大人は判ってくれない? 1
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若獅子戦を数日後に控えたある日、アキラは学校帰りに父親の経営する囲碁サロンへと
足を運んだ。
受付の市河や常連客の暖かい出迎えを受けると、普段よく座る奥の席へと向かう。
腰を下ろし、パチパチと碁石を並べ始めたアキラの前に見慣れたスーツ姿の緒方が現れた。
「緒方さん」
アキラの正面に腰掛け、前を開けた上着の内ポケットから煙草の赤い箱を取り出す緒方を、
アキラはチラリと見遣った。
緒方は盤上に視線を向けると、箱から煙草を1本抜き取った。
「何を並べているかと思ったら、インターネットのキミとsaiの一局じゃないか」
「緒方さんは御存知でしたね」
アキラは俯き加減で碁笥に手を差し入れた。
「あれからsaiは一度も現れないんだろ?」
煙草を口に銜えて尋ねる緒方に、アキラはやや硬い表情で答えた。
「ボクが見ている限りでは一度も」
緒方は煙草に火をつけると、優雅に紫煙をくゆらせた。
碁石を打つ白くほっそりとしたアキラの指の動きを目線で追いつつ、低い声で呟く。
「saiか……魅力的な打ち手だった。だが、表に出てこない者に興味は持てん」
アキラは一瞬盤上から視線を外し、緒方を一瞥した。
(表に出てこないモノか……)
すぐさま視線を戻すと、アキラは緒方が見つめる中、淡々と碁石を打ち続けた。
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