いつもは心の奥底に閉じ込めているものが、不意をついて溢れ出すことがある。
自分がいかに非力で浅ましく傲慢で脆い人間だということを思い知らされる。
闇を切り裂く悲鳴。
真っ赤な血に染まる自分の両手。
飛び起きた火村は無意識に両手についた血を拭うかのようにこすりつける。
現実のものではないのに、消えないあの感触に戦慄する。
勢いよく水を流し、両手を洗う。
まだだ、まだ消えない。
消えてくれ!
繰り返される悪夢から一生逃れることはできない。
これは報いなのだ。
もうどうすることもできない。
自分がひどく不安定になっていくのがわかる。
いつからだろう。
こんなに弱くなった。
今までがむしゃらに生きてきた。悪夢が過ぎ去るのをじっと堪えて立ち尽くした。
一度しゃがみこんだら、もう二度と立ち上がれなくなる。前に進むことができなくなってしまう。
この苦しみは自分自身の報いなのだから。
決して立ち止まってはいけない。何にも縋ってはいけない。
しかし、安らぎを感じてしまった心は、もうそれなしではいられない。
いつも彼を求め続ける。
この渇望はすべてを凌駕し、火村自身さえ知らなかった自分を曝け出させた。
自分は弱い人間だと思っていたが、これほどとは・・・。
思わず自嘲が浮かんだ。
アリスは強い。
耳にかかるほど伸びた柔らかい栗毛と大きな瞳のため、随分優しげで穏やかな印象を受けがちだが、彼の本質はまったく異なる。
努力に努力を重ね確固たる信念を持ち続けて夢を掴んだ彼は、火村がその人生で出会ったどの人物よりも輝いていた。
強いアリス。
綺麗なアリス。
俺はお前のそばにいてもいいのだろうか?
俺はお前に相応しいか?
いつの間にか雨が降り始めていた。
雨の音に耳を澄ませる。
火村はぐっと拳を握りしめた。
夜は、まだ明けない・・・。
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