ヒナノヨル

灯りをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人囃子の笛太鼓
今日は楽しい雛祭


 まだ夜も明けきらない淡闇の中、千里は布団の中で母から教わった歌を何度も心の中で口ずさんでいた。
 今日は“あちら側”で言うところの「雛祭」――女の子の為の行事――らしい。が、油屋には「雛祭」を行う事自体が無い。せいぜいが、客間に桃の花を飾るか、単なる節句の一つとして暦の上に存在する程度。
油屋の後継ぎは「一人息子」。よって娘の為の行事は必要ないが為。

 娘は着飾り、豪華な雛人形を飾る。だが、此処では日々忙殺されるばかりで、そんなのんびりとした一日を過す事は不可能だ。故に、母は毎年この時期には千里の為に美しい千代紙で一対の人形を折る。

『元々は、このお人形に自分の体の調子の悪いところを伝えてそれを河に流したらしいの。病気が治りますようにって』

『…でも今は。素敵な女の子になれますように。とか幸せなお嫁さんになれますように。とか。』

 今はもう、戻れる術も無い“向こう側”を思い出しながら、けれども寂しさを感じさせない母は、矢張り“幸せ”なのだからだろう。父と母の仲睦まじい様子を見る度に、千里が思い出すのはただ一人。


 私はいつになったら若様のおよめさんになれるんだろう……?
 来るなと言われてからは部屋には行っていない。
 油屋の中で姿を見かけても、大抵若は忙しそうにハクや父役達と仕事の話をしていたりして。下働きである千里は、仕事中は気安く若に近寄る事は到底許される筈もなく。視界の端にこっそりと留めておくのが精一杯だった。

 あと2年・3年・5年・6年……?

 考えれば考えるほど、気が遠くなりそうな永い時間。
 つい先日までは、傍にいられるのが当たり前のように過してきたのだから尚更。
 離れてみれば、一日・一秒がとてつもなく永く感じられて――胸が重くなる。

 こんな想いも知らず、無邪気に過してきた時間は、今思い出してみれば何と早く流れて来たものだろう。千里は胸元で両手を握り締めた。
 離れていなければならない、若によって決められた年月が過ぎるのは何と遠い先なのだろう。
 耐え切れるだろうか?

「若様に……あいたい……よ」

 千里は布団の中で体を小さく丸めると、一秒でも早く過ぎて欲しいと固く瞼を閉ざしたのだった。

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壁紙提供:inocencia様

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