REAL episode2 〜Father to Son〜

 自作小説「REAL」の、落選とデータ全損を記念して。
 

主要人物設定
 ショウ==イスカリアット
 「竜人兵計画」の実験体の数少ない生き残り。アックス王によって自らの未来と家族との絆を奪われ、その復しゅうを心に誓う。
 実験によって「力」を得た代償として、ヒトであることを失い、長くとも後数年の命。

 クリスタベル==イスカリアット
 影龍国人。ショウの父であるジューダスと結ばれ、金龍国へ。
 実験体として連れ去られたショウを救出しようとして失敗、現在は精神を冒されアックスの元に身を寄せる。

 ラーナ=フェル
 レリクス島に暮らすなぞの女性。島でただ一人竜の血を持たず、それゆえに、多くの若い命が散る瞬間を見送ってきた。
 
 アックス==バハムート
 金龍国の国王にして、ショウから全てを奪った張本人。理想家であると同時に、それを実現するだけの実行力を備えた傑物。
 


第壱部までのあらすじ



第弐部

     1
 風龍国、八龍連合議事堂。
 現在陳述を行っているのはアシュレイ王子である。普段は退屈な定例の会議が、今回だけは様子が違っていた。と言っても、国王の代理としてその親族が陳述台に上がること自体は珍しいことではない。
 今回の会議が特別だったのは、王子によって提出された議案の内容ゆえであった。その内容とは、『金龍国の連合からの脱退』。それは千年にも及ぶ八国間の同盟関係が破られることを意味していた。
「・・・以上です。」
アシュレイ王子の陳述が終わるやいなや、一同の間に起こったざわめきは最高潮に達する。
 伝説の八龍王による世界の調和(龍歴元年)以来、幾度か外界より侵攻を受けたことはあっても、八国の間で戦争が起こったことは一度たりともないとされている。そして、現在まで数回を数えた侵略の全てを撃退できたのも、その 結束によるものなのだ。
それを今、内部より破ろうとする者がいる。正に、前代未聞の事態であった。
「正気の沙汰とは思えぬ!たった一国でどうやって我ら七国全てを相手にしようというのだ!」
「まったくだ。一体、その自信はどこからわいて出てくるのやら。他に継承候補者がいないというだけの理由で王になれた若造が、思い上がりも甚だしい!」
喧騒の中、本当にこの会話を記録していいものかと困惑する記録係と、そんなことお構いなしに言いたい放題の城内。
「静粛に!」
喧騒を切り裂く風龍国王の一声。途端に、水を打ったように静まりかえる議事堂。
「アシュレイ王子、今一度お尋ねします。今の発現に間違いはありませんな?後から『記憶にない』などと言ってとぼけても手遅れですぞ。」
「冗談でかようなことを申せましょうか。無論、本気にございます。」
まるであいさつでもするかのように淡々と答えるアシュレイ、他の国王たちを圧倒した風龍国王の威厳にも、全く動じた様子はない。
「バハムートより千年王国建国の託宣が下ったという君の話の真偽は別にしてだ、お互い現実的なことを話そうじゃないか。
 確かに、君の言うように統一国家の建設は素晴らしいことだ。しかし、しかしだよ、現実はそんなに甘くはない!源に君の国は土地枯れによる農業の不振という大きな問題を抱えているじゃないか。
 今は、各国がそういった問題を・・・」
「風龍王様、お話を遮って申し訳ありませんが、私はここへ何かの話し合いに来たのでも、ましてや弁明に来たのでもありません。国王の代理として、宣戦の布告に参ったのです。
 用件は済みました。これで失礼させていただきます。」
「ま、待ちたまえ、アシュレイ王子!貴殿は本会議を侮辱するのか!王子!」
構わず退席するアシュレイ。騒ぎを聞きつけた衛兵が行く手を遮るも、手にした槍をガーディアンの眼差しに蒸気と変えられ、そのまま引き下がるより他なかった。
「それでは皆様、いずれ戦場で。
 さあ、スルスト、帰ろう。」
「・・・・・・。」
「スルスト」と呼ばれたガーディアンが何事かつぶやくと、二人をまばゆい光が包み込む。
 光が消えると既に二人の姿はなく、辺りには不思議な静けさが満ちていた。
「消えおった・・・。」
「どう思われる?本当にきゃつら、たった一国で我ら全てを相手にできると考えているのであろうか?」
「もしや、我らの中に内通者が?そういう裏があるのであれば、やつの強気な態度も説明が付く。」
「それはどうであろう?先の金龍王を含めた我ら八人は、ジーアの前に結束を誓い合った仲。やつとてそのことは百も承知のはず。何より、7対1が6対2になったところでどれほどのことがある?ここには、それが分からぬ愚か者などおらぬよ。」
「では、一体・・・」
「・・・おそらく、こういうことではないかな。
 やつがあてにしているのは民衆、それも中級以下のな。自分が大義名分を掲げれば民衆が立ち上がり、我らが内部崩壊を起こすという程度のものなのでは?
 理想と現実の区別の付かぬ青二才の考えそうなことではないか?」
「フン、愚かな。民とは、自ら戦うことを放棄したからこそ、民なのだ。」
「だが、やつめが我ら連合に逆らったことは事実。皆の衆、あの青二才に各個撃破されて物笑いの種になったりすることのなきよう、気を付けましょうぞ。」
そう言うと、水龍王は大きく笑いを飛ばした。
 その後の議題は満場一致で変更され、金龍国領土分割の線引きが(近年久しくないほどの真剣さで)討議されたのだった。
 彼らとしても、平和を維持することは望ましいことである。しかし、だれしも野心は持っている。領土を広げ、国を豊かにし、後世に名を残したいと思う。今までは連合という取り決めに守られ、その機会がなかったというだけで。今回の若き金龍王アックスの乱心は渡りに船の事態であった。

     2
 金龍城王妃の私室。
 入ってくるアシュレイを迎えるのは、クリスタベル。以前に比べ老いは見られるが、それが以前にはなかった落ち着きとして身を包むことでかえって美しくさえ見えた。
 常に氷像のように冷たい表情を崩さないアシュレイが、ここでだけは自らをさらけ出す。
「お母様、ただ今戻りました。」
「あら、ショウ、お帰りなさい。」
「フェンリル、ご苦労だったな。下がっていいぞ。」
黙って頭を伏せるフェンリル、それだけで満たされた。
「ごめんなさいね、フェンリル。本当はあなたにも時々休みをあげたいんだけど、今の私って一人じゃ何もできないでしょう。
 本当に有り難う。」
「もったいないお言葉。
 ・・・失礼いたします。」

 クリスタベルはここへ来てからというもの、本能的にか、人を避けた。
 アックスの方でも彼女を公の場に出そうとはせず、事前の許可なくその部屋へ入ることを許されているのは、わずかに夫のアックス王とアシュレイ王子、そして彼女、フェンリルの三人だけである。

 フェンリル。彼女は本来アシュレイ王子の直属であるが、介助なしには数ティール(※1トゥール=大人の足で一歩、ティールはその複数形。)と動き回れないクリスタベルのために、その身の回りの世話をしたり、話し相手を務めたりしている。全ては、アシュレイの望むままに。
 子の来訪に顔をほころばせ、毛糸から形を紡いでいくその姿はただの母親のそれである。しかし、それは当然のことだとも言える。彼女に一国の王妃としての自覚など有ろうはずはない。彼女はアックスではなく、ジューダスの妻としてここにいるのだから。
 と、編み棒を動かす手が止まる。
「ショウ、お父様へのごあいさつはもう済んだの?」
「いえ、これからです。どうしてもお母様に先にと思いまして。」
「まあ、有り難う。
 ・・・そういえば、ショウ、サーラの姿が見えないのだけど、あなた知らない?」
その言葉に、アシュレイ王子の表情がはっきりと曇る。
「・・・お母様、姉様はもうずっと以前から金龍の巫女として神殿仕えをなさっているではありませんか。お会いできないのは、何も今日に始まったことではないでしょう?」
「そう・・・そうだったわね、ごめんなさい。
 やっぱり年を取ると駄目ね、物忘れはひどいし、聞いたこともなかなか覚えられないし。」
「まだそういうお年でもないでしょうに、そんなことをおっしゃっては困ります。おばあ様など、いまだに皆の面前でお父様をおしかりになるのですよ。
 まずい、そろそろ行かないと。それではお母様、夕食の席で。」
「ええ。
 あなたからもフェンリルにお礼を言っておいてね。」

 その地下、200ティール。
「・・・進捗状況は?」
「はい。まず、D・プロジェクトに関しては、ロード一体につきソルジャーを八属性×3とした24体からなる小隊(ユニット)が4隊、いつでも稼働可能なよう待機しております。追加要員につきましては、提供者さえいればいつでも成人からの量産態勢に入れます。」
「そうか、ご苦労。」
「もったいないお言葉。」
「他の者も聞いてほしい。
 今まで、本当にご苦労であった。心ないことにも手を貸さねばならず、辛い思いもしてきたものと思う。だが、それももうすぐ終わる!」
強い声、そこには人を酔わせる響きがあった。
「「我らが千年王国のために!」」

     3
 連合国は開戦に当たって大きな過ちを犯した。アックスが金龍国内にいた外国人の帰国を許可し、国家として全面的に協力もしたのに対して、連合は自分たちの領土内に暮らす、あるいは滞在する金龍国人を人質に取ったのである。
 その方が各報道機関に流されるやいなや、初めは戦争に対して消極的だった金龍国内の世論は一気に盛り上がった。国の至る所で「解放・千年王国」、そんな気勢が上げられ、人の流れに乗ってその気運は瞬く間に大陸中に広まったのだった。
 それは今まで永きに渡って抑圧の中生きてきた民衆の感情をも呼び覚ますこととなり、更に皮肉なことには、アックスの行いに対して正当性を与えることとなってしまったのである。
 竜人兵を生み出すために犠牲となった少年少女、そして全身の血液を一滴残らず提供することとなった各王家の縁者たち、その事実はいつしか歪曲して伝わり、美談として残ることとなる。

 あくまで「ヒト」を相手とすることを想定した連合国軍に対し、アックスの開発した竜の使徒たちはその戦闘力を遺憾なく発揮していったのだった。

 ショウがレリクスでの生活を始めてから三ヶ月が過ぎた頃、世界では連合国が金龍国に全面降伏していた。それにともない、全ての国家が一度解体した後、国民の投票によって選ばれた議会が政治を運営する自由主義共同体、「SOPHIA」が建国されていた。
 母体となる金龍国の最高権力者であったアックスは象徴的存在へ、軍隊としてのソルジャーも解体、警察組織へとその姿を変えていた。言論の自由、三権の分立、国民主権、軍隊を持たない平和国家、そんな言葉に人々は酔いしれたのだった。

 同じ頃、ようやく傷の癒えたショウは「家」を与えられる。そして、それと共に「仕事」を。
「・・・僕が、皆さんに勉強を教えるんですか?」
「そうよ。」
「ですが、僕はその・・・見た目こそこうですが、それは血のせいで、実際にはせいぜい初等教育を終えた程度なんですよ。そんな僕が他人に何かを教えるなんて・・・」
「忘れたの?ここは世界からうち捨てられた島。あの子たちはあなたよりもずっと小さいうちにここへたどり着いたのよ。」
「あ!済みません・・・。」
「何も謝ることはないのよ。ただね、ショウ、私はあなたに教えてほしいと言っているのではないの。むしろ、一緒に学んでいってほしいのよ。」
「一緒に・・・学ぶ?」
「そう。きっと色んなことを教えてくれるわよ。」
「それは何となく分かります。ここの方々からは今までにも色々なことを、特にあなたからは多くのことを教えていただきました。
 信じられますか?かつては一度ならず殺そうとした相手にさえ、今は感謝したい気分なんです。『全てのことがあったからこそ、僕は「ラーナ」というかけがえのない存在に出会えた。今まででに出会った全てのことが一つでも欠けていたら、きっと僕はここにこうしていることはできなかった。残り少ない人生だって、かえって充実した時間を送れる。だから、有り難う。』って。
 自分でも、すごく不思議なんですけどね。」
ショウは、笑っていた。まだぎこちなさこそ残るものの、確かに彼は取り戻しつつあった。
「ホント、ヒトって、不思議な生き物ね。
 ショウ君、あなたは自分で言うほど幼くない。体に合わせて心まで成長しているのかしら?さすがにその口調はちょっとそぐわないけど、むしろ色々な経験をした分、子どもと大人、その両方の良さを持ってる気がする。」
「どういうことです?」
「フフ、こういうことよ。」
ラーナの両腕がショウの首に回される。彼女の顔以外の全てが、視界から消えた。
「!」
「大人の、キスよ。
 頑張ってね、あなたならきっとやれるわ。」
さわやかな花の芳香が真新しい木材のにおいに混ざって広がった。

 ある日、その日の仕事を終えたショウは久しぶり(三時間ぶりぐらい)に、ラーナの顔を見たくなったってその家を訪れた。彼女に誉めてもらうことを、白状するならば、ご褒美をもらうことを期待して。
 だが、ききとしてドアをたたくショウに戻ってきた返事はアンナのものだった。
「留守?」
「そ、お姉ちゃんはいないわよ。」
「どこへ?」
「さあ?」
「さあって・・・」
「私もよくは知らないんだけど、気にしない方がいいわよ。いつものことなんだし。」
「いつも?」
「うん、大体月1くらいかな。ショウさんがケガで寝てた間も、かかさずね。朝目が覚めるともういなくて、それで次の日目が覚めると必ず戻ってるの。」
「不思議に思わなかったの?この小さな島の中、どこに、何をしに行ってるのか。」
「そりゃ、最初は思ったけどね。
 でも、知る必要のあることならお姉ちゃんが自分で話すわ。それをしないっていうことは、知らなくてもいいのか、それでなければ知っちゃいけないことなのよ。」
「・・・・・・。」
「それに、女たるもの秘密の一つや二つくらい持ってて当たり前よ。あ、心配しなくても、私はショウさんに言えないことなんて一つもないわよ。」
最後の言葉はショウの耳まで届いていない。
 ショウの心ここにあらずと見て取るや、たちまちアンナはほおを膨らませる。
「ショウさん、どうせ暇でしょ!お留守番交代!」
「あ、はい、分かりました・・・。」

 だれもいない部屋。
 ラーナがいないと、光までが弱々しく感じられる。
 寝台に腰掛け、ショウは考えていた。
『ラーナ=フェル、13年前に突然この島に現れる。以来、この島で多くの忌み子の死を見守ってきた、か・・・。
 何のために彼女はここに?』
幾ら考えたところで、神ならぬ身の彼にそれが分かるはずもない。しかしそのとき、ショウの心に一つの疑問がわき上がる。
『ちょっと待って・・・
 ラーナさんは一体どうやってこの島に来られたんだ?そして、僕は?
 あの人が僕らと同じじゃないのは確かだ。僕らみたいに、血に精のよどみが感じられないもの。かと言って、この土地に元々人が住んでいたとは考えにくい。どうやら、あのヤギと鶏のつがいも同類らしいけど、本当にどうやって?
 空は乱気流、海には大渦、何もないところから生まれてくるはずはないし・・・』
ショウはラーナを待つことにした。全てを知っている本人に尋ねるのが一番早い、13歳の青年が出した答えはそれだった。
『あの人のにおいだ・・・。』

 日差しが温かい。小麦の焼ける香ばしいにおいと、それに加えて、不規則な音が意識に飛び込んでくる。
「?」
どこか違う、何かが違う。
「お早う。
 ごめんなさいね、起こしちゃった?」
「あ、お帰りなさい。
 ・・・ごめんなさい!僕、ここであなたを待とうと思って、それで・・・」
「気にしないでいいのよ。あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こすのかわいそうだったもの。
 ステキな寝顔してたけど、どんな夢を見てたの?」
「・・・秘密です。
 ラーナさん、オーブン!」
「あー、ズルい、はぐらかしたー。」
「そ、そうじゃなくって、本当に・・・」
「もー、オーブンがどうしたって言うのよ。
 ・・・きゃ!」
盛大に煙を噴き上げるかまど。
「何?何?火事?」
「お姉ちゃん、大丈夫!」
異変に気付いた子どもたちが次々部屋に駆け込んでくる。
「又やったわね・・・もう、お姉ちゃんたら。」
「又?」
「年中行事みたいなものよ。毎年一回くらい、思い出したように料理をやりたいって言い出しては、必ず失敗するの。
 だから、お姉ちゃんは調理器具に触るなっていつも言ってるのに。」
「前回は確か、みんなの誕生日を祝うケーキを焼くって言って異臭騒ぎを起こしたあげく、できたのは怪しげなスープだったよね。」
「そうそう。大きな声じゃ言えないけど、あれを捨てた後にはいまだに草一本生えてないんだ。」
「・・・そうなんだ。」
「・・・ごめんなさい。」
「張り切る気持ちは分からないでもないけどね・・・。
 それで、今回は何を?」
「バターロールとボイルドエッグ、それにシーザーサラダ。」
アンナはそれを聞くと、腰に手を当てた姿勢で台所をいちべつ。
「・・・フゥ。
 で、包丁は折れてオーブンは大破、消し炭と化した小麦に天井に張り付いたままの卵・・・野菜はどこ?」
一回りも年の離れているアンナに向かってラーナが手を合わせて平謝りしている姿を見て、ショウは笑い出していた。いつもの、何者にも動じないというイメージとはあまりにかけ離れたその姿。
 ・・・あそこに入って以来、こんなに笑ったのは初めてだった。
「折角ですから、頂きます。」
ショウは皿を差し出す、と、天井からはがれ落ちてきた卵が見事円の中心に収まる。
『でも、どうしてゆで卵を作ろうとして天井に目玉焼きが?』
「ショウさん、悪いことは言わないから、やめておいた方が・・・」
「そうだよ、人間、時には引くのも勇気だよ・・・。」
「だ、大丈夫ですよ、きっと、多分・・・」
かたずを飲んで見守る一同の前で、ショウは固くなった卵から汚れた部分を取り除いていく。そしてそのまま、切り分けるまでもなく一口大となってしまった卵を、おもむろに口へ。
「・・・コフ。」
「しょ、ショウ君、大丈夫!?」
「お、お水を・・・」
「・・・ショウさん、落ち着いた?」
「す、済みません。折角作ってくださったのに・・・」
「・・・お姉ちゃん、片付けはいいからしばらく外に出てて。」
「私に何かできることはない?」
「応援してて。」
「祈ってて。」
ティミーとハルの間髪入れぬ返事。
「分かったわ。私は何もしない方がいいのね。」
「・・・ラーナさん、お話が。よろしいですか?」
「ええ、それじゃあ浜辺を少し歩きましょうか。」
先に立って歩くラーナ。小屋の方を振り返ったショウは、鶏のえさ箱に野菜が山積みになっているのに気付いた。

 レリクスには四季の別がない。一年中変わりなく咲き誇る草花は、いつものようにショウの足の下で音を立てていた。
「それで、話っていうのは?」
「ええ。
 あなたのことをもっと教えていただきたいんです。」
「随分直接的ね、そういうのも、嫌いじゃないけど。」
「はぐらかさないでください!」
「私は、この島で子どもたちの世話をする変人。それだけじゃ不満かしら?」
「初めて会ったはずなのに、なぜかあなたは僕が『施設』出身であるとご存じだった、普通であれば、その存在すら知り得るはずもないのに。
 失礼ですが、あなたは何も明かしてくださってはいない。
 どうやってここにやってきたのか?そして、留守にしていた間どこに行かれていたのか?」
「それを聞いてどうするつもり?」
「・・・分かりません。
 ただ、あなたのことだから知りたいと思ったんです。」
「きっと、聞かなければよかったと思うわよ。」
一瞬、風に髪をなびかせるラーナの後ろ姿にあふれた悲しみが、ショウの胸を突く。
「・・・なんてね。冗談よ、そんな顔をしないで。
 私もあなたと同じ。ここには流れ着いたの。あなたはどうか知らないけど、私は昔この世の中が嫌になって、それで海に身を投げたのよ。」
『だが、僕は森の中にいた、しかも、ガーディアンに捕まって。ここはおろか、海にすらたどり着けるはずはない。』
「・・・それから、ここの子どもたちに、丁度あなたと同じように『生きる』ことを教えられた。
 時々家を空けるのは、外の情報を手に入れるため。」
「外の情報?」
「私には不思議な力がある。『風』が見えるのよ。」
『風、風か・・・。』
ショウの足が一瞬止まる。しかしラーナはその様子に気付いてか気付かないでか、全く変わらない速さで先を歩き続ける。
「確かにこの島は潮流と気流によって世界から隔絶されているけど、一年中閉鎖されっぱなしっていう訳じゃないの。大体月に一回くらいは風がやんで、そのとき鳥に手伝ってもらえば外と連絡を取ることが可能なのよ。
 それをあの子たちに話さなかったのは、そのことを知ればあの子たちは必ず両親のことを思い出す。それは、きっと忘れたままでいるよりも辛いことだから。
 ・・・っていう風に言えば、信じる?」
一瞬呆気にとられたショウだったが、クスリと笑うと顔を上げた。
「僕はあなたが好きです、だから、全部知りたいと思った。
 でも、あなたがおっしゃりたくないことまで無理して話してほしいとは思わない。
 ただ、一つだけ約束していただけますか?
 僕が死ぬまでずっと側にいて、そしてほほえんでいてくださると。」
「いいわ、約束する。そして、いつかきっと全部話す。」
「あなたはここに流れ着き、そして時々風を見る力を使って外の情報を手に入れている。そうでしょう?」
「・・・有り難う。」
「どうして、僕に風のことを話してくださったんです?」
「あなたにだけは、話しておくべきだと思ったからよ。
 あなたはどう見ても流されてここへ来た風ではなかったし、だとしたら、ご家族に連絡を取るべきだと思ったから。
 もちろん、秘密も守れる人だと。」
「有り難うございます。でも・・・」
「?」
「・・・やっぱり、家族には知らせないでください。」
「どうして?・・・もちろん話したくないことだったら無理に話す必要はないけど。」
「僕は、『ショウ=イスカリアット』はもう死んだんです。ここにいるのは、同じ名を持つだけの別人。
 あそこにいる間に、僕と世界の時間は大きくかけ離れてしまいました。残された時間も、そう長くはないでしょう。」
「・・・・・・。」
「もし許してくださるのであれば、これからの時間をあなたと共に生きたい。
 これを・・・受け取っていただけませんか?」
言って、ショウはポケットに入れていた手をラーナの前に差し出した。
「これは・・・あなたが自分で?」
それは、ひとそろいの貝殻の耳飾りだった。
「僕も、一応は金龍国人ですからね。材料さえあれば、それを思う通りに成形するのは大した手間でもありません。」
「何てことを!
 気付いていない訳ではないのでしょう?」
「ああ、そのことですか。
 いいんです、僕は元々死んでいる人間なんですから。今更、命が惜しいなんて・・・
 !」
ラーナの平手がショウのほほにさく裂し、言葉を遮る。
「ショウ君、そんな悲しいことを言わないで。
 あなたは生きている。なのに、どうしてそんなに自分を軽く見るの?
 自分自身すら大切にできない人に、他の人を大切にできる訳がないわ。結婚っていうのは、信頼し合う二人が一緒に幸せになろうって約束でしょう?それなのに、自分を犠牲にして他人を幸せにしようなんていうのは、偽善よ。ううん、それじゃ、本当の意味で幸せになんてなれるはずはない。
 お願い、本当に私のことを愛してくれるのなら、最後まで生きて。見苦しく見えたっていい、他の人の目が何だって言うのよ。悟りきったような顔をして、これ以上自分を傷付けないで・・・」
「ラーナさん、泣いて・・・らっしゃるんですか?僕なんかのために。」
「ごめんなさい、答えがまだだったわね。YESよ。」
「有り難うございます!」
ショウはラーナの腰に手を回し、遠慮がちに体を引き寄せる。ラーナは黙って瞳を閉じ、やや遅れて、ぎこちなくショウの唇がラーナにかぶさった。
 日が昇り、新しい一日の始まりを告げる。
 いつもと同じような朝。アンナの用意した朝食に子供たちが群がる。
「はいはい、あわてなくったって、ちゃんとみんなの分あるから。
 お姉ちゃんまだ起きてないのかしら?だれか、お願い!」
「お姉ちゃーん、ラーナお姉ちゃーん。」
ラーナの小屋から、カの鳴くような声が返ってくる。・・・彼女は朝が弱い。
 みんなの食事が終わった頃に、ようやく顔を洗ったラーナがやってくる。
「お姉ちゃん・・・」
「どうしたの?私の顔に何か付いてる?」
何を思ったか、ラーナの顔を凝視し続けるアンナ。
「こら、あんまり人の顔をじろじろ見るものじゃないわよ。確かに、起き抜けでひどい顔なのは分かるけど。」
「逆よ。お姉ちゃん、昨日よりもずっときれいに・・・そう、いうことか。」
「・・・ごめんなさい、約束、破っちゃったわね。」
「・・・・・・。」
「いいのよ、罵声を浴びせてくれたって。私は、それだけのことをしたんだから。」
「・・・ううん、いいの。それよりも、絶対に幸せにならなきゃ承知しないわよ、私の分まで。
 でも、もう少し早く言ってくれてれば、ドレスだって用意できたのに。」
「アニー!」
知らず知らずのうちに涙があふれてくる。
『・・・よ、あなたはむごい!なぜ、どうしてこんなにいい子が死ななくてはいけないのです。
 彼女は何一つ悪くない。ただ、あなたの気まぐれから望んでもいない力を持って生まれたというだけの理由で、母を殺し、父に捨てられ、社会に残ることすら許されない。
 それでも、この子たちはあなたを恨みもせず、精一杯生きているというのに・・・
 その報いが、これですか?』
持ってはならない問い。ラーナは何もできない自分に唇をかんだ。
 これまで何人もの子供たちの死を見つめ、そして送ってきた彼女だが、やはり死別は辛い。

 翌日、全ての子供たちが立ち会う中、式は執り行われた。
 普段着ながら、その身一杯に祝福を浴びたラーナは、今までのどの瞬間よりも輝いていた。

 しかし直後、ラーナは体調を崩す。
 畑を耕している最中に突然倒れたのだ。以来高熱が続き、体は衰弱しきっていた。併発症状は全くなく、ただただその生命力だけが奪い去られていく。
 肌は白く透き通り、静かに眠るその様は、息さえしていなければ彫像と見まちがうであろうほどに美しかった。

 三日目、苦痛に顔がゆがみ、閉じられていた瞳が薄く開く。
「ショウ?あなた、ずっと・・・」
この三日間というもの、ショウはラーナの手を握り、祈り続けていた。そうすることしかできなかった。
 鳩を使い、ラーナが連絡を取り合っていたという相手にも助けを求めた。知る限りの薬草を試すこともした。
 しかし、今の彼女を見ればその全てが徒労に終わったことは明らかだった。
「ラーナさん、やはり、『力』を使わせてください!木龍(ユグドラシル)の力を解放すれば・・・」
「・・・有り難う、ショウ。でも、もういいのよ。自分のことだもの、私には分かっているわ。」
「でも、このままあなたをいかせてしまったら、僕はきっと一生自分を許せない!」
「優しいのね・・・」
言って、ラーナはショウの手を引き寄せた。
『違う、僕は優しい人間なんかじゃない。僕は、ただ・・・』


第壱部


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