『ドライバーズ・シート』



とある群馬のカー用品量販店。
そこに週末の夕方、バケットシートを見上げて逡巡する髪の長めの男がいた。

彼の名前は庄司慎吾。
妙義ダウンヒル最速を自負する彼だったが、先日秋名のパンダトレノに手痛い一敗を食らわされたばかりである。

多少卑怯と呼ばれる手を使ってまでも勝利に固執する彼の性格のキツさ、ガラの悪さはチーム全体の雰囲気の中にあっても抜きん出ていた。
キレやすい怒りやすい俺様的態度。外から見た一般的な彼のイメージはそんな所だろう。
そんな彼の内面を知る人は少ない。
パンダの走りはすばらしかった。思わず回りにそう言ってしまう程に。
だけどおかげでもっと早く、速く走りたいと思い直したのも確か。
その為にどうすればいいか色々考え、彼なりに思い当たった改良点は彼のささやかなコンプレックスに振れる所だった。

別段、食が細いという訳でもない。
確かにあまり食欲が多いほうではないが、それでも普通に食事を取っていたし、むしろ気にして人より食べている方だと思う。
だけど、胃下垂の傾向があるためだろうか…
さっぱり肉になってくれないのだ。

不健康なわけではないのだが、ハタチを超えても一向にガリガリ、という形容詞から離れられない。
気にして体の線が出ないような服ばかり選んで着ているつもりだが、他人の目などこの際どうでも良かった。


体が泳ぐ。

走り屋としても、楽しむだけではなく速さを求める者は、コーナーで襲いかかるGに対抗して体を支えるために純正シートからホールド性の高いバケットシートへ変える者が多い。
慎吾もその一人だった。
ただ、今まで走りだけに使う車ではなく、普段の通学やドライブに出す事も考えて、リクライニング付き(椅子の角度が変えられる)のセミバケットシートを愛用していたのであったが…。

ハチロクとのバトルの時、限界いっぱいまで攻めこんだコーナーで4点シートベルトをかけて尚、体が浮いた。
標準の成年男子にしては細い腰。小さ過ぎるケツ。
如何にセミバケを入れていても隙間が出きる。
セミバケットシートの中ではホールド性が高く、一番サイズの小さな物を付けていたのだがここいらが限界かも知れない。
やはりホールド性で言ったらフルバケットシートに叶う物はないのだ。
多少角度を変えられない等の不便さは出るが、そんな理由であと数秒縮められるのなら変えない手はなかった。

慎吾はそう結論付けると新しくモデルチェンジしたばかりのシートのチラシを手にカウンターへと向かった。

「すみません、これ欲しいんですけど」
「一脚ですか?」
本当は二脚入れた方がカッコイイ所だが、数万もするシートを2つも入れられる程学生の慎吾には余裕は無い。
「一脚で・・」
「サイズは如何なさいますか」
「…Sで」





「へぇぇ――!で、買ったの?」

夜の峠、何時も走りの合間にそれぞれの情報を交換し合う。
その夜もいつもと変わらぬ夜の妙義だった。

「何を買ったんだって?」
「あ、中里サン…」
この時期、まだ中里と慎吾の間柄は仲が悪い、で浸透している。
しかし、実はそうではなかった。
男同士で人に言えない恋愛を始めた彼らは、数ヶ月前に体の関係にまで進んでいる。
照れ屋な慎吾はバレてないとわかっていても、必要以上に中里を人前では遠ざけようとしていたのだ。
「うるせぇ!てめぇには関係ねぇよ」
今夜もギラつく視線で睨まれた中里はその意を汲んで、他のメンバーに軽く肩を竦めて去っていく。
しかしおせっかいなチームメイトは慎吾が再び走りに行っている間に中里に情報を伝えに着た。
「慎吾サン、フルバケ買った見たいっすよ」
「慎吾がフルバケ?あいつのシビック、今もセミバケ入ってなかったか?」
「入ってますけど…なんか、気に入らないみたいですよ。今注文中だとかで入るのは来週らしいですが」
「そうか」
返事を返しながら中里は何事か考え始めた。



ピピピ・・
「ん?メールだ」
何度か往復した後で、熱くなったエンジンを冷ますために駐車場に車を止める。
タイミング良く入って来たメールを開けるとさっき自分で追い払った中里からだった。
他に見る人がいない車内で慎吾の顔が嬉し気に表情を変える。
果たしてその内容は

『今夜最後まで残れるか?』

これは他の仲間が引けた後一緒に過ごそうぜというお誘いに他ならない。
『大丈夫だぜ』
回りに人さえいなければ、以外と素直な慎吾だった。





「毅」
頂上の駐車場で、闇に溶けるように止められていた一台の車の隣に赤いシビックが横付けされる。
「他のヤツら、みんな帰ったのか?」
「ああ、最後まで走ってたやつも今帰った…」
車を降りて来ようとした慎吾を中里が制すると、勝手にシビックの助手席を開けて乗りこんで来る。
「あったけ〜〜」
「なんで外で待ってたんだよ。すっかり冷えちまってんじゃねーか・・」
走って来たばかりのシビックはヒーターを付けていなくても充分暖かい。
それなのに、より中里を暖めてやろうと…ヒーターのスイッチを入れる慎吾は、中里の企みにまだ気がついていなかった。

ギシリ・・とシートが軋む音に振り向くと身を乗り出してくる中里。
何をしようとしているのか明白で、恥かしいんだけど嬉しくて、慎吾も目を閉じる。
冷えた唇が慎吾の小さなそれに軽く触れた。

「ん…」
軽く…と思ったのは一瞬だけで、中里が車の中とは思えないような深い口付けを何時までも止めないので、流石に慎吾も困惑してくる。
「ん・・ん…んん――――!!」
手でその頭を引きかがそう…と思ったのだが、その細い手首はあっさりと掴み返され封じられた。
純粋な腕力では中里に到底及ばない慎吾はもはや身動きが取れなかった。
「―――!!――」
ガクン!という急激なショックと共に体が押し倒される。
いつのまにか片手を伸ばした中里が、慎吾の座る運転席側のリクライニングレバーを思いきり引いたのだ。シートに二人分の体重を押し付けられていたのだから勢い良く倒れるのは当たり前で…。
しかしそのショックでようやく唇が離れる。
「――ン!てめぇ!どう言うつもりだっ!!」
どう言うつもりも何も、意図は見え見えなのだが、だからと言ってはいどうそ、と差し出せる程この体は安くないはず。
しかしこんな時だけ妙に手際のいい中里は、細い慎吾の両手首を上に抑えつけたまま、シフトを跨いで運転席側に移って来る。
いくらシートをべったり下げていたとしても、こんな狭い所に男二人は無理だ!!
そう思うのに、中里は器用に運転席の足元に膝を突いて入りこむとニヤリと人の悪い顔を浮かべて圧し掛かってくる。

怒りと恥かしさに顔を真っ赤にして怒る慎吾を何とも思わぬ様子で、しゃあしゃあと耳元にその口を寄せ、己の企みを口に出した。
「一回車の中ってして見たかったんだよ…。フルバケに換えるなら、その前にと思ってな」
「なっ…!///」
中里の企みに今ごろ気がついてももう遅い。
「ばっ!バカ!!俺の車をそんな事に使うなよ!!」
身を捩って抵抗を試みるが、いつのまにか片手で自分の両手を抑えつけた中里は、空いた手で服の下を弄り始める。
直に肌に冷たい手が触れて、思わずゾクリと鳥肌がたった。
急激に顔が赤くなる。やだやだ!こんな所で!いつ誰が来るかわからない屋外で!
それに自分の乱れる様などを、この愛車に見られたくはない…!
「毅!やだって!!」

思いきり強く払いのけた一瞬で、中里の手がそれた瞬間に、狭い場所にもぐりこんだ中里を蹴りつける勢いで車外に脱する。
乱暴に開け放ったドアからどうにか外へ転がり出たままアスファルトの上に尻餅をついた。
捲りあがったシャツをおろしながらぜぇぜぇと荒い息を吐いて運転席に取り残された男を睨みつける。
「オイ!」
「いいじゃねぇかよ、最後に1回くらい叶えてくれたって。
どうせあたりには誰もいなくなったし、来週フルバケに換えちまうんならゆっくり出来るのは今日が最後じゃねぇか」
「それがどうしたって言うんだよ!じゃーてめぇは自分の大事なRの中でそんな事しても平気だって言うのかよ!?」
中里ちょっとだけ考える。
「構わないぜ。ただもうフルバケ入っちまってるからナビ席か後部座席って事になるかも知れないが…。」
真面目に己の車内を思い出しながら想定して答える中里に、怒りよりも気が抜けて来た。
あくまで譲る気のない中里に頭痛がする。片手で熱くなった顔を抑えながら溜息をついた。
「慎吾、誰も見てないって」
欲を煽るような低めの声で慎吾を手招く。
――誰も見てない。慎吾がその言葉に弱いのをちゃんと知っている。
「慎吾、来いよ」
ぞくりと腰に来る欲を滲ませた声。
従いたくないのにその声は慎吾の耳から入って体の奥に火を付けた。

ごく・・
自分が無意識に飲みこんだ唾の音がヤケに大きく聞こえる。
ふと視線を逸らし、辺りを見渡すが当然ながら誰の気配もしない妙義の駐車場。
のろのろとEG6の開け放たれたドアまで歩み寄った俺に伸ばされる毅の腕。
そのまま引きこまれるかと思ったら、伸びた手はカチャカチャと俺のズボンを解きにかかる。そのままファスナーまで引き下すと、無言で脱げと言って来た。
確かに狭い内部で抱き合ってしまえば、そんなスペースなどないだろうけど。
屋外で脱げと言われて躊躇する俺の腰を優しく撫でる。
その優しい手つきに促されるままに、ぞくりと何かが疼いた。

震える足を誤魔化しながら片足ずつ抜き去る。
両足がそこから引き抜かれると、毅はそれを丸めてナビ席へと拾い上げた。
下着ごと脱いだ所為で直にシリに振れる外気が冷たく心許ない。
「たけし・・」
「おいで」
引かれる腕。毅のなすがままに向かい合うような形で乗り上げる。
足を挟まないように縮こめてドアを閉めるといつも乗っている自分の車とは思えないような空間がそこにあった。
非日常。
「ぁふ…」
密着する事を強要する、おもいっきり狭い場所で、互いの皮膚呼吸すら聞こえそうなキス。
体温、匂い、気配、すべてが、そこに互いしかないと満々ちている。
髪の間に梳き入る指が好き。
毅の指が絡まる伸びた髪も、引っ張られて攣れる痛みもこの時だけは甘さに変わる。
忙しなく貪り合う舌を絡ませたまま、押さえきれないと言うように毅が自分のズボンに手を掛けた。
くつろげられたソコから窮屈そうに姿を表す逞しいそれ。
キスに集中して視線こそ閉じられたままだけれど、弄る手がその熱さを伝えてくれる。
じわりと腹に湧く新たな熱と正直速く済ませてしまいたいと思う冷静などこか。

慎吾は自ら腰を浮かせた。
毅の手が慎吾の双丘を割るように手助けをする。
慎重に場所を探るようなもどかしい動きを見せ、慎吾は覚悟を決める。
「――ん・・っ」
キス、所ではない。
ぎゅっと目を閉じて、天井を仰ぎ見た俺に毅が続きを促す。
「慎吾・・」
「わ・・かって・・るっ」
何度か腰を浮かせかけながら、それでも徐々に体内に沈めて行った。
「は…ぁ・・」
なんとか収め終えて、それだけで滲んだ汗が長い前髪を顔に張り付かせてうざったい。
目にかかった部分の一房を、毅が唇で避けてくれた。
「サイコ―だぜ」
目を開けると至極満足そうな毅の顔が間近で笑う。
「…シート・・汚すんじゃねーぞ・・」

EG6の窓が真っ白に曇るのはすぐだった。



・・場所を忘れたかのような激しい突き上げに慎吾の意思も朦朧となる。
突き抜ける快感に四肢を振って答えたいのに周囲の狭さがそれを許してくれなくて。
「・・ア・・!アア・・ッ・」
繋がった底から脳天にまで一気に駆け抜けた快感に背を仰け反らせて反らそうとした。

パ―――――――――――ッ!!!

「!!???」
「し・・!んご・・っ!」

突然間近で聞こえた車のクラクションに、一気に現実に引き戻される。
驚きと焦りで硬直した身体は容赦なく引き締まったようだ・・。
「あっ!?」
苦しげな毅のうめきが聞こえたかと思うと、一瞬送れて体内に暖かい飛沫を感じる。
それを感じた後、自らが背中でクラクションを押してしまった音だと気づく。

「しんごォ〜〜〜〜」
情けなさそうな表情と、恨めしそうな毅の声に顔が引き攣った。
「バァ〜カ、イってんじゃねーよ」
「お前がめちゃくちゃ絞めるからだろうが!!」
「俺はイってねぇのになぁ〜。毅が小心者なんだろ」
そう、逆に驚いた俺のモノはクタリと萎えてしまっていた。
ゲラゲラと笑う俺に珍しくドスの効いた睨みをくれ、毅は容赦なく俺の腰を引き上げた。
「ん・・っ!」
ずるりと引き出される感覚は、予告なしで味わうとかなり来る。
そのままナビ側へ俺の身体を移動させると、荒々しくセミバケのシートを起こし勝手にE/gに火を入れた。
「毅?」
「収まりがつかねぇ。付合ってもらうぜ慎吾。俺が満足するまでしっかりな。
麓のラブホまでしっかり絞めとけよ。シート汚したってしらねぇぞ!」
「なっ!!!」
ギュル!っとタイヤを軋ませて疾走するEG6。
この状態で、中にぶちまけられたモノを漏らさない様に絞めておけと言われても…!
本来そうされる為にある場所じゃない所を散々押し広げられて麻痺してしまってると言うのに無理を言う。
「――冗談!!」

だけど中里に冗談で済ませる気があるはずもなく。
その夜のタイムは慎吾がシビックで記録したレコードよりも、毅がGTRで記録したレコードよりも、もしかしたら早かったかも知れない。


おしまい・・

ムフフ…vv
いや気色悪い笑いから入ってしまいましたが(笑)マジそんな感じ!!
ニヤニヤが止まらないです〜〜vv
いや〜ん。慎吾ちゃんお尻小さいのね〜vv毅ったら強引なのねvとかとか…(笑)
しばらくバゲットシート目撃するたびに、ニヤリな雪江ですvv
kikiさん、私のワガママな願いを叶えて下さってありがとうございました〜〜vv

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