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[MASK=4=]


京は一時期ほどの白いものへの執着を見せなくなり、禁断症状も出なくなってきた。
心身ともに回復に向かっている、そのことは確かに喜ばしいことなのだろう。
しかし、唯一のサンプルである京から何の情報も得られなければ、MASKの成分や効果の研究は難航するばかりだ。
それにいくら身寄りがないとは言え、最早中毒患者ではなくなった京を、
いつまでもこの病院内に収容しておくわけにもいかない。

「そろそろここから出られるからな」
「…うーん…そしたらどこに行けばいいんやろ」
「俺んとこにでも来るか?」
「ああ、それもええな」
何度となくそんな会話を繰り返した。
Dieの言う“そろそろ”が何時なのか、決して明らかにはしないまま。
それを明らかにしてしまった時、二人でいられる時間は残らず奪われてしまう。
そう思う程に、この閉鎖病棟で生まれたお互いへの愛着は、斬り捨てがたいものだった。
「そろそろ真面目に考えないとあかんなぁ…」
何とはなしに京の診断書をめくりながら、一人の部屋で、つい呟いてしまう。
病院側も、Dieの報告書と最近の検査結果から、京から得られるデータは全て得たと判断した。
こうなっては、いつまでも曖昧に誤魔化しているわけにもいかない、それは分かっている。
ここは、犯罪者や感染症者のための閉鎖病棟だ。
自分一人や患者一人の思いがまかり通る場所ではないのだから。


そうしてDieがようやく京の退院の日時を決めた、その日の夕方だった。
麻薬中毒による自殺者が出たという。
その検死が行われ、検死報告書のコピーががDieのところにも回ってきていた。
「投身か…」
「ええ、マンションの屋上からだとか」
「付き添いの子がいたらしいけど?」
「発見したのもその方だそうですね。霊安室にいるみたいですけど」
看護婦とそんな会話を交わしながら、Dieは報告書に目を通していた。
一通り見終わったが、麻薬の種類は確定できておらず、それ以外に不明な点もないという。
これでは現段階ではどうしようもない――そう思って報告書を机の上に置いたDieだが、
ふいにその視線は一項目目でぴたりと止まった。
一項目目――遺体の氏名の項には、一文字だけが記されていて、(本名不明)と付け加えてある。
その一文字には、見覚えがあった。

薫。

京が話してくれた、麻薬の売人と同じ名だ。
ずいぶん前の記憶になったそれを、必死に手繰り寄せる。
そしてその記憶が、報告書の男に尽く一致することが分かった。
肩を越す長さの紫の髪。
身長は170cm前後、体形は痩せ型と記されている。
『髪は確か紫で…結構長かったと思うんやけど』
『何や細くて、背はそんなに高くなかったような…』
あの時の京の言葉は曖昧ではあったが、それでも、信憑性は充分にあった。
名前、外見的な特徴、それに麻薬という繋がり。
もしかしたら、薫というこの男も、MASKに囚われてしまったのではないだろうか?
それもありえないことではない。
「…ちょっと顔見てくるわ」
何気ない口調を装ってと言い、Dieは立ち上がった。


霊安室は地下。
エレベーターから下りた瞬間、空調のせいもあるのだろうけれど、ひんやりとした空気が押し寄せてきた。
Dieが廊下に出たところでちょうど、二人の看護婦が突き当たりの部屋から出て来る。
Dieの方から声をかけると、彼女達は驚いたように顔を上げた。
「先生、何かご用ですか?」
「いや、ちょっとな。自殺の奴が、俺の患者の知り合いかもしれないもんで」
「そうなんですか…」
曖昧な答え方をすると、二人ともが怪訝そうに首を傾げる。
適当に笑顔で取り繕って二人をやり過ごすと、Dieは霊安室の扉を軽く叩いた。
返事は無かったけれど、僅かに戸を開けて中を見てみると、枕もとの椅子に腰掛ける人が見える。

(…この子かな、付き添いって)
金茶色の髪は、肩につくくらいの長さ。
黒いセーターに包まれた背中は細くて、肩の骨格が見えなかったら、少女と間違えていたかもしれない。
「…君が、この人の付き添い?」
そっと部屋に入ると、Dieは静かな口調で彼に問い掛けた。
一瞬置いてから振り返った眼には、何の感情も無い。
「…誰?」
「俺はDieって言って、この病院の検査技師なんやけど」
「そう」
簡単な自己紹介に、彼は小さく頷いた。
目を閉じた薫に向き直り、背筋を伸ばした姿勢のまま、Dieに問い返してくる。
「まだ薫くんに何かするつもり?」
「何もせんよ。ただ、確かめたい事があって」
「…麻薬の事でしょ」
感情を見せない口調のまま、彼は言った。
Dieがどう答えようかと悩んで黙っていると、続けて口を開く。
「MASKの事、聞きたいんでしょ。分かってるよ」
言いながら彼は、手を伸ばして、細い指先で薫の髪に触れた。
そうして、その顔にかけられた白い布を払い落として、すぅと微笑。
その口調や仕草から、Dieは彼の精神状態の危うさに気付かされた。
彼は今、正気と狂気の間の、危ういバランスを保っている状態なのだと。
「京くん、ここにいるんでしょ」
「…おまえ、Shinyaか?」
「そんな事はどうでもいいよ。京くん、元気?」
推測して尋ねても、彼は素っ気無く撥ね付けてくる。
その物言いの感じで、彼がShinyaなのだろう事は簡単に分かったけれど。
「京は…そろそろ退院できると思っとるよ。もう随分落ち着いたし」
「…それ、本気で思ってる?」
「何だって…?」
「本気でそんな事思ってるの、って言うたの」
Shinyaの言葉に思わず険を見せたDieに、Shinyaは全く動じずに同じ言葉を繰り返した。
そこで初めてDieを振りかえると、彼は淡々と続ける。
「何したって無駄だよ。MASKからは逃げられない。助けられやしないよ」
「何か証拠があるのか?」
「証拠?」
問い返すShinyaの口調は、ひどく可笑しそうで。
一瞬置いてから彼は、ベッドに横たわる人を指差す。
「薫くん。薫くん、死んでるでしょ。それが証拠」
「そんなの証拠にならんやろ」
「まぁ、確実な証拠にはならないかもね。Toshiyaに殺されたんやから」
「…え?」
Dieは再度言葉に詰まった。
大概の事は京から聞いていたが、Shinyaの口から出て来た言葉は意外過ぎる。
Toshiyaが薫を殺した。
そんな事、京の話からは全く結びつかない。
話が良く把握できずにいるDieを見て、Shinyaは薄い唇を歪ませるようにして笑った。
「知らなかったの?」
引きつった微笑で、彼は言う。
「薫くんはToshiyaに殺されたんだよ」

――初めは、Shinyaの言うことが分からなかった。
もう一月も前に死んだはずのToshiyaが、何故薫を殺したことになるのか。
薫が死んだ事が何故、MASKの中毒患者を助けられない事の証拠になるのか。
問い詰めると、Shinyaは意外なほどあっさりと、一連の事実を教えてくれた。
どういう前後関係の下で、今回の一連の出来事が引き起こされたのか。
そこに絡んでいた人間と、その感情と。

「…そういうわけやったんか」
「納得してくれた?」
すべてを聞き終えたDieが、吐息に近い声で言うと、Shinyaは何でもない事のように答えた。
長い事この部屋にいて体が冷えたためか、もともと白かったその頬が、蛍光灯に照らされて青白く見える。
「…大体の事は分かったけど…お前は大丈夫なん?」
「僕?」
「お前もMASKにやられてる…とか。そう言うのはないんやな?」
「…先生の気遣いは嬉しいけどね」
万が一の事を危惧して問うたDieに、皮肉っぽく返すShinya。
瞬間、Dieは、その物言いにと言うよりも、何か漠然とした嫌な感じを覚えた。
後から思えば、あれは虫の報せみたいなものだったのかもしれない。
「でもねぇ、僕のこと心配してる場合じゃないよ。…そろそろ京くんが危ないんじゃないかな」
「何…」
Shinyaの呟くような言葉にDieが言い返しかけたのと、電話が鳴ったのは同時だった。
先ほどからあった嫌な予感もあって、慌てて通話ボタンを押すと、ナースの取り乱した声が響いてくる。
『先生、京くんがおかしいんです! 早く来てください!』
「ほらね」
やはり見透かしていたのか、Shinyaはさして慌てもせずに言った。
霊安室を飛び出して行くDieの背中を見送って、ぽつりと呟く。
自分に言い聞かせるように、薫に問い掛けるように。

「…どうせ、助からないんだから」






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原作:Hikaru.M&雪緒、書いた人:雪緒
Toshiyaが呼んでるとは一体・・・?更に謎が増すMASKの正体。京の行方は?続きをどうぞ。

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