リア、鳥そして




―――これは、俺がまだ『兵士』だった頃の話―――




「…どいて下さい」
 現場の玄関での第一声は、これだった。
 静かにそう言うと、目の前に突っ立っていた警官二人が、ぎょっとした顔でこちらを振り向いた。
 後ろに誰かがいるという事に、そんなに驚いたのだろうか。

(……普通は驚くかもしれないな。)

 死体の検分途中、背後に黒づくめの男が立っていたら、そりゃあ。
「な・何だね君は!?」
 どん!と強く胸を叩かれ、俺は数歩後ろに下がった。
 何だか、それだけでもう強く反論する気にも無くなった。別に来たくて来た訳でもない。
 今回は、興味を惹くような密室トリックがあった訳でもなし。
「―――ああ、じゃ別にいいです。帰りますから」
 鼻息の荒い中年男、顔近づけるな、酒臭ぇんだ。
 はぁ、と大きくため息をついて、俺はくるりと背を向けた。じゃり、と血に絡んで廊下に散る様々なゴミが、コンクリに擦れて音がなる。

(…そうそう、まだ買って数日のこの靴を無用に汚すのも、イヤだしな)

「―――帰るんですか、まだ『仕事』も終わっていないのに?」
 冷たい、それが一番最初の感想だった。耳元に、ひんやりとしたものが触れてきたような、そんな感触のする声だった。無駄なものを一切排除した、完璧な旋律。声のイントネーションに正解なんてないのに、それが絶対だと思わせる強さ。それすら…感じて。
 ―――不覚にも、顔を上げてしまった。
 目の前にいる、男。
 彼は目が合うと、口元だけを歪めて『笑み』を作った。
 …それが、無性に不快感を誘ったけれど。同時にイヤになるほどこの男のいる訳も分かって。
「『初めまして』」
「……初めまして」
「…どこにいかれるんです?『クラッカー』Sソルジャー・火村英生さん?」
「―――――帰るんだよ」

 ああ、嫌なヤツだ。
 ―――それが、俺が『彼』…空知雅也に出会った頃の印象だった。

 当時のヤツは、これ以上ない程荒れていて。(そうは周りには見えなかったようだが)
 あの頃の俺は、これ以上ない程色々な事に興味がなかった。つまり醒めていた訳だ。

 トイに対する憎しみの感情に、心はもう悲鳴を上げていた。
 ロジックを操って犯人の心理を暴くのは快感だったが。
 『仕事』をしてトイを壊すのは既に、苦痛に近かったのだ。
 世界統一歴120年―――俺…火村英生…29の秋…。


「『クラッカー』!?『クラッカー』って、今そう言ったのか、お前ら!!」
 お前らってなんだ、と顔には出さずに、俺と空知は同時に胸ポケットから警視庁が発行、政府の認可した手帳を開いて見せた。金で作られたシンボルマーク、警察手帳とよく似た黒の手帳を開くと、そこには身分証明書。
 写真、名前の下に青銀色の特殊インクで書かれた文字『S・K』。同様に空知の手帳には、こう書かれているだろう『B・H』と。
「…正式に『クラッカー』からの指令を受けてここに来ました。これよりこの事件は、Bレベルの第106号事件としてこちらの管轄に入ります」
 静かに朗々と語られた言葉は、随分と時間を要して彼らに受け入れられたようだった。

 冷たすぎる声だから、きっと驚いているのだ。

「そ・そんな…」
「な、だから言ったろぉ〜?おそらくあいつら来るって…」
「だけどよぉ…転任してきて初日の事件から、かっさらわれるなんて誰が思うよ!?」
 絞りだすように声をだし、そして戯れながら会話を始める。そうしなければ、空知の声に囚われそうになるんだろう。無意識に、それを弾こうと声をだす。己の声を耳の鼓膜に打ち込み、神経を正常に戻そうと試みている。

(―――極めて正常。彼らに『患者』の気配なし)

 ふ、と鼻からため息。イヤになる。この空間の血の匂い。散らばる四肢。天井高く染める赤のデザイン。
 手帳をぱたん、と閉じて胸ポケットにしまう。この動作も、もう自然に出来るようになってしまった。

「…すみませんが、検視等の資料は『クラッカー』の方にも送っておいて下さい」
「はい、分かりました。では、我々は失礼しますので」
「…御協力ありがとうございます」

 ぶつぶつと文句を言いつつも、二人の警官は敬礼をして現場を去って行った。
 ああ、一緒に帰りてぇな…なんて事を考えながら、空知を見る―――三日前付けで俺の相棒になった男を。

「…なんで分かったんだ」
「……私は”ヘーラァ”ですからね。イヤでも分かりますよ。そこに見知った気配があれば、ついつい携帯に手が伸びるってものでしょう?」
 そして本部に電話して、恐らく捜査認可証を裁判所に発行させたのだ。
「…余計な事を…」
「つれないことを。私たちがコンビを組んで、初の事件じゃないですか」
「いつからコンビ組んだ。俺は断ったぞ」
「……そうでしたっけねぇ?」
 喰えない笑みを浮かべて、空知はすたすたと歩きだして行ってしまう。すぐ横や、周りに散らばる四肢には目もくれずに。
「おい…!」
 呼び止めたが、聞こえていないのか振り向きもせずに奥に行ってしまう…いや、聞こえてる癖に振り向かないんだな。

(―――嫌な野郎。本部も女よこせばいいのに)

 けっと舌打ち。一人そこでぼぅっとしているのも馬鹿らしい。
 それに大体、現場に彼一人置いておける筈もないのだ。
 何しろ彼は”ヘーラァ”能力者―――『聞き手』だ。そのうち否が応でもぶっ倒れる。
「…男の看病して何がおもしれぇ?」





 空知がいたのは、現場から遠く離れた部屋だった。
 所々埃が被っている家具。
 壁が僅かに黄ばんでいる。
 紅い刺繍の丸い絨毯が中央に…その上にガラスのテーブル。
 血の惨劇から、遠く離れたその場所。
 夜の静寂。曇ってはいるものの、天井の豪華なステンドガラスから入り込んでくる七色の光は、空知を飾るのに十分な効果を持っていた。薄い水色のTシャツを着て。皺のない白いズボンを履いて。
 うなじで束ねられたストレートの髪が、水滴を纏わせているように艶やかで。

 ―――何処までも、無機質。

「…で、何か聞こえたのか」
 豪華な天蓋ベットに腰掛けて、俺は問いかけた。
 空知はその質問に、瞬きすらしないで答える。
「ええ、色んな事が」
「そうだろうよ。どうせその耳は余計な音も拾いまくる万能なモノだそうだからな」
「―――なら、話しかけないでください。『絞る』のに神経使うんです」
「…馬鹿だな。お前。」
「…この前お会いした時は貴方だったのに。格下げですか」
「当たり前だ。馬鹿野郎」

 煙草をとりだして、火を付ける。煙をくゆらせると、空知は嫌そうな顔をした。それに少し満足する。
 こいつも、人間なんだという微かな安堵が。

「勝手にコンビ、コンビって連呼しやがって。俺ははっきり嫌だと言った。コンビを組まなきゃ解決出来ないレヴェルの仕事も、請負いたくないって申請書もだした。―――それがどうして一週間後にお前が来るんだ」
 ピッとほのかに灯りのついた煙草で空知を指す。ガラスのテーブルにそっと手を這わせ、白い指先につく埃に視線を囚われたまま、空知は無言だった。
「…報酬なら、もう十分頂いた。これなら院生生活も潤滑に過ごせる。一括ですべて納めて、下宿先のおばちゃんに色々買えたぜ。―――もういらない。金なんてな」
「――――――そうですか」
 何の感情も込められていないそれに、俺は心からため息をついた。
「…そうですかってな…お前ちゃんと言ったのか、人事部の連中に!俺が!コンビが嫌だって!」
「…言いました」
「―――ならなんで」
「…でもこう言われました。『彼が断った?そんなの建前だから、早く書類を渡してこい』ってね」
「……………………」

 ふっと血の匂いを纏わせた風が室内を通りぬけた。それに吹かれ、空知の前髪が微かに揺れ…そして俺の煙草の灰も宙に舞った。…まるで雪のように。

「『彼は、今月の18日付けでSSクラスが決定しているんだ。断る訳ないさ。君がBクラスだと知って馬鹿にしているんだよ。頑張りたまえ』―――これすべて、人事部部長のお言葉ですよ」
「…覚えとけあの野郎。」
「…言葉が汚いですよ。可笑しいな、今夜は荒れてるんですか。初めて会った時はそんな言葉使いじゃなかった」
「…気分悪い時まで『ですます』で話すヤツは嫌いだね」
「…では私は嫌われますか」
「ああ。大嫌いだ」
「―――それは困ったな。これから長いつきあいになるのに」

 くすり、とこちらを向いて笑う。―――その笑みの中、異彩を放つその瞳が。

(―――大嫌いなんだよ)

 昔の、そう遠くない昔の自分を思い出させるから。

「…こちとらそんなつもり毛頭ないね。俺は帰る。お前一人で…―――空知ッ!!」
 ガシャン!!と一際甲高く煌めく音を発したのは、テーブルだった。空知が倒れ込む際、寄りかかろうとしたのだろうが、そのまま一緒によろめいてしまったのだ。ヒビが入ったテーブルはごろごろと左右に揺れて空知の方に転がってきたが、少し手前で止まった。ステンドグラスから差し込んだ光がテーブルのガラスに入り、更に細かく薄く色が分かれて…そこに倒れる空知の表情を覆い隠す。
 俺は空知が頭を床にぶつけるその前に、なんとか体をすべり込ませていた。助けて胸に頭を引き寄せてから、すぐに自分が馬鹿な事をしたと後悔する。―――チクショウ、放っておけばよかった。

「おい!!この馬鹿!」
「………っ」

 苦しげに眉を寄せて、必死に耳を塞いでいる。次第にがちがちと歯がかみ合う音まで聞こえて来た。
 どうしたんだ、と声を掛けようとしてすぐにあきらめた。ここで今声をだしても、空知には苦痛でしかないに違いない。
 空知を助けようと駆け寄った際、舞い上がった埃の所為でもうスーツは薄汚れてしまった。どうにでもなれとそれを脱ぎ、ばさっと無造作に空知の頭に掛ける。本当なら耳栓でもあればよかったのだが。市販のモノでも、多少は違っただろうに。
 ゆっくりとそのまま頭を床に置き、静かに立ち上がる。
「…なんでこうなるんだ」
 気を使って呟くのも口の中だ。
 こういうのが嫌なのだ。

「―――空知、何処だ。聞こえてくんのは」
「…………、ぁ……こ・え……」
「こえ?」
「歌…ごぇ…が…―――」
「…………具体的に言ってくれ。頼むから」

 びくっと空知の肩が震えた。…今の自分の声が、きっと神経に障ったのだ。それを視界の端で捕らえて、俺は舌打ちする。なんで、俺がこんなに苦い思いを抱え込まなきゃいけねぇんだか。俺は悪くないのに。
「……この部屋、ドア…の・右…に…」
 かすれ声。今にも死にそうな。
「了解」
 すぐさま行動にでようとして、俺は一歩踏みだし掛けたが次の瞬間躊躇った。
 ダメだ。今ここでトイを壊せない。
「―――空知、ガードは出来るのか」
「……やって・…ます……」
「―――ならいいな。やるぞ」
 答えはない。もう気を失ったか。どちらにしろ、やるしかないのだが。

 空知が示した、この扉の右側…近づいてキィとドアを閉める。すると楽譜(スコア)が現れた。まっさらな、五線しか書かれていない白い楽譜が貼られていた。黄ばんだ壁には違和感を放つソレ。
「―――声、ねぇ…」
 きゅ、とポケットから黒の手袋を取り出して、填める。とん、と手のひらを楽譜に近づけると、ばちばち!と青白いプラズマを放つ。反射的にそれを避け、火村は笑む。―――ビンゴ、これが「核」だ。
 すっと右手を横に伸ばす。指先まで、ぴんと。
 開かれた手のひらがゆっくりと天井に向けられ、握り込まれる。不可視の劔―――振り下ろされ…


 ピシィッ!!


 紙が切れる音ではなかった。
 キィィィィン!と金属音がして、その真っ二つにされ壁に残る片方から、蒼い光が集まり凝結して空中に数秒浮き…落ちた。
 カラン…カァ…ン、カン…。
 コロコロ…と転がるその青灰色の球体…「核」を、すぐさま踏みつぶす。

「―――――ぁッ!!」

 背後で悲鳴。がさがさ、と動く音。
 残骸もそのままに振り返って空知に近づくと、床で丸くなり、火村の掛けた上着を皺になるほど強く掴んでいた。指先に血がいっていないのではないだろうか…白過ぎる。

「…ガード出来てねぇじゃねぇかよ。大体残骸の処理なのに敏感すぎるぞ、お前」
「……じゃ、ありま…ッ………」
「―――は?」
 離せよ、と上着を掴む手に触れると、ぎょっとするほど手が冷たかった。
 それに僅かだが、震えている。
「あれは…残骸じゃ、ありませ……―――ッ」
 離させようとした火村の手すら、握り込む。
「…じゃぁ……」
 今のは。
 ぎちぎちと音を立てながら、空知の指がベランダを指し示した。
「―――止め、て…死……」
「早く言えよ!!」

 少々乱暴に手をふりほどき、火村はベランダに面するガラス戸を開けようとした。が、開かない。苛立って鍵を「力」で叩き割り、ばん!と勢いよく開けてベランダに出る。辺りを見回し…緊張に耳を澄ませるとか細い歌声が聞こえた。
 これは、生身の声だ。
「何処だ!?おい!!」
 思わず叫んだ。歌声は聞こえているのに、この屋敷の何処にも人の気配が感じられないのだ。
「………くそっ」
 トイを壊された「患者」は、得てして狂い出したり、突発的に死を選ぶ事例が多い。それが初期段階であったり、あらかじめ「患者」が確保されていた状態なら、その可能性は限りなくゼロに近づくが。
 Bレヴェル…際どいラインだ。
 どうすれば、と考えを巡らせ…火村は空を仰いだ。


 何故、その時空を仰いだりしたのか。


 ふっと歌声が途切れた。上から、鋭く風を切る音―――はためく、白いドレスが。
 栗色のソバージュが、深い群青色の中に広がって。幼い、その体が。
 火村の目の前を、落ちていった。

「――――――――――!!」

 のばした右手…指に絡みつく髪の毛。くん、とそれに引っ張られ、僅かに物体の目が火村を捕らえた。



『               』



 スローモーションの中、見開かれた視界の中で、薄いピンクの唇が紡いだ声は聞こえなくて。
 ぶつっという鈍く、小さな音がしたかと思うと。
 白いそれはそのまま下へ、重力に引かれて地面にダイブした。
 叩きつけられた音は、聞こえなかった―――否、聞きたくなかった。

「火村さん!!」

 背後からの空知の声に、のろのろと瞬きせずに視線を落とす。
 灰色のコンクリートの地面に、真っ赤な花畑がみるみる広がっていて。
 真っ白かったドレスが、血に染まっていく。
 再び、地面と二階のベランダとの間で視線が合わさった…少女…いや、少女ではなく幼女の見開かれた瞳には、空しか映っていなかった。濁りのない黒い瞳に、星が瞬いている。

 風が吹く。
 火村の指に絡まった髪と、地面に横たわる名も知らぬ幼女の髪が同じ方向になびく。

「………………」
 一度瞬きし、火村はゆっくりと空知を振り返った。
 空の、月がやけに皓く輝いていて、目障りだ。
「火村…さん…いまの・は……」
 よろよろと、倒れていたテーブルに縋りながら、彼は立ち上がっていた。月光に照らされた所為だけではないだろう。彼の顔色の悪さは。
「…たすか…」
「助からねぇよ。即死だ」
「……………」
 すっと、無表情になった。その変わりようといったら見事で、少しだが笑った。
「―――――気にするな。茶飯事だろうが」
「…そうですね」

(誰の所為でもない…―――)

 かたん、とガラステーブルを元に戻し、空知は服の埃を叩いて払った。
 無造作に落ちていた火村の上着を手に取ると、同様に埃を払い、部屋に戻ってきた火村に差し出した。
「…汚れて、しかも皺ついてるヤツそのまんま返すなよ」
「………クリーニング、だしてもいいんですか」
「―――ああ、後で持ってきてくれ」
 歩きだし、天蓋ベットの横を通ろうとすると、思い出したように足を止めた。視線を床に走らせると、地面でちかちかと煙草が光っている。
「……おっと、あやうく火事になる所だった…」
「…ここ、木製じゃあありませんし…加工されててそんな心配…っ」
 ぴっとその煙草のフィルターを差し出され、言葉につまる。

「煙草苦手か」
「―――いえ…でも好きじゃありません」
「…いくつだったっけ、お前」
「……今年で、29ですよ」
 その答えに、火村は今までない程驚いた顔をした。
「―――同じか」
「ええ。………悪いですか」
「いや……てっきりもっと下だと……」
 ぶつぶつとそのまま呟く火村に、空知はむっと顔をしかめ、さしだされたフィルターをくわえた。煙を吸い込み、すぐにむせて咳き込む。
「ばっか…お前いきなり…重労働の後に……」
「っ、げほっ……な・なんですか、コレッ!!」
「なんですかって……煙草だよ」
「………っ・げほ…ッ」

 目尻に涙をためる空知を見、火村は短くなったそれを己の口に運んで、それは美味しそうに吸った。
 そして地面に落とし、火を消す。

「…口ん中、じゃりじゃりしないか」
「…………します」
「悪い、これ地面落ちてるヤツだよな。よく考えれば」
「――――」

 呆れ顔で、空知は火村を見て…数秒後にこれ以上ない程顔をしかめた。
 おそらくそれに気づかずに、思わず差し出された煙草を吸った事を後悔しているのだろう。
 そんな空知に、火村は無造作に右手を差しだして来た。
 怪訝な顔をしたが、火村の手を見、おそるおそる自分の手にとる。数本の、細くて緩いウェーブの掛かった髪。

「―――これ…」
「ああ、あの子の髪だよ。明日支部に行くんだろう、ついでに鑑識かけとけ」
「―――え?」
「…あんな小さい子に、身長180の男をバラバラにする力はねぇだろ」
 はっとしたように空知は目を見開く。
「…あの、玄関先の死体は…」
「そうだよ、俺が考えるに少なくともそんくらいの身長はある」
「何故……あ、…血…??」
「そう。吹き抜けのあの天井の殆どを血で染めて…」
 被害者の身長が高ければ高い程、その面積は比例するだろう。
「肩を切ったって血は上にあんなに上がらない。首だ。まず最初に首を切った…」
「―――あの被害者のトイは、来た時確かにありました。ここに、あったんです。でも、すぐに聞こえなくなってしまって…貴方と話していたら、…声が」
「そうか。…少なくとも、ここに後もう一人いた筈だ…。確かじゃぁないが。とりあえず、身分照合だけしとけ」
「…はい」
 白いハンカチを取り出して、それを大事そうにしまい込む。

「あ、火村さん…」
「―――何だよ」
「…………それって…」
 ポケットの中から新しい煙草をとりだし、火を付けて吸い始めた彼は、苛ついたように空知を振り返る。
「……コンビ、組むって事ですか」
「遅ぇ。思考回路」
「…すみませんね、能力使ってまだ回復してないんですよッ」
 声を荒げた空知に、火村はにやり、と笑った。…先程、空知が火村にしたようなたぐいのソレを。
「―――行くぞ」
 不機嫌そうにしながらも、空知は火村の後に続いて部屋を出る。



 かつん、とエコー音が遠くから響く。真ん中に敷かれている絨毯は歩かない。少し行くとすぐに、階下になり血があたりを染めているから。少しづつではあるが、染み渡っているだろう。濡れた音なんて、聞きたくない。
「………って、言ったんだよな…」
「―――え?」
 階段を降りきり、玄関口で囁いた火村の声が聞き取れず、空知は尋ねた。
「…なんです??」
 振り返らず、火村は言った。
「あの子の声、聞こえなかったけどな…言葉は分かった。―――お前は…?」
「…混乱したセリフの間に…微かに…「アヴェ・マリア」のメロディくらいしか…」
「そう…か」
「なんて、言ったんです?あの子」
 空知が扉を閉め、進入禁止のテープをノブに貼る。そして鍵穴に差し込む。
 かちゃかちゃ、というその音が終わった後に、火村の声が静かに響いた―――。


「”アナタは、世界を愛していますか?”…って、な」

They say you're not supposed to tell anyone how it ends?
―――But that ending was no big deal.




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2000/10/29  真皓拝

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