「若様じゃなきゃ嫌なの」
その言葉に若の肩が僅かに揺れた。次いで胸に押し寄せた疑問は、しかし声には出せなかった。
“――知っているのか?”

実の所、千里を巫にと求める神が少なくない。
人の娘と龍神の間に生まれた少女。人の娘としての巫と、龍神の力と。
千里を得ればその両方を手にいれる事ができる故に。
千里を「身請けしたい」と、いやそれ位ならまだ良い方で、「今宵の夜伽を申し付けたい」などと堂々と若に打診を持ちかける神もいるくらいなのである。
その神の「格」とやらが容易く推し量れる気がした。面には出さぬが。吐き捨てたい憤りが思い出すだけでも渦を巻く。
内心の憤りを押し殺し、当り障りの無い言葉で『湯女ではない故、承諾しかねる』と断るのだが。
けれど、「龍神」の力に頼らずとも、自らが強大な神力を持ちながらも、「乙女」としての千里を求める神々の数も、決して少なくはない。
下手な手を打つと油屋の存続に関わる問題になりかねない相手もいる。
そして、そのような神ほど、執拗なのだ。今はまだ、千里自身に当たりをつける真似をする輩はいないものの、それも何時まで保つかは解らない。求められているのは、「千里」では無く、「神を敬う乙女」だ。
今の「人」の世界にそれは数少ない。昔のように「人身御供」も許されない。

無論ハクと千尋もそんな事を許す筈はない。
神々が、決して「千里」を求めているのではないと二人とも知っているからだ。大切な娘をどうしてそんな相手にやれようか。
「神」の声を聞ける人間は、向こう側には極少ない。それ故に。神々は「巫」とするべく千里を求める。
 恐るべきは。
古来より秋津の神々は、どのような手段を使っても望むものは手にいれる――。たとえ、それが結果「奪う」形であったとしても―――
 六年――守りぬけるか?
 焦り。苛立ち。そして、誓い――。

 この目の前の少女は、そんな自分を取り巻く環境に気付いているのだろうか?知っているのだろうか。

 千里の両手の中から現れたのは千代紙で折られた小さな一対の雛人形。それがはらりと床に舞い落ちる。
 読みかけの魔法書の上に両手を着いて千里は若に向かって身を乗り出す。
「どれだけ待っても、若様しかいないの」
 思いつめた瞳がまっすぐに視線を合わせて来る。
 一体、いつから千里はこんな瞳をするようになったのか?
 千里はこんな顔をする娘ではなかった。もっと日溜りのように笑う娘だった筈なのに。……いつから、こんなにも憂えて止まない瞳を見せるようになったのか?
 子供だと、思っていたのに。
 碧い瞳が静かに閉じられ次の瞬間。頬に柔らかな何かが触れた。
 若の驚きに見開かれたすぐ眼の前に、千里の閉ざされた瞼がある。
 若の手がゆるゆると千里の背中に回る。
 痩せた背、細い腰、まだ幼い少女。
 けれども、愛しい娘――。
 ほんの一瞬の後に千里が離れて行く。灯火のような頬の温もりが瞬く間に冷えてゆく。離れてゆく。
 その感覚に、若は何処かで掛け金の外れる音を聞いた気がした。すべてが一瞬だった。
「千里っ!!」
 両腕が千里の体を掻き抱き、そのまま世界が反転する。
 千里は一瞬の眩暈を感じ、自分に何が起こったのか把握する間も無く、若に組み敷かれる形となって呆然とその面を見上げていた。
 千里を見下ろす若の顔には、何故だろう?切羽詰った苦渋が滲みだしていた。
「わか…さま?」
 碧い瞳が大きく見開かれ、それでも自分を組み敷くこの男に対する、一抹の不安も恐怖も覚えた様子は無く。
 やめろ。今ならまだ間に合う。
 自分に言い聞かせるも、若は千里を捕えた両手が、最早意のままにならない事を知っていた。千里の肩を押さえる腕が、ゆっくりと折れてゆく。
「千里…俺を拒め。…いやだと言ってくれ。……でなければ、俺は……」
 言葉は千里の耳元で消える。耳たぶを擽る吐息の流れに、千里の体がぴくんと震えた。
「いやっ!」
 叫びが上がり、そこで漸くに千里を捕らえていた腕の力を緩める事ができた。
 唇に自嘲が浮かぶ。けれども次の瞬間。するりと若の首筋に両の腕が絡みついた。若が離れる事を、その腕は許さなかった。
「いや。若様、いや」
 それは、決して拒絶の音ではなかった。
「……若様じゃなきゃ……いや」
 胸を切なくして止まない、哀願の声――。
 強くしがみついてくるその顔は見えない。
 微かに震える肩は、自分の行為の意味を知っているからなのか。

 知らぬ筈は無い。
 未だ幼いとは言え、この湯屋で生まれ育った娘だ。
 此処を訪れる神々の殆どが、単に「湯に入る」為に訪れるわけでは無い事を知っている。
 特に、今千里は両親の庇護を離れて、大部屋住まいなのだ。
 同室の小湯女達とて、そう言った話題をせぬ筈は無いだろう。

 ただそれが、まだ他の世界のものでしかないだけで―――

 若は千里の腕をそっと外すと、まだ小さな掌に唇を落とした。
 瞬間、萎縮する掌を同じ口付けで開かせ、一本ずつ、指に舌を這わせてゆく。
「若さ…まっ……」
 何かを言い募ろうとした唇を塞いだ。
以前よりも激しいそれで。


長い長い口付けで力の抜けた膝の後ろを掬う。軽々と千里を抱き上げると若は寝室に向かう扉を開いた。
 床(とこ)に横たえその両脇に腕をつく。
若と言う、この世で最も小さな檻に捕えられ、けれども千里は、震えながらも真直に見つめてきた。
その視線の切なさに、もう何も耐えられなくなる。
千里が愛しくて、狂おしくて。
何もかも。耐えられなくなる―――。

触れてみれば、自分がどれほどに千里に飢えていたのかを思い知らされた。
油屋では、気が付けばいつも姿を探す自分がいた。

帯を解き、水干をひろげ、腹かけをたくし上げる。袴の紐を解き、一気に引きずり下ろせば、一糸纏わぬ裸身を晒した故か、些か不安気な瞳になる。
まだ、娘としての柔らかさもない。まろみもない。
白く細い体。時が経てば滑らかな双丘を紅く彩るだろうそれも極々薄い色を肌に乗せているだけで。
力を入れて抱きしめてしまえば、壊してしまいそうに儚い。

――いや、壊してしまいたい。
引き裂いて、突き上げて、乱れさせて
未だ中で眠る“女”を引きずり出し
狂わせてしまいたい―――

 何度も何度も何度も口付けを落とす。場所を変え、角度を変え。
額に頬に瞼に唇に。
細い項に若の指が這うと、小さく悲鳴を上げて首を竦める。唇で愛撫をすれば、頬を薄紅に染めてくすくすと耐え切れずにか笑みをこぼす。
「若様っ。くすぐったい」
けれど胸元に耳を寄せれば、無邪気な笑みとは対照的に鼓動が激しくなってゆくのがわかる。
胸元に降りた若の唇から身を捩って逃げようとする千里の肩を押さえ、ゆっくりと舌を這わせる。
「っ…」
ふくらみの兆しすら見えない胸元を強く吸い上げる。
薄い皮膚の下はすぐに赤く鬱血した。
幼くして滑らかな肌の上を若の唇がすべり、いくつも。いくつもの印を残してゆく。
千里が自分以外の誰にも(それが例え母親だとしても)その肌を晒すことができなくなるように。
腿を這いまわる手の動きに、千里は時折体を震わせた。
今、若自身が身に付けている絹よりも尚すべらかな千里の肌はしかし、掌に吸い付くほどにしっとりとしていた。

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