2003/02 2/26 人がたくさん集まると人ゴミになります 一週間だと思っていた貸し出し期限が二泊三日だと気付いたのは昨日のことだったのだけれど、借りていた三本のビデオのうち一本まだ観ていないのがあったため、それ観てからまとめて返そう、どうせ千円くらいの延滞料金を払わねばならないことに変わりは無いのだ、と思っていたのですが、今日の昼頃返しに行ったところ「二千五百円になりますー」とあっけなく言われてしまって結構ショックでした。 失意の元に家へ帰ると、母が小銭はないかと問うてきたので、一円玉から十円玉までがぎっしりつまった瓶を渡すと、中身を全て両替してくれ、結果空っぽになった瓶と二千二百円のまとまったお金が手元に残った。 三歩下がって二歩進んだ気分だと思ったけど、よくよく考えれば一歩も進んでなかった。 というわけで、「人狼」、観ました。 結構渋い映画ですね。ストーリーがかなり練られた感じで面白かったですよ。ラストはちょっと救いがない気がしましたけど。押井守の映画の絵柄は結構好きかもと思いました。 あと、映画の内容とは関係ないですが、午前中の居間でビデオを観ると周りの雑音がうるさかったり窓からの光が眩しかったりして映画を観るのに適した環境とは言いがたいのでもう止めようと思った。 昨日、Bivattcheのライヴ観てきた。事前にCD-Rを貰っていたのに結局聴けず、一曲も知らないままで行くことに。あああ、やっぱ聴いてから行けばよかった。ライブでみた感じ演奏の上手くない175Rみたいだと思いました。 前座ではフラワーカンパニーズがやってた。名前だけは結構昔から聴いたことがあったけど音は聴いたことが無くて、サニーデイサービスみたいのが出てきたらどうしようと思っていたのですが、それとは真逆な感じの人たちで面白かった。33歳がけっぷちミュージシャン、靴を客席に投げたら奪い合いになるどころかステージに投げ返されてました。 2/20 電脳の海にダイヴする というわけで、「攻殻機動隊」、観ました。 結論からいうと、それほどつまらないとは思いませんでしたよ。けど、台詞がひどく説明的だなあとか、同じく台詞と台詞の間の「間」が無いなあとか、ストーリー的にいまいちヤマ場がないなあとか、気に入らないところも結構あって。なんというかこの映画はストーリー云々よりその世界観やら哲学やらを伝えようとしてひどく説明的な話になってしまったという印象を受けましたけど。 だから、「情報化が高度に進むとどうなるか」とか「人間と機械の境目はどこなのか」といった部分についての話としてみればそこそこ面白いんですけど、物語としてみると物足りない部分があるなあ、という感じでした。 ついでに、大友克洋の「MEMORIES」も観た。 こっちは一話完結のストーリーを三本立てにして一つの映画にしたもので、一話ごとに監督が変わってて、そのせいなのかなんなのか一話ごとに絵柄まで変わってた。個人的にいいなあと思ったのは第三話の「大砲の街」だけど、時間が短くて、もう終わり?って感じだった。どの話も映像的には面白い部分があった気がするけど、ストーリー的にはなんとも言えないものばっかだった気がした。 2/14 衝動を否定したら、人間らしさを否定したと同じだぜ 丸の内線池袋駅のプラットホームへ降りる階段の途中に、結構前から「マトリックス リローデッド」のポスターが貼ってあって、そのメタリックで無機質でスタイリッシュな質感はそれが良いという人もいるだろうなという想像はつくにせよ、テイ・トウワの写真みたいで僕はあまり趣味じゃないなーと思ってたんですけど。 今更観た「マトリックス」、面白かったです。つまんないんだろうなあと予想していたんだけど。小さい頃にした「この人生というのは全部嘘で、本当の自分は未来の世界の人生ゲームで遊んでいるだけなんだ」という想像をそのまま具現化したような感じですね、これ。聞いた話によると「マトリックス」は「攻殻機動隊」の世界観に多大なる影響を受けているらしいんですけど、観た感じだと「ターミネーター」とか「エイリアン」とか「エヴァンゲリオン」とか「ブラム!」とか、その辺全般が交じり合ったような印象受けましたけど。独特なものもちゃんとあって、決して薄い感じはしなかったですね。 その独特なものというのは、その質感もそうだけど、例えば「二つのうちから一つ選べ」といった台詞がしばしば登場したり、あくまでもリアルな世界を欲する人間と「こんな世界は我慢できないんだ」と発言するエージェントの構図であったり、常に二つの相反する要素が登場してくるところで、そしてそういった二項対立?的な構造も絶対ではない、というスタンスをとっているところが、非常にこう、一貫した哲学のようなものが感じられて、話に一本の筋を通している気がした。 最初にも書いたようにこのある種のっぺりしたというか、無菌的な質感というのは初め苦手かもと思ってたんですけど、観てたら結構クセになった。エージェントの喋り方とか、動きとか。むしろキアヌ・リーヴスかっこいい・・くらいに思ってしまった。 一度その世界観に慣れてしまうとそれに付随するものも平気になってしまうようで、うちにあったサントラも普通に聴けるようになった。最初聴いた時はインダストリアルな感じというか、要はデジタルチックで機械的なサウンドが気に食わなかったんですけど、映画のなかではそれが作品と非常にマッチしていたので、ちょっと見方が変わった感じです。 なんか「攻殻機動隊」に再び興味が沸いてきたなあ。 2/12 From the darkness, we get the happiness, under the sun 昨日、ダニエル・リベスキンド展観て来た。なんか小学生の夏休みの工作みたいでいまいちだった。奥の部屋で流してたインタヴュービデオとか閲覧自由な設計図が見れなかったら行く価値がなかったと思った。 行ったついでに、恒例のようにそこの図書室で映像コレクションを観賞。ゲイリー・ヒルとかビル・ヴィオラとか。逆回しの映像をつなげて三十分くらいの簡単な物語をつくってるやつ(英語の台詞も逆回しでちゃんと聴こえるよう逆に喋ってる)とか、なんでもない日常を撮ってるかと思いきや突如全裸の男が登場、とか、普通にヘンな映画とかテレビ観るより面白い。ていうかゲイリー・ヒルの作品は爆笑せざるを得ないシロモノで、ヤバイ。もっと頻繁に観に行きたいけど、展示の入場料払わないと観れないというのが、なんともなー・・。 夜は迷った末、無難だろうという理由で「トランスポーター」という映画を観た。いやぁ・・これは・・無難どころじゃない、つまらなさだった。最初の5分は良かったのに。これ一応リュック・ベッソン監督作品らしいんですけど、「WASABI」もこんなんなのかなー。観た事無いけど。せめてもっとかわいいヒロインを使って欲しかったです。 2/11 ♪痛い、痛い、痛い〜 血が止まらぁねえ〜 バスに乗ってたり、修道院だか幼稚園だかの建物内部の足元付近に設置されている灯り全てが屋根の上での宣言というおまけ付きで一人の少女によって叩き割られるとか、そんな夢を合計四つ程見た今朝です。一番印象的だったのは、使用済みの蛍光灯を手に持っていると古くなったそのガラスの表面がぱらぱらと剥がれ落ちて持っていた腕に降り注ぎ、細かいガラス片がサクサクと突き刺さった右腕の肘から先が血まみれになる、というものでした。そして不思議なことに左腕にも同じようにガラス片が降り注いだにも関わらず(両腕に一本ずつ蛍光灯をもっていました)左腕は全く無傷、という夢で、なにかの暗示かと疑うようなものだったのですが。 夢占いによると、むしろ良い兆候みたいです。これホントに当たってんのか? <脈絡の無い話> 僕は割りと白状なところのある人間で、例えば、自分と大して関係のない人がしきりに「死にたい、死にたい」と言っていて、そしてその人が年がら年中そんなことばかり言っているとしたら、その人に対しては「そんなに死にたいのなら、さっさと死んでしまえば良い」といった類の感情しか沸いてこないわけです。 それはつまりその人のそういった物言いが、本当に切羽詰った感情からくるのではなくて全て他人に対する甘えみたいなものに見えてしまうから、甘えるな、と言いたくなってしまうわけなんですけど。 でも逆に、その人が全くそういうことを言わずにいて、結果本当に死んでしまったとしたらそれはそっちのほうが全然嫌なことなわけで、そうなるくらいならぎゃあぎゃあとわめいていてくれたほうがまだ良いのではないかと(脈絡無く)思いました。 本当に大事な言葉ほど文章にしたり口に出したりした時点でそれがひどく安っぽく見えてしまい、自分の発した言葉に大した価値が無いように感じてしまうのと同じように、ネガティヴな言葉を口に出すことでそれを価値のないものとして感じたい、というのであればその方法はそれはそれで良いのではないかと思ったのです。 とはいえ、常にネガティヴなことばかり言う人にはやはり、なぜこの人にはこんなに不幸ばかり訪れているのだろう、とか考えてしまいます。(ちなみに僕は「鬱です」とかもあまり好きじゃありません。)なんというか、ネガティヴな思考にこそ不幸は訪れる、と僕は思うのですが。 <脈絡の無い話ここまで> しかしまあ、この<脈絡の無い話>もまた例に漏れずひどく安っぽく価値の無いものに見えるというのは、この話が僕にとって大事な話だからなのか、それとも本当に価値の無いものだからなのか?いずれにせよ、あまり他人に向けてする話じゃないかもしれませんね。 2/3 I'm sitting in my room, with a needle in my hand たくさんのCD-Rが必要だけど金はそんなにかけられないわけで、結果安物のCD-Rばかり使う羽目になるわけですが、PCの不調とあいまって失敗ディスクばかり増えていきます。しかし書き込み開始2秒後に「書き込み失敗しました」という表示とともに使用不能に陥ったCD-Rディスクをガシャと吐き出されたり、それ以前の問題として本来まっさらな筈のCD-R表面のプリントが波打っていて「あれ?」と思って指先で触れてみたらペリと剥がれ、その下にある透明なプラスチック板から向こう側が見えてしまってもうこれは使用不能だとか、そんなことがあっても尚、acerの10枚\298のCD-Rを僕は使い続けるのだろうと思います。貧乏性なので。 それはそうと、書き込み失敗したCD-Rディスクの「フリスビー」「鏡」以外の使い道は無いものなのか。 トップ |