「国王陛下がお呼びです。マルローネ様」
クライスはそう言いながら、あたしが包まっていたシーツを剥いだ。
「なにすんのよぉ・・・」
折角、午後の日差しの中でまどろんでたのにぃ。
「食べて寝ているだけだと太りますよ」
いいじゃないのよ〜お腹が満ちれば眠くなるモンでしょ?
それに、あたしはそんなに太ってない・・・筈よ!
それにしても
「お父様がお呼びって何の用だろ?」
あたしは顔を洗って着替えをしてからクライスに訊ねる。
「ミュー・セクスタンス殿が何か新しい神託を受けられたようです」
クライスの言葉にあたしはうんざりした。
ミュー・セクスタンスってのは国王であるお父様の最近の一番のお気に入りの占い師。
小麦色の肌をしたエキゾチックな美人の彼女にお父様は振り回されている。
例えば、彼女が「今週のラッキー・カラーはピンク」と言えば、身の回りのものは全てピンクに早代わり!ってくらいに。
今まではお父様の身の回り位までに止まっていたけど、あたしにまで彼女の占いが及んで来たのかしら・・・
ヘンな事じゃないといいけど。
謁見の間に入り、膝間付いてお父様のお言葉を待っていると、徐にお父様からミュー・セクスタンスの神託が告げられた。
「マルローネ、そなたにこの国を救うと言われる勇者の捜索を命ずる」
へ?勇者?それもあたしが?この国を救うって・・・今、我が国はピンチなの?
唖然としてしまって一言も返せないあたしに、お父様はこう付け加えた。
「なに、今、我が国は何も困っておらんがな。やがて訪れるであろう災厄の時に我が国を救ってくれる勇者が居ると言うのでな。お前は一応、王女だし、王族の務めとしてその捜索に当たってもらおうと思っての」
なによ、そのいい加減さは。
それに・・・
「王族と言うのなら、兄上は?王子である兄上が捜索に当たられるべきでは?」
そうよ、そう言うのは王子様のお仕事じゃないの?
「ブレドルフは大切な世継ぎじゃからな」
ヒドイ!あたしは大切な王女様じゃないって言うの?
「じゃあシアは?」
もう一人の王女であるシアなら、見かけに寄らず一流の剣の腕前を持っているし、勇者を探すにはピッタリの役どころじゃないのかしら。
「シアには既に婚約者がおるからな・・・婚儀の日程も決まっているし。そう愚図るな、誰でも好きな騎士を同行させてよいから」
そりゃ、あたしにはまだ決まった相手は居ないけどさ・・・でも、誰でも連れてって良いって言うなら。
「じゃあ、騎士隊長のエンデルク・ヤードを連れてってもいい?」
えへへっ、彼と一緒なら百人力よね♪
「ダメじゃ!エンデルクにはこのザールブルグの守りをしてもらわねば」
ええ〜!誰でも良いって言ったくせに!
「誰ならいいの?」
選ばせてくれるんじゃなかったの?と思いながらも、結局お父様の言うなりだわね。
「そうじゃな・・・シュワルベ・ザッツとキルエリッヒ・ファグナーに後何人か付けよう」
う〜ん・・・シュワルベは結構、腕が立つ方だし、キリーは女性としては一番の使い手だから・・・ま、いっか。
「では、このマルローネ。陛下の命を受け、勇者の捜索に参ります」
快く引き受ける事は出来ないけど、断る事も出来ない。
あたしは礼儀正しく国王陛下にそう答えた。
「で?あたしとアンタがシュワルベとキリーのオマケに追加されたってワケ?」
ナタリエさんは少々お冠の様子。
無理もないと思う、『国を救う勇者を探す』なんて漠然とした宣託に従う騎士団の存在意義ってなんだろう?ってオレだって思うから。
「はぁ・・・そうみたいッスね」
「物見遊山の護衛にしては大層じゃないの?」
シュワルベさんはエンデルク・ヤード団長の次に強い人だし、キリーさんは女性で一番の使い手で、ナタリエさんは騎士団の一員だけど、薬師の資格も持っているから選ばれたんだと思うけど、オレは・・・新米騎士団員だから完全にオマケだな。
「まぁ、オレ達の使命はマルローネ王女の護衛っスからね」
容姿端麗・頭脳明晰でおまけに剣の腕前もなかなかと巷で評判の高いブレドルフ王子の妹君・マルローネ王女は、可憐でたおやかでありながら剣の名手であるシア姫に比べて何かと評判がよくないお姫様だ。
剣も使えなければ頭が良い訳でもなく、日毎部屋に篭って妖しげな薬の調合を行っているとかいないとか・・・美人でも素行が怪しまれてるから嫁の貰い手もないのだという噂があるお方だからなぁ。
マルローネ姫の側仕えとしてはクライスとかいう従者が一人付いて来るだけだし。
「気楽でいいじゃないですか」
煩型の年寄りが付いて来るわけじゃないし、腕が立つ先輩も一緒だし、オレは楽観的に構えることにした。
「ルーウェン、アンタって・・・長生きするわよ」
ナタリエさんはフッと溜息を吐きながら苦笑した。
そーッスか?
だって今は隣国と揉め事もないし、ドラゴンやガーゴイルも伝説の生き物と化してるし、用心するのは時折街道に出るという追剥ぐらいじゃないッスか?
だけど、やっぱり、この道中は楽なものにはならなかった。
道中に、ではなく、このメンツに色々と問題があったからだ。
それを知らされたのは、早くも出発して1日目の夜だった。
マルローネ姫は騎士のような格好をしていても、やはりお姫様で、出発してから暫くすると「馬に乗り慣れてないから腰が痛い」とか「休憩しようよ〜」と情けない愚痴を連発した。
ま、これは予想の範囲内だったから、キリーさんや従者のクライスさんが宥めすかしたり叱咤したりしてなんとか予定の宿に到着出来た。
シュワルベさんやナタリエさんは渋い顔をしてたけど。
問題は宿に着いてから、ナタリエさんが真っ赤な顔をして食堂に下りて来た時に発覚した。
「信じらんない!マルローネ姫ったら、部屋につくなり裸になって『湯浴みの用意は?』って聞くのよ?お姫様って恥じらいってモンがないワケ?」
ハァ・・・まぁ、王族だからなぁ・・・と、姫様の裸を頭の隅でチラリと思い浮かべながらちょっと顔を赤くしながら聞いていると、ナタリエさんの次の言葉を聞いて、飲んでいたエールを噴出しそうになった。
「おまけに、あのクライスとかいう従者が平然と『私がやりますからナタリエ殿は手伝っていただかなくても結構ですよ』と、こうよ!どうなってんのよ?あの二人は!」
お姫様は一人じゃ何も出来ないって言うけど、それにしても・・・湯浴みを男の従者に手伝わせるか?
クライスさんってオレと対して違わない歳に見えるぞ?
興奮しているナタリエさんをキリーさんが宥めた。
「まぁまぁ、気にするな。我々が姫様の身の回りの世話までする必要がない事はありがたい事じゃないか。クライスは姫様が小さい頃からお側に仕えているし、何もかも心得ているんだろう」
そうなのか?
キリーさんは割と古参だから城の事情にも詳しそうだけど、オレやナタリエさんなんかは王家の人達の周りの事情なんて何にも知らないからなぁ。
マルローネ姫様は確か今年19歳、物臭で根性がなさそうだけど、長い金髪とそこそこ端麗な容姿はさすがにブレドルフ王子の妹だけあって整っている。
女性用の甲冑から覗く胸元には、見事な谷間が出来てるし、スタイルはよさそうだ。
しかし・・・いいなぁ・・・従者ってのは王族の我侭に耐えなきゃならない大変な仕事だと思っていたけど、そんなに美味しい特典があるなら、オレもちょっとは転職を考えてみてもいいかも♪
「それよりナタリエ、声を慎め。仮にも王族の内情を大声で口にするものではないぞ」
キリーさんはナタリエさんにしっかりと釘を刺す事も忘れなかった。
確かに、他の客は誰もいなかったとは言え、王族の醜聞を宿の食堂で怒鳴り散らすのはよくないだろう。
ナタリエさんは渋々と「わかってるわよ」と呟いた。
王都からまだ然程離れていない宿は結構立派で、オレは騎士団の宿舎よりも立派なベッドでぐっすりと眠る事が出来た。
当てのない旅の始まりとしてはいい方だろう。
「しかし、なんでマルローネ姫が『勇者』とやらの探索にあたる事になったんです?」
オレは色々とお城の事情に詳しそうなキリーさんに聞いてみた。
「シア姫様は興し入れが決まっているし、陛下はマルローネ姫様を勇者に褒美として差し上げるおつもりだと言う話だ。あくまでも噂だがな」
ふ〜ん、なるほど・・・それにしても『勇者』って何者?
キリーさんはオレの漠然とした問いに苦笑しながらも答えてくれた。
「今、我が国は平和で実りも豊かだが、いつ何時変異が起こるかしれんしな。だから『勇者』というのは気休めのようなものかも知れん」
いい加減な話だなぁ・・・でも、それに振り回されてるオレ達って・・・
「深く考えるな。ナタリエの言うように物見遊山の旅だと思っていればいいだろう」
オトナだな、キリーさんて。
オレ達は王都・ザールブルグを北に向って歩を進めて行った。
何故なら王都は国の南に位置しているから・・・単純だね。
まずは無難に国内を探索しようってトコなんだろう。
初日は宿を取れたけど、2日目からは早くも野宿となった。
大きな街道から外れて進んでいるから仕方ない事だけど。
オレ達は覚悟してたけど、お姫様は大丈夫なのかな?
「え〜!湯浴み出来ないのぉ?汗かいたのにぃ〜」
やはりご不満そうだ。
「近くに池がありますから、水浴びなら出来ると思いますが」
シュワルベさんもオトナだな、グッと堪えて答えている。
「水浴びぃ?冷たそう・・・」
そりゃあ、もう9月だし。
「文句があるならそのままお休みになられるしかありませんね」
おお、クライスさんってば姫様に対して強気だな。
そー言えば、道中、色々と愚痴る姫様に対して激励と取れなくはないけど叱咤していたのはコイツ一人だったし。
さすがに姫様も野宿の厳しさを知らないわけではなさそうで。
「わかったわよぉ」
と仰った。
ただ、次の言葉にオレはまた飲んでいたお茶を吹き零しそうになったけど。
「じゃあ、クライス。手伝って」
そ、そこまでヤツにやらせるんですか?
王族ってわかんねー!
ガサガサと草木を分けて池に向う二人の後姿を見送りながら、オレはつくづくクライスって運のいいヤツだと思った。
従者になるのには家柄といった資格も必要なんだろうけど、忍耐力も必要だろうけど、マルローネ姫様のような美人にあたるとは限らないだろう?
それに第一、普通は王女の身の回りの世話なんて女性がするもんだろうし。
しかし、未婚のお姫様の身の回りの世話をするのに男の従者を付けるかね?
その疑問は夜遅くになって解かれた。
旅の疲れで早々にお休みになった姫様とクライスさんを除いた全員で焚き火を囲んでいると、何やら微かに声が聞こえて来た。
獣の声だろうか?
と、一瞬、警戒したが、どうも人の声のようだ。
それも女性の・・・あの、その、なんだ・・・つまり・・・
「・・・ねぇ、コレって・・・マルローネ姫?」
ナタリエさんが、多分誰もが思っていた事を口にした。
彼女は思っている事を口にしないと気が済まない性分の人のようだ。
オレは気まずくなってナタリエさんから視線を逸らしたが、キリーさんはクスリと笑って頷いていた。
「すると・・・相手はクライスってコト?やだやだ、信じらんない!何なのよ、あの二人は!!」
憤慨しているナタリエさんにキリーさんは淡々と話して聞かせる。
「落ち着け、王族にはよくある事だと聞いている。側に仕えるものが夜の相手もする事は」
そ、そーなんスか?
オレ、初めて知りました。
でも、拙くないッスか?
マルローネ姫ってまだ未婚でしょ?
嫁入り前にそんな・・・事していいんッスか?
「あ・・・ああん!やっ・・・やぁああん・・・クライス、ダメぇ・・・」
マルローネ姫様の声は次第に大きくなって・・・オレ達にもはっきりと聞き取れるようにまでなっていった。
勘弁して下さいよぉ・・・青少年には刺激が強いッス!
クライスさんってば、ホントにただの従者ってだけじゃなかったんだな。
こんな事してるから姫様に強気に出れるんだろうか?
ホントに美味しいヤツだな。
「あ〜!もうあたし、我慢出来ない!」
ナタリエさんが立ち上がった。
まさか、王女に直談判する気では?
「シュワルベ、来て!」
そう言うとナタリエさんはシャワルベ゙さんの腕を強引に引っ張って暗闇へと消えていった。
マルローネ姫様達とは別の方向へ。
心配していたような事にはなりそうもないと安堵したが、何をするつもりなのかと思っていると・・・
「ああ・・・シュワルベ・・・そこ・・・イイ・・・もっと!」
オレは耳を塞ぎたくなった。
どーしてみんなそう・・・理性がないんだ〜!
人間としての自尊心は、どーした!
オレはチラリとキリーさんを窺った。
彼女は流石に平然と焚き火を見詰めていたが、オレの視線に気付くとクスリと笑った。
「どうした?オマエも我慢が出来なくなったのか?」
問われてドキッとした。
嬌声が響き渡る森の中で、その気にならない男はいないだろう。
キリーさんは騎士団の女性の中でも一番の使い手だけど、オレより年上だけど、切れ長の目は婀娜っぽくて、長い真紅の髪と同じ紅い唇は魅惑的で・・・
「私でよければ相手をしてやろうか?」
そう言われてオレの心は、とても、とっても揺れ動いた。
コレは物凄いチャンスかもって。
「いえ・・・いいっス・・・」
オレの意気地なし!!!
「そうか」
キリーさんは気を悪くする様子もなく、そう答えた。
キリーさんが嫌いな訳じゃない。
以前から憧れてたし、今回一緒に旅が出来る事を知った時は嬉しかった。
でも、ここでそーゆー事になったら・・・この場の雰囲気に流されただけだと思われそうで・・・嫌だった。
バカな男の意地ってヤツかなぁ・・・バカかな?オレ。
悶々として眠れなかったオレを除いた全員はスッキリとした顔をして朝を迎えていた。
ケダモノめ。
寝不足でウトウトしながら馬の背に揺られていたオレは、馬から落ちそうになっていた所をクライスさんに引っ張り上げられた。
「ど、どうも・・・」
顔を合わせるのが気恥ずかしくて俯いたまま礼を言うと、クライスさんがクスリと笑う声が聞こえた。
「寝不足ですか?原因は我々でしょうか?」
オレの馬と首を並べて進み出したクライスさんがそっと尋ねて来る。
「はぁ・・・いや、その・・・」
はい、そうです!なんて言える訳ないだろう!
でもクライスさんは言い辛いオレの言葉を察したようであっけらかんと言ってのける。
「申し訳ないですね、姫様は声が大きくて」
悪びれた様子も見せないクライスさんにオレはちょっとムカついた。
「あの・・・いいんスか?その・・・マルローネ姫様って興し入れ前なんでしょ?いくらなんでもマズイんじゃ・・・」
いくら王族の習いと言っても、嫁いだ先で問題になるんじゃ・・・と不安に思っていたオレは疑問をぶつけてみた。
けれどクライスさんは平然とオレの疑問を受け流した。
「別に興し入れには何の問題もありませんよ。姫様の純潔は保たれたままなんですから」
え?マジで?ウソ!
あれだけ嬌声を上げといて・・・ホントに?
唖然とするオレにクライスさんは苦笑していた。
「そう言った事が出来る事をご存知ない訳ではないでしょう?」
そ、そりゃあ・・・アレしなくてもナニ出来る事は知ってますけどね・・・
でも、それって・・・
「大変ですね、クライスさんも」
オレは彼に同情したくなった。
男には辛い事かもしんないよなぁ。
「ま、全く役得がない訳じゃありませんし」
そりゃそうだろうけど。
クライスさんはそう言うと彼を呼んでいる姫様の側へと馬を進めて行った。
やっぱ、わっかんねぇよ。お偉い人達の考えてる事って。
オレはその夜、昨日と同じ様な状況で残されたキリーさんにクライスさんから聞いた話をしてみた。
「オレ、わかんないし、わかりたくないッス。そんな・・・」
「乱れた関係なんて、か?」
言い淀んだオレの言葉をキリーさんが言い当ててくれた。
コクリと頷いたオレにキリーさんは焚き火を見詰めながらクスリと笑って言葉を続けた。
「クライスはあれで献身的に姫様に尽くしている。王族は国の都合で婚姻するのが定石だからな。一般庶民のように好いた惚れたで一緒になれるものではないし、姫様だって享楽的な意味合いだけでクライスを相手にしている訳でもなかろう」
そりゃあ、そうかもしれないけど。
「でも、オレはなんか、そんなのヤですよ」
オレってまだ子供なのかな?
そんな風に割り切れない。
「だから昨日は嫌がったのか?」
そうキリーさんに問われて驚いた。
気にしていないと思ってたけど、やっぱり気にしてたんだ。
「ち、違いますよ!昨日はその・・・昨日はオレ、その・・・雰囲気に流されてその気になったと思われるのが嫌で・・・決してキリーさんが嫌いだからって訳じゃなくて、寧ろその逆で・・・」
あ〜!オレのバカ!
何気に告白なんかしちゃってどうすんだよ!
「そうか?なら遠慮は無用だぞ」
キリーさんは立ち上がってオレの側に腰を下ろした。
そして端正な顔をオレの顔に近づけて、オレの頬にそっとその細い指を添えて低い魅惑的な声で囁いた。
「私はオマエが見所のあるヤツだと思ったから今回のメンバーに加えさせたんだ。私の期待を裏切らないで欲しいな」
その・・・見所ってナンの見所なんスか?
騎士として、じゃないってコトっスか?
キリーさんはオレに身を摺り寄せながら、起用に甲冑を外していく。
オレはゴクリ、と大きく唾を飲み込んで決断を下した。
ここで逃げ出したら男じゃない!
オレだってケダモノだぁ〜!
オレは焚き火の前でキリーさんを押し倒した。
ああ・・・女の人の身体って・・・柔かくて暖かいよな。
男顔負けに剣を振るっている人の身体とはとても思えないほど。
「ああ・・・ルーウェン・・・」
低く漏れるキリーさんの声に背筋がゾクゾクする。
とうちゃん、かぁちゃん。オレ、男になりまっス!
「やっ・・・イッちゃう〜!」
姫様は身体を仰け反らせて、ビクビクと小さく身体を振るわせた。
「イクのが早過ぎませんか?」
私は身体を起こして濡れた口元を拭った。
「だってぇ・・・」
ぐったりとした姫様は気だるそうに身体を起こして私の顔を捉えて近づける。
「ダメですよ」
近づいて来た顔から顔を引き離そうとすると、両手で捕らえられてグィっとまた引き寄せられる。
「いいの!」
ムッとした顔が可愛く見えて、今度は抵抗する事無く顔を近づける。
唇が重なり合って、お互いに貪るように舌を絡めあう。
口付けは婚姻の儀式のためにとって置くべきものなのに、いけない人だ。
「誰も見ていないし、口うるさく言う人なんてここには居ないでしょ?クライス、アンタの他には」
彼女は私の首に腕を絡ませて身体を摺り寄せてくる。
「ねぇ・・・最後までしたってイイんだよ?」
しな垂れかかりながら、背中を撫でたり胸を揉む私の手の動きに呼吸を荒くしながらマルローネ姫が囁く。
「ダメですよ。貴女は婚姻前の大切な身体なんですから。純潔だけは保っておかないと」
そう言いつつ、私の指はまだ濡れている彼女の中にスルリと入り込む。
「あん・・・だって・・・んん・・・クライスはいいの?あたしがどこの誰ともわからないような勇者の物になっても?」
よくはありませんけどね。
「貴女は王女でしょう?国王陛下が定められた方と一緒になるのが運命ですよ」
私の言葉に彼女は私を睨む。
私にどうしろと言うんですか?
このまま貴女を攫って逃げろとでも?
でも、貴女に耐えられますか?
長年、お城での豪勢な暮らしに慣れ親しんだ貴女に市井の暮らしが出来ますか?
今の私のこの身では、今までと同じ様な暮らしなどさせてあげる事は出来ませんよ。
ただ、今回のこの出来事は確かにある意味チャンスではありますね。
今までの状況を変化させる。
「姫様、『勇者』とは何だと思います?」
指で玩びながら喘ぐ彼女に問い掛ける。
「ん・・・はぁっ・・・んん・・・わかんないよぉ・・・だって・・・あん、はっきりしないんだもん」
そう、その通り。
漠然とした『勇者』とは何か?誰も知らない。
「ならば、作り上げてしまえばいいとは思いませんか?」
私の指がグッと奥まで突き進んで、彼女はまた軽く果てる。
私の腕の中でぐったりと弛緩している彼女が、ゆっくりと私の顔を見上げる。
「どうゆうこと?」
とろん、とした目付きで見上げてくるマルローネ姫の表情に私は思わず笑みが零れる。
幼い頃からずっと側にいて誰にも触れさせる事がなかった大切な存在をこの手にするためなら策も弄すると言うもの。
「貴女が心配せずとも、私は貴女を誰にも渡しはしないという事ですよ」
先ほどの口付けで少し膨らんでいる唇にまた私は唇を合わせる。
貴女の身体も心も私だけのものですからね、マリー。
ん〜!気持ちのいい朝!
昨夜もシュワルベとたっぷり・・・うふふっ。
前から目をつけてたんだけど、彼の事。
まさか今度のこの旅でこんなに早く、おまけに上手くいくなんて思いも寄らなかったわ。
マルローネ姫様様ってトコよね。
もちろん、クライスにも感謝してるケド。
馬に水をやりに小川へ行くと、そこには姫様が一人でいた。
おや?洗顔くらいは一人で出来るのかしら?
「おはようございます」
声を掛けるとあたしに気付いた姫様は「おはよう」と答えて下さる。
「今日もいい天気ですね」
機嫌のいいあたしは軽やかに声をかける。
「そうね」
姫様はそう答えて溜息。
何か悩み事でもあんのかな?
「どうしました?」
「ん〜?この旅が一体、いつまで続くのかと思ってさ。よくわかんないんだもん、『勇者』だなんてさ」
ま、ご尤もな疑問だわね。
「でも、旅は始まったばかりですし・・・もしかしてお嫌なんですか?」
勇者を探し出せば、姫様は彼の元へ嫁がされるって話だしな。
「嫌って言うか・・・ゴールが見えないのは不安じゃない?」
そりゃま、確かに。
「姫様はその・・・やっぱりクライスと・・・」
一緒になりたいから勇者探しだなんてお嫌なのかしらん。
「え?う〜ん・・・実はさ、あたし、ずっとクライスと一緒になるものだとばかり思ってたのよね。小さい頃から一緒だし。なのにお父様ってば、いきなり『勇者』を探せだなんて・・・何考えてんのかしら?」
「で、でもぉ・・・クライスは従者じゃありませんか・・・姫様と従者が一緒になるだなんて・・・」
聞いた事ないよ、無理に決まってるじゃん。
「あれ?知らなかったの?あたし、本物のお姫様じゃないわよ。養女だもん。シアもそうだけど。あ、お兄様は本物よ、正真正銘の王子様だけどね」
へ?
「お父様が・・・国王陛下は子供が一人しか生まれなかったからって国から孤児を引き取って育ててくださってのよ。それがあたしとシアってワケ。古くからいる人は知ってる事で別に秘密でも何でもない事なんだけどね。新しく来た人は知らないわよね」
し、知らなかったわ・・・どーりで妙に気安い所があるお姫様だと思った。
「で、でも・・・それでもやっぱりクライスとは・・・」
無理があるんじゃないかしらねぇ・・・養女だって一応、お姫様なんだし、使用人とは、さ。
「クライスだって従者じゃないわよ。小さい時から一緒にいるけど、使用人でもないの。彼はホントは隣の国の王子様なのよね〜小さい時に人質としてこの国に来ただけだから。ま、あの性格だからあたしの側で教育係みたいな事してるけど、ホントは彼のほうの身分のほうが高いのよ」
ええっ〜!!うっそぉ!
な、な、なら、なんで、今度の旅に従者みたいな事して付いて来てんのよぉ?
「あたしが危なっかしいからって勝手に付いて来たんだけど、何だか妙な事企んでるみたい。正直にあたしとの事をお父様に話せば許してもらえると思うのになぁ・・・クライスってばナニ考えてんだか」
お姫様はふぅっと溜息を吐かれた。
ええっと・・・話を整理すると、マルローネ姫は陛下に拾われて育てられた孤児だ、と言う事。
クライスは人質として隣国から預かっている王子様だと、あれで?
ま、まぁ・・・気品があると言えば言えなくもないけど・・・
それでこの二人は結構前から出来ちゃってるってコトで、そのまま上手くいくと思っていたのに姫様が勇者への捧げ物になる話が出てきて・・・ああ、ワケ分かんない!
王子様のクライスが何を企んでいるって?
そんな事知らないわよ!!
本来の目的がどうあれ、二人が毎晩イチャイチャしてるのは事実だし、ソレに便乗してあたしもシュワルベと上手くいっちゃってるし、ルーウェンの坊やもキリーと上手いこといっちゃったみたいだし・・・アレ?なんだか丸く収まってない?
旅も今の所は順調だし、これから行く先には温泉とか観光名所もあるのよね〜楽しみにしてるんだけど。
あたしはポンとお姫様の肩を叩いた。
「気にすることないですよ、旅を楽しみましょ?」
そうそう、考え込んでもいい答えなんて出る訳ないって。
「そっかなぁ・・・」
そうですよ。
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