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小妖精の唄

◆木霊の日記帳 気だるげな時間
「生まれないねぇ…」
「そうだねー、てかコレ本当に生まれるの? なんか他に手続きとか方法とか呪文とか契約書とかレシピとかないの?」
「そんなの書いてなかったじゃん。木霊も読んだでしょ?」
「そうだけど〜」
「コレで嫌がらせだったら速攻割ってやる。」

 木霊の家に「精霊獣の卵」なるものが届けられて数日。なんとなく日当たりのいい場所に置かれた卵の前に集まっているのは言わずと知れた夜羽、メフィア、エターニア、木霊の4人である。
 何故こうして4人揃って誕生の瞬間を待っているかというと…木霊の発言が発端である。

「ねぇ夜羽クン、生まれたばかりの鳥の雛ってさ、最初に見た動くものを親だって思うらしいよ?」

 この言葉に下僕が欲しいメフィアが飛びつき、生まれてくる精霊獣をメフィアの下僕にさせないために夜羽が監視役に名乗りを上げ、二人をケンカさせないために木霊が付き合い、エターニアがそんな木霊を見守り、それをまたメフィアが不機嫌そうに見つめるという良く分からないコトになっていた。
 そんなこんなで大小含め4対の瞳が見守る中、夜羽のお気に入りの日当たりのいい居間の出窓を占領した卵はただ静かに、一日を過ごしていた。
 あまりにも変化がなさすぎる為に気の長い方でない木霊、メフィアに料理されかけるという危機を静かに乗り越えて。

 じっと卵を見守る一日というのも三日もすれば飽きも来る。
 一番最初に飽きたのは木霊。日々の生活やささやかな絵描きの趣味にかまけているうちに卵の存在は出窓の置物並みにLvダウンしてしまっていた。
 次に飽きたのはメフィア。刷り込みによる下僕獲得よりも誕生した後で下僕としての性根を叩き込むことに決めたらしい。通りがかりに必ず卵を蹴飛ばしていくのは彼なりの挨拶なのだろうか。
 夜羽は自分のお気に入りの場所に卵があることもあってわりとこまめに卵を見守っていた。
 エターニアは夜羽と一緒に卵の側に居ることが多かった。
 変化が訪れたのは突然だった。
 しかも、何の前触れもなく現れた。

 こつ、こつこつ。

 小さな音が卵の内側から響いてくる。
 不規則にリズムを取るように、大きく、小さく、長く、短く。
 音はすれども、卵の表面にはヒビ一つ見られない。
 それに気付いてしかるべきの夜羽とタニアは…うららかなガラス越しの日差しを浴びて夢の国に遊びに行っている。
 うーんと唸って寝返りをうつ夜羽。ごろんと転がった拍子に出窓から半分身体を乗り出し…そこに何もないのにはっとして咄嗟に掴んだのは卵を置いていたクッション。
 当然支えになるわけもなく、そのまま重力の法則に従って床に落ちる夜羽と卵。

「うわったたたっ!」

 かしょっ。
 
 自身はとっさに翼をはためかせて床との激突は免れたものの、卵のほうは軽い音を立てて床にぶつかっていた、小さなカケラが少しばかり飛び散っている。

「…ぁ、マズ…」

 さぁっと青くなる夜羽、慌てて卵の側に寄って見るも、ちょうどクッションが上からかぶさっているので中の様子は分からない…。

「夜羽〜。タニアー、めーふぃあー。お茶入ったよ〜。大福もあるよ〜。」

 空気の読めないマスターが盆を持って居間にやってくる。

「え、あ。うん。わ、わーい?」
「あれ? 大福嫌いだっけ? てかそれ、何?」

 テーブルに盆を置いた木霊が夜羽と落ちているクッションに気付き、しゃがみこむ。

「え、ちょっとそのえっと…」
 夜羽の必死のゴマカシも考え付くまもなく、無情にも木霊の手によってクッションは持ち上げられ…

「うぉわ何か出たっ!?」
 いきなり飛びついてきた「それ」を慌てて夜羽の方へ放り投げる木霊。

「わ、わわわっ。パスっ!」
 パニックに陥った夜羽はその白いふわふわしたモノをバレーボールの要領ではたき返し、「それ」は寝ぼけ眼をこすりながら床を覗き込んだタニアの腕の中へ。

「? …。」
 寝起きのタニアはその白い毛玉をぬいぐるみのように抱きしめる。
「きゅー」
 白い毛玉が一声、甲高い鳴き声を上げる。
 タニアはふわふわの物体を抱きしめたまま大きなあくびを一つ。しぱしぱと細められていた青い瞳がだんだんと細くなり…カクンと頭が落ち…がくっと体が傾ぐ。
 そのまま、差し込む光の中を落ちていく金色の髪の持ち主が木霊の眼には「天使降臨」とかタイトルつけちゃいたいくらいキラキラうっとり見えてしまったり、その落下予測地点は実はフローリングだったりというのは見えてなかったり。

「ちょ、危なっ!?」
 意外と冷静に見ていたのは夜羽だったらしく、とっさに木霊の手からクッションをもぎ取って落ちてくる物体と床の間にねじ込む。
 ぽふんっと音を立ててクッションに受け止められた光景すらも木霊の眼には「以下略」であって。我に返ったのは天使が通り過ぎた後。
 で、当のタニアはというと…。
「こいつ、こんなに寝汚かったっけ?」
 と夜羽が呟くほど。
 もぞもぞ動く毛玉を抱きしめたまま、起きる気配もない。

「何やってんだ。茶ぁ冷めてるじゃねぇか。」
 ピクシー用の小さなカップを持って様子を見に来たのは銀髪黒翼、メフィアだ。
「あー、いや。うん。まぁ色々あってだね…。」
 言葉を濁す木霊。
「タニアが起きないと話にならないっぽい?」
 首を傾げる夜羽。
「ふん、まぁいい。木霊、茶ぁ淹れなおせ。」
 タニアが抱える白い物体を見下ろしたメフィアがカップを逆さにして振ってみせる。
「へいへい。あ、盆の上に梅大福あったよ。」
「あぁ、アレか。美味かったぞ。」
「あ。オレも食べるっ。」
「何だ、皆食った後かと思ってたんだが…」
「まさか…メフィア…?」
「全部食ったのかっ!?」
「楽しみにしてたのにありえなっ。戻せコラ茶ぁ位自分で淹れやがれバカヤロ〜っ!!」
「ずっと置いてある方が悪いんだよ。これも運命だ諦めろ。」
「そんな運命認めねーっ! メフィアのばか〜っ!オレのオヤツっ」
「あー、ぎゃーぎゃーうるせぇ夜羽。 ったく大福一つ如きでぐだぐだと。」
「「お前が言うなっ!」」

 満を持しての登場したはずの精霊獣も、食欲と睡眠欲には勝てなかったようで。
 そんな平和なある日のお話。
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