Melody |
彼の細く長い指は魔法のように美しい旋律を生み出していく・・・。 鍵盤の上を流れるように滑ってはメロディを奏でるのだ。 部屋には彼の奏でるメロディが静かに流れ、俺はソファーに凭れて目を閉じうっとりと聴き入った。 ドビュッシー作曲の”亜麻色の髪の乙女”は、ピアノのゆっくり美しい旋律が乙女の純粋さを表す。 優しげで無垢なこの曲は彼にぴったりだといつも思う。本人に言ったら怒るかな?今年で30歳になるのにまた学生に間違えられたってこの前がっかりしてたし。 くすくす・・・ おっと。思い出し笑いをしてしまった。 目を開けて彼を見ると、手を止めて怪訝な顔でこちらを見ていた。 「直人。どうかした?」 「ごめん、なんでもない。ちょっと思い出しちゃって。」 「?変なやつだな。」 「ねえ。今の”亜麻色の髪の乙女”でしょ?」 「うん。やっぱむずかしいよなぁ。山田さんとこの奥さんがどーしてもやりたいって言うんだよ。俺も教える前にちょっと練習と思ってさ。こんな純粋無垢な曲、表現むずかしいよ。」 あんた、真面目すぎ。 「へぇ〜。あのおばさんが弾きたいんだ。皓ちゃんも大変だね〜。」 「山田さんは大切な生徒さんだぞ。それから、”こうちゃん”って呼ぶなよ。もう子供じゃないんだ。恥ずかしいだろ。」 「いいじゃん、幼なじみなんだから。」 「おい!」 「はいはい。わかったよ。」 まったくすぐにムキになるんだから。カワイイ。 皓ちゃん、いや、村山皓司と俺・江川直人は俺が4歳のとき隣に越してきてからの幼なじみだ。俺より3歳年上でピアノの先生をしている。 彼は5年前両親を事故で亡くした。ピアノ教師だった母親から仕込まれていた彼は、母親のピアノ教室を継いだのだ。 ふぅ。皓司はため息をつくとピアノから離れ、俺が座っているソファーへ腰をおろした。 「ひと休み?コーヒー淹れる?」俺がきくと、即座に返事が返ってくる。 「おっ、いいねぇ。頼む」 皓司はテーブルの灰皿を自分の前へ引き寄せると、タバコに火をつけた。 俺は勝手知ったる人んちのキッチンへ向かい、メーカーをセットする。 しばらくするとコーヒーのいい香りが広がり始めた。 俺はしばしばこうしてやって来ては、皓司のピアノを聴く。 もちろん隣家で親友というのもあるが、一番の理由は単に彼と一緒に居たいから。 「幼なじみで親友」だった俺達の関係はここ数年で別な意味をもつこととなっていた。 俺達は何度か肉体関係をもったことがある。 あの時はお互い酔っていたから。 俺の両親は他県にいる。親父の転勤に母さんも一緒についていってる。 俺は気ままに一人暮らしってわけ。 あの日は俺の誕生日。俺は何だか一人でいるのが寂しくて、親父の「越の寒梅」を抱え隣家へ向かった。 土曜の夜。日曜は教室がないのを知っていたので、朝まで飲むぞ!と二人でぐいぐい飲んだ。 皓司んちの酒も拝借し、2人ともいい感じに酔い始めた。 酒が足りないとキッチンへ取りに行くのに立ち上がった俺は、バランスを崩した。皓司は倒れる俺を支えようとしてくれたらしいが、結局2人して倒れこんでしまった。 皓司の上に圧し掛かるような体勢で俺達は数センチの距離で見つめ合い、どちらともなく口づけを交わした。 今まで幾度となくふざけたりして接触したことはあったのに、今回の接触は俺達の間に新しい心情を芽生えさせるものとなった。 一度触れ合った唇を互いに離すことができないまま、俺達は抱き合った。 俺は皓司に恋をしていることに気が付いた。それは子供の頃からずっと俺の心の根底にあったものだったのに。 恋情は膨れ上がる。激情となって俺の全てを支配する。 俺を見て。俺だけを。 報われることはないと判っていたはず。 皓司はもう二度と恋ができないのかも知れない。もう誰も愛せないのかも知れない。 でも、それでも。 彼には伝えることができないけれど、俺は誓う。 俺は決してお前を置いていかない。もう一人にはしないから。 カップを彼の前に置き、俺は隣に座った。 「ねぇ、あれ弾いてよ。」 皓司はちょっと熱そうにコーヒーを啜りながら、俺を見る。 「またかよ。ほんっとに好きだな。」 「うん。コーヒーが皓司の飲めるいい温度になるまで弾いて。」 「しょうがねぇな。」 彼の指がメロディを奏で始めた。 俺の好きな曲。 好きな男がその指先で生み出す美しい旋律。 この曲を弾いている間は、彼は俺だけのもの。俺を思い弾いてくれる。 彼をもっと感じたくて、独占したくて、俺は自ら視覚を閉じる。 メロディに含まれる彼の気持ちを感じ取れるように・・・。 サティの”ジムノペディ第一番”。 その曲は。 ”ゆっくりと苦しみをもって・・・” |
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ここまで読んでいただきありがとうございました。 えー、今回は私の大好きなクラシック曲を組み込んでみました。この他にフォーレの”シシリエンヌ”もスキです。 ピアノをはじめ楽器ができる人は私大スキです。尊敬します。 私何もできないからな〜。くすん。 これ弾いて、あれ弾いてって言って自分のために弾いてくれるなんて素晴らしいじゃないですか。憧れです。 皓司さんは過去にワケありです。機会があれば皓司さんの過去に迫ってみたいと思います。(ほんとか?) |
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