リア、鳥そして



―――小鳥はいつか巣立ってしまうのに―――



「まず手始めに、自殺した少女(幼女)たちの身分照合」

 火村の声が室内に浪々と響く。
 続いて空知の細い指が動き、キィを叩いていく。そのなめらかな動きはピアニストを思わせて、鮫山も森下も、感嘆の意を表している。昨日にそれを知っていた火村にしても、やっぱりそのさばきは見事だと思ってしまう。

「―――出来ました」
「じゃ、それぞれ経歴を調べてくれ。―――朝飯前だろ」
「――――――――」

 火村の注文はかなり難だった。成人したり、又は少年法が適応される13歳(世界統一歴40年に改正)まで成長して犯罪歴があれば出来るが、少女たちはいずれも適合しない。ようするにデータバンクにはまだまっさらな経歴しかない。
 それは火村も即刻承知の事だろう。では火村が指している経歴とは、何だろうか。
 個人の成長記録というヤツである。どこどこ××エリアで世界統一歴***年何時何分に生誕。何千グラムか。それは何処の病院か。その後何処の保育園(又は幼稚園)に通っていたか。誰と親しかったか…等々。
 それぞれ調べるのは別々の系統に渡っている。生まれに関することなら、そのエリアの中央(支局)データバンクに侵入(すでに情報交換依頼が頭にないという所が問題である)し……。

 もちろん、空知はもう驚きを露わにはしていなかった。あの確信めいた笑みを見せられた時点で、既に有る程度想像出来たのである。
 無表情のまま(しかし明らかに呆れを表している)指を動かし、瞳だけ隣の火村に向けると、形よい唇が辛辣な言葉を放った。

「貴方…どれだけ大変か知っててそれを私に言ってますね。底意地悪い」
「知ってる癖に何期待してんだよ」
「か弱い相棒なんですから、こき使わないで下さい」
「もっと大切に?それで偉気高にこっちが使われたら本末転倒だ。どっちが上だと思ってんだよ」
「同じです」
「それは歳だろ、歳!!」

 掛け合いは続いているが、空知はちゃんと指を動かして既に一人一人調べている。これはかなり根気のいる仕事で、場合によっては数日掛かっても正規の手続きを行った方が早いかもしれない。しかし敢えて火村は空知にそれをやらせてみた。プロなら三十分もあれば出来るだろう。
 …というか、むしろミスを火村は期待していたのだが。

「……なんですか。のぞき込んだりしてきて」
「いやぁ……。空知すごいな」
「え……!?急に誉めても何も出ませんよ!?」
「……素直に喜べよ…ったく可愛くねぇ」

 ふん、とそっぽを向き(そういう雰囲気であって、本当にした訳ではない)火村は鮫山に言った。

「これ、特別なプログラムなんて組まれてませんよね」
「……え、ええ。ですから私も驚いてます」
「それに火村先生、これ倍速すらまだ旧式なんですよ。それなのに、よくセキュリティ壊せますねぇ……」

 感嘆の声が聞こえたのか、空知は呟くように森下に答えた。

「……壊してません。そんな事したら本当にこれじゃ探索出来なくなります。このタイプじゃ逆探知を振り切れません」
「えっ、壊さずに取り出してるんですか??―――あ、あの今度手ほどきしてくれませんか!?僕まだ情報収集へたでいつも鮫山さんに迷惑掛けて……って・いたあっ!!何するんですか鮫山さんッ!!!」

 セリフ半ばで隣に座る鮫山のこぶしが、森下の頭に落ちた。何を怒られたのか分からない森下は、頭をさすりながら頬を少し膨らませて睨みつける。

「アホ。警官がハックなんぞ覚えるな。今は緊急事態だから空知さんにやってもらってるんや、わきまえ」
「――――はい」

 もしも彼の頭に犬の耳があったなら、ぺたんと落ちるのが見えただろう。しきりに左右に振られていたしっぽも同様に。

「………出来ました。それで?」
「え!?もう!?」
「………よし、じゃ、見せてくれ」

 キィを数度打ち、パソコンを動かして火村に見せる。

「……ん、ビンゴかもしれないな」
「……え??」
「見て見ろよ、空知。まぁ、お前なら途中から気づいたかも知れないが。―――鮫山さんも森下くんもご確認下さい」

 促し、火村はソファから立ち上がって、先程鮫山が捜査していた壁際の端末に近寄った。その下側にある差し込み口から配線をのばし、PCに繋げる。すると、皆が向かい合う…テーブルの中央あたりに、画像が映し出された。
 その映像のぶれを直してから、火村はソファに戻り座る。
 自殺した少女たちの顔写真が並び、続いて全身のデータがホログラムで出ている。

「全員が『聖マリアナ女学院』に通っています」
「…というと、私立のエスカレータで、幼・小・中…と大学まですべてある…あの?」
「そうです。全員が幼等部に通った、又は卒園しています。面白い所は、自殺した全員が一年は同じ時を同じ場所で過ごしたという事でしょうか。最年少の『倉持喜美子』は三歳の時に入園しています。これでいくと鮫山さん達が担当した、少女…『林 京子』は重ならなくなりますが」
「途中退学しているのか…」
「…家庭の経済的事情とありますが、実際は少女の父が「患者」になった所為ですね…ああ。火村さん、しかし全く可能性が無いわけではありませんよ?……ホラ」

 空知がキィを押し、指さしたのは、林京子の父…林道範が通った専門病院の場所だ。

「……ふぅん。近いですね、幼稚園と」
「しかしこれがどんな……??」

 鮫山の疑問の込められた瞳に苦笑し、火村は空知にここ数十年の卒園者の全員の現住所を出すように指示する。
 皆の目の前には、三次元の日本地図が現れ、卒園者の現住所が赤で点滅している。

「次はこのまま青で、関連があると思われる事件現場を表してくれ」

 パパッと青があちこちで点滅した。あちこちに光っているが、やはり集中しているのは関東エリアである。

「その青の場所から半径五キロ…ああ、いや三キロで円を描いてくれ」
「―――円……??」
「いいから」

 少し長いタイムラグがあり、今度は黄色い線で青の印を中心に円が描かれていく。

「……ふむ。こんなもんかな」
「火村さん、一体なんなんです…??」
「ついでに空知、自殺者の現住所を……うんと、今度は紫で」
「火村さん…ッ」
「いいからやれってば。その方がわかりやすいんだよ」

 何も理由を告げられずに指示だけ与えられて、不服そうに空知は指を動かした。火村の希望通りに紫で。
 それを数秒見ると、火村は鮫山と森下に向かって一点を指さして口を開いた。

「これをみて下さい…。この赤い光は、最近の『聖マリアナ女学院』の幼等部を卒園した少女達の住所です。
そしてこの青が事件現場。そこから三キロ以内に自殺者の少女の家があります」
「―――本当だぁ……」
「森下口を閉じ。みっともない」
「……まぁまぁ。ほら、ここを。…不思議だと思いませんか。赤い光が集中している所には事件が起きていません。必ず円の中に『一人』の時に起きていると見えませんか?」
 面白いことに、重なったりしていないのです。―――なぁ、空知。今度はこの赤い光からそれぞれ三キロ円を描いてみてくれ。―――ああ、サンキュ」

 弾き出された映像に、無数の円。少しばらけているだろうか、という光でも、必ずほかの円と重なり合っている。しかし事件現場からの円に入っている光は、他の円とか重なっていない。どの円も。

「結果は明白ですねぇ…。こうは考えられませんか?―――その少女達は、事件の場所から一定距離離れた位置に住んでいる。もしも同じ地域にいたトコロは、事件が起きていない。いずれも数キロ離れて、その地区にたった一人の子供が自殺している。いや、むしろ逆説かな。少女の家から三キロ以外に、同じ学園卒の人間がいなければ、その近くで事件が起こる」
「………ここまで顕著だと…否定は難しいですね。自殺者の共通点といえば、それしかありませんし」
「……火村さん、今検索してみたんですが。この―――」

 と、空知が指で他の重なっていない赤い光をいくつか指さした。

「残りの少女達にも、もしかして自殺する可能性があるということですか…??」
「分からないけどな、これしか共通点が見つからないんだ。用心出来るならしておいても…」
「何人くらいいるんですか!?僕直接電話して、今子供が家にいるかどうか調べてきます。親御さんに保護してもらって、家から出ないようにしておいた方がいいですね!?」

 勢いよく立ち上がって、火村と鮫山に尋ねる。

「お願いします。これがリストですから…片手程度ですからね、すぐに連絡がつくでしょう」
「行って来い森下。こけるなよ」
「はいッ」

 空知からデータを受け取り、勇み足で森下が部屋から出ていった。それを横目で見て空知が少し笑む。鮫山は仕方のないヤツだ、という表情で一つため息。
 ふっとホログラムが消える。鮫山は両手を組みその上に顎を乗せて、火村に厳しい顔で言葉を紡いだ。

「しかし…何故分かったんです?」
「……いえ、根拠のないひらめきなんですが。…森下君の言葉で少しピンと来まして」
「森下の…?差し障り無ければお教え願えませんか」
「構いませんよ、大した事じゃありませんから。それにコレが正解かどうかも分かりませんし…。よろしいですか?」

 今度こそ火村は煙草を取り出して火を付けた。やはり空知はいい顔をしなかったが、何も言わなかった。電源を落としながら耳は火村の言葉に集中しているようで、視線で続きを促す。

「『暗示』ではなかったのかと思ったんです」
「…『暗示』…??随分と唐突な発想ですね」
「いえ……。森下君は『ユニゾン』で映像の事を話してくれたでしょう?『白くて。小さくて花畑があって…。エプロンをしている女の人』…。それに当てはまる建築物は無数にありますが、自殺者が少女と考えると、いくつか絞れてきます。
 一見共通点の見つからない少女達が同じ行動で、同じメッセージを残しているとするなら、皆が同じ何かをされたのではないだろうかと。トイを死ぬ寸前に手放しているという行動も、それを示している気がしまして。試しに情報を集めたらこういう結果になったんです」
「ふむ……」
「もしかしたら、『集団催眠』かもしれませんね」
「まあなぁ…しかしなかなかな暗示だな。これは次に事件が起こる場所を予測するのは簡単だ。しかし”こういう風にする側”は、通常では考えられない手間が掛かるぞ?」

 ふぅ…っと煙を吐き、

「犯人はおそらく単独だろうな」
「一体犯人は何の目的でこんな事を……」

 再び部屋には不安を誘う沈黙が降りてきた。共通点は見つかったが、犯人の目的が全く見えない。
 ずっと続くかに思えたそれを破ったのは、けたたましい足音と、ドアを開く音だった。

「鮫山さん鮫山さん鮫山さんッ!!」

 ぜぇぜぇと駆け込んで来たのは、森下だった。
 頭はぼさぼさで、ネクタイも曲がっている。シャツはしわくちゃ。スーツは手に無造作に握られて丸められている。

「……なんだ、騒々しいな!」
「何もクソもないです!早くしないとまた自殺されます!!」

 彼の言葉に、その場にいた全員が一瞬息を飲んだ。
 のろのろと立ち上がり、鮫山が堪らず叫ぶ。

「どういう事や!?」
「残りのメンバーに、連絡しました!!―――そしたら親御さんの中から、一人いなくなったって連絡来たんです!」

 空気が一気に緊張した。

「その近くで、事件が発生したってさっき連絡が来ました」
「じゃぁ、森下さん…その子…」
「そうです!!もうその場所にいると思います!!」

 がたん!!と火村が立ち上がった。鮫山がいち早く冷静になり、捜査令状を持ってくると言った。

「すみません。こちらは一足先に現場に向かいます」
「なに、構いません」

 おそらく鮫山は、その己の階級の力を使うつもりだ。確かに火村よりも、鮫山の方が早く令状が降りるだろう。
 隣に座っていた空知も、素早く身だしなみを整え無言で立っている。

「…お前行くつもりか」
「連れていかないおつもりですか」
「………行かないって言ったら」
「付いていきます、無理にでも」

 睨み合いは数秒だったのだろう。けれど火村には長く感じられた。これで振り切って行くのは簡単だ。それに事実彼は、一刻を争う現場では足手まといになる可能性がある。
 すうっと深く吸い込み、その煙を空知のすました顔に思い切り吹きかけた。
 空知は顔をしかめて咳き込む。

「な、なにするんですッ!?」
「―――来い」
「……ダメだって言っても、規則でソルジャーはコンビでないと…って……え?」
「二度言わせるな…行くぞ」

 きゅ、と煙草をテーブルの上の灰皿で消して、言い放った。


「―――これ以上、数少ない”女”減らす訳にいかねぇだろ」




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2000/11/15 真皓拝

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