わらった万難地天

 

 

・・・・そのときは、あなたの笑顔を見せてね・・・・

 彼女は再びその扇を開いた。

 開かれた扇の『ひし形のアクセント』から光が放たれる。その光は人の形を成して言葉を発した。その声音には微量の驚きが含まれていた。

「・・・・まりあ殿ではないか? どうされた? 私は必要なかったのではないのか?」

「・・・・あなたって、いつもそうやっているのね。」

「・・・すまない。これも私の性分なのでな。一体どうされた? 私はまりあ殿に不必要な存在ではなかったのか?」

 まだ言うか、。この精霊(こ)は・・・。まりあは心の中で毒づいた。

「必要だから呼んだんでしょ?」

「・・・そうか。試練を受ける気になられたのか? 一体どういう風の吹き回しだ?」

 まりあは少し目を細め、頭に浮かんだ言葉の中から、この場にふさわしいものを選ぶ。

「そうねぇ。こう言えばあなたにはわかるかしら? 172年前の世界に行って来たわ。」

『!!』

 彼女にはその言葉だけで十分だった。

「・・・そうか。あの頃の主殿・・・いや、太助殿達に逢われてたのか・・・。」

 キリュウは一瞬、昔をな懐かしむかのように、少し遠い目をした。

「して、そこはどうだった?」

「そうねぇ・・・・あんなにフレンドリーなあなたの姿、初めて見たわ。」

 まりあは、わざと意地悪な言いまわしを選び、そう答えた。

「なっ!? それでは、私が無愛想みたいではないか?」

「呆れた、あなた今まで自覚が無かったの? あなたは今でも十分無愛想よ。」

「・・・・そうか、私は無愛想だったのか・・・。」(ちょっとショックをうけてる)

「でもね。それがあなたの個性なんだからさ。別にいいんじゃないの?」

「そうか? そうなのか?」

 キリュウは少し怪訝そうに聞き返した。

「無愛想で、朝に弱くて、辛い物が駄目で、熱がりで寒がりで、温泉が好きなのが、あなたの個性よ。」

「・・・・それは誉めているのか?」

「さぁね。それはこの言葉を受けるあなた次第よ。」

「なかなか考えさせる事をいうな。」

「それに、私、今度はしっかりとした目標があるから。」

「ほう。どんな目標だ?」

「知りたい?」

「私は万難地天だ。あなたが目標とするものに近づけるような試練を考えるのも、私の役目だからな。」

「そう。でも、試練とはあんまり関係ないかもね。」

「なんでだ?」

「だって、私の目標の一つは、あなたと・・・。いえ、なんでもないわ。」

「なんだ? 勿体ぶって。」

「聞きたいの?」

「主の考え方を知っておくことも、私には必要だからな。」

「そうなの。じゃ、言うわ。」

 まりあは一呼吸間を置いて、キリュウをまっすぐに見つめて。

「あなたと友達になりたいわ。」

 ・・・・・・・

ぽっ

 キリュウは、突然言われた予想もしえないまりあの言葉に、頬を赤らめしどろもどろに口を開いた。

「ま、まりあ殿、突然なにを言われるのだ? じょ、冗談もたいがいにしてくれ」

「冗談? だと思う?」

 まりあは、いたずらっぽく笑った。キリュウはそれに答えることも出来ず、ますます顔を赤らめ、うつむいた。

「ふふっ、あなたってからかうと案外おもしろいわね。」

「なっ!? からかっていたのか?」

「うふふふふ・・・・さぁ、どっちだと思う? そんなことも判らないなんて、あなたもまだまだよね。」

「・・・・私にも、試練が足りないようだな。」

 まりあは笑い、キリュウはどこかむずかゆいような、複雑な表情を浮かべた。しかしその場は、決して険悪な雰囲気で数週間前、短天扇に追いかえした者と、追いかえされた者同士の会話とは思えないほどなごやかだった。

「そうそう、キリュウ。あなたに言い忘れてたことがあったわ。」

「なんだ?」

 まりあは、とっておきのやさしい笑顔でこう言った。

「おかえりなさい。キリュウ」

「ああ、ただいま。まりあ殿。」

 こうしてキリュウはまりあの元に帰って来た。

 

 

 

 

『万象大乱!』

 キリュウの投げたマフラーが巨大化する。

 人が何人かくるまっても、お釣りが来るくらいの大きさだ。流石のまりあも、これは避けられなかった。

どさっ

「試練だ。耐えられよ」

 もぞもぞ、ばふっ、

 マフラーをかきわけて、まりあはどうにか顔だけ出した。

「ぷはっ。マフラーを大きくするなんて、なかなかやるわね。」

「そうか? この試練は以前、太助殿が主の時にも行った試練なんだ。」

「へぇ。そうなんだ。」

 まりあは、キリュウと適当に話しながらマフラーから這い出た。

「それにしてもあなた、人がわざわざプレゼントしたマフラーを、ふつう試練に使う?」

 まりあのキツめの問いかけにキリュウは悪びれた様子もなく答える。

「試練とは、予測もつかないとこからやってくるものだ」

 まりあは、そういうこと言う? と言わんばかりの視線でキリュウをにらむ。

「でもね、いきなり信号とか、道路とかに万象大乱はかけないでよね」

「いやいや、試練はどこから来るか分からんものだぞ?」

 まりあはキリュウの言葉にカチンと来た。

「あなたねぇ! 信号壊したり、階段大きくしたり、のらネコを大きくしたりしたら、周りの人に迷惑かかるじゃないのよ!? 最終的にあやまりに行くのはわたしなのよ!」

「それも試練だ耐えられよ。」

 まりあはなかの何かがブチッと音を立てて切れたそうな気がした。気がついた時にはすでに手が動いていた。

むにっ

「そういう友達がいのないことを言うのは、この口か!?」

 まりあは気がついたら、思いっきりキリュウのほっぺたを両手で引っぱっていた。

「はひはほの。ひはひ・・・。」(まりあ殿。痛い・・・。)

 まりあは、意地悪そうに笑ってこういった。

「あらあら、あなたのほっぺって案外柔らかいものなのねぇ。」

 そうし言って、まりあはキリュウのほっぺを更にひっぱる。

「いはい。はひはほの、はんへんひへふへ。」(痛い。まりあ殿、勘弁してくれ。)

 ほっぺたを引っ張られたキリュウは、涙目で懇願した。まりあはしょうがなくキリュウを解放した。

「まりあ殿、とっても痛かったぞ。」

 キリュウはまっ赤になった両の頬を労わるようにさすりながら、ちょっとうらめしそうに、まりあに向かって抗議した。

「あなたが、あんまり冷たい事いうからよ。だいたい。信号壊したり他人に迷惑かけたり、それってもう試練じゃなくて犯罪の域なのよ!? それを『試練』の一言で片付けられたら、言われた方はたまったもんじゃないわよ!」

「むっ、そうか? それはそれで精神的な試練にも・・・・」

「なんですって?」

 まりあはものすごい眼光で、キリュウをにらみつけた。

「・・・いや、なんでもない。」

「それにしても、ものすごく痛かったのだが・・・。」

「あらそう。それは悪かったわね。でも、キリュウ。愛嬌(あいきょう)が出て、少しかわいらしくなったわよ。」

「かわいい!?」

 キリュウは一瞬、頬を赤らめたが、

「って、そんな言葉にはごまかされないぞ。これは単に腫れているだけだ。」

「ちぇっ、かわいくなったのは、本当なのに・・・」

 まりあは、ぶーぶー文句を言っていた。 

「大体なぁ。まりあ殿。私がかわいく見えたってしょうがないだろうに・・・。」

「あなた、それ聞く人が聞いたら嫌味に聞こえるわよ?」

「なんでだ?」

「・・・・あなたって本当に、そういうところって朴念仁よねぇ。」

「・・・・。」

 釈然としない表情のキリュウ。

「あなた。私ほどじゃないけど、結構整った顔立ちをしてるわよ。もう少し自信をもちなさいよ。」

「そうなのか?」

「だから、今度私が、キリュウに似合うかわいいお洋服を選んであげる。」

「服? まりあ殿、一つた尋ねてよいかな?」

「なにかしら?」

「もしかして、私に”すかーと”をはかせようとしてはいないか?」

「あら? どうしてわかったの?」

「”すかーと”だけは、勘弁してく欲しいのだが・・・。」

「どうして?」

「この時期は足元が冷えて、寒いからだ。」

「じゃあ、こういうのはどうかしら?」

 まりあはキリュウに一つ提案をした。

 

 

 もうすぐ冬になろうとしている頃、まりあとキリュウが街を歩いていると、キリュウは思いもよらず知った顔を見つけることになった。

「ん? あれは・・」

 キリュウの声にまりあをその方角を見ると、どこかで見覚えのあるような顔した女性が一人居た。向こうもこちらに気がついて、こちらの方に歩いてきた。

「おお、まさかとは思ったが、キリュウではないか。」

「あなたと会うのも、随分久しぶりだな。」

「ああ、随分と久しいな。」

「まさかこんなところで、会うとは思わなかったぞ。」

 その女性は、キリュウとは旧知の仲らしく、随分と親しそうに話をしていた。

「そうだな。それにしても珍しいな、・・・・そのショッピングか?」

「ああ、そうだが、なにがおかしい?」

 キリュウと口をきいている女性は、何かをこらえるかのように口元をおさえていた。

「いや、あなたがそのような格好をしているのが、非常に珍しく思えてな。」

「・・・言うな。私も気にしているのだから。」

 頬を赤らめながら、キリュウは答えた。なぜなら彼女の服装は、10代の少女の流行りのそれだったのだからだ。

「あなたったら、まだそんなこと言ってるの? せっかく私が選んであげたのに・・・。」

「なにかの罰ゲーム・・・もとい試練の一環か?」

「そうなのよ。この子が私との勝負に負けてね。」

「ん、そちらの方は?」

「ああ、紹介する。今の主のまりあ殿だ。」

「はじめまして、三田まりあです。」

「ああ、こちらこそはじめまして。ところで勝負とは一体なんのことだ?」

「「試練勝負。」」

 二人は声を合わせて言った。しかし、まりあはうれしそうに、キリュウは悔しそうに、二人のその答え方は、非常に対照的だった。

「・・・・なるほどな。それで、勝負に負けたキリュウは、まりあ君の言いなりなりなっていると言う訳なのだな?」

「悔しいが、その通りだ。」

「そうよ。勝者の特権てやつよね。」

「しかし、それにしてもキリュウ。あなたもずいぶんと表情が豊かになったものだな。」

「そうか?」

「ああ、そうだ。今のあなたは、あの頃のように・・・いや、もしかしたらそれ以上に生き生きとしているかも知れないな。」

「そうかもな。ならそれは、まりあ殿のおかげだな。」

 不意に名前を出されたまりあは驚いた。そして少し照れたようだった。

「なによ。いきなり」

「そう照れないでくれ、口にした私も・・・その・・顔が熱い・・・。」

「『仲良きことは美しきかな』だな?・・・っと、いかんいかん。ついつい話し込んでしまった。今ごろ主が私を探しているかも知れん。では、失礼する。」

 そういうと、彼女は風のように颯爽を去っていった。その後ろ姿をキリュウ達は見送った。

「ねぇ。キリュウ。」

「なんだ? まりあ殿。」

「いまの人って誰?」

「聞くと多分驚くぞ。」

「え? それってどういうこと?」

「ふふっ、何故なら彼女は今の『守護月天』だからな。」

「え!? それって・・・。」

「ああ、そうだ。」

「へぇ。そうなんだ・・・彼、とうとうやったんだ。」

 まりあは自分のことではないのに、なんだか嬉しくなった。

びゅうぅ

 そこへ冬の前触れとも言うべきか、一陣の風が吹いた。

「・・・・寒い、まりあ殿。そろそろ行かないか? 私はこうしているだけでも結構辛いのだが・・・。」

「わかったわよ。じゃあ暖かいものでも買って帰りましょう。ね?」

「それは良い考えだな。もちろん、まりあ殿のおごりでな。」

「まぁ、キリュウったら。」

「これも試練だ耐えられよ。」

 そこにあったのは主と精霊ではなく、仲の良い親友同士の姿だった。

 

 

ー了ー

 

 

 

あとがき
どうも、かなりお待たせしてしまいましたが、ハルカさんへのホームページ開設一周年記念小説をここに送らせて戴きます。
冒頭から万人向けでない駄目な作品ですが、お納めください(笑)

2001年12月10日 ふぉうりん


ハルカの勝手コメント

 ふぉうりんさんからハルカのHP一周年記念のSSを頂いてしまいました♪

 この作品はハルカの要望で一度完成したものを修正してもらったりと、

 色々な面でハルカのワガママを通させてもらった作品です。本当にありがたい限りです(^^)

 その分(ハルカを含む)紀柳さんファンには堪らない作品だと思います。

 また、元ネタが小説版守護月天第8巻からなので、未読の方はそちらを読んでからにしたほうがいいかもしれません。

 そのほうがこの作品を十二分に楽しめると思いますから。

 最後になりましたが、ふぉうりんさん、ありがとうございましたm(_ _)m

 

 〜ちなみに〜

 作中に出てきた未来の「守護月天」ですが、その正体はふぉうりんさんの作品を読めばわかります。

 是非ふぉうりんさんのページにも立ち寄って読んでみて下さい(^^) 早速読みに行く♪

  

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