「ファントムオブサウナ」 後編
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「だーいじょーぶだって」
焦って俺の胸をがんがん叩きまくる悠太の手を片手で押さえて、さっきよりもっと深いキスを施す。横目で曇ったガラスの先にぼやけて見える奴への目配りも欠かさない。
もう少し、角度を付けたほうがわかりやすいかも………
角度を微妙に調整して、この曇りガラスの先の奴に見せつける。
「ん、んんっ」
長めのキスに苦しげに悠太が眉を顰める。その表情すら愛しくて、俺だけのものなんだと世界中の奴らに大声で宣言したかった。
* * * *
まずは弁舌で悠太の警戒心を解くことから始まった。
「なあ、見ろよ。」
横でビーチチェアまがいの椅子に茹だったように寝崩れている悠太に話し掛ける。
「上から水蒸気が降ってきてんだぜ」
「あ〜、けっこう気持ちいいよね。楽に息が出来るし」
「確かにな。つーか、水蒸気で窓が曇ってんな」
「あ〜、うん、確かに。これだけ湿気が溜まってればこんなもんだろ?」
薄目を開けて、首を椅子の背に預けたままお座なりな返事。
だが、非常に、俺的にはいい展開である。
そうだ。窓は曇ってんだ。
「あっちからは見えないだろうな」
刷り込み作戦だな。
「どんなことしててもわかんないだろうな」
と、なんとなく身の危険を感じたのだろう。悠太は思いきり不審げな顔をこちらに向けた。
「なに考えてんだ?」
なにって、それは、コイビトと裸で二人きりだ。察して欲しい気もする。
なにせ、”一石二鳥で、一挙両得な大作戦”なのだ。
俺もばっちりおいしい目に会う予定なのである。
こちらを向いた悠太の顔を、これが機会とばかりに片手で包み込む。そして、驚いている悠太の唇に悠然とキスを降らせた。
で、最初の展開に戻るわけなのだが、俺の熱いキスに悠太はされるがままになっていた。
まだ、たったの一ヶ月なのだ。
慣れていない悠太は、キスだけでいっぱいになる。
だが、本人は全くわかっていない。水蒸気に濡らされた髪、唇、肩、胸………すべてが信じられないほどの色香を発しているということを。決して華奢ではない、程よく引き締まったしなやかな悠太の体が、いかに男の情欲を誘っているかを。
「あ…んっ………や、やめろよ………」
キスのはざまに切れ切れに訴える。その声は絶え絶えで、さらに俺を煽る。
当初の計画すら忘れそうになる。
だが、水蒸気の熱帯雨林を彷彿させる濃厚な湿気の中、俺はひたすらに理性をかき集めた。もう一度、悠太にキスを与えながら確認する。
ほんの少しだけ隙間を開けた扉。
奴の位置関係。
ばっちり、オッケーだ。
これなら、計画どおりうまく行くだろう。奴も―――品川竜司も、悠太が誰のものかしっかりわかるだろう。わからせてやる。
「悠太………しよう」
キスを止めて、唇すれすれで囁く。
悠太が目を見開く。
でもその眼にも、先ほどまで俺を突っぱねていた腕にも力はこもっていなかった。のぼせているのかもしれない。キスにも、サウナにも。でもそれは好都合でしかない。
「しよう」
俺の再度の囁きに、悠太は視線をはずした。その行方は乳白色に曇った窓ガラス。扉が薄く開けられている事を知らない悠太には、それは安心材料になった。
注意しないとわかんないぐらい、小さく頷く。
その、恥ずかしげな仕草に俺の理性は最後の砦も吹き飛んだ。なによりも、俺の腹部にあたる悠太自身の存在感が起爆剤になっていた。
「あ…んっ、んんっ!」
悠太の呼吸がリズムをつむぐ。
そのリズムは俺たちを支配し、律するリズムだ。
抱え上げた悠太の右足を愛しげに舐め上げた。下から掬い上げるようにその内部を突く。入り口近くまで引き抜いた後で、勢いよく奥まで突き上げる。
エンドレス。最高の繰り返し。
気持ちは螺旋を巡り、上のほうへ昇っていく。
汗なのか、水蒸気なのか、何回か前の二人の迸りなのか、全身そんなものにまみれていて、訳がわかんないぐらい意識が朦朧としていて、それも激しいセックスのせいなのか、サウナののぼせなのか………
悠太の中は、今にもはじけそうなぐらい気持ちよかった。
悠太を感じられて、悠太が近くて、心臓が俺のと同じぐらい早くて、なんか、気持ちいいのと等価で嬉しかった。
正面で抱き合った体勢の悠太の唇をついばむ。はげしい悠太の息を攫う。口内を舌で弄って、さらに小刻みなリズムを刻む。
上に、上がっていく。
熱くて、暑くて―――
「たか、やぁ………も、だめ」
俺の意識が切れそうな寸前、先にイっちゃったのは悠太のほうだった。
それからはなかなかの騒動だったような気がする。
最初は、”昇天”させちゃったと、我ながら感動したのだが、よくよく観察してみると、切れ切れの息に真っ赤な顔。ぐったりとした肉体は、やけに熱を持ってないか??
さあああぁぁぁと、血の気が引いた。
いわゆるこれは、”熱中症”というやつではないだろうか。この間テレビでやっていたのと、症状が全く同じだ。汗を大量にかいて脱水症状にも陥っていると思う。
ええと、つまり、体温を下げて水分を補給してあげたらオッケ―だったんだよな。
「………じゃ、ここって全然駄目じゃん」
俺は慌てて、悠太の体を抱き上げて、少し開いた扉を蹴り開けて熱帯雨林から脱出した。俺自身の体のだるさやのぼせはすっかり吹き飛んでいた。
すぐ横に水風呂があったので、軽く全身にその水をかけた後、ダッシュでタオルを取りに行って、すぐにそれを水に浸すと体の局所―――血管がたくさん通っていて、体温をすぐに調節できる―――首とわきの下、足の付け根に充てる。
ついでに、蛇口から直接水を口に含ませて、口移しで水分を補給してやる。
十数分後、ようやく悠太の呼吸が正常になるまで、俺は品川竜司の存在を全く失念していて、風呂場を見まわしたときには当然奴の姿はどこにもなかった。
ちくしょー、どこに行った。
つーか、奴はしっかり聞いたのか!?
途中から、やはりというか当然というか、行為にのめりこんでしまったため、奴がどういう反応を示したのかなんて、ましてやいつの間に風呂から出たのか判らん。
これじゃあ、一石二鳥ではなく一石一鳥ではないか。まあ、無論、その鳥はうまくて最高だったんだが。
まあ、いいか。
少なくとも、実は悠太が思っているほどあの窓ガラスは視界を遮らないのである。内部からでは水蒸気が視界をさらに邪魔して見えにくさが増すのだが、外からならほんのりとではあるが、中の二人が近づいてたり抱き合ってたりキスしたり、ましてやナニしているもんなら、けっこうばればれなのである。
その上、音声付だしな。
奴も、悠太が俺の、俺だけのもんだと痛感しただろう。
ヨコシマな横恋慕など考えるのが悪いのだ。悠太も、俺以外の男に、ポジションが同じで目指すべきプレーヤーだからって、やたらと懐くのがいけない。
まあ、これですべてが丸く収まっただろう。
さすがは俺サマだ。
俺は風呂場のタイルに寝かせた悠太の額を優しく撫ぜた。
* * * *
翌日。
「鷹也のバカヤロー!!」
意識失うぐらいやっちゃったため、腰が立たず試合出場が出来なかった悠太の怒りと、
「なんというか、若いよね」
複雑な、でもちょっと揶揄するような微笑を浮かべた奴の感想とをステレオタイプで聞かされた俺であった。
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