小休憩。

「参謀殿」
「あ、ベリルさん。どうですか、劇の方、進んでます?」
シャカシャカと小気味いい音を鳴らしながらサフィルスが答えた。答えてはいるが視線は抱えているボールに落とされたままである。
「何か作っているみたいだね」
「ええ、お菓子を作ってるんですよ。長丁場になってしまいましたからねぇ。皆さんおなかがすいていらっしゃるんじゃないかと」
「そういえばさっき、アレクががおなかがすいたと騒ぎまわっていたねぇ。…よく気がつくことだ」
感心したのか、なんなのか意味ありげに笑う。
「そうそう、劇だったね。その件なんだけど…確か王子役はジルに依頼したんだよね」
「ええ」
黙っているだけでいいから、と言ってジルを口説き落としたのである。ジルは渋々と言った様子だったが何とか引き受けてくれた。困り果てていたこちらの様子に押されて、と言ったところだろう。
「相手がジルだとどうもやる気がねー」
「そんなこといわれても困りますよ。他に適材が…」
「そのことをアレクに相談したら、快く引き受けてくれてね」
「…アレク様が?」
「そう。アレクが王子を引き受けてくれた」
「……」
「やっぱり参謀殿が言う通り適材適所が一番というものだよね。アレクも王子と言う身分。これ以上の役者は…そうだね、プラチナしかいないかな」
「それは…」
「でも、何故かアレクに王子役は廻っていなかった…君の差し金かい?」
「さ、差し金なんて…酷い言い様ですね」
それでも決して否定はしない。アレクがシンデレラ、と言うのも元々反対していたのだ。何とかあの場でアレクをシンデレラから外すことがてきたと言うのに、今度は王子とは。王子とシンデレラは結ばれる。例え劇であろうとそんなものは許せないのだ。
「気に触ったのなら謝るよ。まぁ、そういうわけで王子役はアレクだ」
「…で、お話の要点は?」
「そうだね…」
「あ、呑まないで下さいね」
机の上に置いてある調理用の酒に手を伸ばそうとしたベリルにぴしゃりとサフィルスは言い放った。
「目敏いねぇ…」
「貴方ほどじゃないですよ」
にっこりと、凍りつくような微笑をたたえてサフィルスは言った。その間も手際よく料理は進んでいる。
「ベリルさんは本当にシンデレラの役をやりたいんですか?」
予想通りのサフィルスの言葉にベリルは満面の笑みで答える。
「うんー? まー、どっちでもいいかな? 僕としては参謀殿が一番似合う気がするけどね。でも残念なことに主役を演じるには意欲がなければいけない。後覚悟もね」
「…覚悟…?」
何故シンデレラを演じるだけなのに覚悟がいるのだろう。
「そう…。どうせなら細部まで凝ろうという事になってね。シンデレラが灰かぶり姫という意味ということは君も知っているよね。つまりシンデレラという人物を演じるのは女性でなければおかしなものだ」
「それは…つまり…」
「そう、シンデレラを演じるものは女装しなければならない…かな?」
「それならベリルさんだって女装しなければいけないって言うことじゃないですか!」
「僕? 僕はアレクとプラムから頼まれただけからねぇ…そこまで約束事項には盛り込まれてなかったしね。これはもしも僕以外の人にこの役を譲るなら、という仮定の話だよ、参謀殿?」
あくまで仮定の話。そう言いきってはいるが、明らかにこれはサフィルスへ向けた言葉である。サフィルスが引き受けることを前提に話しているとしか思えない。手っ取り早く言えば、女装をするならシンデレラの役を譲るといっているのだ。
「私は…」





「…よくサフィルスが引き受けましたね」
恥ずかしそうに、そして怒りを孕んだ気を放ちながらサフィルスは椅子に腰掛けていた。
お世辞にも綺麗とは言えない女物の衣装を身に着けて。
その様子を面白い見世物だ、といった様子でジェイドは眺めていた。強い殺気がサフィルスから放たれているが、それもこの状況下では心地よい。それほど今の光景は価値有るものだった。
「んー、ちょっとした魔法かな?」
おそらく一部始終をアレクが聞いたならば、また詐欺師やペテン師と言うだろう。
「お坊ちゃんですね、やっぱり。まぁ、面白いですけど」
すべてお見通し、と言った雰囲気でジェイドは肩をすくめた。
「…ジェイド、君ならどうしたんだい?」
手持ち無沙汰、或いは暇を持て余している、というようにしか見えないジェイドにベリルは問い掛けた。
「私ですか。死んでも遣りませんね。こうして高みの見物が一番ですよ。貴方と一緒で」
壁に寄りかかっていたジェイドはその身を起こすと不敵に笑った。
「主役は最初から体よく断るつもりだったんでしょう。プラチナ様の登場で少々予定は変わったと思いますが」
「さぁ…どうだろうねぇ?」
あくまで白を切るつもりらしく、ベリルはただ笑みを浮かべていただけだった。
「さてっと、プラチナ様の様子でも見にいって来ましょうかね」
ジェイド自身もそれ以上追求する気はないようだった。
「素直じゃないね」
静かな声で、そして全てを悟った口調でベリルは楽しげに呟いた。

戻る 続く SSTOP


ブラックなサフィとベリル、サフィルスが女装にいたるまでの経過とあまりに出番の少ないジェイドを書きたかっただけです…(苦笑)。ご、ごめんなさい!(汗)。とりあえず次回サフィ編で終わる予定です。その他の方々は…読みたい方居られますでしょうか…?




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