日本は神奈川県、日向市ひなた町にある我らが女子寮ひなた荘の一室にて一人思い悩む青年がいた。

童顔にメガネ、体全体から漂う冴えない雰囲気。

もう皆さんおわかりのコトと思うがこの女子寮の管理人、現在東大一年生の浦島景太郎である。

 

その景太郎はふぬけた様子でごろんと畳に寝転がると、そのまま天井をみながら呟いた。

「・・素子ちゃんと成瀬川・・・俺はどっちのコトが好きなんだろう?」

  

 

素子さん誕生日記念SS、「un-Balance」

  

 

 Scene1

 

「う〜ん・・・」

 

 ごろん

 

また一つ寝返りをうつ俺。

素子ちゃんと京都から帰ってきてから数日、なんだかずっとこんな調子だ。

・・・理由は自分でもわかってる。素子ちゃんのコトだ。

泣きながら俺にすがってくれたとき、素子ちゃんのお姉さんを倒すために二人で頑張ってたとき・・・

今度の騒動で俺は素子ちゃんのこれまで知らなかった一面を知ることができた。

いつも凛々しくて芯が強そうに見える素子ちゃん・・だけど本当は・・なんていうか凄く可愛い・・・守ってあげたくなるような女の子・・・

で、それだけならいいんだけど困ったコトに俺はそんな素子ちゃんを好きになっちゃったみたいだ。

  

・・京都でお姉さんと戦ってるときも、負けて素子ちゃんと結婚するのもいいかな、なんて思っちゃったりして・・・

 

でも素子ちゃんは俺みたいな『軟弱者』は嫌いだろうし・・・いや、そんなコトより俺には成瀬川が・・・

 

「はぁ・・」

 

・・よく考えたら成瀬川からも告白の返事をまだ聞いてない。・・・・俺が成瀬川に告白してからもう何週間も経つワケで・・・

ってことはやっぱり返事は『NO』なんだろうな。

 

「・・・なんか俺ってダメダメだな・・・」

そう呟くと俺はここ数日で一体何度目かわからないため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Scene2

 

景太郎が部屋でうじうじと悩んでいる頃、当の素子は自分の部屋で勉強をしていた。

ひなた荘の住民は忘れがちだが、素子もれっきとした受験生なのである。

しかももう三年の夏休み前、常識的に言って受験勉強を始めるにはもう遅いとさえ言える。

正座して数学の問題集を解いている素子。

一見とても頑張っているようだが、実はさっきからどうしても解けない問題があり、手が止まってしまっていた。

「・・・仕方が無い・・」

一言そう呟くと問題集を片手におもむろに立ち上がる素子、障子を開けるとすたすたと管理人室のほうへ歩いていく。

 

(あんなヤツでも一応東大生だしな・・)

 

どうやら景太郎に教えてもらいに行くようだ。

だがその心中の言葉とは裏腹に彼女の頬はわずかに上気し、足取りもいつもより軽そうに見える。

景太郎が素子を好きになってしまったのと同様、彼女もまたひなた荘へ帰ってきてから、景太郎を見る目が前と変わったのを自覚していた。

そして彼女は気づいてはいなかったが、何よりも変わったのは素子自身だった。

誰が見てもわかるほど女としての魅力が上昇したのだ。

平たく言えば『可愛くなった』のである。

よく女は恋をすると綺麗になると言うが、彼女に限って言えばそれは真実だったようだ。

そしてそんな素子の仕草が景太郎の悩みをさらに促進させているのは言うまでもない。

もう景太郎は恋する少年モード(なんじゃそりゃ)である。

話すときにも以前のように気軽に素子に話しかけるコトができず、必要以上に上がったりどもったりする。

見ているだけなら面白いのだが、あいにくと素子はそんな女の子では無い。

『どうして浦島は私と自然に接してくれないのだろう』とさえ思っていた。

・・鈍さだけなら景太郎といい勝負である。

だから彼女にとっては久しぶりに景太郎と二人で一緒にいられる理由ができたということなのだ。

自然と足取りも軽くなろうというものである。

 

 

 

「浦島、少し良いか?」

管理人室の障子の前に立ち、そう声をかける素子。

景太郎が障子を開ける前に何気なく髪を整える。

こういったとても小さな行為・・けれど以前の彼女なら決してしなかった行為・・が素子が変わった証と言えるかもしれない。

素子が髪を整え終わるのを待っていたかのように障子が開いた。

 

「も、素子ちゃん。何か用?」

(・・うぅ〜、落ち着け俺、自然に振る舞うんだ!!)

 

そんな景太郎の心の叫びに気づくはずもなく、部屋の中へと入る素子。

「う、うむ、少し勉強を教えてもらえたらと思ってな・・」

「勉強?」

オウム返しに聞き返す景太郎、その景太郎の様子に素子は少し照れたような表情を浮かべた。

「なんだ・・忘れたのか。言ったろう?私も今年、受験生なんだ。」

「あ、そうか。なんだ、そうだよね・・ははは・・」

その滅多に見れない素子の表情に半分ノックアウトされながらも、乾いた笑い声を出す景太郎。

だがすぐに気を取り直すと景太郎は言った。

「うん、わかったよ。俺に教えられるコトならいくらでも教えるよ。あ、とりあえず座って。」

「・・うむ、悪いな。」

 

向かい合わせに座る素子と景太郎。

わからない問題を説明する素子であったが、『幸せいっぱい、緊張いっぱい』の景太郎がちゃんと聞いているかは怪しいものである。

 

「・・うん、大体わかったよ、ちょっと貸してみて。」

どうやらしっかり聞いていたようである、なにかに言っても東大生なのだ。

 

数分後

 

「・・えっと・・う〜ん、ごめん。もうちょっと待ってて・・・」

 

しかしやっぱりそこは景太郎。そんなに上手くはいかないものである。

だが一方素子はと言えば、自分の為に一生懸命問題を解いている景太郎の顔を頬を桜色に染めて見つめていた。

確かに景太郎はすらすらと問題を解いているわけではない、一般的に言えばかなり情けない状況である。

が、その真摯な姿勢からは素子の為に一生懸命なコトが伺えるし、

なによりそんな景太郎の顔を見ていると、素子は自分が景太郎を独り占めしているような気分になってしまうのだった。

 

(どきどきどきどき)

 

胸を高鳴らせているのは景太郎も一緒であった。

(俺なんかでも素子ちゃんの為にしてあげられるコトがある)

そう考えただけで自分でも驚くほどのやる気が出てくるのだ、もしかしたら自分自身の受験勉強の時以上かもしれない。

(やっぱり俺、素子ちゃんのコトが好きなんだな・・)

問題と格闘しながらもそんなことを思ってしまう景太郎、そうこうしているうちになんとか問題を解き終えた。

ギリギリで東大生の面目躍如と言ったところである。

今度は素子に説明を始める景太郎、ここでもなるべく分かり易く伝えようと一生懸命である。

そして景太郎のそんな様子に、またもときめいてしまう素子であった。

 

「とりあえずこんなトコかな、どう?わかった、素子ちゃん。」

「う、うむ、ありがとう、浦島・・・ところでこの問題も教えて欲しいのだが・・」

 

 

結局、素子が景太郎の部屋からでてきたのはもうかなり日がまわってからだった。

昼過ぎに訪ねたのだから軽く四時間は居たことになる。

素子が景太郎との二人の時間をなるべく延ばすために、次から次に景太郎に問題を提示したコトもあるが、

なにより景太郎が飽きずに、そして真摯にそれに付き合ったのが一番の原因と言える。

 

・・素子にとっては数学の知識の上昇というよりも、自分の中での景太郎の存在の大きさを再確認する時間になったかもしれないが・・・

 

まあしかし、なにはともあれ幸せな時間を過ごしたのは間違いなさそうである。

その証拠にこの日、ひなた荘の住人達は素子がスキップして部屋まで帰るという滅多に見れない光景を目撃したのだから。

 

 

(ひさしぶりに浦島と自然に話せた)

 

人によってはそれだけと思うかもしれない・・・・ただ好きな人と話せただけ。

だがこれまでそういったものと全く無縁に生きてきた彼女にとって、本当にただそれだけでとても幸せになれるのである。

 

そしてここにもう一人、幸せいっぱいの人物がいた。

言わずとしれた景太郎である。

 

口元に笑みを張り付かせたまま焦点の合っていない視線を泳がせ、へらへらと笑っている景太郎。どう見ても素子より重症である。

「はぁ・・やっぱり素子ちゃん、可愛いなぁ・・」

どうやらさっきまでの素子の様子を思い出して妄想しているようである。

・・・一歩間違えれば変態の仲間入りだが・・・

 

しばらくそのままぼーっとしていた景太郎であったが、なんとか我に返ると呟いた。

「でもホントに可愛かったなぁ、素子ちゃん。」

ごろん、と畳に転がる景太郎。どうやら考え事をするときに横になる癖があるようである。

「・・・それとも俺が優柔不断だからこんなふうに思うのかな・・・」

 

(もしホントにそうだとしたら・・・いや、そんな・・・)

景太郎は突然起きあがると拳を握りしめながら誰に言うとも無く宣言した。

「・・いや、もしそうだとしてもこの気持ちは嘘じゃない。俺は素子ちゃんが好きだ!!大好きだ〜〜〜!!!」

 

 ガラッ

 

「あ・・・」

お約束というかなんというか・・・

扉を開けたその向こうにはまるでこの瞬間を待っていたかのように成瀬川が仁王立ちに立っていた。

「あはははは・・・」

首筋に嫌な感じの汗が流れていくのを感じながら、今日一番の乾いた笑い声を出す景太郎。

 

(こっ、殺される・・・)

 

だが景太郎の予想に反して、成瀬川はやけにさわやかな笑みを浮かべて近寄ってきた。

「そっか〜、無理ないよねぇ。素子ちゃん可愛いし、美人だし、それに京都から帰ってきてから何だか女の子らしくなったしね〜。」

これまでに聞いたことがない猫なで声、それがますます恐怖をヒートアップさせる。

だが景太郎は思わず本音で答えてしまった。

「そ、そうだよな、やっぱり。この頃素子ちゃんホントに可愛い・・・」

言いかけてはっとしたが一度口から出た言葉はもう取り返しがつかない。

(ヤバイ!!)

そう思ったときにはもう遅かった。

「景太郎・・・そう言えばまだ返事してなかったわよね、アンタの告白の・・・」

さっきまでと同じ猫なで声、だがもう明らかに顔が笑っていない。

「・・今その返事を教えてあげるわ・・・」

「・・・ごっごめん、成瀬川。けど俺は本気で素子ちゃんを・・・・」

(本気で素子ちゃんを愛してるんだ)

と、言おうとしたのだがもはや事態は景太郎が喋り終わるまで待ってはくれなかった。

「うるさいっ!!アンタなんかだあいっキライっっっっっ!!!!!」

叫びとともに景太郎の顎に成瀬川渾身のアッパーが入る。

 

 グボシャァァ・・

 

洒落にならないほどヤバイ勢いで吹っ飛ばされた景太郎。

景太郎が飛んでいった方向を見ながら成瀬川は自分一人に聞こえるかどうかの声で呟いた。

 

「・・・バカ・・・」

 

 ポタリ

 

景太郎を殴った右手に一粒の涙が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Scene3

 

「うぅ〜、イテテテ・・・」

俺は何とか起きあがるとまわりを見渡した。

どうやらひなた荘の裏山のどこかみたいだ、それもかなり深い所の・・・

 

「はぁ・・・ここから歩いて帰るのか・・・まだギプス取れてないって言うのに・・・」

 

おまけに吹っ飛ばされたときに松葉杖までどこかにいってしまったようだ。

・・ホントについてない。

でもまあ、なにはともあれ、俺はすっきりした気分になっていた。

なにより、自分の気持ちがはっきりとわかったのだから。

ここ数日、素子ちゃんと成瀬川のどっちが好きなのか・・自分でも自分の気持ちがわからなかった。

でもさっき成瀬川に殴られる直前に思わず口から出た言葉、多分あれが俺の本音なんだろう。

 

『素子ちゃんを愛してる』

 

そう、今ならはっきりわかる。俺は素子ちゃんが好きだ、愛してる。

それにあんなカタチでだったけど成瀬川にもふられたし、もう成瀬川にはこれっぽっちも未練は無い。

・・・とまでは言えないけどもうあきらめもついたし、なにより俺は今素子ちゃんのコトしか考えられない。

だから・・・・・

 

 

 

・・・そんなことより素子ちゃんは俺なんかを好きになってくれるだろうか?

俺みたいな軟弱者を・・・

 

なんだかそんなコトを考えてると急に暗い気分になってきた。

よく考えたら俺と素子ちゃんじゃ外見も中身も釣り合うワケないよな・・・

 

精神的にどんどんどつぼにはまってく俺。

でも実際、客観的に見て俺に何処か魅力があるだろうか?

・・・少なくとも素子ちゃんの趣味には絶対合わないような気がする・・・

 

 

「・・うらしま〜・・・」

 

「え?」

あれ?なんか今素子ちゃんの声が聞こえたような・・・もしかして幻聴?

・・・ますますヤバイな、俺。

これじゃ一歩間違えると変態だよ。

 

 

 

 

「お〜い、うらしま〜。いないのか?」

 

また幻聴か・・・ってそんなに何度も聞こえるわけないって!!!

 

もしかしたら・・・

声がした方向に向かって歩いていく俺。

もしかしたらホントに素子ちゃんがいるのかもしれない。

そう思うと心なしか足が速くなる。

 

 ガサッ

 

「素子ちゃん。」

「う、浦島?!どこから出てくるんだ、お前は。」

 

突然藪から出てきた俺に驚く素子ちゃん、そのあまり見たことのない素子ちゃんの様子が可笑しくて、可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。

「あはははは」

ふと気づくと顔を真っ赤にした素子ちゃんが、肩をぷるぷるとふるわせている。

「あ・・」

ヤバイ!いつもならまた吹っ飛ばされるパターンだ。

と、とにかく早く場の雰囲気を変えないと・・・・・

 

「も、素子ちゃん。俺のこと探しに来てくれたの?」

ついでにさっきから気になっていたことを聞く俺。

これまでに素子ちゃんが吹っ飛ばされた俺を迎えに来てくれるコトなんてなかったし、もしそうなら凄く嬉しいと思ったから。

 

「う・・まあ、そう言うことだ。」

「ホント?!ありがとう、素子ちゃん。」

 

うぅ〜、感動だぁ〜〜〜!!

もう俺は心の中で感涙にむせび泣いていた。

 

「その、なんだ。今日は勉強も教えてもらったしな、最低限の礼儀というものだ。」

そう言って斜めにこちらを見下ろす素子ちゃん。

そんな素子ちゃんもなんだかとっても可愛く見えて・・・

俺は真っ赤になってしまった。

 

そんな俺に気づいていないのか俺の左足を指さすと素子ちゃんは続けた。

「それにその足でここから帰るつもりなのか?」

「え?・・あ、そう言えばそうだね・・・あはは・・」

素子ちゃんが俺を心配してくれていた。

それが無性に嬉しく感じられる。

 

「・・ほら。」

そう言って少し前屈みになる素子ちゃん。

「え?」

「か、肩を貸してやると言ってるんだ。・・もちろん嫌ならいいが・・・」

「そ、そんなことあるわけないよ!あ、ありがとう。」

 

 ぐいっ

 

「ごめんね、素子ちゃん。」

「な、なに、気にするな。」

少し照れた感じの素子ちゃんの声。

その様子と体に感じる素子ちゃんの温もり・・・俺は思わず口を開いていた。

 

 

「素子ちゃん・・・」

 

 (好きだ)

 

そう言うつもりだった。

けど横を向いたときに見えたその横顔。

素子ちゃんのその横顔は、夕日の紅い光に照らされてはっとするほど美しかった。

 

「・・・・・」

「・・どうした、浦島。」

「え?あ、ううん・・・何でもないよ。」

「?」

わけがわからないといった様子で俺を見つめる素子ちゃん。それを見て少し微笑むと俺は言った。

「ごめん、ホントになんでもないんだ。それより暗くならないうちに帰らなくちゃ。」

「ん?ああ・・・」

素子ちゃんはまだ何か釈然としないようだったけど、俺はたった今わかったコトがあった。

 

 

俺が素子ちゃんと釣り合わないってのはわかってる。

でも俺が素子ちゃんを好きなのは多分ずっと変わらない。

それなら素子ちゃんにふさわしいような男になってやろう。

 

(そしていつか・・ホントにいつになるかわからないけど・・素子ちゃんにふさわしいような男になったら・・・)

 

 

その時こそ言おう。

 

『愛してる』って。

 

 

 

 

 

 

〜Fin〜

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

このSSを貰って下さったスライサーさん、ブルーさんに感謝の気持ちを込めて・・・

 

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