冷たい風吹く 8


なんで―――?
なんでやめようなんて、言うんだよ毅?

痕なんて、今さらじゃねぇか。
冷たい視線を送っても、それでも抱いてくれると思ってた。

でも見ろよ。毅、困ってる。
こんな身体見て、萎えちまうのは当たり前なのに。
いつのまにか自分は、それでも続くと思い込んでた。
このところ毅が優しいから、ダメだって思いながら、
自分はそれに有頂天になってた。

ああ毅が、困ってる。
バカじゃねぇのか、俺。

慎吾はゆっくりと息を吐いた。

―――やっと終わるんだ。

きっと毅は自分を人間としては軽蔑しながら、でもヤツだって男だから、
だからきっと自分の身体には満足して。
男女間の関係に起きるうざったさから解放された、ただ欲求を満たすこの関係に満足して。
だから、だから…。自分と毅は繋がってた。

でも終わるんだ。
やっと毅は目が覚めたんだ。
こんな汚れた身体に欲情した自分を、恥じて。

あんなにも恐れていた別れは、こんなに突然にやって来た。
でもそれでも自分は『別にいいけど』なんて言うんだ。
よかったじゃねぇか。
もう『身体だけ』なんて思い悩むこともなくなったし…。





「しねぇなら、いてもしょうがねェし、帰るぜ」

慎吾は中里の方を見ないままに、脱いだばかりのTシャツを身に着け、
上着を羽織った。
今すぐに、急いでここを出ないと、自分は壊れてしまう。
そして、もう2度と。ここには来ない。
貰った鍵。結局1度も、使うこと、無かったな。


ちくしょう…。
鼻の奥が痛い。
こんな時に涙なんて。絶対ダメだ。

そう思うのに、塞がりそうになる胸は痛くて、空気が上手く入ってこなかった。
長い前髪で、きっと歪んでいるだろう自分の顔を隠す。

ははっ…。前髪長ぇのって便利だな…。

慎吾は大して可笑しくもないことに、救いを求めるようにクスリと笑った。




****




Sexしないなら、帰ると、慎吾は言った。
自分達の関係を思うなら、それで当然。
いつものように、ただそれに頷けばいい。

でも今日はどこかに違和感があった。
なぜだか、もう慎吾がここへ来ることがないような気がした。

それでも、本当はいいはずだった。

突然だったけれど、それでいい。
自然消滅。
いいじゃないか。
何事も白黒つけないと気が済まないほど、子供じゃない。
この年になって、別れに愁嘆場なんて、ごめんだった。
しかも元々恋人と言うわけじゃない。ただのSF。

でも何度も身体を重ねるうちに、自分は気付いてしまったのだ。
この慎吾という人間が、自身でそう装っているほどには強くはないことに。
自分が見てきた『慎吾』は、その苛烈さで自分を惹きつけたけれど、
自分が本当に魅せられたのは、その『慎吾』じゃなかった。
ふとした時に見せる笑顔。
困ったような泣きそうな表情。

慎吾にとって自分が「その他大勢」だったとしても、
自分にとっては、慎吾がただのSFなんかじゃないことに気付いてしまった。
自分のものにしたくて、自分だけのものにしたくて、
ジリジリと焼け付くような胸の痛みも味わった。

引き止めて、それでどうしようと言うのか、
自分でもわかってなんかいなかった。
世間話でもするつもりか?
バカな…。
今すぐにでも、押し倒して喘がせて、イカせて、
その全てを貪り尽くしたいと思っているくせに。
そして『好きだ』と言ってしまいたいくせに。

でもこのまま行かせてしまうことは出来なかった。
「待てよ」
「何だよ…」
は?という声が聞こえてきそうな慎吾の顔。
仏頂面に、キュッと寄せられた眉が、震えていた。
時々慎吾はこういう表情を見せる。
そんな時、慎吾が泣くんじゃないか、なんて、
都合の良い勘違いをしてしまいそうになる自分の甘さに、吐き気がしそうになった。
抱くことを拒否したのはこれが初めてだったから。
せっかくこの寒い中待っていたというのに、アテが外れたのだから、
不機嫌なことはわかるけれど、慎吾が泣く理由などこれっぽちもないだろうに。

「寒いし…。泊まって行け」
カラカラに乾いてしまった口から出たのは、押し殺したような
自分でも驚くほど低い声だった。
みっともない。一体自分は何に腹を立てているのか。
しかも引き止める口実に「寒いから」なんて。
説得力の欠片もない。


でも、もう逃げたくは無い。
例え慎吾がそんな自分に呆れて、興味を失うことになろうとも。
こんな時にまで、穏やかな自分を演じるなんて嫌だ。




*****




「待てよ」
少し怒ったような中里の声が自分を引き止める。
急いで出ないと、と思いながら、その声に足を止めてしまう自分は、
なんて未練がましくて、愚かなんだろう。
「何だよ…」
「寒いし…。泊まって行け」

寒いし…か…。
確かに寒ぃ…。
ここは暖かくて、毅の部屋は毅の側は暖かくて…。

「……バカか。車だぜ?」

けど。
何で引き止めるんだ。
わかってる。ここで振り向いちゃダメなんだ。

別れを、平然と受け止めるなんて、出来ない。
今でさえ、少しでも気を抜けば、薄い透明の膜が、
目の前を覆いそうになっているというのに。

「慎吾…」
玄関の土間に立ち、入り込んでくる冷気に冷えた肩に、ふと温かい物が触れた。

毅の腕?
抱きしめられてる…?





9へ続く

嗚呼バカップル…(泣)

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル