The person who succeeds "K"

胎動編



+第二話+

 ふぅ…と周防はため息を付いた。これは安堵ではない。むしろ嘆息に近いものがある。しかし彼の傍に仕える部下達は、誰一人としてその事に気づかなかった。いや、気付けという方が無理なのかも知れない。何しろ周防の表情は常に無に近いからだ。感情を隠そうとしない種族の部下達は、オーラですぐにばれてしまうが、周防は別だった。オブラートに包み込み…何重にも鍵をかけて閉ざされた扉の向こうに、感情を置き去りにしているのだろうと、部下達は思っているし、彼自身もそうするよう心がけている。
 けれど彼は珍しく、心を沈ませていた。こんな形で、ケイとの約束を反古する羽目になるとは。


 場所はケイが指し示した場所から、そう遠くない公園内だ。中央には、何十もの光の矢に貫かれた女がいる。周防が駆けつけたときには、その姿よりは二十倍は背丈があった。そして顔はなく、大きく膨らんだ頭だけが、状況を判断できずに暴れていた。本体と足は分断され、今でも汚臭を放ちながらそちこちでびちびちと跳ねている。
「…お前達が、捕獲したのか」
「はい」 
 答える部下は、遂行した後の爽快な微笑みを隠しきれない。数名を犠牲にしたが、誰もが己達が出来るとは思っていなかった所為もあり、この快挙に心を弾ませている。当然周防にもお褒めの言葉を賜れると信じているのだ。


「…余計なことを…」


 ぴし!と、周防の一言でその場の空間が凍り付いた。地面に降り立った周防に跪いていた数人の男女は、驚きのあまりに許可も得ずに顔を上げてしまった。しかしすでに周防は彼らを見てはいなかった。中央に捕らわれた、元同胞の姿を哀れんでいた。否、彼が悲しむのは、主人であるケイの為だけである。彼の心が沈んでいるのは、ケイの悲しむ顔が、思い浮かぶからだ。

(ケイは、せめて彼女の魂だけでも切り離してやりたいと考えていたのに…)

 人間界に降り立った天使は、人間たちが吐き出した感情の屑……毒素によって皆疲弊する。  疲弊だけに留まらず、毒素に蝕まれた天使、悪魔は凶暴化する。もっと重度の汚染者になれば、姿形が異形化する。
 それは純粋思念体である、悪魔たちも同様だが、上位階級か、実力者たちは皆それぞれの対処法を身につけているのだ。
 では何故天使のシーラは、このような姿になったのか。
 敵、ということに『なっている』者たちに、浚われこのようにされたのだ。
 もう既に幾人かめの犠牲者なのだが。
 一度こうして異形化した者は、もう二度と同じ姿には戻れない。それほどに、人間の感情というのは、天使や悪魔たちを蝕み殺す。こうして思考を失った者たちを捕らえ、始末するのは大変に手間がかかる。その上危険だ。時間が経つにつれ、周りの毒素をさらに取り込んで巨大化、凶暴化するからだ。その始末を、専ら請け負っているのが若干ながら十七才のケイだった。

 はぁ、と、周防はもう一度ため息を付く。この『背徳者殺し』は、基本的にケイの仕事である。勝手に報酬目当てに、こんな事をされて迷惑千万だった。シーラの体を幾重にも光の矢で貫いて……これでは、魂が傷つけられているに違いない。うまく周防が彼女の捕獲に成功していれば、宿体の方の魂も、天へ送り込むことも出来たはずだった。そうすれば、またいずれ彼女は何処かで生まれたかもしれないのに。傷ついた魂は、廃棄され『坩堝』に放り込まれてしまうだろう。
 それはあまりにも哀れだった――――彼女が『運命』から逃れたいと、天界から出奔してきた以上。

 その『背徳者殺し』だが、ケイは必ず周防と共に行動する。周防が捕縛し、ケイが殺すのだ。今回もそう――――だから先に周防がこの場所に赴いたのだ。
 周防は、自分がうまく出来るだろうことを、微塵も疑っていなかったし、ケイもまただからこそ自分一人のみに託したのだ。自分の数少ない仕事を横から邪魔されるのは、誰でも面白くない。更にそこにケイが絡んでいるからこそ、彼は嘆息をついたのだ。
 基本的に彼は、自分から部下を使役したことはない。それは彼自身がケイの部下であるだけの位置で、組織内では確固とした地位を戴いていないことにも帰結するが、彼自身、ケイから頼まれない限り、部下を使う気が毛頭ないのである。
 ケイが必要以上に、自分以外を使わない事も熟知していたから、任務を遂行する事が、彼の何よりの喜びだからだ。
ただ、それだけなのだ。


彼らは――――それをまた、見事に邪魔してくれた訳で。


「随分と不満顔だな、周防」
 彼の背後から、幼い声が聞こえた。振り向けばジャングルジムのてっぺんに、腰掛ける少年がいる。点滅する、使い物にならない街灯の光をうけ、周防は薄く笑った。
「18(エイティーン)か。…なるほど、優秀なはずだ、お前の部下なら」
 一歩近づき、周防は18の顔を仰いだ。周防は地位的には、18に敬礼しなければならない。しようとしない周防に、18は眉をひそめる。
 18は、どう見ても五歳の男の子だった。パジャマ姿であるのを見ると、ベットから抜け出してきたに違いない。しかし声は低く、一種異様な光景であった。偉気高に足を組み見下す眼差しの子供と、それに跪く大人達。ただ一人、静かに18を見つめかえすのは周防のみであった。

「…優秀すぎて、俺は困る」

 言葉には、忌々しいとばかりの音しか含めなかった。18の部下たちの、肌に刺さるような鋭い視線に周防は内心苦笑する。命令は聞けなくとも、嫌みだけは聞き取る訳か、と。
 いつもの周防なら、無表情で跪き、標的の受け渡しを切り出したのかも知れない。けれど今の周防の中には、恭順という文字はない。それはケイの為だけに存在し、施行されうるものなのだから。自分の道を阻む者に、頭を垂れる必要はない。 いつになく挑戦的な態度に、18は声をすごませた。
「我々は、お前の援護をしてやったというのに…礼を欠くとは」
「援護…ふん、妨害という言葉を知らないのか、18」
 周防は事あるごとに18の名を呼んだ。それが何より18の気にさわる事だと知っているからだ。
「これは、俺がケイから命を受けたのだ。斗王からの経由を経て正式に…な。任務の指令も出されていないのに…これは規律違反だな?」
「黙れ!周防っ、貴様黙っていれば…っ」
「18…お前が何故功を焦っているのかは知らん。俺には所詮縁なきこと。だがな」
 ぴたり、と言葉を止めて、周防は18を睨んだ。
「ケイが下した命は、絶対だ。ケイが俺に命じたのだ、お前がするべき事ではない。これ以上の失態を演じたくなければ、去れ!」
 ぐ、とその声に気圧されたのか、18は唇を噛んで息をのんだ。
 それをつまらなそうに見、周防は翻して女の元に駆け寄った。もう周防に18、他…その部下の存在は無視されている。背中を向けた周防に、押し殺した声で18は呟いた。


「何故だ…」


 その問いは、空を切った。
「何故なのだ…!? 何故、お前ごときが姫様の傍を許されるっ?」
「…………」
 元、シーラであった固まりに刺さった矢を、一本一本周防は抜いた。地面に堅く縫いつけられたそれを抜くのは容易ではなかったが、捕獲を失敗したからには、彼女だけでもケイの元に持っていかなければならない。例えそれが破片でも。それも迅速に。遅くなればケイが心配する。
 黙々と作業する周防に、18は叫んだ!
「何故お前ごときが、姫様から真名(マナ)を…!」
「その口を今すぐ締めろ18!その呼び方が、ケイに嫌われる理由の一つだと、聡明なお前が何故気づかない」
「私は未だ真名を頂いておらぬ。姫様の名を呼び捨てられるほどの関…」
「それ以上俺の耳に入れるな!」
 背を向けたまま、周防は今までに聞いたことのない様な怒声をあげた。
 口を噤んだ18は、それでもまだ不満そうに周防を睨み付けている。すべての拘束をほどき、周防は左手にはめている銀輪を外した。それは周防の手のひらで輝きながら浮かび上がり、次第に輪を広げ、彼女の首周りまで大きくなった。それを優しく彼女の首につける。弱り切った彼女にこれは酷な事ではあったが、命令が完璧に遂行できなかった以上、これだけはやらねばならない。
「…お前のそれは、ケイへの抗議か」
「違う、私は…! 私は…モノではない! 私だけの名が欲しいのだ。他とは違うと…個別された意識なのだと…!」
「ならば皆まで言わせるな!お前はケイを信じていないのか」
「……っ」
「信じていないならば、ここにいる意味も価値もない。不信心者は我らに不要だ」
 振り返って18をにらみ、周防は無表情のまま、言った。
「それともお前は《大地》(ノエル)の副官は不満なのか?更に上に行きたいのか?《月》(ユエ)に?」
 それは強欲ではないのか、と無言で周防は語った。嘲笑を込めた瞳で見つめながら。
「《月》は服従を好まない。《月》にだって、真名を貰う者は数少ない」
「だが…」
「お前は、何故《月》に入れないか、未だ分からずにいるんだな」
「何…?」
「なんとも哀れだな、だからその名から逃れられない…18。個人を識別する番号の枷から」
 ぐ、と握りしめた拳から、血の気が失せた。18の部下達は為すすべもなく、ただおろおろとしている。こんな事態になるとは、誰も予想だにせぬ事だったからだ。
「…なんという…傲慢な物言いだ…すおう。お前が憎らしいよ…だがな、私はお前が羨ましい」
「…何?」
「須く王になる者(王になるべくしてなる者の意)須王(すおう)転じて周防……良い真名だ」
 周防は答えず、無言で羽を広げた。捕獲した標的を腕に抱え、再び夜空に舞う。
「所詮お前には私の気持ちは分かるまい」
 意義を見いだせぬ、不安を。
「分かるさ」
 平然とした面もちで、上空から周防は答えた。羽ばたくたび、美しい羽が舞い落ちる。
「何故なら…」
 ふわ…と周防の体が発光し、次の瞬間には、彼の姿はそこになかった。
 残された彼らは、後始末をしてちりぢりに去る。そのさなか、一人公園に残った18は寂しげに、自嘲を込めて呟いた。周防の残した言葉の続きを、思い至ったからだ。
「そうだな、周防…」


 あの楽園を飛び出したその瞬間から。束縛を逃れたいと願ったのは己の筈。無闇に真名を戴けば、以前と変わりはない。ただの奴隷に成り下がるだけだ。


 周防はこういいたかったに違いない。
『ケイがいなかったら…我らは、己の価値も未来も見定めることが出来ない』
 そう、存在意義さえ危うい者達…けれどあがく者。それが《大地》。ならば《月》は?周防は?
けれど確かなことが、一つだけある。誰もが…ケイに集う組織の誰もが。


「人では、なかったな」




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高校時代に書いた、投稿作品を手直ししています。
2003/04/05 masiro
 

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