい加減だから、二つ返事で泊めてくれるだろう。
どっかでファングに会えたりしても楽しそうだよな。
ほらみろ、やっぱり「何とかなる」んじゃねぇか。
ごちゃごちゃ考えてないで、さっさとここを出て行かなきゃ。
シュウは、ただでさえたくさん背負い込んじまってるんだ。俺までシュウの負担にはなりたくない。
腹を決めた時、こっちへ近づいてくる足音が聞こえた。
ちょうどいいタイミングでシュウが戻ってきたみたいだ。
顔を上げて、出来るだけ元気な顔をして、シュウが来るのを待った。
シュウが来るって、疑いもしてなかった。
だから、シュウがこんなふうに、
近づいてくるのが分かるほど足音を立てる歩き方をしないことなんて、思い当たりもしなかった。
「………………」
足音がドアの横に来るのと一緒に、目の前に現れた「赤」に、俺の顔から表情がストンと落ちた。
頭がついて行かなくて、少し遅れて、いつものように音もなく現れたシュウに、
何が起きたのか訊いてしまった。
「……シュウ?」
「赤」が、少しだけ傷ついたような顔をしていたような気がする。
「飽きたものに長居されては、私も迷惑ですからね。
では、ホワン=ヤンロン、確実に連れ帰って下さい」
「お前に言われるまでもない」
シュウに促されるのを待っていたように、ヤンロンが俺に近づいてくる。
目の前に立たれて、俺は、やっとヤンロンを見た。
「……ヤン…ロン…?」
今更な俺の問い掛けに、ヤンロンはかすかに笑って見せた。膝を付いて俺の顔を覗き込む。
「随分と待たされたぞ…。さぁ、帰ろう」
俺の手を握った手は、大きくてあったかかった。
俺のどこかでずっと張り詰めていたものが、一気に溶けて崩れそうになる。
でも、今ここで泣いたりしたら、シュウが傷つくと思った。だから、必死になって堪えた。
ヤンロンは、そんな俺を、痛々しいものを見るような顔で見つめていた。
「マサキ」
「……うん」
促されて、ヤンロンに手を取られたまま、歩き出す。
足が、重石をつけられたようで、なかなか言うことをきいてくれなかった。
ヤンロンに支えられるようにしながら、ゆっくりドアへ近づく。
シュウは、冷ややかな無表情で、俺たちを見ていた。
その、何の感情も見えない顔が、すごく頼りなくみえた。
寂しそうな、捨てられた子犬みたいな顔に。
俺…、このまま帰っちまって、ホントに良いんだろうか?
俺がシュウを残していったら、シュウはひとりぼっちになっちまうんじゃないだろうか?
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