すれ違う二人

   

 Scene1

  

私、青山素子はひなた荘の物干し台で毎日の日課である朝の素振りをしていた。

「237・・238・・」

小さく声に出して素振りをするのだがどうにも気分が乗ってこない、理由は自分でも分かっている。

浦島景太郎・・このひなた荘の管理人でいつもへらへら笑っている男の風上にもおけない軟弱者・・・

だがこの頃何故かその浦島が気になって仕方がないのだ。

時々、鍛錬中であろうとも浦島の顔が頭に浮かぶ事がある。

そんな自分がどうしようも無く腹立たしい。

「浦島のくせに・・」

「呼んだ?素子ちゃん。」

「!」

驚いて振り返ると浦島が階段の所に立ってこっちを見ていた。

「な、何でもない、お前こそ何の用だ。」

浦島を直視できず、つい目をそらしてしまう。

「そう?それならいいけど・・もう朝ご飯だから呼びにきたんだ、俺今日当番だしね。」

「そうか。わかった、すぐ行く。」

「うん・・・」

簡潔に用件だけを伝えると階段を下りていく浦島、それを見て私は正直ほっとした。自分でも顔が火照っているのがわかったから・・・

「・・どうしたというのだ、私は・・・」

  

私が食堂に行くとみんなもう集まってきていた。私もみんなにならって自分の席に腰をおろすと料理が運ばれてくるのを待った。

ふと気づくと今日の当番は浦島のはずなのにどういうわけかしのぶが食器を運んでいる。

「しのぶ、今日の当番は浦島のはずだろう。なぜお前が運んでいるのだ?」

「あ、素子ちゃん、しのぶちゃんが手伝ってくれてるんだ、ホント助かるよ。」

私の問いに浦島が代わりに答える、その答えを聞いて私は少し嫌な気分になった。なんだか言い表すことのできない嫌な気持ち・・・

 

「「いただきます」」

やっと朝ご飯になった。あの後、浦島の手伝いをしているしのぶを見ているのが辛かったので私は心の中で安堵のため息をついていた。

静かに談笑するなる先輩としのぶ、眠たげなキツネさん、それにご飯をかき込むスゥ、いつもの朝の風景だ。

だが私もご飯を食べようと箸を持ったとき、それは起こった。

「「あ・・」」

しのぶと浦島が同じ醤油の瓶を取ろうとして手を重ねてしまったのだ。

「・・先にどうぞ、先輩。」

「あ、うん、ごめんね。しのぶちゃん。」

ちょっとした事故だし、わざとでないこともわかっている。

だが私はそれを見てまた嫌な気分になるのを止めることは出来なかった。何故、たかがそれだけのことで・・そう思っても無駄だった。

結局、私はその事が気になって殆ど朝ご飯を食べることができなかった・・・

 

 

  

 

 

 

 

部屋に戻った私は俯せに布団に突っ伏した。

なにもする気にならない。

私は弱くなったのだろうか?・・・・・自問自答、だが答えは返ってこなかった、心の中がまだ嫌な気持ちで一杯だったから。

そんな自分が一番嫌だと感じた。

「・・少し頭でも冷やすか・・」

そう呟くと私は木刀をつかんで物干し台へ向かった。

何も考えたくなかったから、体を動かして頭を真っ白にしたかったから・・・

 

けれど私はそれを後悔する事になった。物干し台に上がり素振りを始めようとした時に、つれそって予備校へ向かう浦島となる先輩を見てしまったからだ。

二人が楽しそうに話しながら歩いているのを見ると、なぜだかとても胸が痛くなる。つい足に力が入らず、思わずしゃがみ込んでしまった。

 

「どうしたんや素子。具合でも悪いんか?」

横を見るといつ来たのか心配そうな顔つきでキツネさんが私を覗き込んでいた。

「大丈夫です、何でもありませんから・・・」

「そんな声出してなにが大丈夫や・・・なんかあったんか?」

キツネさんが私を心配してくれているのはわかっている、けれど私は俯いてしまった。

「・・はは〜ん、けーたろやな?知らんまに素子も大人になったもんやな〜。」

「大人・・?」

「そうや、人を好きになったり、好かれたりする。大人になるのに絶対必要なことや。」

そのキツネさんの言葉を聞きながら私は思わず眼を潤ませてしまった。

「ど、どうしたんや素子、ウチ、なんか悪いこと言ったか?!」

「違うんです・・ただこんな思いをするのなら・・ひくっ・・・大人になど・・ひくっ・・」

しゃっくりがひどくてうまく喋れなかったけれど私の言いたいことがわかったのかキツネさんが言ってくれた。

「・・なにがあったのか知らんけどウチの部屋にいこか、話を聞くくらいはしてやれるで。」

「はい・・・」

私はなかばキツネさんによりかかるようにしながらキツネさんの部屋までつれていってもらった。

・・・腕に感じるキツネさんの温もりがとても優しく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 Scene2

  

「で、一体どないしたんや、素子。」

キツネと素子はキツネの部屋のベッドに向かい合うようにして座っていた。

「は、はい・・・その・・・恥ずかしいのですが浦島がしのぶやなる先輩と仲良くしているととても嫌な気持ちになるんです・・・」

「なんも恥ずかしいことあらへん、そりゃ、嫉妬ってやつやな。」

「嫉妬・・ですか?」

オウム返しに聞き返す素子に頷くとキツネはさらに続けた。

「つまりや。もうわかってると思うけど、素子はけーたろの事を好きっちゅうことや。」

その言葉に頬を桜色に染めて俯いてしまう素子、自分でも薄々わかっていたことだが面とむかって指摘されるとやはり恥ずかしい。その仕草を見て思わずキツネは思った。

(ホンマ素子は可愛いなぁ)

「キツネさん・・」

思い詰めたような顔つきで口を開く素子、その勢いに気押されそうになりながらもキツネは答えた。

「ん、なんや素子。」

「・・私は嫌なんです、嫉妬している自分が・・・いえ、浦島の事を考えてしまう自分が嫌なんです。何をしていても・・・・・

寝る時も食事の時も鍛錬の時でさえも・・いつも浦島の事を考えている自分が嫌なんです!!」

半ば叫ぶようにそう言う素子。

よほど一人で悩んできたのであろう、生まれて初めて経験する恋という感情に振り回されて・・・キツネはそう考えると自然に優しく微笑んでしまうのであった。

「・・・素子、あんたの気持ちも分かる。でもな、あんたがけーたろの事好きになったその気持ちは凄く大切なもんなんやで?

ええか、素子はまだその感情と上手くつきあえんだけや。それになんやかんや言っても今更けーたろのこと嫌いになんてなれへんやろ?」

その言葉にまたもや真っ赤になって俯いてしまう素子。

「・・でもこのままじゃ私・・・」

「わーっとるって、ようはけーたろと素子が付き合えばいいんや。」

「な、なんでそうなるんですか!」

急に飛んだ話題に思わず大きな声を出してしまう素子、それに悠然とした様子でキツネが答えた。

「せやかてあんたがなにもせんでいると、しのぶかなるに取られてまうで?」

「そ、それは・・・」

「それに付き合いさえすればけーたろが他の女と何しようが「彼女」って事で余裕できるし、嫉妬することも無くなると思うしな。」

かなり強引なキツネの理論だがこういった事に非常に疎い素子にそれがわかるはずもなかった。

「・・でも私のような女の子らしくない女を浦島が好きになってくれるでしょうか・・・」

「どこが女らしくないんや?ウチには凄く女の子らしく見えるで?」

キツネのその言葉に俯くと小声で喋り始める素子。

「・・・嘘言わないで下さい、私なんか・・身長だって175cmもあるし、いつも剣術で浦島を傷つけているし、料理は下手だし、

それに楽しく話すことだってできない・・・」

「・・・・」

黙って聞いていたキツネだったが素子が話し終わると口を開いた。

「たったそれだけやないか。それにウチは素子と話しててつまらんと思ったことなんて一度もないで。自分の悪いところなんて言い出したらきりがないやん、

心配せんでもけーたろならちゃんと素子の良いところわかってると思うで?」

「・・私の良いところ・・ですか・・?」

「そうや、それにそうやって悩む素子はめっちゃ女の子らしいで。」

「しかし・・・」

「大丈夫や、ウチがついとる!「待っとるだけ」のヤマトナデシコはもう古い!行動あるのみや!!

ほら、そうと決まったら早速お色直しや、立ちい素子!」

「えっ?キツネさん、ちょ、ちょっと待って・・・きゃ・・」

それからしばらくキツネの部屋からは何かをひっくり返すような音が聞こえていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 Scene3

  

「ふぅ、今日も疲れた。」

そう呟くと俺はひなた荘へ通じる最後の階段に足をかけた。今日は成瀬川だけ余分に講義が入っていたため、俺だけ早く帰ることができたのだ。

もっとも早く帰ってきた理由はそれだけではないのだけれど・・・

 

「今日こそは素子ちゃんと仲直りしないとな・・・」

いつ頃からだろう?素子ちゃんが俺のことを避けるようになったのは。

確かにこれまでも決して好かれていたわけでは無かったと思うけど、この頃はちょっと目があっただけでもそっぽを向かれるし、明らかに俺を避けているように見える。

それに変だといえば俺も変だ。ひなた荘に来たばかりの頃の俺なら、素子ちゃんに嫌われてもここまで胸が痛んだだろうか?

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

・・とにかく、今日こそ素子ちゃんに何が悪かったのか聞いて謝ろう。

実はこれまでにも何度か素子ちゃんに謝ろうとしていたのだけれど、そのたびに決心がつかなくて今日まで延びてしまったのだ。

本当に「軟弱者」な自分が情けなくなってくる。

 

 ガララッ

「ただいま〜」

「お?帰ってきたかけーたろ。待っとったで。」

「あ、キツネさん。ちょうどよかった、素子ちゃん知りませんか?」

「なんや珍しいな、素子になんか用でもあるんか?」

「ええ、まあ・・・」

キツネさんの問いかけに何となく煮え切らない返事をしてしまった俺。しまったと思ったときはもう遅かった。

あのキツネさんの事だ、何の用か事こまかに聞き出そうとするに違いない。ああ、俺ってなんでもっと要領よくかわせないんだろう。

けど俺の予想とは裏腹にキツネさんは言った。

「ま、ええわ、素子ならこっちにおるで。ついてきいや。」

「え?あ、どうも・・」

なんとなく肩すかしをくらったようで釈然としない俺の手をつかんで歩いていくキツネさん。

俺はその後ろ姿になんとなく違和感を感じるのを抑えることができなかった。

 

「さ、着いたで。」

「着いたって・・ここキツネさんの部屋じゃないですか。」

「まま、ちょっとの間中で待っとってや。すぐに素子つれてくるよってに。」

 パタン

そう言い残すとキツネさんは障子を閉めてしまった。

何かたくらんでいるのか?日頃のキツネさんの行動もあってついそんなふうに疑ってしまう。

「まあ、ちゃんと素子ちゃんを連れてきてくれるなら別に構わないんだけど・・・」

そう独り言を言う俺。でも正直言うとキツネさんが素子ちゃんを連れてきてくれると言った時、助かったと思ったのも事実だ。

やっぱり自分から素子ちゃんを探して謝るのはどうも決心がつかなかったから。

「・・・ぼーっとしてる場合じゃないか、どう謝るか考えないと・・」

その時、障子が開く音がするといつもとは様子が違う素子ちゃんの声が聞こえてきた。

「・・浦島・・」

「あ、素子ちゃん、もう来たんだ・・・」

振り向きざまにそう言う俺、けど振り向いた瞬間俺は固まってしまった。

俺の目の前にはいつもの袴姿とは違う青紫色の和服を纏った素子ちゃんが立っていた。

その姿からはいつもの凛々しい雰囲気は伝わってこず、なんて言うか・・・そう・・凄く・・可愛かった。

「や、やはりおかしいか?浦島・・・」

「そ・・そんな事ないよ。でも急にどうしたの?」

少し俯いて上目遣いに聞いてくる素子ちゃんはやっぱり可愛い。俺は妙に高鳴る鼓動を気づかれないようになるべく平然を装って答えた。

「・・これはその・・キツネさんが・・・」

「え?キツネさん・・?」

考えてみれば素子ちゃんが自分からこんな女の子らしい格好をするのは考えにくい。でもキツネさんも何のために・・・

俺がそんなことを考えていると突然素子ちゃんが口を開いた。

「う、浦島、今日は少し聞いてもらいたいことがあるのだが・・・」

「・・え、うん。俺でいいんだったらいくらでも聞くよ。」

この時にはもう俺は素子ちゃんに謝ろうとしていたことなんて忘れてしまっていた。

これまでに見たことの無い素子ちゃんの仕草に、俺にできることなら何でもしてあげたいって思ったから。

「じ、実は話というのはだな・・」

「うん」

素子ちゃんは一つ大きく息を吸うと続けた。

「・・そ、その・・・さ、最近気になる人がいるのだ。」

「え?」

「・・寝るときも、鍛錬している時もその人の事を考えると胸が痛くなる・・・」

「・・そ、そうなんだ・・・」

俺はなんとか返事をした。さっきまで胸がどきどきしてたのが嘘みたいだ。

急に心の中が寒くなって・・・・・心臓に何本も鋭い針を刺されたみたいに・・・それぐらい胸が痛い。

なんとかその様子を気づかれないように・・辛かったけど・・・俺は口を開いた。

「でも、素子ちゃんが好きになる人ってどんな人かな?きっと俺みたいな軟弱者とは比べ者にならない位、男らしい人なんだろうな。」

・・・人生最悪のセリフだ。自分で言っておいてなんだけど俺はこの自分の言葉に思わず涙が出そうになった。

なんで素子ちゃんに好きな人がいるのがこんなに辛いのか、この時の俺にはそんな事を考える余裕も無かった。

そんな俺の気持ちに気づくはずも無く、素子ちゃんは答えた。

「・・いや、それほど男らしくはない・・・・う、浦島、お前といい勝負だ。」

「へえ・・」

正直、俺はもうこの場から逃げ出したかった。もう瞳が潤み出すのを止められそうになかったから。

「そっか、それで俺に相談したんだ、ひなた荘には俺しか男いないもんね。」

「あ、いや。そうではないのだ。・・・そ、その人はお前の知っている人なのだ。」

その以外な言葉を聞いて俺の頭に二人の悪友の顔が浮かんだ。

白井と灰谷・・・もしもこの二人のどちらかだったら、素子ちゃんに嫌われても絶対にただじゃすまさない!殺してやる!!

そんないつもの俺なら到底思いつかない事を本気で考えるほど俺は混乱していた。

「・・どうした、浦島・・?」

「あ、いや、何でもないよ。それより誰なの。その・・素子ちゃんの好きな人ってさ。」

「う!・・そ、それなのだが・・・」

耳まで真っ赤にして視線を泳がす素子ちゃん。そのいつもなら見とれてしまうような仕草も今の状況では俺の胸を締め付ける原因にしかならない。

「・・・大丈夫だよ、素子ちゃん凄く可愛いし、告白すれば断る男なんて絶対いないって。」

殆どやけくそになって言ったセリフとはいえ、これは俺の本音だった。

それと同時にやっと気づいた素子ちゃんへの気持ち・・・わかった時にはもう遅かった俺の気持ち・・・それに踏ん切りをつけるための言葉でもあった。

・・

・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

俺も素子ちゃんも一言も喋らなかった、いや、喋れなかった。少なくとも俺は・・・

時間にして数秒、俺は黙って素子ちゃんを見つめていた。俯き加減の、素子ちゃんのその端正な顔が歪むのを見ていた。

すると突然小さな呻きとともに素子ちゃんが走り去ってしまった。直前にちらっと見えた目尻の涙は俺の錯覚だったのだろうか?

 

「なんで・・・・」

俺にはそれしか言えなかった、これまで我慢してた涙が堰を切ったようにぽろぽろとこぼれた。

 

 

「こんのアホ!!」

素子ちゃんが走り去ってすぐに、キツネさんがそう言いながら部屋に走り込んできた。

俺の肩をつかむと激しく揺さぶりながら声をあげる。

「景太郎、お前素子に何言ったんや!?」

「・・キツネさん・・・」

しゃっくりで時々つかえながらも俺は全部キツネさんに話した。

自分でもどうしていいかわからなかったから、話せばこの胸の痛みが少しは良くなるかもしれないと思ったから・・・・・

 バシンッ!!!

けど俺の期待とは逆にキツネさんは話を聞き終わると思いっきり俺の頬に平手を打った。

「アホ!!素子はな、お前のことが好きなんや!!!」

え・・・

なんで・・・

「あんたのことさけとったのもずっと素子が一人で悩んでたからや!

あんた素子がどれだけ悩んどったかわからんのか?!見損なったで、けーたろー!!」

キツネさんはそう言い放つと俺を壁に向かって突き飛ばした。

 ドンッ!!

俺は背中に感じるはずの痛みにも気がつかなかった。

俺はさっきからずっと自分のことしか考えてなかった。

あの素子ちゃんがどんな気持ちで俺と話してたのか・・・。俺は自分の気持ちしか考えなかった。

俺なんかより素子ちゃんのほうがずっと苦しんでたのに・・・・・

「立ちい、景太郎。あんたまだやることがあるやろ。早く素子を追いかけるんや!」

キツネさんがその言葉を言い終わる前にもう俺は走り出していた。

ごめん、素子ちゃん。

そう何度も心の中で呟きながら・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 Scene4

 

その少し前。

素子は涙でよく見えない視界でキツネの部屋から走り去っていた。途中で外にいたキツネにぶつかったようだったが、そんなことはどうでも良かった。

 

今さっき聞いた景太郎の言葉。

『・・・大丈夫だよ、素子ちゃん凄く可愛いし、告白すれば断る男なんて絶対いないって。』

それは景太郎が素子を恋愛対象として見ていないという証拠の言葉。

優しい景太郎が自分を励ますために言ってくれた世辞の言葉・・・・・少なくとも素子にはそう聞こえた。

それを理解したとき、素子はあの場所にいることができなかった。

あの場所、自分を優しく見つめる景太郎の前にあれ以上いると、惨めな気分になるのがわかっていたから。

 

(・・ふっ・・当たり前か、浦島にはなる先輩やしのぶがいる。私などを選ぶはずがないではないか・・・)

心の声、だがその声に反して素子の口から漏れるのは切なげな嗚咽のみであった。

泣きはらした目で回りをみるといつの間にか物干し台に来ていることに気づいた、鍛錬をする時などもっとも通い慣れた場所であるから当然かも知れない。

素子は欄干にもたれかかるとひなた温泉町の夜景を見ながら一人呟いた。

「・・それにしても初恋に気付いたその日に失恋するとはな・・・ふふっ・・」

眠れない夜など心を静めるためによく見に来たひなた温泉町の夜景。

だが彼女の視界は涙でにじみ、その景色も満足には見えない。

欄干にもたれたまままたしても嗚咽する素子、彼女は・・純粋な16歳の少女は・・その涙を止める術を持たないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「素子ちゃん!!」

突然聞こえたその声に驚いて振り向く素子、そこには息を切らした景太郎がいた。

「・・う、浦島、何の用だ!」

精一杯虚勢をはる素子、だが赤く腫れた眼と震える声と一緒ではその効果は全く無いと言っていい。

「俺、素子ちゃんに謝りたくてきたんだ・・俺・・」

「同情はいらん!」

景太郎の言葉を途中で断ち切る素子の叫び。

景太郎はそれを聞いてますます自分の行動に責任を感じた、黙って素子に近づくと半ば強引に素子を抱きしめる。

「なにを・・」

突然のことに混乱する素子に景太郎ははっきりと言った。

「俺、素子ちゃんのこと、大好きだよ。」

「な・・」

「愛してる、素子ちゃん。」

何の飾りもない景太郎の言葉、それがかえって素子の心を追いつめる。

「嘘だ・・お前はさっき・・・」

「俺、素子ちゃんに好きな人がいるって聞いて・・・それでついあんな事言っちゃったんだ。

俺、自分の事しか考えてなかった、素子ちゃんがどれだけ悩んで俺の前にいたか気付いてあげられなかったんだ・・・・・

ごめん・・本当にごめん・・・」

泣きながらも、しかしはっきりとした口調で景太郎は言いきった。

「・・浦島・・」

「俺のこと軽蔑してもいい、でもわかったんだ。俺素子ちゃんが好きなんだって。

素子ちゃんが俺のこと嫌いになっても俺は素子ちゃんのことずっと好きでいる・・・」

「もういい、浦島・・」

そう言うと自分から景太郎の肩に顔を埋める素子、そして景太郎の耳元で呟いた。

「・・嫌いになどなるものか、私もお前のことが・・・・・好きだ。

・・・だが本当に私なんかでいいのか?しのぶのように可愛くもなければ、なる先輩のように楽しく話しをすることもできないぞ?」

 ぎゅ

「あ・・・」

「素子ちゃんは可愛いよ、それに俺はそんな素子ちゃんが好きなんだ・・・」

そう言うと景太郎はゆっくりと素子の唇に自分のそれを重ねたのであった。

 

 

 

 

 

 

〜FIN〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

このSSを貰って下さったスライサーさんに感謝の気持ちを込めて・・・

 

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