Atelier Marius 4

3年目5月2日〜4年目12月29日

 3年目5月2日

 採取に行って調合して、採取に行って調合して・・・を繰り返していたらいつの間にか3年目も折返し地点を過ぎていて長ーい卒業試験も半分が過ぎていた。

 俺はレベル7のアイテムの作成に成功していたし、昨日近くの森で狼に出くわした時3匹を一度にこの杖で撃退出来てしまったのだ。

 クーゲルのおっさんがいつか言っていた通り、俺のレベルが上がって来たのだろうか。
 うーん、それを確かめる為にも噂のマイヤー洞窟へ行って盗賊退治なぞしてみようかと思う。

 クラリスが聞いたら『無謀ですね』とか言いそうだけど。
 だって、毎回盗賊には苦労させられてるんだよ。採取の時にさ。

 マイヤー洞窟が奴等のアジトじゃないか、って話は聞いていたんだけど、今までは退治になんて行けなかった。
 『星と月の杖』が何とか使いこなせる様になったからこそ出来る事だ。
 俺だって少しは考えているんだよ、 命は惜しいもんな。


 
3年目5月22日

 マイヤー洞窟の盗賊団はあっけないほどあっさりと壊滅出来た。
 もちろん一緒に行ったクーゲルやミューのお陰でもある訳だけど、それにしてもあっけなさ過ぎる。

 あまりにも早く終わってしまった冒険に物足りなさを感じた俺は、戻るとその足でエルフィン洞窟へ向かった。
 そして、少し落ち着いて工房で調合をしてみようかと思っている。

 だって、クラリスにはここ3ヶ月ばかり会えないでいるし、ちょっとばかり採取が(と言うより旅が)続いたからな。

 そうそう、調合の前に材料を揃えておかないと、と思ってアカデミーのショップに行ったら、何だか顔色の悪いシアとぶつかった。

「シア、大丈夫か?」
 俺の問いに青ざめた顔のシアは微笑を浮かべていたが、何だか嫌な予感がする。


 
3年目6月17日

 シアが久し振りに俺を誘いに来た、買い物に付き合って欲しいとの事。
 この間会った時に顔色悪かったから心配していたんだけど、よかった。

 はいはい、荷物持ちでもなんでもさせて頂きます。
 しかし、後でまた来ると言ったきり、戻ってこない。
 どうしたんだろう?シアが約束を破るなんて。


 
3年目6月23日

 何となくシアの事を気にしながら近くの森に採取に行って戻ってくると、イングリド先生がやって来た。

 ビク!ビク!何でしょう?
 えっ!シアが病気?
 それも治療出来ないってどう言う事ですか?先生!
 そりゃあ、アカデミーで薬を売っていても医療行為には限界があるだろうけど・・・そんな。

 俺は呆然となりながらシアの家に向かった。
 小さい頃から体が弱かったシア、外で遊ぶ時は誰よりもはしゃいでいたけれど、いつも一緒に遊べた訳じゃない。
 でも、面倒見が良くて、優しくて、怒るとちょっと怖くて・・・兄弟の居ない俺にとって姉さんみたいなシア。
 彼女に元気になって欲しくて錬金術の勉強を続けているはずなのに、間に合わないのか。

 シアはベッドの上で青くなりながら微笑んで迎えてくれた。
 そんな、シア!死んじゃうなんて言うなよ! 
 『エリキシル』?それがあれば治るんだな?よし、何としてもそいつを作って必ず治してやるからな!

 俺は意気込んでアカデミーに向かい、図書館にこもった。
 図書館では見つからない、校長先生の書斎に入り込む。

 エリキシル・・・エリキシル・・・あった!
 『奇跡の医学書』!
 レシピは・・・アルテナの傷薬とミスティカティ・ガッシュの木炭・中和剤青・・・天秤と遠心分離器が必要だな。
 材料と器具は揃っている、これなら出来るかも知れない。
 でも、もし失敗したらシアは・・・。
 俺は調合を始めようとした手が震えた。今までこんな事は無かったのに。

「こんばんは、マリウスさん・・・どうしました?」
 訪ねて来たクラリスは工房でぼんやりと座っていた俺を見て怪訝そうに訊ねる。
「クラリス・・・」
 俺は彼女の名前を言った後に何も言えなくなってしまった、そして情けない事に涙が出てきた。

 クラリスはそっと近づいて来て、俺の頭を優しく抱きしめた。
「聞きました、シアさんの事」
 彼女の言葉に俺は、本当に情けないけど、関を切ったように泣き出した。
 クラリスは何も言わずに黙って髪を撫でてくれていた。

 
アカデミーの図書館で近寄りがたいマリウスさんを見かけた。
 どうしたのだろうか。
 何か必死になって探し物をしているようだった、それも何だか悲しそうに。
 結局、一言も声を掛けられずに彼は帰ってしまった。

 何があったのだろうか。
 論文について質問しようとイングリド先生の部屋を訪ねると、先生もまた浮かない顔をしている。
 聞くと、先生は最初言い難そうにしていたが、話してくれた。
 シアさんの病気のことを。

 アカデミーは病院ではない、確かにそうだ。
 でも病気の、それも瀕死の病人を前に何も出来ないなんて・・・マリウスさんはどうしているだろうか。

 すっかり陽も暮れた頃、工房に行くと座り込んで呆然としているマリウスさんが居た。
 私の顔を見るとそれまで押さえていた涙が溢れて来た様で、泣き出してしまった。
 私は黙って彼を抱きしめた。

 シアさんがマリウスさんにとってとても特別で大事な人だということは判っていた。
 彼と錬金術を結ぶきっかけになった人。
 恋愛感情は無いと否定し続けているけれど、私にはとても太刀打ちできない、本当に特別な人。

 彼女がこのまま死んでしまったら・・・私は自分の醜い感情を笑った。
 シアさんが居なくなったとしても、私が彼女の代わりになれるわけではないのに。

 私は彼から貰った指輪にそっと触れる。
 あの時から肌身離さず持ち歩いている、服の下にある彼のリボンに通されたサイズの合わないコメートの指輪を。
 彼の気持ちを信じたい。

 それよりも、今悲しんでいる彼のために何が出来るだろうか?
 テーブルの上には幾つかのアイテムと参考書が置いてある。
 『奇跡の医学書』?マリウスさんはシアさんを救うつもりなのだろうか?
 出ているアイテムは確かに治療用の物が多いけれど。

 私の胸で泣きじゃくっていたマリウスさんがぽつりぽつりと話し出す。
 シアさんの容態の事、『エリキシル』の事、調合の前に躊躇ってしまった事。
 私は彼に食事を取らせてから休ませた。
 こんな状態では調合など無理だからと彼に言い聞かせて。
 本当に?そう思っている?


 
3年目6月24日

 一頻りクラリスの胸で泣いてしまった翌日、俺は少し落ち着いていた。
 彼女の前で泣いて、不安をぶちまけて、彼女の作った夕飯を食べて、ぐっすり眠ったからだろうか。

 クラリスは工房に訪ねてきても、極たまにしか食事を作ってくれたりはしない。
 すっごく上手いのに。

 包丁さばきも鮮やかで、彼女に言わせると『料理と調合は良く似ています。レシピ通りに作ればいいだけですから』 と言う事らしいのだが、料理が苦手な俺がクラリスを充てにしてはいけないと思ったらしく、めったな事では料理を作ってくれないのだ。

 泣いている俺を哀れに思ってくれたのか、昨日はその恩恵に預かれた日だった。
 余計な事は何も言わずに、黙って泣かせてくれて、美味しい食事を作ってくれた。
 寝付くまで側に居てくれた、そして。

「『不老長寿の薬』や『知識の目薬』といったレベル7のアイテムが出来るあなたなら、『エリキシル剤』だって完成出来ます。一晩ゆっくり休めば気力も出てくるでしょう」
 と言って、俺を励ましてくれた。

 朝、起きた時に側に居なかったのは寂しかったけれど、逆に頑張らなくては、と思う。
 シアの為に、慰めてくれたクラリスの為に、俺はエリキシル剤の調合を始めた。


 
一晩中、彼の側に居る事は出来なかった。
 自分の欲望に負けてしまいそうになるから。

 翌日、工房に行くと、昨日とは打って変わったマリウスさんが元気に調合していた。
 私は安心して、少しがっかりした。

 シアさんが助かって欲しいという心と助からなければ良いと言う心、二つが存在する。
 マリウスさんは最近腕を上げてきている。
 もし、エリキシル剤の調合に成功すれば、それが立派な卒業課題になるだろう。
 そしてその成功率はかなり高いと思う。

 私は私に出来る限りの手助けをしようと決めた。


 
3年目7月6日

 出来た!シアを救うエリキシル剤!

 俺は早速、シアの家に持って行った。
 シアは俺の作ったエリキシル剤を飲んでくれて、少し楽になったと言ってくれた。
 はっきりと効果が出るまで何日かかかるだろう。

 でもまさか成功するとは、自分でもちょっと信じられない。
 きっとクラリスが励ましたり、手伝ったりしてくれていたからだと思う。
 調合の間、ずっと側に居て色々と面倒を見てくれた。

 俺はこれがずっと続けば良いと思ったが、エリキシルが完成するとクラリスはアカデミーの寮に帰ってしまった。
 そうだよなぁ、9月からはマイスターランクに行くんだもんなぁ。
 俺はミューとルーウェンを伴ってストルデルの滝に採取に行った。


 
3年目7月20日

 ストルデルの滝から戻ってくると、工房の前でシアが待っていた。

 すっかり元気になったみたいだ。
 シアの病気を治すために始めた錬金術の勉強が8年近くたってやっと叶えられた事になる。

 もちろん、これて終わりにするつもりは無い。
 この卒業試験を無事に突破して、そしてクラリスと同じ様なマイスターランクへ、出来れば進みたい。

 もっともっと勉強して、シアのように人を救う事が出来れば。
 俺は人生の目標にほんの少し自信が持てた気がしていた。

 シアはエリキシルのお礼と言って『精霊の涙』とかいう珍しいアイテムをくれた。
「家にあった珍しい物なんだけど何に使ったら良いのか判らなかったのよ。錬金術士のマリウスならきっと上手く使ってくれると思って」
 そう言って。

 はっきり言って、今の俺には精霊の涙なんて、どう使えば良いのかまったくさっぱり判らないが、珍しいのは確かだ。
 ありがたく頂いておく。

 シアは他にも報酬としてお金を出すと言ってくれたけど、これは依頼された仕事じゃないし、それにシアの病気回復は俺の目標だったから断った。
 ありがたい事に今はお金に困っていないし。

 シアが元気に
「私達これからもずっと友達よね」
 と言ってくれた。
「もちろんだよ」
 俺はシアが元気になって嬉しかったが、同時に一抹の不安も感じた。

 普段は女の子らしくておとなしいシアだが、実はとてもお転婆な所がある。
 小さい頃、俺を泣かせていたような。
 元気になって、それがどう変っていくのか、不安だ。

「本当にありがとうマリウス、元気になれたのはあなたのおかげだわ」
 シアの言葉に俺は首を振る。

「違うよシア、俺一人じゃ上手く行ったか判らなかったさ、クラリスが色々と手伝ってくれたお陰だよ」
 クラリス、今度はいつ工房に来るんだろうか。

「あら、オアツイのね。これ以上惚気られない内に帰るわ」
 シアは『クラリスにもお礼を言っておいてね』と言って帰った。

 俺はストルデルの滝に行っている間考えていた。
 卒業試験ももうすぐ4年目に入る、課題をどうするか、だ。

 シアを回復させた『エリキシル剤』はかなりの稀少アイテムで価値は高い。
 人命を救う、俺の錬金術のテーマに相応しいアイテムだ。

 でも、何かもっと『錬金術』に相応しいアイテムがあったはずなんだけどなぁ、何だったかなぁ・・・?


 
3年目7月25日

 俺は夢を見た。
 そして思い出した。
 イングリド先生の授業を。

 『賢者の石』これこそ、5年もかけて行う卒業試験の課題として最も相応しいアイテム。
 錬金術師の究極の夢!
 地・水・火・風の元素を全て併せ持つ究極のアイテム。

 作れるのか、アカデミー落ち零れのこの俺に。
 まずは図書館に行って参考書を探すべきか。

 アカデミーに行けばラリスに会えるかもしれないし・・・エリキシルを作ってから会っていないクラリスに。
 図書館に入る前にアカデミーの中を探す・・・中庭・教室・実験室・・・いない。
 やっぱり図書館かなぁ。

 売店のアウラさんは接客中で忙しいらしい、彼女に聞くのは諦めて図書館に入る・・・が、いない・・・。
 校長先生の書斎に入って、『賢者の石』についての参考書を探す。

 あった、『ドルニエ理論』校長先生の著書。
 こんな本が読めるようになるなんて、俺ってかなり成長したのかな?

 「液化溶剤」が載っている・・・なるほど地底湖の溜まりとロウを使うのか。
 こんな高度なアイテムを依頼してくるなんてクラリスの奴。

 俺は期待されているのか馬鹿にされてるのか、どっちだ?
 思わず眉間に皺を寄せながら校長の書斎を出ると、クラリスに声を掛けられた。

「マリウスさん、どこから出てきたんですか?」
 いや、まぁ、その・・・内緒っていう約束だからなぁ。
 それより、

「どうして工房に来ないんだよ、忙しいのか?」
 質問に答えない俺にクラリスは眉をしかめたが、話すわけには行かないよなぁ。
「え?ええ、まぁ」
 クラリスの答えも何だか歯切れが悪い。どうしたんだ?

「・・・シアさんはもうすっかり良いのですか?」
 そうだ、シアに頼まれていた伝言。
「ああ、もうすっかり良いみたいだ、クラリスにもありがとうって言って欲しいって頼まれたぞ。俺一人じゃ完成させられていたかどうか判んないもんなぁ」
「そうですか、良かったですね」

 クラリスは無愛想だけど優しくない訳じゃない。
 時折見せる不器用な優しさが可愛い。

「今日は、その、駄目なのか?」
 このまま別れるのが嫌だった、だって探していたんだぜ。
 クラリスの体にそっと腕を回すと軽く押し返してきた。

「ここは図書館ですよ、仕方のない人ですね」
 クラリスの素直でない承諾の答え。
 俺はクラリスの腰に手を回して図書室を出た。


 シアさんのことはやっぱり私の杞憂だったようだ。
 工房に着くと久し振りの彼の感触と熱に浸る。
 私のマリウス、私だけの・・・。
 もっと私に触れて、もっと私を求めて欲しい。

 彼の胸に指を滑らせて突起を摘まみ上げる。
「ん、クラリス・・・イッちゃうよ」
 駄目です、そう簡単にイッて貰っては困ります。
 キュっと締め付けて胸に舌を這わせる。
 緩やかな前後運動が徐々に波を高くしていく。

 そう、このまま・・・突然マリウスさんが私の一番敏感な所に指で触れてくる。
「ああん・・・やっ・・・」
 ずるいです。不意打ちなんて。
 マリウスさんはニヤリと笑っている。
 もう、こうなったら謝るまで許してあげません。

 私は指と下の口で彼を焦らしました。
 どうですか?そう簡単には射れて上げませんよ。
「はぁっ、クラリスぅ・・・酷いな」
 どっちが酷いんですか。
 いつも私を夢中にさせているくせに。

 耐え切れなくなったのかマリウスさんは私と上下を入れ替えて攻めて来ました。
「あん」
 力づくなんて!
「さっきは悪かったけど、これじゃあんまりだよ」
 そう言って激しく突いて来る。

 もっと私を求めて、私だけを。
 ふと気づくと夏の長い陽はすっかり暮れて、少し涼しい風が窓から入ってきていました。
 私達は裸でベッドの上で抱き合っていて、体の上には何も掛かっていません。
 このままでは風邪を引いてしまう。

 起き上がってシーツを手繰り寄せようとすると、腕を強く引かれました。
「まだここに居て」
 マリウスさんは起きているようでした。
「何か掛けないと・・・」
「こうしていれば平気」
 ギュっと抱きしめられてしまいました。

 彼の体温と鼓動が心地よい。また眠りの淵に落ちてしまいそうになる。
「ずっと、ずっとこうしていたい。クラリス」
「マリウス・・・」
 私もです。



 
3年目7月26日

 目が覚めると腕の中にクラリスがいる。
 何て嬉しい朝なんだろう。
 あんまり嬉しくて、クラリスに軽いキスを浴びせる。

「う〜ん」
 寝返りを打つけどまだ起きない。
 俺のキスは顔から胸・腰へと降りていく。
 でもまだ起きない。

 止まらなくなった俺は彼女の脚を開いて青銀色の茂みに隠された部分へ唇を当てる。
 彼女の香りに誘われて舌を這わせる。

「んん、やっ、何してるんですか!」
 やっとお目覚めだ。
「だって、クラリス起きないんだもん!」
 少し赤い顔をしている彼女の唇にキスをする。

 怒った彼女は中々唇を開いてはくれなかったけれど、角度を変えつつ攻めていると段々と開いてきた。
 掌に余る胸を下から持ち上げるようにして触れていると指先に当たった先端が起ちはじめている。
 俺の下半身も。

 片方の手を彼女の下半身に持って行く、案の定、濡れている。
 長いキスから唇を開放して大好きな彼女の胸に触れる。
「ああ、クラリス」

 柔らかい胸を変形させて揉みし抱く、彼女に対するこの尽きる事のない欲望をどうやって伝えたら良いんだろう。
 もう限界だ、目線で彼女に促すとこくりと頷いた。
 彼女の中を掻き回していた指を引き抜いて、代わりに俺自身を差し込む。

「ああん」
 可愛い声を上げている彼女に軽いキスをする。
 声が聞きたいから口は塞がない。

「ああ、マリウス」
 もっと俺を呼んで、俺のクラリス。
 クラリスは俺の顔を捕まえてキスしてくる。
 腰が動いているからずっとキスをし続けるのは難しかったけれど、感覚が下半身に集中してくる。

「もう・・・」
 駄目だ。
「ええ」
 彼女の許しを得て解き放つ。
 至福の一時。

 落ち着いてくる呼吸と共に意識がはっきりしてくる。
 昨日見つけた参考書にあった『賢者の石』のレシピ。
 あれによると材料には『火竜の舌』が必要だ。
 つまり、ヴィラント山のフランプファイル、あれを倒さなくてはいけない。
 その為には強力な護衛と武器が必要になるだろう。
 出掛ける事が多くなってしまうかもしれない。
 すると益々クラリスには会えなくなってしまう。

 クラリスもマイスターランクで忙しそうだし。
 会う度の逢瀬が密度の濃いものになりそうだなぁ。
 次に会えるのはいつになるか判らないし、と言う訳で、もう一回!


 
3年目8月24日

 俺はお城に来ていた。
 今まで怖くて使えなかったが、以前ブレンダ王女に貰った通行許可証を使う時がやって来たのだ。

 最終目的は謁見じゃない、護衛のスカウトにある。
 年末恒例の武闘大会での連続優勝記録を更新している騎士隊長のエンデルク・ヤード。
 彼を護衛に雇えれば。

 無謀とも言える野望を胸に、シグザール城の奥へ進む。
 王様は白い髭を口に蓄えた温厚そうな人だった。
 が、何気に嫌味も言われた。

 そりゃそうだろう、何の資格も身分も持たない俺が堂々と謁見してるんだから。
 早く帰れと言われて、はいはいと引き下がる。

 その前に、スカウト、スカウト。
「エンデルクさん、俺の護衛を頼みたいんですが」
 長い黒髪の奥から鋭い瞳が睨んでる。
 いやいや、ここで怯んではいけない。

「お願いします」
「悪いが、お前に付き合っているほど暇じゃない」
 ああっ、あっさり玉砕!
 負けるもんか!次には引き受けさせてやるぞ!


 
4年目9月18日

 打倒フランプファイルを目指して火薬系のアイテム作りに勤しんでいたが、本日は液化溶剤の調合にチャレンジだ。
 これを成功させてクラリスの鼻を明かしてやる。

 クラリスは可愛い恋人だが、錬金術師として最大の目標でありライバルである事も確かだから。
 見てろよ、クラリス!


 
4年目9月20日

 出来た!液化溶剤!!
 俺って本当に最近失敗しなくなってきたなぁ。
 さて、これとコメートを合わせて虹色の聖水を作るか。


 
4年目9月27日

 再度シグザール城へ、エンデルクにアタックだ!
 直接攻撃が駄目なら絡め手で。
 ブレンダ王女経由でお願いしよう。

「エンデルクですか?」
「はい、彼にお願いして頂けないでしょうか」

 街中で見かけた時はぼんやりしたお嬢さんだったが、流石にお城でドレスアップしていると王女様って感じがする。
 気品というか、威厳がある。

「マリウスさんにはお世話になってますから、頼んで見ますね」
 やったー!
 ふふふ、奴も王女様の頼みは断れまい。

 案の定、渋い顔をしていたが「判りました」と一言。
「ありがとうございます、王女様。今度また依頼がありましたら何でも遠慮なく言って下さい」
 ええ、何でも作らさせて頂きますから。
 俺はほくほく顔で王宮を退いた。


 
4年目10月1日

 エンデルクとクーゲルのおっさんを伴ってまずはベルゼンブルク城へ行く。

 何故あそこに行くかって?
 以前、あそこで白銀の剣を手に入れたことがあったからさ。
 行くと必ず手に入る訳じゃないんだが、強い武器があったに越した事はないだろう。

 ラッキーな事に今回も当りがあった。
 ドライツァク、槍だ。
 クーゲルのおっさんなら使いこなせそうだな。
 次はストルデルの滝辺りで採取を兼ねた魔物退治の予行演習と行くか。


 
4年目11月10日

 やったね、やっちゃったよ。
 ストルデルの滝の最大級の魔物の竜巻お化けことヴィルベルを倒してしまいましたぁ!

 しかし、やっぱりあのクラスの魔物になると星と月の杖だけでは歯が立たない。
 一番効果があったのはメガフラム。

 そりゃそうだよなぁ、最大級の破壊力を持っているんだから。
 メガフラムの増産体制を作っておかないと。
 それとアルテナの傷薬、仲間の回復も大切だよなぁ。
 最終局面に辿りつくまでにやられちゃったら話しにならないもんね。

 ヴィルベルを倒したら、滝つぼのしずくと金色の鮭が何故か手に入った。
 知識の目薬はもう作っちゃったけど、精神の素B錠は飛翔亭で売れるからま、いっか。


 
4年目11月20日

 久し振りに工房に篭って妖精さんと調合に励む。
 今まで採取と調合を交代でやっていたのだが、アイテムの量産体制に入ったので妖精さんにも材料を調合して貰いつつ傍らで俺も調合する事にした。

 アイテムが高度になってくると材料も半端じゃなくなってくるんだよなぁ。
 妖精さんの有り難味をひしひしと感じる。
 相変わらず口が悪いけど。

 ロウを作って貰いながら時の石版の作成に掛かる。
 魔物退治には格好のアイテムだと思う。
 睡魔と闘いながら何とか完成させる。
 へへへ・・・やったぜ・・・グー。


 
4年目12月2日

 打倒フランプファイルの予行演習第二段!
 エアフォルクの塔へ出発だ。

 あそこは化け物の巣になっている。
 恐ろしくて一度も最上階まで行った事はないが噂によるととんでもない魔物が居るらしい。

 エンデルクとクーゲルのおっさんにいつものように護衛を頼んで出掛ける。
 今まで黙って護衛に付いて来てくれていたエンデルクだったが、流石にエアフォルクの塔が目的地と聞いて怪しんだ。
 そりゃそうだろう、普通の錬金術師はあんな所には行かない。
 だって採取すべき物なんて一つもないんだから。
 名を上げようとする冒険者ぐらいだろうな、あんなトコに行くのは。

「何が目的だ?」
 クーゲルのおっさんも問い掛けの視線を送って来る。
 ん〜、どうしようか?やっぱり言っておくべきかな?
 ヴィラント山へは出来ればこの二人と一緒に行きたいと思ってるし。

「実はヴィラント山のフランプファイルが最終目標なんだ」
 卒業課題にと考えている賢者の石に火竜の舌が必要な事、その為にフランプファイルを仕留めようと思っている事を俺は二人に包み隠さず話した。

「馬鹿な、無謀すぎる!」
 エンデルク隊長は一言で言って捨てた。
 クーゲルのおっさんは無言だ。

「今のままなら確かに無謀な賭けだけど、そのためにこうして下準備してるんだよ」
 そうそう、攻撃用と回復用のアイテムをせっせと作って、武器を揃えて、魔物退治で経験を積んで。

「お前は冒険者でもないのに何故そんな危険なマネをする」
 う〜ん、そうだな、傍から見たら確かにそうかもしれない。

「錬金術には希少な材料がよく使われるんだ、アイテムを完成させるためには自分で採取に行かなきゃいけない。もちろん買って手に入れる物もあるけどさ、調合している時に材料がどれほど貴重か、手に入れるのにどれだけの苦労をしたかでアイテムの完成度が違ってくる気もするんだ」
 気のせいだと言われればそれまでだけど。

「俺は冒険者じゃないから一人では行かない。あんた達に護衛を頼んでいるのもその為だ。旅に出る最終目的は採取、そしてアイテムの完成だ。例えそれが火竜であろうと魔物であろうとアイテムを完成させるために俺は最善を尽くす」

 そう、卒業試験が掛かっているんだ。
 俺の人生を左右する。

「わしは雇われて報酬を貰っている。それに見合う仕事をするだけだ」
 クーゲルのおっさんがぽつりと呟く。

「フッ、エアフォルクの塔か、フランプファイルを相手にするには格好の練習場所かも知れんな」
 エンデルク隊長〜頼もしい!
 いや〜俺の人選は間違っていなかった〜。

「ありがとう、助かるよ」
 さて、出陣だ!

 不気味に聳え立つエアフォルクの塔、一階はぷにぷにの軍団かぁ、これは俺の杖で一撃必殺!
 二階はエルフの集団かい、これも一撃必殺!しかし、全滅とはいかずにクーゲルのおっさんのフォローが入る。
 三階はカマキリの団体さん、しかも金色だぁ〜。
 しかし、これは何とか俺の一撃必殺で突破。
 四階はガーゴイル!何か段々強くなってないか?
 俺の杖の必殺攻撃も三回目でやっと撃退。
 ゼエゼエ、ここで上に上がる前に回復しとこう。

 そして五階、出たぁ〜魔王ファーレン!
 俺は早速、時の石版を使ってみる、先手必勝だ!
 魔王の攻撃が止んでいる内に、喰らえ!メガフラム。
 手持ちのメガフラムは5発、足りるか?

 1発2発3発・・・合間におっさんと隊長が攻撃を仕掛ける。
 時の石版で動きが止まっているせいで反撃はない。
 4発目を投げようとした時、倒れた!ウソ、ホントに?
 やった、やったぁ〜!
 よ〜し、次はフランプファイルだ!


 
4年目12月29日

 シアが年末恒例の武闘大会のお誘いに来た。
 もうそういう時期かぁ。

 今年は行くか、エンデルク隊長の応援に、日頃お世話になっているからなぁ。
 う〜ん、相変わらず圧倒的な勝利だなぁ。
 最後まで見なくても誰が優勝か判るよなぁ。

 ええっ?俺も出てみないかって?ははっ、メガフラム使ってもいいならね、あの隊長さんにも勝てるかも。

 久し振りに武闘大会を見て結構ご機嫌で工房に戻るとクラリスが居た。
 え〜珍しい、今日は何だか良い事が続いている、ラッキー!


「久し振りだな、入れよ」
 マリウスさんは嬉しそうに案内してくれる。

「今まで武闘大会に行ってたんだ。やっぱりエンデルクは強いよなぁ」
「お知り合いなんですか?」

「ああ、何と今、護衛をしてもらってるんだ。あのエンデルク・ヤードに」
「騎士隊長を護衛に雇うなんて、どうやって引き受けてもらったんですか?」

「前にここに来ていた女の子憶えてるか?俺がブレンダ王女だって言った子、あれ本物なんだぜ、本当に。王女様から頼んでもらったのさ」
 ではあれは本当に、見間違いかと思ったのに。
「いつそんな方と知り合われたんです?」

「う〜ん、信じてもらえないかもしれないけど、道でぶつかったんだよ、何度か。それに国王誕生日にお城で会ったな一回。そしたら通行許可証をくれたんだ」

 まったく、マリウスさんは鈍い。
 まさか王女様までがライバルになるとは思いませんでした。
 それよりも。

「マリウスさん、ストルデルの滝のヴィルベルや、魔王ファーレンを倒したというのは本当ですか?」

 巷で噂になっている、最近魔物が急激に減っているという。
 それも騎士隊長と引退した騎士と錬金術師の3人で魔物退治をやっているからだという噂。

「うん、本当だよ」
 そんな、あっさり答えないで下さい。

「どうしてです?あなたは錬金術師であって冒険者ではないんですよ!どうしてそんな危険な事を」
 魔物退治なんて、騎士団に任せておけばいいことではありませんか。

「大丈夫だよ、心配しなくても。あのエンデルクと一緒だし、それに俺だって随分強くなったんだぜ」
 確かに最近、一緒に採取に行ったりしていませんから、マリウスさんがどの位強いのか判りませんが。

「強くなったから魔物退治ですか?ではあのフランプファイルが次の標的でしょうか?」
「あれ?何で判った?」
 怖れていた事が・・・本気ですか?

「あなたと言う人は・・・」
 火竜に挑むなんて、今まで無事だったのも奇跡の様だと言うのに。
 怒りの余り声が震えてくる。

「卒業試験を諦めたんですか?冒険者に転職するつもりでそんな事を?フランプファイルを倒して名を上げる積りですか?」
 私の言葉にマリウスさんは驚いていました。

「馬鹿な事を言うなよ。そんな積りは無いさ」
「なら、どうしてです?竜なんて倒さなくたって、今のあなたなら立派に卒業出来るじゃありませんか!」
 エリキシルを作り出したあなたなら卒業は間違いありません。
 どうしてそんなに危ない事をしようとするんです。

「クラリス」
 マリウスさんに顔を包まれて、頬にキスをされた時、私は初めて自分が泣いている事に気づきました。
「大丈夫だよ、俺は絶対に死なないから」
 私を抱きしめて宥めるようにポンポンと背中を叩く。

「俺はすごい慎重派なんだ、負ける戦は最初からしないさ。対魔物用のアイテムを山ほど持って行くし、護衛は最強だし。知ってるか?エンデルクって確かに強いけど、報酬もとんでもなく高いんだぜ」
 あれはちょっと無いよなぁ、と呟く。

「俺はフランプファイルを倒して絶対に生きて帰る。そして卒業試験を無事にクリアしてみせる。そしたら」
 マリウスさんは私の体を抱き上げて深いキスをしてくる。
 私は首に縋りついて必死に応える。
 長いキスが終わるとお互いの息が荒くなっている。 

「そしたらこの指輪をちゃんとはめて貰うからな」
 マリウスさんは私の服の下に隠してある指輪をつと指した。

「この指輪は台がガタガタでサイズも大きすぎるからはめられないと言った筈です」
 なら捨ててしまえば良い事なのに。

「ん〜そうだな、じゃあコメートを渡すから、お前が彫金してくれよな」
 マリウスさんはにっこり笑って得意なんだろ?と言う。
「・・・仕方ありませんね」
 私は抱え上げられて二階に連れて行かれた。

 
 


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