報告書ナンバー01

「コンタクト。しがない会話のサンプルと共に」



わたしには その涙のいわれがわからない。 (ゲーテ詩集より抜粋)



(…あと何百年経ったら、人間は全滅してくれるのかな。)
 全く穏やかでない事を考えながら、俺は煙草を吹かした。全く本当に穏やかでないが、心の平穏を保つには必要だ。

『死ぬ。死ぬ。ここから飛び降りれば死ねる。うん、大丈夫、一瞬だから…』

 びしっと頭の中に聞こえてきた声に、ぐぅぅっと不快度指数が急上昇する。それでなくても眠いのに。なんで仕事が増える。今日は一年ぶりの休暇だぞ!?
 むっと煙草をくわえながら辺りを見回した。意識的に閉ざしていた聴覚を元に戻すと、喧噪が耳に痛かった。見渡す限りの人、人、人。あぁ〜うざったい。しかしここが駅である以上、それは仕方がないと割り切った。
 が、人が多すぎて今の思念が誰のモノなのか、絞りにくい。
 このまま見過ごすと減点だ。天使は自分の半径五百メートル以内で人間が自殺願望や殺人衝動に駆られた場合、例え休暇中だろうがそれを阻止する義務が生じる。いくら頑張っても結果死なれたら(死傷者がでたら)ためてきたポイントがぱぁーになる。見事に綺麗に。同情とか、思いやりとか、そんな甘いものは天界では数世紀前に捨て去られている。
(あ〜嫌だ。本当に嫌だ。誰がなんと言おうと、上司(神)がなんと言おうと、俺は嫌)
 と心の中で呟いていたが見つけてしまった。左側十番線のホームで、挙動不審な女子高生一名。

『あと三分で来る。…痛くない、痛くない。ぽんっ、て、飛び降りればいいんだよ、つぐみ』

 あ〜うぜえ。
 一度呟いて、俺はつかつかと人混みをかき分け女子高生の元に歩み寄る。説教なんてするのもされるのも大嫌いだ。でも仕事だからしなきゃいけない。説得しなければいけない。ただし相手が聞いてくれればの話だ。
 がっ、と鞄を抱え込んでいる腕を掴むと、俺はそのままずるずると(ちょっと強引過ぎたかもしれない)ホームから引き剥がす。

「え!?ちょ、ちょっと!?」
「…………………………」
「な、何!?何なんですか貴方!?離して下さいっ!…離してっ」

 ヒステリックな声に、俺は嫌になって手を離した。もう階段下まできていて、飛び降りようにも飛び降りられない場所に来た。切符売り場は邪魔になるし、目立つので、そのまま睨みを聞かせて外に連れ出した。その間もびくびくしながら叫んでいる。あ〜五月蠅い。

「一体何なんですか!?警察呼びますよ!!」
「勝手によんでくれ。とにかく俺の近くで自殺するのだけはやめてもらいたい」
「!!」
「いちいち驚くな。あ〜分かってる教える。俺の名前は火村英生。信じても信じなくてもいいが、この近くの大学で助教授やってる」

(それは副業で、本職は天使だが)

「一言言わせて貰うが、列車に飛び込み自殺は痛いぞ。下手すると四肢断絶しても生きてたりするんだぞ。その痛みは口なんかじゃ言い表せないからな。満足に自分で生活も出来なくなる」
「……………っ」
「それと飛び込む電車の方もよく考えろ。この時期は受験生が多いんだ。少なからずうちの大学を受けにくる奴らもいるわけで…。飛び降りて電車止めたら、可哀想だろうが、そういう奴らが」

 まあ、得てして自殺を考えるヤツなんざ、自分の事しか考えられないのだが。

「……説得されなくてもいいから、止めろ。とりあえず。今日の所は」
「………………」

 ぎゅっと鞄を胸の所で抱きしめる。少し茶色の髪は耳に掛かる程度の長さ。顔は分からない。始終下を向いているからだ。

「何なんですか…何で分かったんですかっ」
「分かるよそんなの。ちゃんと見てれば。周りの奴らも気づいてださ、ただ声を掛けないだけでな」
「え!?」
「ホームのぞき込んだり身を乗り出したり。ばれない方が変だろう。視線を感じなかったのか?」
「………………」

 まあ、確信したのは俺だけだったろうが。

「死にたかったんです………」

 ひっく、という嗚咽が聞こえ始めた。あ〜…泣かれた。面倒だ……ったく!

「どうしようもなく…もう何もかもがイヤになって…!」

 ああそうかい。だった十数年で何もかもかい。
 今すぐにでも口から暴言が飛びだしそうだった。しかしこらえる。……………こらえる。
 ……でも言いたい。

「じゃあ今からでも死ねばええやん」

(!?)

 はっとして、女子高生と共に声の主を捜しだした。俺達が立っている場所から、右側に小さな公園があるのだが、そこの噴水の縁に腰掛けている。視線が合うと、ひらひらとそいつは手を振った。
 目を疑った。だって、その背には漆黒のそれは見事な羽根があったからだ。もちろん、見えいているのは俺だけだろう。

「俺の仕事の方は、もう駄目かと思うたけど…大丈夫そうやなぁ。な、君。今からでも遅くないで。何処でもええから自殺しにいこ」

 その男は、童顔…といってはなんだが…可愛らしい容姿をしていた。少し癖っ毛なのか、あちこちに髪がはねている。ひょこっと公園の小さな階段を降りてきて、こちらに来た。にこっと笑うと非常に愛らしい。立派な青年に見える男子なのに、だ。
 こっちの方が、余程天使に見える……。背の羽根は隠しようがないが。
 ちなみに俺は隠している。色々面倒だからだ。

「え?ええ!?」
「俺、そういう仕事してるん。自殺斡旋な。さ、いこ?それに火村さんもええよね?君の近くやなかったらええんやろ?」
「………そういう風にふるか。お前」

 そう言われたら、止めるしかないだろう。天使としては。

「やめとけ。とりあえず。人の生き死にさえも、利用されるんだ、この世の中」
「…………は、い…!」

 殆ど聞いていない。見知らぬ男二人に、自殺しろするなと言われたらそりゃそうなるだろうが。

「行けよ、学校。あるんだろう?」
「ちょ、火村さん!俺の仕事ぉ〜!邪魔せんといてっ」

 攻撃でもしてくるかと待ちかまえたが、男は言葉とは裏腹に何もしなかった。
 名も知らぬ(確かつぐみだったか?)女子高生は、ぺこっと頭を下げて素早く逃げていった。今時礼儀正しいが、本当に怪しい危ないヤツらに囲まれたら、ありゃ駄目だ。すぐに逃げないと。……って、何心配してるんだか。
 それよりも問題は、この目の前の男だ。どうやって折り合いを付けよう。
 なぁ、と声を掛けた時だった。

「うわ〜…よかったぁ♪」

 へにょ〜っという効果音がついても不思議ではないような、気の揺るんだ顔をした。こちらは度肝を抜かれる。何でよかった??だって悪魔は、予想外の死があればポイントがアップするのだ。邪魔をした俺(天使)の存在はとても鬱陶しく煩わしいものではなかったのだろうか。何故笑うのだ?そんなに嬉しそうに。

「ん?なに??」
「どうして笑うんだ?あの子が死んでくれれば、お前は点数稼ぎ出来ただろう?」
「ん〜……。でも普通に『魂運搬』してれば金は充分やで?出来れば若い子には死んでほしゅうないやん?」
(変わり種だ。絶対こいつ突然変異だ、悪魔の)
 苦労してんだろうなぁ、と胸元を見れば、最下級のバッチをしている。やっぱりなぁ……

「おもしろいヤツ。お前、名前は?」
「俺?俺は有栖川有栖……アンタは…火村…えぇと…」
「火村英生。ここで会ったのも縁だな。まあよかったら覚えておけよ。暇になったら手伝ってくれ」
「―――へ?」
「人助け。俺はフィールド・ワークって言うが。だって人間が天寿を全うしないのは嫌だと思ってるんだろう?」
「……………は、はい?」
「名刺よこせよ、俺のはこれ。じゃ、機会があったら呼ぶ。bye♪」
「…………ええ――――――!?」

 手に俺の名刺を持ったまま、叫ぶ有栖川(悪魔)の声を聞きながら、俺は非常に上機嫌になった。アイツがいれば、俺がいなくても点数稼げるじゃないか…と。




 これが、俺(天使)火村英生と、(悪魔)有栖川有栖という男との出会いだった。
 大したもんじゃなかったが。









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コンバンハ、真皓(ましろ)と申します。火アリの長期連載予定、「ペーパー・ムーン」第一話をお送りしました。ありがちな天使と悪魔ものの話ですけど、おもしろくするよう頑張ります(笑)
ここまで読んで頂けて、ありがとうございましたvそしてこれからもよろしくお願いします♪
それでは!

01/4/21 真皓拝

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