リア、鳥そして



 ―――いっそ、飛べない鳥だったなら。―――




「…どうして、急にコンビ組んでくれたんですか」

 ぱさり、と空知の前髪が視線を下げると共に額に落ちる。
 せーぉー…と、遠くからかけ声。この研究室はちょうどグラウンドと隣り合わせ。
 時折かけ声が聞こえてくる。がしゃっとグラインドを下ろす。一度彼を見、俺は沈黙したまま右手にカルテを持ちなおして…部屋の中央にある黒いソファに座った。どかっと前後に揺れるが、まぁ壊れないだろう。
 ふぁさ、と火村の動きから少し遅れて白衣の裾がなびく。

「…火村さん」

 しびれを切らしたように、目の前に座っている空知が少し身を乗り出した。

「あんた、目が悪いのか」
「普段は掛けてます。光に弱いもので」
「今日の思考回路は調子いいみたいだな。並程度か」
「どうもありがとう。それより、火村さん…」

 空知の服装は昨晩とは打って変わり、火村同様にスーツを身に纏っていた。
 紺のスーツにノーネクタイではあるが、中にグレイのシャツを着て、眼鏡は縁なし。

(…一見して、研究者に見えるだろうな。―――とても神経質な)

 そこまで思い至り、心の中で笑う。

「…どうして、急に…あんなにコンビを組む事を拒んでいたのに」
「嫌なのか?」
「いえ…そうじゃありませんけど…」

 ならいいだろう?と目で言い、火村はパン!とカルテをテーブルに置く。

「どうせもう申請してきたんだろう。受領証はもらってきたか」
「はい。―――ここに」

 差し出された、小さなフロッピー。

「…給与振り込み用のナンバーが分からなかったので…直接お願いします」
「分かった…あとサイン書くのは?」
「コレと、これです…あと、その……」

 焦げ茶色の袋を、躊躇いがちに空知は持ち出した。

「―――クラス上げの報告書か」
「ええ。…サインして提出すれば…今月末にはもうSSクラスのソルジャーです」

 火村は数秒それを見て沈黙し、はん、と笑った。煙草を点け、加えたまま手を差し伸べる。
 渡せ、という事なのだろう。右手は既に左ポケットのボールペンにのばされているから。

「理由なんて、本当は知ってるんじゃないのか」
「…大体なら」
「言えよ。どうせ知らないソルジャーなんていない」

 サラサラ、と軽くペンを滑らせ、ぱしっと空知に突き返す。こういった書類・資料の管理、申請、登録などは、コンビの場合、全て下のクラスの者が行う事になっている。火村も数年前までそれをやっていた。受け取り折らないようにケースに仕舞う様を見て、懐かしく思ってしまう。

「―――コンビの…相手の、能力を『喰って』しまうから、でしょう?」
「そうだよ」

 間髪入れずに答えられ、空知は少し驚いた様子だった。変わらず無表情だったが、瞼が微かに揺れた。
 白衣の下に着ている黒のシャツのポケットから、皮の黒手袋を取りだし、右手に填める。
「…なんで俺がお前とコンビを組む事を決めたか、教えてやろうか」
「…はい」
「お前が死にたがってるからだ」
「―――――!!」

 息を飲んだ姿を静かに傍観し、火村はその右手で煙草を持ち、煙を吐きながら灰皿に灰を落とす。僅かに赤い光を纏いながら灰が落ちていく。

「…しかも最悪な形。」
「………ぅ、して…」
「―――俺に自分の能力を『喰わせ』て、その後に自殺しようとしてる」
「!!」
「図星だろ。やっぱり馬鹿だな」
「………………」

 ととん、と指で煙草を揺らす。白煙をまっすぐ立ち上らせ、火村は空知を見る。



 せーえぇおぉ〜せぇ―――!!



 ブラインドの隙間からの光は、火村と空知の真ん中に一筋差し込んでいる。

「この能力は元より遺伝的なもので、潜在能力以上の力なんて出せない」

 口に含み、表情を険しくしたまま膝に左腕を乗せ、顎に手のひらを添える。

「なのに俺の力は、仕事をこなす度に確実にキャパが増えている。『何故だろう?』―――俺の力は『動』。破壊力のクラフト。初めて組んだ相手は、典型的だがアゥゲだ。二・三度共にD級事件をこなしたら、何故かトイが見えなくなった」

 瞬きせずに、空知の瞳を見つめる。空知もそらせずに、息を止めたまま耳を澄ませた。

「二人目もアゥゲ。まぁ、目が一番多いからな…二番目の相棒は、トイが見えなくなる所か視力さえ失った。彼女が一番の犠牲者かな。ソルジャーたることを誇りに思っていたから、相当ショックを受けていた」

 顎を支える手の手首を指さし、つっと引く。自殺の意。

「三人目になった時は、もう噂が広がりはじめてた…。今までの相手がいつも同クラスだったのに対し、今度はワンランク上だった。変わった人だったな…。噂なんか気にしてないって―――なのに、『喰った』」

 くっと唇を噛んだ空知に、火村は目を細めて笑った…笑った。

「―――力がなくなって、自信喪失して…飲んだくれて。彼は最後には狂ったよ。だって、それで自分の妻が「患者」になっていくのを、みすみす見過ごしてたんだから」

 トイがはびこり始めた時代…それを除く者達。それは異端ではあるが、国が保護し正義を背に掲げてやれば一種のエリート職。自分が特別だという思い。潜在的なものであり、通常では誰も出来ない。

「…四人目はなんだったかな。確か異例のクラフトコンビだった。異質の力を『喰う』のは分かったから、今度は同質はどうだって事だったんだろう。その頃すでに幹部連中は分かってた筈だ。俺が普通じゃないこと」
「―――火村さ……」
「もちろん『喰った』四人目も!…かくて俺は入隊してから数年でSクラスソルジャー入りさ」
「……………」
「片手じゃ足りないな。…もういい加減自分でも分かった。半年ごとに行われる能力テストで、手渡される数字よりも自分の力が確実に増えてる事ぐらい。相棒の力がなくなって…それを自分が取り込んでいる事に」

 瞳は笑んだままで。

「…嫌気が差してコンビ解消を求めたら、ワンランクどころか格下にして最下層レヴェルのヤツをよこしてきやがった。―――しかも希少価値の『聞き手』を。まともにガードも出来ない。解放したら全部聞いて倒れやがる使えないヤツを」
「―――――…っ!!」
「『どうぞ喰って下さい』って事だろう。アゥゲもクラフトの力も『喰う』事は分かった。あいつらの考える事なんて分かるさ。どうせ俺が「動」だけでなく「静」も使えるようにしたい…完璧な「兵士」が欲しいんだろう」

 コンビは通常、同ランククラスのソルジャー同士が、依頼か己自身の意志で組む。ワンランクの場合は少なく、三ランク以上離れたクラスのコンビは絶対にない―――普通なら。

「…もういい加減嫌なんだよ。目の前で死なれたり狂われたりするのはな」
「……だから、”初めて”ここに来た時怒ったんですか……」

 …ああ、と視線を落として肯定し、数秒後に唇を歪めた。

「しつこいしなぁ、お前。―――あ、謝罪なんかするなよ。殴るからな」
「…しません。馬鹿馬鹿しい」
「―――言うなぁ、お前」
「いい加減お前呼ばわりは止めて下さい」
「じゃ空知」
「…………………」
「なんだ、さん付けがいいのか?」
「いいえ、不気味ですから止めて下さい」

 ふっと煙を空知に吹きかける。顔をしかめた空知が面白いのか、その表情を満足そうに見て短くなった煙草を消した。

「詳しい理由は」
「…死ぬ気の野郎を、死なせないようにするのって楽しそうじゃないか」
「――――はい?」
「もしかしたら、お前の思惑通り今回も俺はお前の力を『喰う』かもしれないが、自殺させないようにするのは出来るだろ。少なくとも、お前は能力を失う事で死を選んだりはしない。…だったら可能だ、俺でもな」
「………あなた………」

 空知は呆然と目を見開く。
 そして数秒後、はぁ〜っと長いため息をついた。

「相当、根性悪いですね」
「―――ど〜でもいいだろう。さ、空知…仕事だ」




「少女の名は『倉持喜美子』。年齢は五歳七ヶ月と三日。特別な体質も障害も病気もナシ。身長は96p。体重33キロ。血液型はPH+のA型。関西エリア××地区に両親と兄二人、祖母の五人でマンションに住んでいました。母親は自分の子供が「患者」だったとは気づいていなかったようです」

 研究室のPCを使い、警視庁のデータバンクから取り出した情報を読み上げる。
 火村はPCの横に立ち、耳を澄ませながら専ら空知のブラインドタッチに見とれていた。

「あの子の『声』からして、私は浸食レヴェルはもうBランクだと思っていたんですが…」
「違ったのか」
「ええ。―――毛髪から、せいぜいD+程度だと言われました」

 人体に影響を与えるトイの精神浸食。ランクは初期からF・E・D・C・B・A。それぞれのアルファベットは+−に分かれ、人はF−からF+、E−からE+とレヴェルが上がっていく。末期に至ると、もうソルジャーからは「マイナス」と呼ばれる。

「D+…?まぁ、確かに体は衰弱してなかったし…それに五歳児がBランクまで行く例はないな」
「そうなんです…でも、あの感じはもうBランクなんです。ノイズが人の声だったから」
「よく分からないが…ヘーラァはアゥゲの五倍以上の情報量を把握出来るんだってな。…空知を信用する」
「光栄です…ならその煙草止めて下さい」
「体に悪い?」
「肌に悪いです」

 返された答えに、火村はまじまじと空知を見た。画面に集中していた空知も、その視線にいい加減気づいたのか、僅かに顔を上げる。

「―――なんです」
「いや…なかなかな答えだと思ってな」
「でしょう。思考回路は並ですから」
「…結構根に持つタイプな、お前」

 煙草を再び口にくわえ吸おうとしたが、すぐにテーブルの灰皿を取りに行き、火を消した。

「男の検視結果は?」
「火村さんの予測が当たりでした。殺された男は『真木幸太』。年齢35。身長183.2p。体重60キロ。血液型はO型。同様に身体的な障害、病気等なし。死亡原因は失血死」
「―――浸食レヴェルは…って、Bか」

 この事件がBレヴェルに指定されていた…最初から。

「ええ。」
「悪い、無駄な質問したな」
「気になさらず」
「―――他は。鑑識入ったんだろう」
「…あの二人以外の浸入形跡はなし」
「……本当に?手がかりはナシってことか?」
「はい。もうこれは捜査終了ですね。トイも始末しましたし。残骸処理は鑑識の方でしてくれたようです」
「―――ふん、退屈だな」
「退屈?」
「…事件が終わってるのに、嫌な予感だけがするって言うんだ」
「――――」

 火村の答えに、数秒考え込んでいた空知だが、すぐに怒濤の如く手を滑らせた。

「…おい、何してる…?」
「データバンクに浸入してるんです。他のエリアの情報もさぐってみようと思いまして」
「ええ!?な、お前捕まるぞ!?」
「笑わせないで下さいよ。誰が捕まるんです?―――ああ、出てきた」
「本当かよ!?」

 ばっと画面をのぞき込む…と、数個のファイルがデスクトップに点滅して現れた。

「―――数分も経ってねぇぞ。セキュリティはどうなってんだよ」
「警備緩すぎですね」

 きゅ、と眼鏡を上げて涼しげに空知が言う。
 他のエリアのトイに関する情報は、正規に手続きをすると情報が降りてくるまで三日はかかる。その上捜査途中は機密として扱われ、なかなか公開されない。

「……似たような事件なら、関東と東北に数件起こってますよ」
「……共通点は」
「ありません。ただソルジャーの報告書の「患者」浸食レヴェルと、鑑識の結果が合わない事ぐらいでぐらいで、他になにも」
「………浸食レヴェルが……」
「アゥゲ、ゲルフ…そして私ヘーラァ。全ての能力者がレヴェルを間違える事なんてありますかね」
「お前以外のそいつらのランクは」
「皆Aです」
「……ふぅ…ん」

 考えに沈もうとした火村を、現実に引き戻したのは一本の電話だった。

「―――はい、火村…ああ、鮫山さん。え?ああ、ありがとうございます。大したことじゃ…はい、はい。分かりました…そうですね、明日の午前中にはそちらには行けます。はい…失礼します」

 ピッと電源を切ると、すかさず空知が尋ねてきた。

「…火村さん?」
「…知り合いの鮫山さんさ。現役の刑事でもある―――しかし最近は専らソルジャーの仕事させられてるようだが。明日本部に来てくれって言われた。どうやら彼の事件も、俺の事件も似ているらしいぜ」
「似ている??」
「「患者」の惨殺死体。捜査員が出向くと、その近くで「患者」がもう一人死ぬ」
「…………浸食レヴェルの食い違い…」
「その上死ぬ「患者」のトイは、五線のみの楽譜(スコア)ときた」

 無言でがたん…と立ち上がった空知に、火村は不敵に笑った。


「―――どうやら、初仕事は難航しそうだな」




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2000/10/30  スペトラ最高 真皓拝

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