マーブルブレスト
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「ファントムオブサウナ」 前編
むかつく。
やはり計画は実行しなければならないだろう。
俺はなるべく優しい声で、悠太を呼び寄せた。
悠太は俺の葛藤も知らず、湯気に上気した顔で湯船を泳ぐようにして来た。その背後には、ナチュラルにむかつきを誘う、奴―――品川竜司の微笑。
くそっ。
ほんの少しでも、こいつの事をかっこいい先輩だとか、最高のプレーをするとか、性格もよくてあこがれるとか思ってしまっていた過去が悔やまれる。その当時、こいつがいかに性悪なスケコマシヤローか知らなかったとしても、だ。
「なんだよ、鷹也」
いかにも迷惑そうな声。
こいつはわかってない。俺がテメーの貞操を守ってやってんだって言う事を。
全くわかってなくて、こんな風に生意気な口を聞く。
「俺、品川先輩と明日の試合の打ち合わせしてたんだけど!」
へえへえ、そうですが。
自らの身の安全より、明日の練習試合のほうが大事ですか。
「んなの、俺としてれば良いだろう」
一年ながらレギュラーの俺である。さすがに奴ほどの活躍はできかねるが、それでもチームのなくてはならないメンバーとしての地位は確立している。
が、悠太はそんな俺の心情をばっさり切り捨てるように告げた。
「鷹也と打ち合わせんのって無駄だろ?」
「なんでだよ!」
すげえ、むかつく事をむかつく調子で言う奴である。
もし、コイビトとかじゃなかったら、張っ倒してる。
悠太は俺の普段より幾分か不機嫌な様子にやっと気づいたようであった。あわてて言葉をつなぐ。
「いや、だって、おまえとはもう、そんなコトする必要ないって言うか………目で判るじゃん」
湯気だけでなく顔を赤らめて、小声で言う。
湯船の反対側にいる品川竜司に聞こえないように注意した声。すこし、かすれ気味。
………内容も含めて、腰にズンと来る。
やっぱこいつカワイイ。
さっきむかついた事なんて棚に上げて、悠太をめちゃくちゃに抱きしめたくなる。
………い、いや、はやまるな、俺。
計画上、こんなところで暴走してしまったら、悠太をただ怒らせて逆に張っ倒されて逃げられるのがおちである。そのザマをさらに奴に見られてしまうのだ。
油断すればたちまち理性を圧倒しそうな欲情を必死に押し留める。
「な、悠太。サウナ入んねー?」
計画の幕開けになる言葉を切りだしながら。
* * * *
計画はこのホテルに有るウェットサウナの存在を知ったときに、俺の頭ん中で構築された。
ウェットサウナ。
普通のサウナみたいにただひたすら暑くて、水に浸したタオルを口に被せとかないと息すらできないような奴じゃなくて、室内には水蒸気が充満していて、ちょっとした熱帯気分を味わえる奴。もちろん、暑いのは暑いんだけど、あの水蒸気のおかげで普通のサウナの倍は耐えられる
。
―――これなら、いいかもしんない。
ということで、後は状況をどう演出するかという課題が残るのみである。
俺はどうでもいいのだが、悠太が泣くとかわいそうなので、ターゲットは品川竜司、ただ一人だ。
いかにして、俺に悠太に奴。この三人だけにするか。
当然、バスケ部の合宿である。
練習後はみな汗を流すために風呂に入る。練習後は入らないと、くさいまま夕食を食べないといけない。だが、そうすると、部員全員がほぼ同時に入るわけで、悠太がその状況で許すわけがないよな。
さて、どうしたもんか。
やりくりに悩んでいたら、あっさりと機会は訪れた。
悠太が、ポジションが同じ竜司に夕食後の個別特訓を申し込んだのだ。
………それ事態はけっこうむかつく事なんだが、いい機会である。
俺は、企みを隠した笑顔でその特訓へのサポートを申し出た。
あとは、容易いもんである。
練習に疲れたみんなが、飯食って腹いっぱいで寝込む頃に特訓が終了し、そして、汗だくになった俺たち三人は、本日2度目の入浴となったわけである。
当然の流れだ。
で、今、計画の最終段階が始動しようとしている。
名付けて、”一石二鳥の一挙両得大作戦”。
ウェットサウナの扉を開いて、俺は悠太を手招きした。
傍から見たら、けっこう情けないほど、下心ありありな顔になっていたかもしれない。
(02.08.08)
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