――YOU’RE MY ONLY SHININ’ STAR. |
私立晟南学院高等部。
中高一貫教育を掲げ、全国トップクラスの私立の男子校であるこの高校の生徒会長を務める皆倉十弥(かいくら とうや)は、現在ただいま非常に繊細なミッションに従事していた。
「竹内君………もう少しこっちに来なさいって」
小声で、同じく生徒会に所属している会計部の新人、竹内祥陽(たけうち しょうよう)を呼び寄せる。祥陽は手の中に収めたカメラをカタカタ音を言わせて………つまり、やたらと震えて縮こまってしまっている。
「こんなことでなに緊張してるんだ?」
「だ、だって会長〜〜〜〜〜!!! 相手は、あの、冴え渡る君、<旺理会>議長、一之瀬湊さんなんですよぉおおお!!!」
………だからでかい声を張り上げるなというのだ。
十弥はうんざりしたように髪を掻きあげた。ついでのように余ったほうの手で祥陽の大口を塞ぐ。
「ああ、確かにヤツはその、冴え渡る君かなんだかわからんが<旺理会>の一之瀬だ。―――それで、だ。竹内君、君は一体誰の生徒会のメンバーだったかな?」
さらっと究極の選択を迫る十弥に、いたいけな祥陽は顔をぐしゃりと歪めた。今、その脳内でぐるぐると二者択一の紐がさぞ捩れて絡んで縺れていることだろう。約10秒の後、祥陽は眉を斜め30度ぐらい下げながらもどうにか声を押し出していた。
「そ、そりゃあ僕は、当然会長の味方ですよぉ〜〜〜〜!!」
腹の底から押し出したような声に感銘すら受けるが、今は静かにしてもらいたいので、十弥は無常にその口を、今度は両手でもって塞いでみせた。
視界の端では、噂の人物がその麗しい美貌を冷徹に鎧って、中庭を横切って会議室のある高等部二号棟に入ったところだった。
その、冷たい横顔を、十弥はぎりりと睨んだ。
(あんたの弱みを絶対に掴んでやるよ………!)
気持ちも新たに誓う。お前には絶対に深春を取られるものか、と、そう。
中3のときに、十弥は1つ上の憧れの先輩、横沢深春(よこさわ みはる)に告白した。
どうにかなるとか、見返りを考えた告白ではなかった。そんな風に思うには、深春は可憐に過ぎた。全校生徒が誰しも口をそろえて言う、晟南学院の”姫”である。笑っただけで、そこに花が咲いたようになる。たおやかで清楚な雰囲気のある人。当時から、将来の<旺理会>入りを確実視されていた人。その人が、自分の告白にOKを出したとき、十弥は世界が回転するのを自覚した。自分の今までいた世界の崩壊が、わかったのだ。
その日その時から、十弥は深春の横に立つ男としての努力を欠かしたことはない。
元々出来る方だったが、必死になって勉強し、学年TOP5から転落しないようにがんばった。また、やたらと生徒の自主性を重んじる校風で、その結果大変な権力を裏に表に持っている生徒会に入るべく、積極的に選挙活動等も行った。結果、高等部1年時で生徒会監査部→書記と歴任し、2年の総選挙で会長に就任した。
それもこれも、全校生徒から莫大な人気を誇る深春に釣り合うためであり、何より、深春を不貞な輩から完全に守ってあげるためであった。もちろん、高等部2年次に推挙され<旺理会>評議員になった深春に、あれこれとちょっかいを出す輩などそうはいない。が、深春側の事情はこの際どうでも良くて、十弥としては、男として自分の実力でもってカワイイ恋人を守ってやりたいと考えているのだ。
しかし、ここに大きな問題があった。
はっきり言って高等部生徒会―――通称<黒旺会>の生徒会長の十弥は、かなりの権力を手中に収めている。が、しかし結局のところ………この晟南学院において、高等部生徒会・通称<黒旺会>、そして中等部生徒会・通称<緋旺会>、校章のデザインは同じで色が異なることから由来する通称を持つこの二つの生徒会は、あくまで実行機関としての役割しか持たないのだ。それぞれ、高等部・中等部が潤滑に回っていくよう調整し、企画し、運営されているに過ぎない。この学院の真の権力は、各生徒会ではなく、その上に君臨する<旺理会>に帰す。
その<旺理会>とは何者かというと、簡単に例えるなら企業における株主会のようなものである。社長以下と役員たち(生徒会長と生徒会役員)に意向を伝え、企業を導いていくという、まあそういった連中だと思えば良い。選挙で選ばれる生徒会役員とは全く違い、完全推薦制である。それも、前メンバーによる推挙でのみ正式メンバーとして認められる。わずか8名で構成される晟南学院の真の権力集団、その権限は一教職員では対抗することすらできないという、その<旺理会>の現議長が、かの一之瀬湊なのである。
(………っ、くそっ!)
同じ学年の万年主席にして、高等部1年に進学時に前議長の長谷川から異例の推挙を受けたという逸材。今までなら、前議長が<旺理会>評議員内から次議長を推薦し、余った席を一般生徒たちから改めて推挙するという手順が普通だったのだ。それを、いきなりの議長推薦である。
その当時にはすでに深春を守るべく様々行動を起こしていた十弥としては、ハンマーで殴られたみたいな衝撃を感じる出来事であった。当時からすでに学年主席で眉目秀麗なヤツが目立ちまくっていたのは事実なのであるが………その後、いくら必死になってみても、<旺理会>議長である一之瀬に敵対出来得る立場まで上り詰めることができないことに、焦りは常にある。選挙を経て高等部生徒会<黒旺会>会長になり、一般生徒たちへの睨みは効く立場は手に入れたものの………
もし、もしである。
以前冗談に紛らせて確認した際、被害妄想と深春からは笑われてしまった考えを振りきることはできない十弥である。
もし、<旺理会>議長の一之瀬が深春に対して「侍れ」と命令でもしようものなら、十弥の権限でそれに反発しようもなく、そして、同じく<旺理会>のメンバーであるとはいえ評議員の身分である深春が、議長の命令に背くことはできないはずだ。
(ああああああっ!)
妄想はきりきりと十弥の心を苛む。なまじ恋人が理性を摩滅してしまうぐらい美しかったりすると、そのパートナーはやたらと精神的に苦労するのだ。
考え付いたのは、せこいけれども効果的な作戦。
ヤツをビビらせるぐらいのスキャンダルを手に入れて、その上証拠の写真までばっちり撮って、いざというときのその効力を発揮させようという作戦。
そのために、今日も十弥は手下の会計の竹内君を連れて、一之瀬の行動を見張って決定的瞬間を狙っているという次第だった。
+ + + + + + + + + + + + +
「それで、だ。何か決定的なゆすりネタでも掴めたのか?」
心底呆れたようにこちらに流し目を送ってくるのは、副会長の菅原久樹(すがわら ひさき)だ。余計な一言が多くて突っ込みが鋭いくせして、あんまり役に立たない人物である。能力如何の問題ではなく、そもそも協力しようという気がないのだ。
「ゆすりとは穏当じゃないな」
十弥はその視線を真正面から受け止めて言う。
「これはあくまで自衛手段だよ」
そこへ、その場の3人目の間延びした声。
「モノは言いようって言うしねェ〜」
これだけのほほんと喋っておいて、実は十弥よりも成績の良い男は書記の高遠敬己(たかとう ひろき)という。能ある鷹は爪を隠すというが、コイツの場合は爪が出てきたのを見たやつは皆無だ。が、菅原のように非協力を貫くことなく、あれこれと手を貸してくれているので、十弥による最近の評価は高い。
ちょうど高等部生徒会<黒旺会>の三役が顔をそろえた形になっていた。この下に、実働メンバーとして、監査部・会計部・執行部・企画部がそれぞれ5名ずづ配備され、計23人でさまざまな活動を行っている。そしてそのメンバーが、会長である皆倉の手下ともいえる存在であった。無論、副会長の菅原のように「俺は手伝わないけど、勝手にしたら?」というスタンスを保つヤツはいるものの、基本的に<黒旺会>のメンバーは<旺理会>に対してより、こちらの側へ忠誠を捧げている。だからこそ、皆倉もこうやってたまにはのんびりできたりもする。
「………で、今もまた祥陽クンをパシリにしてるわけ?」
普段は感情の起伏が定かではない高遠であるが、その口調には若干の苦味が含まれていた。会計部の祥陽を、そこはかとなくお気に召している高遠である。無論それをそうと気付くまでは、皆倉ですら半年かかってしまった。それぐらい、感情の機微が明確とはいえない高遠の態度に、祥陽自身が気付くのは当分あり得なさそうな話である。
「パシリってな……人聞きの悪い。ちょっと、見張りを頼んだだけだよ。別に危なくない」
「でも、あれでしょ〜、議長サンとそれに副議長の真柴先輩の二人連れをマークしてるんでしょ。尚更やばいよねぇ、それは。特に真柴先輩とか、真柴先輩とか、真柴先輩とか、危険が一杯だよね」
真柴真柴連呼するのも、それはきちんと理由がある。
<旺理会>副議長で3年の真柴隆一郎(ましば りゅういちろう)といったら、ウチの副会長の菅原とは段違いのレベルで強烈な忠臣なのだ。しかも本人も相当できるヤツだから、敵と見なしたヤツには容赦がない。恐ろしい男なのである。
「まぁ、そんなに警戒しなくても危ないことをさせているわけではないし……」
ただ、ちょっとばかり後を尾けてもらって、ヤツがなにかやらかした―――アレだけ完璧人間として崇拝されている一之瀬である。それはもう、コケただけでも充分なスクープだし、もし、例えば真柴となにやらヤっていてくれたりしたら全校生徒を揺るがす大事件になるだろうし。―――「お似合いです!」とかバカ騒ぎするヤツもいるかもしれないが、基本的に一之瀬はめちゃくちゃ神聖視されているのだ。それが汚されたとき、ヤツがどう出るか………いや、そうならないためにも取引に応じる可能性は高い。
十弥は思わずニヤリと笑ってしまった。
「あー………、皆倉、勝利の笑みはちょっと早いかも、だぜ………」
菅原の少しだけ焦りを含有した忠告が十弥の背に突き刺さったのはそのときであった。
「なに?」
高遠に向いていた視線を菅原に移す。すると菅原は顎で窓の外を指した。生徒会室の構成上、副会長の菅原の席はちょうど窓際で、彼の席からは外の風景がよく見えるのだ。
「まあ、見てみろよ………高遠も」
そう言って、くいくいと呼び寄せる。
十弥は半信半疑でその窓際へ歩み寄った。そして、眼下の光景に一瞬息が止まってしまった。
隣の高遠に至っては、そのまま窓から飛び降りそうな気配である。
(オイオイ、ここは3階だぞ………)
とは思うものの、十弥はもしもの時のために高遠の学ランの裾を握っておいた。コイツがこれだけあからさまな反応を示すのは相当珍しかった。
「や〜ば〜い、よな。祥陽ちゃん、大ピンチ!」
背後から菅原の煽る声。自分は全然全く関係ないところにいるらしい。
「だから、言わんこっちゃないって………諫言したよな、俺」
「………かいちょぉおおお〜!!」
菅原の揶揄したような口調と高遠の腹の底から搾り出したような………たぶん怒ってるっぽい口調がそれぞれ両耳から入ってきて、十弥を追い詰める。
窓の外、中庭の木の下では、いたいけな会計部の少年、祥陽が腰砕けになって………多分、逃亡しようとしたがならず、副議長の真柴に腕を取られてしまったのだろう。可哀想に、今にも泣きそうに震えていた。それを静かに………冷たく見下ろす真柴。その横には、一之瀬が感情を表に出すことなく、悠然とした姿で立っていた。ふと、その端正な顔が上を向く。視線を感じ取ったのか、単に生徒会室のある窓の方を見ようと思ったのかは知れない。たが、二人の視線はその時完全に重なっていた。
「………っ!」
視界の中心で一之瀬が眉を軽くひそめた。睨むというわけではなく………例えて言うなら、蝿を追い払う時の人の顔、という感じで………
(……くそっ!)
罵りと飛び出しのタイミングはほとんど同時だった。
十弥は、その怒りのまま、生徒会室から駆け出していた。
+ + + + + + + + + + + + +
「会長すみません〜〜〜〜〜〜」
顔をくしゃくしゃに歪ませながら、開口一番祥陽は十弥に謝罪し始めた。
「ぼ、僕がヘマして……思いきりコケちゃって、で、カメラも壊れちゃうし、ホントにホントにっ………僕ぅ〜〜〜〜うううううぅぅぅ〜〜〜〜〜」
十弥の顔を見て安心したのか、祥陽の割と大きな瞳からボロボロと涙の粒が溢れて零れる。晟南学院の最大の権力者とナンバー2に囲まれて萎縮しない方がおかしいだろう。十弥は祥陽の腕を掴む真柴を見つめた。
「―――真柴先輩、竹内君は俺の指示で動いていたに過ぎないんです。すべては俺の責任なんで、その手を解いてくれませんか?」
言いざま、目礼をいれる。真柴は軽くため息をついた。
「………わかりました」
トーンの低い声で言うと、真柴はその手を祥陽から外した。
泣き崩れて、おびえて腰まで抜けた祥陽がその場にうずくまるのを、十弥が支えた。ちょうどその時駆けつけて来た高遠に祥陽をたくす。高遠は何か言いたげに視線をくゆらせたが、祥陽の方がより心配だったのだろう。「後で……」と告げると、珍しく顔を引き締めたまま祥陽を担ぎ上げて校舎のほうへ戻った。
「それで?」
その行く先を見つめていた十弥の横顔に突き刺さるような視線を送ってきたのは、副議長の真柴だった。
「なぜ君は、あの子に議長の後を尾けさせたんですか?」
答えをはぐらかす事を一切許さない、強い視線。なまじ迫力のある美形だから、その威圧感は相当である。
(………この二人相手はちょっとキツイな)
真柴だけでも結構な強敵である。しかしその後ろには悠然と一之瀬が構えているのだ。
十弥は頭の中だけで舌打ちをした。さて、どう言い繕うか………思案するその時間的な間に、その場にい合わせながら一人不干渉を貫いていた一之瀬が、ようやく口を挟んだ。その対象は十弥になく、十弥を問い詰める態勢の真柴の方であった。
「……真柴さん、皆倉君と二人きりで話をしたいんだけど」
命令する口調ではない。頼むような言葉を使っている。しかしその響きには、どこか逆らえぬものがあった。真柴は再び軽くため息をついた。もしかしたらそれが癖なのかもしれない。癖になるほどため息をつくような事態が多いのだろうか。
「わかりましたが……くれぐれも気を付けて」
「気を付けてって、大げさだな」
「いえ、貴方の振る舞いに関して、気を付けるようにと言ったんですよ」
「………はいはい、わかったよ」
呆れたように言って、一之瀬は軽く手を振った。去れ、ということだろうが、この男はそういう偉そうな態度がよく似合う。真柴はすでに慣れているのか、微かに吐息を吐き出すと、そのまま立ち去る。
「―――じゃあ、皆倉君。ここでは人目もあるだろうから、会議室の方へ移動しようか。私としても、その方がいい」
一之瀬は十弥に向き直ると、またもや有無を言わせぬ効力を持った声で告げた。
(………てか、こいつ、勝手に決めてんな………)
自覚はあったものの、反発する前に反応していた。
「はあ………」
出陣の閧の声と呼ぶには、幾分も威勢に欠けたものだった。
+ + + + + + + + + + + + +
そういえば………と、会議室のドアをくぐった時に十弥は改めて気付いた。
<旺理会>だ、<黒旺会>だというが、そのトップの一人である十弥は、同じくトップを張った一之瀬とまともに相対したことは数えるほどしかなかった。こうして一対一で話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。
(緊張ってワケじゃないけどねぇ………)
勧められた席に腰をかけながら、そっと一之瀬を盗み見る。
さも当然というように、一番上等そうな椅子―――<黒旺会>の生徒会室と比べるのすらバカらしくなるぐらい、この会議室は豪勢な作りになっていた―――に、ゆったりと腰を下ろした一ノ瀬。わずかに俯いたせいで、長い前髪がばさりと顔を覆った。それを何気ない仕草で掻きあげる。………それだけのことが、こうも秀麗なヤツがやると映画のワンシーンのようだった。
一之瀬は重厚な机に片手を立てると、それに顎を預けた。
「皆倉君、君のその意味不明な行動は、横沢さんに関係してるんだろう」
十弥が雰囲気に飲まれている間にあっさりと本題を出してくる。会話の主導権を握ろうという策略ゆえ、というにはひどくあっさりとした口調だった。
「私も、一応、君と横沢さんが深い関係にあるということは知っているつもりだが………」
そこまで淡々と告げて、ふと躊躇したように言いよどんだ。
(貴様っ!)
言いよどんだ理由を勘繰らずにはいられない。「だが………」の後に何を言うつもりだというのか、
(俺と深春は今も昔もこれからもずっと! ふかーい関係ってヤツなんだよ!)
十弥はすぅーっと息を吸い込んだ。肺活量の限界まで空気を飲み込む。そしてそれをすべて怒鳴り声に変換して一之瀬にたたきつけようとした時だった。
「十弥っっ!!!!」
勢いよく内側に開いたドア。トーンの高い声で叫んで飛び入ってきたのは、今まさしく激突寸前だった決闘の渦中の人、皆倉十弥の恋人、横沢深春だった。
姫、乱入である。
走ってきたのか、息も絶え絶えになっているが、その美貌は一筋たりとも損なわれていない。いや、恋人の欲目かもしれないが、上気したその顔は非常にソソるものがあった。その顔をキッと上げると、深春は十弥に詰め寄った。
「十弥のバカっ! ホントにバカでしょ! 信じらんないよこんな事してたなんて! ちゃんと議長に謝ったの!?」
初っ端の詰問モードに、十弥は正常に思考回路が働かない。
「は? えっ……誰が誰に謝るんだよ。………って、どうして深春がここにいるんだよ!?」
逆に深春の腕を取って、十弥から詰め寄るほどだった。負けずに、深春はいつもは穏やかな表情をぷんぷん沸騰させている。
「そんなの、十弥のとこの副会長君が教えてくれたからだよっ! で、十弥はちゃんと議長に謝ったの!?
自分が何やったかわかってるの!?」
「……副会長って、菅原かよ………アイツ、余計なことを!!」
「あぁああああ! 違うでしょ、そこがポイントじゃなくて!」
とられた腕を押し返して叫ぶ。十弥ももう片方の腕を使って深春の肩を揺らす。
二人が二人して、軽いパニック状態になっていた。
そこへ水を差すように、場違いなほど冷静な声がもたらされる。
「私は席を外したほうがいいんじゃないか?」
先ほどと全く変わらない姿―――頬杖してこちらを見つめる一之瀬。だが、よく見るとその眉はわずかに顰められていて、それは一言で言い表すと”理解不能”という表情であった。
「あ〜!!! ごめんね議長! そうしてくれると助かるよ」
いち早く対応したのは深春だった。「ホント、不肖の恋人が迷惑かけたよね。ごめんね」とか、声をかけながら、ドアの側へ歩み去る一之瀬を見送る。
(………なんなんだよ??)
前後の事情というか、こちらこそ何でこうなったのかよくわからない十弥であった。<旺理会>議長・一之瀬との直接対決も辞さない覚悟で乗り込んだのに、ほとんど会話をなすことすらなく、なぜか<旺理会>議長室で深春と二人っきりになってしまっている。脳がうまく稼動していない。それでも、一之瀬の前で堂々と自身を恋人と表されたことに喜びを見出す十弥であるが、その冠詞に「不肖の」がついたことはすでに綺麗にデリートされている。
十弥はただ呆然と椅子に座っていた。深春がドアを背にして振り返った時も、全体重を椅子に預けてぼうっとそれを見つめていた。
「十弥ねぇ〜!!!」
そんな体たらくの十弥を、苦みばしった―――それでも恐ろしく可愛らしい仕草に見受けられるのが、この、晟南学院の姫と言われる横沢深春のすごいところである―――表情で、肩を少し落として上目遣いでねめつけた。
「恥かしいとか思わないの!? 少なくとも僕はすごく恥ずかしかったけど………でも、そんなに奔走しなくたって、僕が卒業する時は君を<旺理会>に推薦するって決めてるんだよ!!」
だから………と深春は一旦声を詰まらせる。
「は?」
(えっ………奔走って……?)
深春の言っている意味が全くわからない。十弥は瞬時固まってしまう。しかし、深春の糾弾はその剣先をますます尖らせる。
「十弥が権力好きなのはよく知ってるし………だから僕だって、なりたくもない<旺理会>の評議員だってなったんだし………高校に入ってからはますます権力追い求めてばっかりで、生徒会長とかなるし………もちろんそんな十弥もカッコよくて好きだけどね、でも、議長追い落とそうとかそういうのは良くないでしょっ!!!」
「………はぁ!?」
「そんなコトしなくたって、十弥は次の副議長候補なんだから、隆一郎だって一番候補って言ってくれてるんだし、おとなしくしててよね!」
「………………」
隆一郎って、真柴先輩のことだよな………?
(俺が、次の副議長?)
何なんだその裏情報みたいのは?
いや………それより何より、この、やたらと見当違いの深春の糾弾が当面の大問題だった。
十弥はごくりとつばを飲み込んだ。
「………ええと、深春」
「なに?」
深春は怒りにか、唇を震わせていた。それを見つめながら、十弥は口を開いた。
「よく、理解し難かったんだけど、つまり、深春は<旺理会>評議員にはなりたくなかったの?」
「そうだよ……でも、十弥がそういう肩書きとか好きそうだったから、僕も見劣りしたくなかったし、十弥にも見限られたくなかったし………」
「………見限るって」
「だって、十弥、中3の頃からすでに<旺理会>とか<黒旺会>とか、そういうのに入ることばっかり考えてたでしょ!」
「そうだけど………」
それは、理由がちゃんとあるからだ。
十弥は深春を見すえた。
(綺麗で………俺なんかにはもったいないぐらいの、人)
ずっとそう思っていた。だから、口から付いて出たのは、あんまり本音すぎていつもは口にすら出さない、十弥にとっては世界常識ですらあった。すんなりと溢れてくる。
「深春を守りたかったから………権力とか持ってたら、深春を守りやすいだろ……だから、さ。俺、中学の頃、そういうの全然考えてなかったし……焦ってたから」
「……ええっ!」
今度は深春が驚く番だった。息を飲み込む。
「深春綺麗だろ……中3で告白して深春がOKしてくれた時、俺すげー嬉しくて………でも、周り中ライバルばっかりでさ………結構苦労したんだけど」
そいつらを、全部蹴散らして黙らせるために、そのための権力を望んだ。
けれど、どうしても、ただ一人だけ、最大の仮想敵と目していたものの、敵いようもないヤツがいた。
「考えたんだよ。もし、だよ………もし一之瀬が……深春に自分のモノになれって言ったら、深春は拒むことができないし………俺だって、ヤツからしたらたかが<黒旺会>の生徒会長に過ぎないだろ?」
一言一言、区切るように、確かめるように言う。
「だから、一之瀬の弱点が欲しかった。ヤツが深春に手を出せないようにする、武器が欲しかったんだ。それだけで………権力なんか、本当はどうでもいい。だから、深春がいなくなった後に<旺理会>に入っても意味なんかない………」
十弥は自然、視線を下に逸らしていた。まともに深春を見ることはできなかった。
だから、ふわっとした感触が自分の頭を包み込んだ時、一瞬その状況がわからなかった。
「十弥、バカだなぁ」
舞い降りてきたのは、優しい声音。穏やかで包容力ある響き。こんな時に、深春は年上なんだよなと実感させられる。
「僕、あの時もいつでも、ちゃんと言ってるよね。十弥が好きだよって。ちゃんと、言ってるよね」
すっぽりと十弥の頭を腕の中にくるんで、そのてっぺんに頬ずりをする。
「それに、議長もさ―――あの顔見た? 彼、超お堅いノーマルな人だよ。口には出さないけど、男同士なんか変!って思ってるんだよ。そんな人が僕に手を出すと思う?
………十弥は心配し過ぎだよ。僕だっていざとなったら実力で抵抗するよ。無理矢理なんか絶対ヤだね」
細い腕をして、物騒なことを楽しそうに言う。
十弥は、そんなか弱い腕に守られるように包み込まれて、言葉を失っていた。
ふと、数週間前の副会長の”諫言”なんかが思い出されてくる。
―――「必要ないだろ、そんなコト。無駄足だね、俺は協力しない。てか、やめとけ」
つまりはそういうコト。
つまり今までの努力は必要なかったって、そういうコト。
わかってた菅原は、きっと、その足で深春に状況を説明しに行ったんだろう。
(後で、礼言っとかないとな………)
そろそろと苦笑が口元に刻み込まれる。
十弥はだらりと垂らしていた両腕に力をこめて、そして目の前の人に腕を回していた。ぎゅっとキツク抱きしめる。
すごく好きな、すごく綺麗な人は、理性を摩滅させてしまうぐらいに魅力的。
そして、それに世界で一番当てられているのは、きっと絶対に自分なんだろうと十弥は思った。
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とうとうやってしまった的、やたらと設定凝りまくり生徒会モノ(ダブル生徒会…いや、トリプルか??)
短編の割にはやたらと多い登場人物………そしてなんだかんだいってラブラブ………
リクをしてくださった理子様も、まさかこんな話になるとは思ってもいなかったでしょう(汗)
しかも、事前に「生徒会長って言ったら、やっぱりかっちょイイ攻めって感じですよね★」
とか言ってた割には、皆倉ああだし………
………
………
理子様、こんなので良かったんでしょうか(真剣)??
これからも不肖江崎をよろしゅうお願いします〜〜〜!!!
(02 11.03)
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