次の日、まもりは再びヒル魔に《ロケットベアのヌイグルミ》をやんわりながらねだってみたが、ヒル魔はスパッとそれを切り捨て却下以外の返事をしなかった。
 しかし諦めないからと強く言い返すまもりに、ヒル魔は呆れながらも頭の片隅には折れる自分の姿を少しだけ想像していた。

 しかしその翌日のまもりの表情には覇気がなく元気もなかった。
皆その事を気にしていたが皆の前ではまもりは努めて明るく振る舞っていた。
 クマの事で落ち込んででもいるのだろうと予想をつけ、ヒル魔はそれをからかうベくスポーツドリンクを渡しているまもりに近づいた。


「今日はねだらねぇんだナァ?あれ程クマクマ言ってた癖にもう諦めたか?」


ケケケとヒル魔が笑いながら言うと、まもりは苦笑しドリンクをヒル魔に渡しながら言った。


「‥うん。あれはもういいの。‥ごめんね、ヒル魔君。」


 そのあまりにも予想していなかった言葉にヒル魔は目を見開く程に驚きを表情に出した。
あそこまで堅くなにこだわっておきながら急にもういらないだと言われて、ああそうですかとすぐに納得など出来るわけがない。
 釈然としないままヒル魔は部活を終え、いつもの様に部室にはまもりとヒル魔の二人だけになった。
黙々と今日のデータをまとめているまもりを、同じく机に足を放り出して黙々とパソコンでデータ作成をしていたヒル魔がその手を止めてまもりに視線を向けた。


「‥おい。」
「え?」


 突然かけられた声に反応してまもりが顔を上げると自分を見ていたヒル魔と目があった。


「何、ヒル魔君?」
「‥テメェが欲しがってたブタみてぇなヌイグルミ、何で急にイラネェんだよ。」
「ブタみたいって‥ロケットベアのヌイグルミの事を言ってるの?」
「お優しい誰かがテメェに買い与えてくれんのか?お前が言えばプレゼントする男は何人でもいるしなぁ?」
「違うわよ。誰かがくれるからじゃなくて‥もう諦めたの。昨日充分見納めしてきたからいいのよ。」
「…あ?」


 苦笑するその表情に覇気はやはりなかった。
まもりがロケットベアをどれほど好きか、それを餌にまもりを何度も釣った事のあるヒル魔はよく知っていた。
 そして元来嘘を付くように出来ていないまもりのそのぎこちない嘘は、ヒル魔でなくてもわかるだろう。


「だから誕生日プレゼントをヌイグルミから一日ヒル魔君とお祝いして過ごしたいっていうのに変更していい?」
「‥ケーキ食って家で過ごしてってヤツならいつものテメェの行動とかわんねーだろ。」
「でも、いいの。それで。」


 それで充分幸せだと言わんばかりのまもりの笑顔にヒル魔はそれ以上何も言わなかった。
それから暫くいつもの作業を続け、それを終えた後二人は帰路についた。
 家に着いた後ヒル魔はすぐに愛用のパソコンに電源を入れ、セキュリティーで守られたネットの奥ヘ潜り込む。
俗に言うハッキングをいとも簡単にやってのけた後、ヒル魔のパソコンの画面には泥門デパートのおもちゃ売り場の監視カメラの映像が映し出されていた。
 そしていくつもの映像の中からまもりの欲しがっていた巨大なロケットベアのヌイグルミの映るものをピックアップしそれを拡大した後、ヒル魔はその映像をじっと見つめた。


 そんなに欲しいのなら自分で買えばいい。
けれどそこまで『ヒル魔』に買って欲しかった理由がまもりの中にあったのだろうか。
まぁ‥‥まもりの事だから乙女チックな願いからかもしれないが、それは今は置いておく。
 今はまもりがそれを諦めた理由だ。
見納めしたというからには、またそこに理由があるのだろう。
 ヒル魔には今そちらの方が気になっていたのだが、その理由はすぐに明らかになった。



「なるほど、な。」



 拡大されたロケットベアの首からかけられた値札の価格は、学生がポンと出せるような安い値段ではなかった。
まもりの性格ならそれを遠慮しての事なのだろう。
勝手気ままにヒル魔の家に入り込んで掃除をしては冷蔵庫の中にヒル魔の毛嫌いする物を置いて帰る程、図々しく遠慮を知らない女なのに変な所で気を使うまもりにヒル魔は呆れるばかりだった。
 けれどその遠慮のなさも遠慮深さも全てをひっくるめたまもりが、ヒル魔にとってのまもりだった。


 暫く画面を睨みつけるように見ていたヒル魔だったが、机の上に置いていた携帯を開いて素早くボタンを押し耳に携帯を当てた。
 呼び出し音が数回鳴り、電話はヒル魔の目的の相手に繋がった。



「頼みたい事が一つあるんだが…」



 にやりと口元に笑みを浮かべヒル魔は電話越しの相手にそう切り出した。













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