The person who succeeds "K"

天と地の狭間に、私と貴方だけ



+プロローグ+

 少女がふっと顔を上げた。それまで微動だにしない、生気を感じない子供が。静寂が耳をふさぎ、底冷えする薄い暗闇の中で素足のまま。奥には簡素な神棚。不必要に広い木張りの床が、少女が立ち上がると同時にきしり、と音をたてた。
 その音は静けさの中で悲鳴にも聞こえ、歓喜の産声のようにも聞こえる。
 ただ、少女は天井を見つめ立ち尽くす。床にまで届く漆黒の髪がしゃなりと揺れ、長いまつげに彩られた闇色の瞳がわずかに揺らぐ。
 ふと少女の見つめる先に、ふわりと『人影』が現れた。赤い……焔とみまがう美しい髪を持つ青年である。人とは思えぬ冴えわたる美貌は、どこか突き放した冷たささえ漂わせて。山梔子のような唇が僅かに動いた。空気が微かに、震えて音が響く。

「いくか」

 低く、腹に鈍く沈む響きだった。少女は何も言わずに、きゅっと唇を噛む。可愛らしい紅の唇が、かすかに血に滲む程の力で。全く装飾というものをしない純白の衣を身に纏い、少女はただ見つめている。

「俺と、行くか」

 青年の体は僅かに青に発光し、闇の中でもより美しさを際だたせた。ふぅと、床に着くことなく、ただ宙に浮かんでいる。少女の視線にあわせようとしたのか、体をゆっくりと二つに折り曲げて。

「お前の欠片を、集めてやる」

 少女の白い頬を、青年の長い指先が撫でると。
 こくり、と少女が頷いた。二三度瞬きし、輝く瞳を青年に向けて。
 ふわり、と青年が凍てついた表情を、初めてゆるめた。まるで氷が太陽の暖かさにゆるりと溶けていくように。微かに笑み、少女よりも一回り大きな手を差し出す。差し出された手のひらに、少女の手がゆっくりと重なった。青年はその手をやんわりと掴んで、もう片方の手で少女の腰を抱く。

「ゆこう」

 少女が青年の腕の中で、今一度こくりと頷いた。
 とても大切なものなのだ、というように抱きしめて、青年はふっと姿を消す。そこに残るのは静寂と言葉さえ凍てつく空間だ。
 と――――なんの気配もしない、そこに、ぱちり、とはぜる音がした。
 ぱち、ぱちり。
 ぱちり。
 青い火花が、床一面に飛び散っていく。
 ぱちり。ぱち、ぱちり。

 やがてそれが、鮮やかな焔へと姿を変える。
 焔は地図にもない――人知れず存在する――村を何一つ残さずに舐めつくした。周りは森林であったにも関わらず、村以外に損害はなかったという。
 これもまた、人々は知らぬ事なれど。


 焔と、幾つかの死から、少女と青年の物語が始まる。



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