cold 11



罪を犯しても取り戻したいと
宝石のような夜空に
似合わぬ願いを―――





 瞳に憎しみだけを宿して、マリアは笑い出した。
 夜の静寂に、風が彼女の声を運び響き渡らせる。皓々と輝く月は、僅かに欠けながらも彼女の輪郭を浮き上がらせて魅せる。
「…なん……っ?」
 声が口をついて出たことに、火村は身体じゅうの緊張が解けるような気がした。
 彼女の発した言葉が、自分を束縛してしまい、もう動けないのではないかと本気で危惧したからだ。 乱れた呼吸をいち早く整えると、背後に守るアリスの手を探り見つけだして、強く握る。

「――――ふふ、そんな顔をして。驚いたの?」
「―――不覚だが。君ならあり得そうだからな」
「それは光栄だわ」
 ばさりっと、長いスカートの裾を払いのけて石の上に腰を下ろす。その仕草に、虚勢や誇張の雰囲気は感じ取れない。
「……『聖母』ね…。ここにいる全てのトイを、君が操っていると―――?」
「そうよ」

 すぱん!と言い放ってから、マリアは優しく笑む…嘲りを含めたままで。

「…信じられないとお思い?けれどね、無機物に息を吹き込むなんてこと、私にとっては息をするより容易い事なのよ。媒介だって必要ない。―――今や世に蔓延するトイの「核」など、私には不要」

 風が吹き、さらさらとマリアの髪を弄んでは、揺らしていく。
 石の上に添えられていた右手が、そっと持ち上がり掲げられる―――と、白く細い人差し指でピッと廊下を指さした…崩れ落ちたトイの残骸に向かって。

「…どんなに貴方たちトイソルジャーが頑張っても無駄なこと。だって人の欲望は尽きないし、無機物が世界から消える事だってあり得ない」

 かたかた…とプラスチックがかち合う音が廊下に響き始める。アリスは震えながら、ゆっくりとその音に向かって視線を動かした。きつく、汗が滲んできたその掌を握りながら。
 火村はマリアに視線を固定したまま、ぴくりともその眼差しを動かさない。

(―――分かってる…動かせないんや…っ)

 今動いたら、いけないと本能が告げているから。
 ひんやりとした空気が、肌からじわりと染み込んでくるような感覚がする。
 それが教えてくるのだ、今動けば、命はない―――と。

「…中には自ら相手を殺して、「核」を手に入れ身を堕とす人間だっているわ」

 ぶわっ!!と彼女が歓喜の声を上げると共に強風が火村達を襲う。
 思わず瞼を閉じるが、せかされるように火村は慌てて目を見開いた。急速に目が乾いていくのが分かる。生理現象でまなじりにじわりと涙が浮かんだ。

「―――無駄なのよ、いくらあがいても。大人しくアリスを返しなさい。」

 かたかたかたかたかたかたかたかたかた………。
 ぎゅぅっと、両手で火村の手を握る…握り返される…その事に、アリスは僅かな安堵を得る。
(―――…気づいている…火村も。)


―――あの破壊された、トイ達が復活している事に!!

「……貴方が彼を側に置いておいても、しょうがないのよ。貴方は初めからただの段階でしかないのだから。アリスは私と会い…決着をつける為に目覚めたのだから」

 びゅうっ!と先程よりも激しい突風が、マリアを中心に吹き抜ける。
 もう耐えられなくなり、火村は右手で風をよけようと頭にかざした。
「―――イヤ、だと言ったら?」
「―――――そう。ではアリス、来なさい。もう彼に用はないでしょう」
「…NO、や」
 アリスの答えに、マリアは首をひねった。
「……さっき首を絞めた事を怒ってるの?それについては謝るわ。ほんの悪ふざけよ?貴方が私を分からないなんて言うから―――同胞じゃない、帰りましょう?」
「聞こえてへんのか?俺はNOと言ったんや。悪いが記憶がない…何を言うてるのか、分からへん」

 恐怖をこらえきれなかったのか、アリスはその時初めて火村の身体を強く引き寄せた。
 ちょうどその時、マリアの右手はトイ達を指し示す事をやめ、空に向かって勢いよく振り上げられた!

「…どうやら、こうするしか方法がないようね。」

 素早くマリアに視線を向けながら、意識を周りにも向けた。―――起きあがっている。先程倒した筈のトイ達が。…前と全く…遜色ない姿で!

「アリスが言うことを聞かないのは、貴方の所為ね?『黒の騎士』…邪魔だわ」

 そして掲げたその手を、優雅にマリアは振り下ろした。…まるで舞を舞うかのような、ゆったりとした動きで―――誘うかの如く―――火村に向かって。


「――――死んでちょうだい」





第十一話―――― 欠けた星が流れる時・V

 その白い手が差し伸べられた瞬間に、火村はざぁっ!と全身が総毛立つのが分かった。
 膝の辺りから、素早く背筋を駆け上がり、首筋を撫で上げ頭を痺れさせる―――コレまでに感じた事のない、ソレ。
 耳障りなノイズ。視線を向けなくても分かる、トイ達の動き―――。
 アリスに促されなくても、既に能力を解放した火村には、辺りの動きは分かっている。

「火村…っ」

 目を向ければ、アリスは泣きそうな顔で服の裾を掴んでいる。
 安心させたくて、火村は振り返り笑った。

「大丈夫だ…。お前を離したりなんてしない」
「違う…火村っ、あかんのや…っ!」
「……何が?」
「―――戦ったらあかん!俺は参戦できへんのやっ!!」
「…………?」
 思わず怪訝な顔をすると、ますますアリスは顔を歪めてしまった。
「…どういう…」
「……殺せん。火村には、あの人は…―――!」
「あの人?」
「そして俺もや……この力は…っ」
 詳しく問いただそうと、マリアに背を向けた時だった。
 ざわざわとしていた音が、鋭い金属音となり鼓膜を突き刺す!

「―――――――!」

 反射的にアリスの身体を抱え込んで、火村は左に飛び、そのままで廊下を勢いよく転がりきると、寝ころんだ姿のまま叫んだ。


「―――光の如く駆け抜けよ、音の刃!」



 空気が震え、確実に何体かが崩れる音を『耳』が拾った。しかし確認の為に顔を上げれば、わらわらと復活したトイ…マネキンが起きあがり、再び集まってきている。しかも。その両手は鋭く尖っていた。
 睨み付けたまま、火村は立ち上がった。
 今から数秒前、二人が立っていた場所に屹立している生白い槍は、マネキンの身体から作り出されたもののようだった。蛍光灯の光には肌色を。月の光には青銀の色を煌めかせて、不気味な静けさの中に微かに揺れている。
「…この力とは、何なんだアリス…」
「……………っ」
 視線を向かってくるトイ達から外さないまま、火村はアリスを問いただした。抱き寄せていた手を離し、ゆっくりと喉に這わせる。いつでも力を発動出来るように。
 かちゃん…と、マネキンが一歩踏み出す。手の平で五つに別れていた指の形は欠片もなく、そこからは鋭く尖った槍状の凶器しかない。まろやかな線を描いていた筈のそれが、どうやったらそうなるのか。
 少なくとも本来の長さであろう三・四pを、遙かに凌いで長く細い形状をしている。


「乱舞照葉破!」


 ピシッ!と目の前にいた一体が崩れ落ちる。―――目に見えないハンマーで上から叩きつけられた、ガラス仕様の人形の様に。
 ピシッピシッ!!続けざまにその後ろの二体、三体、六…十…。
 何度何度壊しても、吹き飛ばしても…!


「玖藍玄昭璽雨!」


 今度はさらさらと溶けていく。振り上げられたその手すら、目にも留まらぬ早さで溶けていく。
 それでも……。

(―――壊れない……?)

 そんな馬鹿な…!
 くっと眉を寄せて、火村は叫び、そして音律を紡いで歌い続ける。無機物を『操り人形』(マリオネット)から『本来の姿』へと帰す鎮魂歌(レクイエム)を。
 次から次へと技を変え、様々な攻撃を繰り返す―――なのに、いい加減に数が減らない―――それどころか!!
「……数が…増えとるッ……!」
「…………っぅ」
 アリスの小さな叫びに、火村は苦しげな呼吸しか返せない。

(―――そういう事か…?)

 アリスが、自分がマリアに勝てないと言ったのは。
 こくん、と唾を飲み込み、乾いた口腔内と喉を一時的に潤す。
 唇を一度舐め、息を深く、深く吸い込む。―――そして止める。
 すっと背を伸ばして、両手を合わせ輪を作る。瞼を閉じ、止めていた息を吐き出す―――。それを三回。

「…火村っ?」

 声を掛け、アリスはすぐに気づいた。ひゅっと右手から黄金の文字を繰り出し、近づこうとするトイ達を牽制する。
 しかし、復活するたびに数が増え、その上段々と装甲が厚く…つまり丈夫になっていると思えるのは錯覚なのだろうか。火村のように、効率よくトイを散らせない事に、アリスは次第にいらだちを覚えてくる。
 確かに自分には、物を粒子から破壊する事が可能だが、複数の的に向かっての攻撃は効率が良くない。

(―――どうすれば…っ)

 火村は、既に何かの技に取りかかっている。この場面で、それこそ時間を食うような物を彼が行う筈もないから、僅かの時間を稼げればそれでいいのだ。しかし、自分はそれすら出来そうにない。
 庭に目を移せば、全く別世界に住んでいるような穏やかさでマリアが石の上に座している。視線が合うと、やはり笑ってこう言った。

「―――無駄と分かっているのに。」
「…黙れ!」
 留まる事を知らないトイの集団が、やがて火村達を壁に追い込む。
 表情のないマネキン達に囲まれ、じりじりと後退せざるをえない。援護も期待出来ない。
 ちっとアリスはくやしさで舌をうった。目の前には、恐らく自分よりも上位の能力者。
「……アリス」
「黙れっちゅうのが、分からん……あ、ひむら…」
 感情が爆発して、文字が書き終わらないうちに始動した。上手くいく筈もなく、手元で惨めに弾けてしまう。がたがたと震える手を、やがて火村の手が握ってくれた。
 思わず振り返ると、火村が微笑んで言った。

「アリス…助かった―――もういいぞ」

 すっとアリスを再び背に庇い、火村は両手を重ねて突き出す。
 唇から紡ぎだされる…言葉のないメロディ。それに困惑を表したのは、アリスだけではない。マリアも同様で、僅かに身体を強張らせた。
 前に突き出された両手は、やがて円を描き、空を撫でるようにして掌を天井に向ける。何かを受け止めるような形をしている掌。その中心に、ふっと周りの光が集まり始める。

 光を見、マリアは途端に顔を強張らせた。組んでいた足を素早く戻し、腰を上げる。しかしその時既に、火村の詠唱が始まって―――終わった。



「―――破天に映る東の羽根よ、我と共にここに来たれ。闇に溶け光に溶けし階を登り、無を招き律せよ!!」



 白い光と、鼓膜を突き破るような爆音、身体を吹き飛ばす爆風が起きたのは、その数秒後だった。
「――――っ……」
「大丈夫か、アリス…」
 眩む目を何度かの瞬きで元に戻すと、目の前には火村がぼろぼろの姿で笑っていた。アリスを全身で守るように…両手で抱きしめられる形で。

「火村…いけるんか?」
「……大丈夫かってことか?…ま、何とか生きてる」

 苦笑する彼の頬、首、腕、背中。全てが深い裂傷であった。
 ほう、とため息を付きながら彼が立ち上がると、アリスの目の前に、想像もしなかったような光景が広がっていた。確かに疲労の為に立ち上がれなかった事もあったのだが、何よりその現状に、アリスは腰を抜かしていた。

「……アリス……?」
「―――――あ……」
「あ?」

 アリスと火村が座っていた場所以外…いや、その前が…アリスの目の前にあった筈の廊下が、完全に破壊されていたのだ。地面が半ばむき出しになっており、その地面とごちゃまぜになった元廊下の欠片がごろごろと転がっている。その上にまるで砂糖をまぶしたようにガラスの粉が散っていて…。
 何処にも、トイ達の面影はなかった。
 圧倒的な力で蹂躪され尽くした、姿だった。―――――ただし例外はあったが。

「…これ、火村が…?」
「……ああ……たぶん、これで全滅したとは、思うが…っ」

 ぴちゃん、とアリスの頬に生暖かい何かが落ちてきた。最初はそれが何かわからなくて、視線は目の前の光景にくぎ付けのまま、指だけを頬に這わせる…と、鼻につく錆くさい匂い。

「……火村……?」
「…………なんだ?アリス」
「無茶、せんかったか…?」

 視線は、変わらず目の前に定まったままで。指で掬い取ったそれを、アリスはそっと口に含んだ。その液体が火村の血であることを認識した途端、思考回路が動き出す…。
「まぁ…ちょっとしたかもしれねぇな…」
 苦笑に、荒い吐息が混ざり始めていて。
 すぐにでも彼を抱きしめて、癒して休めてやりたいのに。
 現実が、それを許さなかった。
「火村はすごいんやなぁ…あいつら全滅しとるで…。なんて技なん??」
「さぁ…俺も知らん。大体俺みたいな能力者自体が特例だからな。全部我流だ」
「ますます凄いやん」
 立ち上がろうとする火村…けれど、どうしても立てなくて何度も膝をついてしまう。
 それをアリスは目の端に捕らえていた。けれど…視線は動かないまま。繋ぎ止められたように。

「…でもなぁ…所詮我流だからなぁ…あの女だけは殺せなかったみたいだな…」
「…ふふ、なんや、気付いとったんか」
「こんな苦戦したの始めてかもしれねぇわ」

 くすくすと笑って、火村もようやく振り向く…アリスの視線の先にいるもの――――マリア。
 無傷のまま、あでやかに微笑んで空に浮かんでいる。

「…あら。気配を消していたのに。アリスは仕方ないにしても、人間の貴方に気付かれるとは思わなかったわ」
「…そりゃどうも」
「一度空間の狭間に逃げ込んで、それでまた出てきたんか」
「その通り…思い出したのアリス?私達の戦い方を」

 嘲りではなく、喜色を含んだ声がマリアから紡がれた。

「―――――いや。『わかった』だけや」
「…そう、つまらないわね。本当につまらない」
「楽しいか楽しくないかで、人のもんに手を出されたくないね」

 きゅ、とぼろぼろになったネクタイを外して、すばやく火村は左ひじにきつく巻いた。思ったよりも深く切れたらしいその傷の、応急手当に。黒いネクタイがやがて赤に染まるのに、たいした時間は必要なかった。

「大体、なんでアリスをねらってるんだ?」
「―――――知りたいの?」
「当たり前だろう。ただ気分で、なんていう理由で殺されたくなぞない。俺が…アリスが、理不尽だと思うものなのだとしたら、俺は断固として戦うしな」
「…貴方じゃ力不足よ」
 あはは!と笑い、そのまま左手を火村に向かって突き出した。
 ばん!と空気が鳴り、とっさに両手で構えた火村も、数メートル後ろに吹き飛ばされる。
「火村!!」
「大丈夫だ、アリス」
「…大丈夫…?強がりを。確かに『黒の騎士』貴方はJエリア最強のトイソルジャーかもしれないわ。いえ、恐らく世界で最高の力と…それを操る技術を持つ者。でもね、無理なのよ、貴方が私に刃向かうことなんて」
「…そんなこと、やってみなきゃわからないだろうが」
「…冷静で頭のいつものいい貴方だったら、すぐにでもひくでしょうに。それはアリスの所為なのね。でも大丈夫。貴方に助けてもらわなくても、アリスは強い。貴方より格段に!!」

 今度はアリスに向かって、その手のひらを突き出した。
 見様見真似で構えてはみたが、火村のようには行かずに、そのまま強く叩き付けられ身をよじった。

「アリスっ!!」

 血相を変えて駆け寄り、ぐったりと横たわったアリスの体を起こす。胸のうちに恐怖を秘めて。

「アリスっ!?」
「―――――っ…、大、っじょぉぶや、火村…まだ生きとる…っ」
「………ばっ、ばかやろ…っ」
 不覚にも、そのまま座り込んでしまいそうになる。
 腕の中で苦しそうに息をしているアリスを見、火村は先ほどよりも鋭い眼差しでマリアを見上げた。
 すると彼女の方こそ、辛そうな顔をしていたのだ。
(―――――…なんだ??)

「―――――…本当に、忘れたというの…?」
「…どういう、意味や…っ?」
「…力の使い方も…私たちのことも…自分のことも…?」

 ふわり、とその時始めて彼女の服が風になびいた。毛先がふわりと揺れ、また元の位置に戻る。

「―――――じゃぁ、何の為に『宣誓』し、己の命を懸けたのかも…?」
「――――――――――!」
(…いのち…っ!?)
 表情は変わらなかったが、火村はその言葉にかすかに動揺した。
「…存在意義も…?」
「―――――なんの事か、さっぱりわからへんぞ」
「…嘘…」
「なんで嘘つかなあかんねん」

 くっと顔をしかめて、アリスは自力で体を起こした。いてて、と小さくつぶやいて、火村の手を借りて立ち上がる。まだふらふらとするが、何とか立てた。

「―――――なんて事…っ!」

 きっと呆然としていた瞳が光を取り戻した。
「…戦えば少し飛んでしまったデータくらい、取り戻せると思ってきたのに。『宣誓』さえ済んでしまえば、貴方がここにいる理由はただ一つになっているから…だから待っていたのに。来ないから来てみれば、何もかも忘れているですって?確かに『ゼウス』に取り込まれるには記憶の代償が必要だわ。……でも、……でも、だからってなぜ!?何故そんなに失ってるの!?」
「―――――知らんていうてる」
「…そう。…あくまでアリス、貴方は私を避けるっていうのね」
「避けるもなにも…っ。俺にはあんたの事なんかわからへん!ほおっておいてんか!」
「誰が放っておくものですか!」

 びぃん!とあたりの空気が、震えたような気がした。
 両手を強く握り締めて、唇をかみ締めて、マリアは空中に浮かんでいた。ふわりふわりとゆれる髪が、そんな彼女の闘志を体言しているように見える。

「これは存在意義の問題なのよっ!例え貴方が拒んでも、私たちがここに同時に存在する以上、避けられない事なのよ!私たちは戦って、決着を付けなきゃならないの!」
「…知らんっ」
「―――――そう。わかったわ。なら戦わざるを得ない状況にしてあげる」
「なんやてっ!?」

 二人のやりとりを静かに、しかし機会をうかがいながら佇んでいた火村が、自分の異変に気付くのにはそれでも数秒かかった。

「!?」
「―――――火村ぁ!!」

 アリスの悲鳴が聞こえた時、最初は彼が襲われたのかと思った。だが違う、自分が彼女に囚われたのだ!体の自由が利かない。金縛りにあったように、足も手も、動かないのだ。

(―――――しまったっ!)

「…くっ!」
「油断大敵だと反省した?そんなことしなくてもいいのに。貴方が油断してたわけじゃないのよ。私が強すぎるの」

 くすくす、という笑いを唇にのせ、マリアは手をこまねいた。
 するとどうだろう。火村の体が宙に浮いて、誰も触れていないのに、がらがらと動き立ち上がった廊下のかけらに、張り付けられたのだ。
 驚き目をみはる火村の、前に、微笑んだマリアがいた。いつのまに移動したのか。視線を下に向ければ、アリスはくやしそうに立ちすくんでいる。

「な…んっ!?」
「貴方は囮。ここで大人しく待っているといいわ。―――――ああ、それとその声。たいした威力はないけれど、鬱陶しいから封じさせてもらうわよ?」

 声にならない悲鳴、とはこういう事を言うのだろうか?
 外傷はなかった。血もでなかった。なのに、声帯が傷つけられたことはわかったのだ。
 びくん!と、これ以上ないほど体が激しく痙攣した。

「――――――――――…っ!!!」
「ひ……火村ぁぁぁっ!!」
「そうね、剣を出すこの腕も邪魔だから…痛い?大丈夫、すぐに楽になるから」
「―――――っアぁ!!」
 バキ、と…二度鈍い音が。
 涙がこらえ切れない。例え生理現象だとしても、火村は泣きたくなかった。
 だから瞳だけは怒りを失わずにいようと、閉じずにマリアをにらみ続ける。

「殺してあげるから。――――契約者である貴方が死ねば、自動的にアリスの記憶は元の状態に近くなるはずだから。…大丈夫、そうしたらその痛みからも解放されるわ」

 ふざけるな!と怒鳴ろうとして、ぐっと、血液が喉につまった。その後にアリスに逃げろと叫ぼうとしたのに、唇の端から大量の血があふれ出たのみだった。
 その光景に、アリスが体を強ばらせるのが分かる。

(―――――何も出来ない…っ!)

 それどころか、足枷になるとは。
 唇を噛み締めた火村を見て、マリアは楽しげに指であごをなぞる。

「…不覚?…だからそんなに恥じ入ることなんてないの。貴方は何一つ仕損じてなんていないわ」
「―――――火村から離れぇっ!!」

 火村の目の前で、マリアの頬に傷が走った。
 それをゆっくりとぬぐうと、マリアは下にいるアリスを肩越しに振り返る。
 荒く息をしながら…涙を滲ませながら立ち叫ぶ彼を。

「―――――火村に触れるなっ…!」
「…………」
「―――――望み通り、あんたと戦ってやる。だから火村を解放せぇッ!!」
「…二言はないわね?」
「あらへん!!」

 満足そうににっこりと微笑むと、マリアはぱちんと指をならした。
 途端に体が自由になり、乱暴に地面に放りだされる。強く背中をうちつけ、数秒呼吸困難に陥った火村に、アリスが慌てて走りよった。

「火村っ!!」
 何か言おうにも、火村は声が出ない。
「…アリス?」

 マリアに呼びかけられても、アリスは振り返らない。ぎゅっと火村の体を抱きしめたまま、涙を流し震えている。
 その光景にため息を吐き、マリアは言葉を続けた。

「―――――戦いを了承してくれて…とりあえず礼を言うわ。でも、今の私と貴方では、ハンデがありすぎる…。これから言うことを、よく聞いて」

 アリスは何も言わない。
 火村は、半ばアリスを挟んでマリアと対峙している状態だった。震えるアリスに背を抱きしめられながら、マリアの動向を伺う。

「貴方の失った記憶と力…それを先ず取り戻して頂戴。おそらくJエリア内からは出ていないはずだから、容易でしょう。そのすべてを回収した時…。恐らく貴方はこの戦いの意味も思い出しているはず――――待っているわ、アリス」

 びゅっ!と突風が吹きぬける…と、そこにもうマリアの姿はなかった。
 火村のおそらく過去最大であろう攻撃をよけた、空間に逃げ込んだ時のような感覚がない。たぶん去ったのだろう。

「―――――むら…っ…すまん…っ」
 震えながら、そう何度も火村に囁く…謝罪の言葉。
(―――――違う、アリス)

 謝るべきなのは、俺の方なのに…。
 守れなくてごめん、と。
 戦わせることになってすまない、と。
 泣かせてしまって悪かった、と。

 優しくつぶやいて、涙をぬぐってやりたいのに―――声が出ない。腕が動かない。

「火村…っ…ひむら…っ」

 痙攣が止まらない。
 遠くから、たくさんの気配が近づいてくるのが分かった。トイではない…人の足音だ。
 おそらく研究員達だろう。



『泣くな』


 ひっく、と泣き続ける彼に向かって唇を動かしたけれど、音には最後までならなかった…―――――





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♪あとがき♪
 あああああああ…火村センセぇ…情けないっす…(><)火村センセのファンの皆様…申し訳ありません…。情けなさばく進中のセンセ…。どうしたらカッコよくなるの…。始終このままなの!?

 という事で『第十一話 欠けた星が流れる時・V』をお送りしました。これでとりあえず『聖母編』は終了〜♪ご愛読ありがとうございましたっ♪次回は番外編へ!「声をなくした夜(仮)」です。その後に『五聖騎士編』に行って……ああ、道はまだまだ長い…。なのに別のジャンルでまたパロこりずに書いてるし…(泣)

 本当に…どうなるんだろう、この話…ううん…。悩む(笑)ぼろぼろだしな、センセ☆


2000/10/14 みんな、ついてきて下さい(><)な真皓拝。

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