冷たい雨




大雨のなか。
俺は部屋から飛び出した。
天気予報では明日の早朝に台風が最接近すると言っていた。
雨が降り続ける。強く。
傘もささずに俺は必死に走った。一度立ち止まってしまったら終わりだ。もう二度と進むことができない気がした。


連日の夏日が嘘のよう。冷たい空気に包まれている。
土砂降りの雨が街をぼんやりと覆い隠した。
濡れたシャツが肌に張り付く。雨の雫が俺を濡らし身体から体温を奪っていくのがわかる。このまま俺の心も冷たくなって凍り付いてしまえ!
激しい雨が俺に打ちつける。
俺は祈る。ばかな。神など信じていないというのに何に祈るというのだ。
だが、俺は祈らずにはいられなかった。
洗い流してくれ!全てを、俺に残るあいつの感触を。俺の中のこの感情を。
このまま俺自身も無くなってしまえばいい。雨に貫かれ。
激しさが増す中、俺はただ立ち尽くした―。



どのくらいの時間が経ったのだろう・・・。
気がつくと俺はある店の前まで来ていた。無意識に足が向いていた。
今更この場所に来ていったいどうするつもりなんだと自分に問い掛ける。
ふっと自嘲が浮かんだ。
無意識にとった行動に現れるほど、俺は既にあいつに縛られているということか。
いや。縛られているんじゃない。もう、これは蝕まれている。侵食されているんだ。
通りから少し入ったその店は小さな洒落たイタリアンレストラン。
そこは俺達が初めて出逢った場所だった。
二人が足を踏み入れたのは”許されざる快楽の部屋”。俺達は神に背くその行為を重ねていった。
俺達は出会ってはいけなかったのかも知れない。



突然背後から眩い光が俺を照らした。
ゆっくりと振り返る。
雨に滲むライトの向こうに車から降りる長身の男のシルエットが見えた。その男は雨に濡れることも構わず近づいてくる。
俺は諦めたように瞳を閉じた。
罪深い俺達はまた過ちを繰り返すのか。
逃げ出すことさえ叶わない。俺を捕らえて離さないあの瞳。
俺はまだ赦されることを望んでいるのだろうか。
いや、二人で堕ちるなら―。



男は静かに俺に口付けると、耳元で囁いた。
「愛している―。」
それは最も甘美で残酷な言葉だった。














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