ファントム
5 会議室・U
「えええええ!?なんやてぇ!?もう犯人逮捕したぁ!?」
ああ、有栖川先生の反応が、心からほっとする。今の今まで地獄にいたような心地だったから。
「うるさいなぁ、アリス。もう少し静かにしゃべれ。俺、頭痛いんだから」
「だって―――!酷いやんかぁ――!俺だけ一人のけ者やん」
「そ、そんなこと無いです先生。行かなくて正解です」
「えええ―――!?森下くんまでそないな事言うん!?」
だって、部屋中にホルマリン漬けの、本物のの肢体がばらばらに保管されていたのだ。誰も見たがらないに違いない。僕だってそれが分かっていたら、入ったりなんてしなかった!
「もう――!大体、このメモだってよく分からへんねん!何何や**線に三時間以上乗っていうのは!?」
「三時間以上?何か意味があったんですか?火村先生」
「あったさ、ホシがその電車を通勤に使ってたんだ。もしも家にいなかった場合、そっちのほうが可能性はあるだろう?」
「でも、別に俺じゃなくても…」
「お前じゃなきゃ、ダメだったんだ」
「ええ―――――!?なんやねんソレ――――!!」
漫才のような2人の駆け引きに、思わず僕は笑った。ひとしきり笑った後、ふ、と僕の中に疑問が湧いた。さっき、僕はなんて考えた?
「……………あれ?」
僕だってそれが分かっていたら、入ったりなんてしなかった?
「もしかして…分かってた…?」
「なに?なに?森下君」
「あ、いえ…何でも…」
もしかしなくても。
火村先生は、有栖川先生に見せたくなくて連れていかなかった…?
『俺とあなた、同類ですから』
『あなたは、まるで俺の分身みたいですよ』
火村先生の親友…有栖川先生…。
『…僕と昇は親友でした』
ああ、ダメだ。考えてはいけない。本能が、何処かで叫んでいる。でも止められそうにない。もうすぐ…わかりそうな、分かってしまいそうな。
『愛していたから』
まるで俺の分身のようだと言った火村先生。
『ただ俺は合理的に手に入れる事を望んでいて、あなたは少々無粋な方法で手に入れただけの話ですから』
合理的に手に入れる事を望んでいて…?
「どうしたん?森下君?」
「あ、お送りしますよ、先生方」
理由もなく焦って、僕は2人を帰路に向かわせる。
有栖川先生が、会議室から出て、火村先生も続く。最後に、唯一人残っていた鮫山さんが、背中に声を掛けた。
「…でも、一体どうして犯人が分かったんです?」
心底、心底不思議そうな…顔と声で問いかける。火村先生が、酷くゆっくりと僕らを振り返った。
「ああ、今回は、理屈じゃありません」
「理屈じゃない…?」
「トリックも何も、興味を引いたものすらありません。ただ…」
「―――――――ただ?」
くつり、とガラスの微笑み。喉の奥で、楽しそうに。
「怪物に気づいて怪物を止められるのは、怪物だけですからね」
僕と鮫山さんに、二の次を紡ぐ余裕は無かった。恐らく、僕と鮫山さんは同じ事を考えていたと思う。
そして、共に、同じ祈りを。
彼の宝が…――永遠にこの世で輝き続けることを。
ファントム End
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