誕生日の話 1 - 2


(1)
 アキラくんのお誕生日がやってきました。
「アキラくん、誕生日おめでとう」
 久しぶりにアキラくんのところにやってきた緒方さんは、チラシの裏にクレヨンで
絵を書き殴っているアキラくんの前に腰を下ろして微笑みました。
「あっ、おがたくん!」
 黄色のクレヨンを握り締めていたアキラくんはクレヨンを放り、おもむろに立ち上
がると両手を広げながら緒方さんのおなかにしがみつきます。
「何描いてたの?」
 緒方さんはいそいそと膝の上に乗ってきたアキラくんを抱えなおしてニコニコ笑い、
アキラくんが先程まで格闘していたチラシをひょいと摘み上げました。
「う――ん、これは……?」
 チラシだと思っていたのは、11月のカレンダーでした。大きなカレンダーはなる
ほどアキラくんの落書きのキャンバスにぴったりなようです。
 ですが、黄色と茶色が塗りたくられ、さらには黒のクレヨンを擦りつけたような跡
のあるアキラくん的芸術は、普通の感覚の緒方さんには理解の範疇を超えていました。
「あのね、ごばん!」
「ああ…そうだね…」
 黄色と茶色の部分は碁盤で、黒く汚れたように見えるのは黒石、そしてなんだか斑
になっている部分は白クレヨンを塗って黄色と混ざり合ってしまったのでしょうが、
緒方さんの目には悲しいかな、やっぱり碁盤には見えなかったのです。


(2)
「かーわいいね」
 アキラくんはくるくる回って繰り返しました。
 先程まで遊んでいた落書きセットは既に片付けられています。
「気に入った?」
「うんっ」
 アキラくんは元気よく頷き、再びくるりと回りました。
 緒方さんがアキラくんのお誕生日に用意したものは、長靴とレインコート、それか
ら小さな傘でした。傘とレインコートには裾の部分にアヒルとヒヨコのプリントが、
それから長靴には黄色のビニールに白いもこもこアヒルちゃんがワンポイントで付い
ています。それだけでも可愛いのに、そのアヒルちゃんがマジックテープでくっつい
たりはがれたりするのは特にアキラくんのハートにクリティカルヒットしました。
「あっ、お母さんとお父さんにも見せてこなきゃ!」
 アヒルちゃんをつけたりはずしたりしていたアキラくんは思い出したようにそう叫
ぶと、ポンっと傘を開きとてとてとお部屋を飛び出していきました。
「元気だなあ…」
 子供は風の子、とはよく言ったものです。鉄砲玉のように飛び出していったアキラ
くんが散らかしたデパートの包装紙を片付けながら、緒方さんは思わず笑ってしまい
ました。



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