慈愛と渇望
〜the Ambivalent〜
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慎重に少年に触れる手。
その大きさで、少年は相手が男だと分かる。
小さな身体を捕縛し、幾重にも巻き付けた包帯で澄んだ瞳から視力を奪った。
その張本人。
だが、その男が少年に危害を加えることは無かった。
逃亡こそ出来ないようにしていたが、それ以上の自由を少年から奪うわけでもない。
確かに視力を奪われた少年は、それだけで充分に不自由を強いられていたが、
男は、自ら動くことで、それを最小限にとどめていた。
少年がどこかへ行きたいと望めば、そっと傍らに寄りその手を引く。
少年の着衣は男が整え、少年の食事は男の手がそれを口元まで運ぶ。
足元の危うい場所では、男の腕が少年の身体を抱え上げた。
─奔放に駆け回りたい。
そう望むことさえしなければ、少年に苦痛を感じるほどの不自由はなかった。
「お前…、何が目的なんだよ?」
易損品を扱うようにして自分を膝に抱く男に、少年が問う。
帰ってきたのは、沈黙と小さな肩への丁寧な愛撫だけ。
誘拐同然に隔離しておきながら、いたわるような抱擁以上のことはしてこない。
時折、手ではなく唇で触れてくることもあるが、それもせいぜい頬か、包帯越しの瞼への口付け程度。
決して侵害することのない、奇妙な誘拐犯。
しかし、そこに存在する、自らへの途方もない執着の念を少年─マサキは知らない。
‡ ‡ ‡
水の妖精と謳われたテュッティ=ノールバックは、その美貌を翳らせていた。
柳眉を寄せ、落ち着かない様子で押し黙って窓の外を睨み付けている。
「テュッティ、どうかしたのか?」
厳かささえ漂わせる沈着な声に、テュッティは顔を上げた。
「ああ…、ヤンロン。戻ったのね、よかった…」
「何があった?」
強直な内面そのままに、背筋からつま先まで真っ直ぐに屹立するヤンロンの、
ただでさえ固い表情が、更に硬質を増す。
「今、他の皆もあちこち出てて…。
私一人では、もうどうしたらいいか分からなくて…」
「落ち着け。状況を説明してもらわなければ、何も判断できん」
「ええ…、ええ、そうね。ごめんなさい。
すごく心細かったものだから、つい気がゆるんでしまって…」
「それで? 一体どうしたと言うんだ?」
先を急かすヤンロンと、自分自身を押しとどめるように、テュッティは一度深く息を吐いた。
「大丈夫か?」
「えぇ…、おかげさまで何とか」
内心の不安を押し殺し気丈にも微笑んで見せたテュッティだったが、それは長くは続かなかった。
すぐに先ほどと同じく、険しい気配を帯びる。
「マサキが…行方不明なの。もう5日も連絡が取れないわ」
意を決したように告げられた言葉を、しかしヤンロンは、脱力と溜息で受けた。
「何かと思えば、そんなことか。あいつのことだ。
またどこかで道に迷っているだけだろう?」
微かだが苦笑すら見えるその表情に、テュッティはそうではない、と首を振る。
─本当は言葉にしたくはなかった。
─口にした途端、最悪の事態がそれによって確定してしまうようで…。
─しかし、事実は事実。
震える唇を励まし、テュッティは、
数日前彼女自身も不安の深淵に突き落とされたそれを声に出した。
「………2日前、サイバスターだけが見付かったのよ…?」
瞠目と沈黙。
「……………な、に?」
半瞬の後、僅かに呻く。
「……そして、サイバスターは無傷だったわ。
まるで…いえ、恐らくマサキ自身が自分の意志でサイバスターから降りたのよ」
「何故だ? 何故マサキがサイバスターから降りる必要がある?」
「そんなこと、私にだって分からないわ…!
でも…、考えられるとすれば…」
言い淀むその理由は、それが一番可能性が高いと分かっていながら、
それを認めることに躊躇しているから。
唇を噛むテュッティを見るヤンロンには、すでに動揺はない。精悍さだけを身にまとっていた。
「マサキが危機感を抱かない相手による拉致」
「───────ッ!」
「そういうことだな?」
峭厳な眼差しが、テュッティを射抜いた。
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1996
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Oct.2006
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