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[MASK]
空あまりに広い空間
24階 大きく羽を広げて
4.5秒の自由を手に入れましょう
苦痛重ねた日々 固めてアスファルトに 「ウ メ テ」
毒の花が咲き乱れて 十字を斬り祈れば
平和主義者の白いMASK この手に取って 「コ ワ セ」
右へ習え 縛られた廃人達 「ゾロゾロ」
ムチで打たれる毎日なら 首生掴み 「 」
破壊主義者の黒いMASK この手に取って 「カ ブ レ」
Sweet life Mad life Last life Brain crash
右目 左目 右手 左手 右足 左足 「ク ビ」
骨 汗 涙 血液 呼吸 神経 脳も 「ズタズタ」
麻痺するまで飲まし続け ヒルを飲ませて 「 」
夢を断ち切られて生きてく独裁主義に 「ク ル エ」
羽を広げてみようアルミの羽
鬼の居ぬ間に地面に早く落ちよう
羽を広げてみよう崩れゆく夢
叶わぬ夢 地面に早く散りばめ
×××
少し前に、影でMASKというクスリが流行った。
何故僕がその「裏のクスリ」を知っているかというと、
僕の双子の兄――トシヤがそれにハマってしまったからだ。
僕とトシヤは、両親を亡くして以来、ずっと二人で暮らしてきた。
我ながら全然似てない兄弟だったけど、仲だけは良くて、トシヤはいつもやさしい、、、やさしかった。
それなのに、あのクスリが全てを狂わした。
あのクスリのせいで、僕は全てを失ってしまった。
今までの生活と、理性と道徳-モラル-、人間性も、まともな精神-ココロ-も、何よりもトシヤを。
今でも、鮮明に思い出せる。トシヤの最期の姿。
あの時、トシヤは――
XXX
「‥なあ。ちょっと、痩せたんとちゃう?」
「えー?」
食器を洗うトシヤの後ろ姿に呼びかける。
水音で聞こえなかったのか、トシヤは、水道の蛇口をひねってから振り返った。
「ごめん、なに? 聞こえなかった」
「トシヤ、最近痩せたやろ」
「‥そう?」
もう一度繰り返した京の言葉に首をかしげる。
「大して変わらないと思うけど」
本人に自覚はないようだ。
けれど、もともとが細いトシヤだから、すこしでも痩せればすぐに分かる。
特に、ずっと二人きりで暮らしてきた京だから、それくらいのことは、意識しないでも気付いてしまうのだった。
「それだけやなくて、顔色も悪い。大体、元気ないやん」
「そうかなあ」
「絶対そう」
「じゃあ、俺にばっかり家事やらせないでよー」
うまく切り返されて、京は返す言葉を失う。
いつもは自分と同じくらいマイペースなくせに、時々、こういうところだけ鋭いから、トシヤは侮れない。
渋々と立ち上がった京は、トシヤの隣に立って、食器を拭き始めた。
「落として割らないでね」
「そんな子供みたいなことせんわ」
「ごめんごめん」
不貞腐れたように言い返す京に、くすくすと笑うトシヤ。
そんな仕草はいつもと全く変わりなくて、だから、京もあまり気に留めなかった。
ただ、ちょっと疲れているだけなんだろうと、甘く考えていた。
この時、もし気付いていたなら、あんなことにはならなくて済んだのだろうか、、、
XXX
最近、トシヤがおかしい。
外見的なこと――痩せたとかやつれたとか、そんなことだけじゃない。
おとなしくて、人付き合いも苦手なはずなのに、誰に対しても愛想がいい。
僕に対しても、今まで以上の溺愛ぶりを見せる。
それに、白いものを集めるようになった。
服をはじめとして、アクセサリも小物も、白か、あるいは白に近い色を集めようとする。
本人が気付いているのかいないのか、とにかく、その姿は、偏執狂<パラノイア>みたいだった。
なのに、いくら問い詰めても、「そんなことないよ」の一点張り。
埒があかない。
トシヤが、トシヤに見えない。
僕の知ってるトシヤがいない。
どうしていいのか分からないまま、胸に漠然とした不安を抱えたまま、ただ時間だけが流れていく。
その間に変わったことといえば、トシヤの外出が増えていったことだ。
時間は、大抵日が暮れてから。
行き先も言わずに出て行こうとして、聞いても「すぐ帰ってくるから」としか答えてくれない。
一度だけ跡を尾けたことがあったけど、途中で見失ってしまった。
‥何処に行ってる?
誰に会いに?
何のために?
疑問は増え続けるばかりで、ひとつも解けてはくれない。
いつから。どこから。何のせいで、「何が」狂ってしまったんだろう?
XXX
京が「それ」を見つけたのは、トシヤが白いものを集めるようになった、その一ヶ月後のことだった。
本を返しに入ったトシヤの部屋。
それなりにきちんと片付けられた中、ふと視線を落とした机の上で、
何かが、窓から差し込む陽光を浴びてきらきらと光っていた。
(‥何や、これ)
指先につけて、目の前まで持ってきてみる。
それは、白い粉だった。
白色ガラスを砕いたみたいな、キレイな粉。
こんなもの、家の中では見たことがない。
(‥‥‥)
嫌な予感がした。
最近のトシヤの、心身の変化。外出の多さ。
いつだったか、バイト増やそうかな、と言っていたのも聞いた。
欲しいものがあるんだけど、今のままじゃ買えないから、と。
そしてこの、白い粉。
‥トシヤの「欲しいもの」は、この粉のことなのではないだろうか?
「トシヤ‥っ」
疑念はすぐに確信に変わる。
指についた粉を払い落として、京は踵を返した。
足早に部屋を出て、カバンの中から携帯を掴み出すと、トシヤの番号を検索する。
そのまま何コールか待ったけれど、トシヤは出てくれない。
「どこにいんねん‥」
呼び出し音が鳴っているということは、つながらない理由があるというわけではない。
非通知もしていないから、京だと分からないはずもない。
単に気付いていないだけかも?
気が急いて、そんな当たり前の理由さえ、最後まで出てこなかった。
あきらめて一旦切り、もう一度かけ直そうとする。
その時、玄関の方で鍵を開ける音がした。
携帯を放り出して、走って玄関に向かう。
「トシヤっ!」
「ん、ただいま。‥どうかしたの、京くん?」
「何で出ないねん!かけとったの気付かなかったん!?」
「ああ、電話?だって、もうエントランスのところに来てたし。ゴメンね、何か用だった?」
相変わらずおっとりと答えるトシヤに、京は返す言葉を失った。
あんまり「普通」すぎて、一瞬、全てを忘れそうになってしまう。
‥むしろそれは、願望なのかもしれないけれど。
「用‥って‥」
「だからかけたんじゃないの?」
「用は‥特にないけど‥っ」
「?‥変なの」
京の言葉に、やんわりと笑う。
どう切り出してよいのか分からずに俯く京の背を押して部屋に入ると、
トシヤは、手にしていた小さな紙袋をテーブルの上に置いた。
京を振り返る。
「トシヤ、それ」
「買ってきた。京くんも使ってみたい?」
「なっ‥何ゆって‥!!」
あまりにあっさりとかけられた問いを、瞬間的にはつっぱねられずに、京はただ首を横に振る。
そんな様を、トシヤは不思議そうな表情をして見つめた。
「だって、もういい加減に気付いたでしょ。俺がやってること」
「当たり前やん!せやから、ずっと、おかしいゆってたのに‥!」
「おかしくないよ?‥京くん」
唇の端だけで、うっすらと笑う。
狂気を宿した瞳がわずかに揺れながら、京を捕らえる。
「俺はもう、逃げられないから。一緒に堕ちよう」
囁くみたいに誘う言葉。
妖しいほどのその声音に、思わず聞き惚れてしまう。
そうして逃げ出すタイミングを逸した京の腕を掴んで、トシヤは、その体をテーブルの上に押え込んだ。
視界が回転して、そこで初めて我に返る。
「嫌っ…離しや!トシヤっ!」
暴れて何とか身を起こそうとするけれど、とても力で敵う相手ではない。
それに、押さえ付けてくるトシヤの腕力は尋常じゃなかった。
京の細い腕を、肩を、痛いくらいにテーブルに押しつけて。
「離さない」
「ひ…っ…」
「離さないよ。…離れられないようにしてあげる」
その時、初めて、人を怖いと思った。
笑っているのに、目の奥だけは笑わない。
どこまでも続く闇みたいに、虚ろで、冷たくて、――何もなかった。
その恐怖に突き動かされるように、麻痺した頭で、トシヤに話し掛ける。
「何で、…麻薬なんかに手出したん?」
片腕だけで京の動きを封じながら、トシヤは、紙袋の中から注射器と小瓶を取り出す。
細い針が、瓶の硝子が、電灯の光でつめたく光った。
トシヤは、何も答えない。
「そんな…そんなに辛いことなんて、何一つないやろ!?」
「…京くん」
白い粉を薄めた水を吸い上げながら、ぽつりと名前を呼んでくる。
昏い目を上げて、もう一度、にっこりと笑うトシヤ。
「…苦しいんだよ。大事なものは何も手に入らないし、思い通りにもならないんだから」
「トシヤ…?」
「それに、真っ暗で何も見えない。だったらいっそ、全部壊した方が楽になるでしょ」
トシヤが何を言っているのか、京には分からなかった。
その言葉が、京の問いに対する答えなのか、それとも別の告白なのか。
あるいは、誰に向けたものでもないのかもしれない?
「…だからね、京くんを壊して、一緒に堕ちようと思った」
「っ!」
シャツの袖を上げられる。針が近づいてくるのが視界の端に映った。
本能的な恐怖が、一瞬で全身に巡り渡る。
「離せっ!!」
「ぅわ…っ」
自分でも信じられないくらいの声と力だった。
トシヤの手にあった注射器を叩き落として、そのまま突き飛ばす。
逃れるとまではいかなかったけれど、僅かに力の緩んだその隙に、
蓋の開いたままだった小瓶を掴んで、思いっきり床に叩き付けた。
硝子の砕け散る鋭い音が、部屋に響く。
「…あーあ」
「いい加減にせえよ! 壊してどうするん!?」
あっさりと京の体を放して、トシヤは床に散らばった破片に手を伸ばした。
その背中に怒鳴りつける。
怒りだか悲しみだけ、その両方なのか、もう分からないような心で。
「壊すとか堕ちるとか、わけのわからんことばっかり言いよって…!」
京が真剣に怒っているのなんてまるで目に入らないかのように、
トシヤの指は硝子の欠片を拾い集めている。
「痛っ」
「…え?」
その指先に、赤い線がすっと走った。反射的に手を引っ込める。
「切っちゃった」
「…阿呆ぉ!」
そうして振り返って笑うトシヤは、前と全く変わっていなくて、――それがとても悲しい。
麻薬に手を出して、ハマってしまっているなんて、とても信じられないのに。
「早く洗って…」
トシヤの手を引いて立ち上がらせようとすると、彼は、こちらを見上げて腕を伸ばしてきた。
血の滲む人差し指で、京の口唇をゆっくりとなぞる。
「…きれいだよ」
「ちょっ…トシヤ?」
「……っ…」
自らの紅で彩られた口唇を見て、やわらかく笑顔を形取る。
そうと分かるか分からないかの内に、トシヤの体ががくりと崩れ落ちた。
そしてすぐに、胸を押さえて苦しみ出す。
「トシヤっ!?」
「…っぁ……! くるし…」
「苦しいんか!?水…っ、水もってくるから…」
「きょ…くんっ……」
どうして良いかも分からずに、ただ焦るばかりの京。
その手首を、ゼイゼイと浅く荒い息の下で、トシヤが掴んだ。
目が合うと、弱々しく首を横に振る。
「も、う、…無駄だか…っ…!!」
激しく咳込む。吐血でもするのではないかと疑うくらい。
苦しそうだ。いや、実際に、すごく苦しいのだろう。
人間がこんなに苦しむなんて、考えてもみなかった。
そして、見たくもなかった。
「トシヤ」が、その苦しみに蝕まれているところなんて。
「クスリとかないん!? 代わりになるやつでもええし!!」
他にすべきことも思いつかずに、ただ体を抱き締めて背を撫でてやりながら、部屋の中を見渡す。
「…京……」
蒼白の表情で何とかしようとする京の頭を、トシヤの手が引き寄せた。
何か言おうとする乾いた口唇に気づいて、京は、耳を近づける。
「…MASK…が…っ……」
「マ…スク…?」
耳元で告げられても、ほんの僅かにしか聞こえなかった言葉。
けれど京は、その一言を、脳裏に灼きつけることになる。
「…トシヤ?」
文字通りそれは、トシヤの最期の言葉となってしまったからだ。
今まで苦しんでいたのがまるで嘘みたいに、トシヤの体から、あっさりと力が抜ける。
糸の切れた操り人形みたいに、ぷっつりと。
「トシヤ…トシヤぁ!!」
名前を呼んで、そうしたらいつでも答えてくれたのに。
彼はもう、ただの抜け殻になってしまった。
XXX
<to be continued>
―――――――――――――――――――――――――原作:Hikaru.M&雪緒、書いた人:雪緒デス。
原作にたずさわっているHikaruさんは悲劇を書かせたらすごいです。
Dirの「GAUZE」に入っている「MASK」の歌詞とリンクさせて読んで下さいネ。
続きをどうぞ・・・。 【のち】
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