・・・別に最悪でも無い、平凡すぎる月曜、少しだけ憂鬱なのは空が曇ってるコトかな・・・
「・・なんてね」
そう呟きながら一人通勤ラッシュでさながら地獄のような電車に乗り込む俺。
気のせいかこの頃通勤ラッシュが気にならなくなってきたような気がする。慣れたというと聞こえはいいが、単に感覚がマヒしてるだけなのかも知れない。
俺は浦島景太郎、ただ今入社一年目の新米会社員、ちなみに年齢(とし)は26。
東大に入ろうなんて頑張ってた時期もあったけど、いろいろあって結局そこそこの私立大学に入学し、この就職氷河期にこれまたそこそこの企業になんとか入社。
そんで今に至るってワケ。
・・・別にこれまでの人生に不満があるわけじゃないし、俺は今まで正しい選択をして生きてきたと思ってる・・・
所用時間およそ2時間、電車の中でぎゅうぎゅう詰められてようやく会社につく。
ちなみに俺の部署は完全な事務、雑用系の部署でエリートであればその存在も知らないような所だ。
「おはようございます。」
「あ、うん、おはよう、浦島君。」
そう言うとおもむろに書類の束を取り出す課長。
「すまないけどコレ、○○課まで届けておいてくれないかな。昼まででいいから。」
「はい、わかりました。」
「うん。」
この課長、別に悪い人じゃない。逆に誰よりも早く出勤してくるし、部下にたいしても丁寧語で話すような人だ。
・・だけどはっきり言ってあんまりうだつがあがらない。なんだか自分の将来を見てるみたいでちょっと寂しくもなる・・
こんなカンジで俺の一日はスタートする、仕事は楽じゃないけどはっきり言って頑張れば誰にでも出来るような内容だ。
その分大した責任もかからないし、逆にいうとやりがいだってあんまり無い。量もたくさんあるわけじゃないし、一日だらだらとやっていれば何とか片づく。
・・その程度のものだ。
そんなこんなで午後五時半、うちの会社の定時だ。
「お疲れさま〜。」
「先あがらせてもらいま〜す。」
そう言ってぞろぞろといなくなる先輩達、2、3分後にはもう殆どの同僚がいなくなっている。
今、部署に残っているのは珍しく残業がある人達と俺達新米の三人だけだ。
先輩達の仕事が終わるまで帰るわけにもいかないので、残っているわけだがそれも3〜40分程で片づき、やっと今日の仕事が終わった。
帰り支度をしていると先輩達が話しかけてきた。
「悪かったなお前ら、つきあわせちまって。」
その言葉に同期の同僚の一人が答える。
「いえ、そんなコトないッス。」
「そうか?まぁ、それよりもどうだ。これから一杯。」
「はい、喜んで付き合わせていただきます。」
「あ、じゃあ俺も・・浦島、お前はどうする?」
「あ、いや。俺は今日はちょっと・・」
その言葉に眉間にしわを寄せる先輩、無理もない。入社してから数えるぐらいしか飲み会には付き合ってないのだから。
「浦島、無理にとは言わんがコレも社会勉強の一つだぞ。」
うわ、社会勉強ときたよ。
「まあまあ、いいじゃないですか先輩。こいつこう見えて所帯持ちなんですよ、早く帰らせてあげてましょうよ。」
「!そうだったのか・・悪かったな、浦島。何故そんな早まったコトをしたかは知らんが、出来たガキの面倒はしっかり見なきゃいかんぞ。頑張れよ。」
「へ?はぁ・・」
なにやら勘違いしてるみたいだけど何とか助かった。
それに俺に妻がいるというのは嘘ではない、子供はいないけど・・・
特に今日は俺達夫婦の五回目の結婚記念日だし、どこかに食事に行く程の金は無いにしても早く帰らなくっちゃ話にならない。
退社してまっすぐ帰る前に、予約しておいた指輪を取りに行く。はっきり言って安物だけど今の俺にできる精一杯のプレゼントだ。
いつもより一駅前の駅で降りる俺。時々、考えたいことがあるときなど俺はこうやって歩いて帰るコトにしている。
・・結婚して1〜2年の頃はホントいろいろ考えた。
「本当に彼女は俺なんかと結婚してよかったんだろうか?」
「俺は彼女を幸せにできるだろうか?」
「今、彼女は俺を愛してくれているだろうか?」
・・・・・
・・・・・
・・その気になればもっとたくさんあげられる、それくらいいろいろ考えた。
妻は夫の俺が言うのもなんだけど凄く美人だし、頭もいい。俺なんかよりずっとしっかりしてるし、端から見たら絶対釣り合いがとれてないと思う。
でも、今なら俺はこう思える。俺の人生、十中八九人並み以下の俺の人生。確かに俺は今最高に幸せってワケじゃない。けど俺は妻を、素子ちゃんを愛してる。
それだけで俺は多分幸せなんだろう。愛する人がいて、その人も俺を愛してくれている。多分それだけで・・・
「ふふふ・・」
夜空を見上げながら俺は思わず笑ってしまった。
六年前、あの運命のひなた荘で俺達は出会った。出会い方は最悪だったし、俺も素子ちゃんもまさかお互い結婚するなんて思いもしなかった。
それが今では俺は素子ちゃんを愛してる、この世にある他のなによりも。
六年前、頑張ってる素子ちゃんを見てるだけで俺も頑張れた。結局、東大は無理だったけど素子ちゃんはそんな俺でもいいって言ってくれた。
・・でもその言葉で俺が一生素子ちゃんを守り抜くって決めたコト、素子ちゃんは知らないだろうな。
もう軟弱者には戻らないって思ったコト、一生かかっても素子ちゃんを幸せにしようって思ったコト・・・
あれからもう結構年月がたったけど俺の気持ちは全然変わらない、素子ちゃんを少しでも幸せにできるのならどんなに辛い人生だって堪えられる。
アパートの階段を上がりながらこんな恥ずかしいことを考えてる俺、だから俺はダメなんだろうな。
でもいいんだ、このドアを開けた向こうに素子ちゃんがいる。それだけで俺は世界中の誰よりも幸せを感じてられる。
ガチャ
「ただいま、素子ちゃん♪」
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このSSを貰って下さったスライサーさんに感謝の気持ちを込めて・・・