tomorrow 1 - 20
(1)
また明日、そう言って別れたはずのキミが、なぜ今、ボクの目の前にいるのか。
キミは何をしに、何を言いにここに来た?
(2)
今日で北斗杯が終わった。
結果については何も言うまい。
終わってしまったという虚脱感と疲労を抱えて家に帰ってみたら誰もいなかった。
揚海さんから、父が台湾に行くと言っていたという話は聞いてはいたが、まさか今日出立するとは
さすがに思っていなかった。けれどテーブルの上に母のメモが残されていて、本当にもう台湾に
向けて発ってしまったという事がわかって、さすがに呆然とした。といっても明日早くの飛行機に
乗るために今夜は成田のホテルに泊まる、ということだったが。
なんだかすっかり脱力してしまって、レトルトものを暖めて食事代わりにしていた所に、母から電話
がかかってきた。
軽く話をして電話を切って、今日はもう何もすることが無いのだから、風呂に入って寝てしまおう。
そう思っていたところに、門の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に誰が来るんだろうと不審に思いながらインターフォンをとったら、聞こえてきたのは
進藤の声だった。
(3)
あの、激烈な戦いの後、空虚な疲労感を抱えながら、だからこそ余計に美しく見えた、新緑と初夏
の光に溢れた中庭で、空を見上げて、キミは何を思っていた?
誰を、思っていた?
ボクはキミを見ながら、戦いの前の、そして破れた後の、キミの言葉と、それを受けて言った揚海
さんの言葉を、ずっと心の中で反芻していた。
遠い過去と、遠い未来をつなぐため。
キミが見ている、遠い未来の先にいるのは、誰だ?
そう問い詰めたい気持ちを抱えながら、全てを吹っ切ったように空を見るキミに、ボクはもしかしたら
見蕩れていたのかもしれない。
一体キミは、ボクの知らないどれだけの顔を持っているのだろう。
人目をはばからずに泣いていたキミと、物思うように空を見上げる横顔と、そしてさっきの、頬を紅潮
させ荒い息をつきながら、真っ直ぐにボクを見ていた、キミ。
なぜだろう。
キミが、キミだけがボクを混乱させる。
キミの存在だけが、いつもボクを何だか訳のわからない感情の渦に突き落とす。
いつもキミに対していて抱いていた「知りたい」という欲求が、どこに向かってしまっているのか、
ボクにはもう、わからない。
そして今このとき、キミはなぜ、ここにいる?
何のために、何を言うために、ここに来た?
そうだろう?何か、ボクに言うことがあったんだろう?
キミはずっと何かを言いたそうな顔をしていて、でも言い出せない、そんな感じだったから。
顔を見ていては言えないことでも、闇に紛れてしまえば言いやすくなるかもしれない。
一緒に寝ないかといったのは、それだけの理由だった。
(4)
それなのに、沈黙が重苦しい。
目覚し時計の秒針の音だけが静まり返った部屋に響いている。
早く、何か言え、進藤。
でなければキミは何をしに来たんだ?
何かボクに言うことがあったんじゃないのか?
早く。どうにかしてくれ、進藤。
なぜ、なぜそんな目でボクを見る。
まるでキミはボクの知らないキミみたいだ。
闇の中に浮かび上がる進藤の顔は、見た事もないような大人びた不思議な表情で、ボクは目を
逸らせなくなる。
そんな目で、ボクを見るな。
そんな、目で、見られたら、ボクは、
(5)
(6)
時を告げる古い柱時計の音が廊下で響いている。
目覚し時計の秒針が正確に時間を刻んでいる。
そしてそんなものよりもずっと早く、激しく時を刻んでいる音が、ボクの身体に直接響いてくる。
ああ、それならボクのこの胸の響きも同じようにキミの身体に響いているのか?
これがボクの心臓の音。
これがキミの鼓動の響き。
ボク達が確かに生きていて、そして今ここに在ることの証。
これが何かはわからない。
わかっているのはただ一つ、いまここにキミがいるという事、それだけ。
固く抱き合ったまま、しばらくボクは息をすることさえ忘れていて、頭がくらくらしてきて始めてそのこと
に気付いて、ほうっと大きく息をつくと、ボクを抱いていた進藤の手が、ぴくっと動いた。
彼の手はボクの背からボクの肩へと動き、肩を押さえたままゆっくりと離れていく。
空いてしまった隙間を埋めたくてボクが顔を上げると、目の前には進藤の顔があって、彼は呆然とした
ような目でボクを見ている。二、三瞬きをしながらも彼の目はボクを見つめていて、ボクの肩を掴む手に
ぐっと力が篭って、びくりと今度はボクが身を震わせると、それを合図のように彼はゆっくりと目を伏せ
ながらボクに近づき、ほんの一瞬、唇が触れ合って、はっと離れていった。
その一瞬の接触に、まるで雷に打たれたように、ボクの全身を電流が走り、衝撃に目を見開くと、目の
前にはまた、同じように大きく目を見開いているキミがいた。
(7)
繰り返し、繰り返し、何度も触れては離れていく柔らかな唇は、触れるたびにその温度を上げ、次第に
熱く、強く押し付けられてくる。その熱がもっと欲しくて、離れようとする頭を逃げないように押さえつけて、
彼の中に舌を滑り込ませた。
気付いたときには深い口付けを交わしながら互いの服を剥ぎ取ってしまっていて、直接触れる裸の肌
の感触に、その熱さに、目が眩む思いがした。
彼の柔らかな髪をかき乱しながら夢中になって彼の口の中を貪る。同じシャンプーと石鹸の匂いに汗
のにおいが混じり、熱と共に立ち上る濃厚なそれらの匂いに眩暈がする。心臓は激しく脈打ち、全身
は熱く燃え、更にその熱が下半身に凝縮するのを感じる。
それに気付いてあまりの恥ずかしさにぎゅっと目をつぶってしまったら、向こうも気付いたのか、進藤
は同じくらいに熱くなった彼自身を押し付けてきた。更にぴったりと身体を重ね合わせて、自分自身で
ボクを刺激するように動く。その熱さが、勢いが、それらの立てる音が、さらにボクを煽り彼を煽り、二
人とももう暴発寸前だ。
信じられない。恥ずかしくて恥ずかしくて、死んでしまいそうだ
やめろ、進藤。もう、やめろ。
とどめたくて、制止するように握りこんでしまってから、自分のしてしまったことに、心臓が止まるよう
な気がした。
それなのに手の中で熱く脈打つ進藤に、同じくらい熱くいきりたっているボク自身にボクの心臓は激
しく反応し、握りこむ手に力をこめると、ぎゅっと掴んだ熱がダイレクトに脳髄にまで伝わって、その
瞬間、ボクの熱は制御メーターを一気に振り切って暴発した。
(8)
気付いたら彼もボクと同じように、荒い息をつきながらボクの上で脱力していた。
彼の身体の重みが心地よいと感じた。
荒い息も、汗の匂いも、ボクのだか彼のだかわからないくらいに混ざり合って、不思議に幸せな気分
で、ボクはそっとボクの上にいる彼の背を抱いた。
そっと手に手を重ねられるのを感じ、ゆっくりと目を開いたら、すぐそこに彼の顔があった。
ああ、彼だ。そう思って微笑みかけようと思ったら、手の中にあるものがドクンと震えた。その時初めて
自分が、彼と自分とを握りこんだままだったことを思い出した。慌てて手を離そうとしたら、その上から
添えられてた進藤の手がボクにそれを許さない。
一緒に握りこまれ、羞恥に目をつぶって顔をそらせた。
その様子に小さく笑われたような気がして更にぎゅっと目をつぶると、宥めるように擦りあげられて、
その感覚に身体が震える。彼の手が足を擦るのに何も考えず身を任せていたら、身体の奥の、考え
もしなかった場所に突如指が押し入れられようとした。
それが何を意味するのか、彼が何をしようとしているかわかって、思わず身体が強張るのを感じた。
でも、全てを受け入れよう、そう決めていたから。
キミの指がボクの内部を探り更に奥に進もうとする。気付くと身体が強張り息を止めてしまっている。
その度に無理に空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら身体の力を抜こうとするけれど、考えた事
も無いような場所を探られる感覚にどうしても力が入る。
「あっ、」
彼の指がボクの中のどこかをかすった時に、ビリッとそこから電流が走ったような気がして思わず声
を上げてしまった。そうしたら、それに気付いてボクの中の指がまたそこに戻ってきた。
(9)
これは、何だ。
この感覚は。
やめろ。
壊れる。壊れてしまう。
ボクが、ボクでなくなってしまう。
逃げようともがいてもいつの間にか腰をしっかりと抱え込まれていて、逃げられない。
嫌だ。
やめろ。
やめろ、進藤。
とうとうそう言おうとした時に、自分自身を湿った何かに包まれて、思考が止まる。
見下ろしかけてそれが何かわかって愕然とする。
進藤が。
ボクの、モノを口に。
信じられない。
熱い口の中で進藤の舌がボクを嬲り、更に僕の内部で進藤の指がボクを翻弄する。
やめろ。やめてくれ。
違う。だって、こんなんじゃない。
こんなのは嫌だ。こんな、一方的な、
錯乱する意識のままにボクは急激に追い詰められ上り詰めさせられ、やめろ、と叫ぶより先に目の
裏が白く弾けた。
(10)
もう嫌だ。
こんなのは、ボクが望んでいたのは、こんなのじゃない。
気力を振り絞って彼の身体を押し退けようと腕を伸ばしかけた時、
ボクの中で蠢いていた指が唐突に出てゆき、いきなりのその感覚にボクは思わず目を見開いた。
すると目の前には、追い詰められたような表情の進藤がいて、彼の真剣すぎる目に、ボクは何も
言えなくなる。
追い詰められているのはボクのほうだ。それなのになぜキミがそんな顔をする。そんな目でボク
を見る。
ついさっきまで指で嬲られていたその箇所に、熱く濡れた感触のものが押し付けられる。
拒むことも出来ず目を見開いたまま、彼を見詰めていたら、彼も同じようにボクを見たまま、それ
をぐっと中に押し進めた。
その衝撃にボクは思わずまたぎゅっと目をつぶってしまった。
(11)
進藤が、ボクの中に、入ってくる。
さっきまでとは比べ物にならないほどの熱が、質量が、強引に進入してくる。
奥歯を噛み締めて身体を引き裂こうとする痛みを必死にこらえ、ボクはむしろその痛みに意識を集中
させる。ぎし、と身体が軋む音がする。
力を入れるから痛いんだ。ゆっくりと呼吸して、肩の力を抜いて。
そんな事、わかっていたってできやしない。
そうっと息をしようとした瞬間にぐっと押し込まれてまた息を飲む。
一体、どこまで入ってくるんだろう、と思ったら急に怖くなった。
ただでさえ限界ギリギリぐらいに感じられるのに、これ以上なんて、できるはずが無い。
もう、だめだ。
そう言おうとした時に、今までに無い衝撃を感じて声を出すことも出来ずにぎゅっと硬く目をつぶった。
(12)
ボクの中に進藤がいる。
信じられないと思った。
こんなふうに、誰かを――彼を、受け入れることができるなんて
こんなふうに自分の中に誰かの存在を感じるなんて。
痛くて、苦しくて、身体はこれ以上は無いというほどの苦痛を訴えているのに、けれどそれ以上の充足
感をボクは確かに感じていた。
生物としての存在意義が生殖と遺伝子の保存にあるのならば、こんな結合は何の意味もないのかも
しれないけれど、それでも今ボクの中にいる彼が彼の存在そのものじゃないか?
ボクの中で、進藤が熱く脈打っている。その直接的な響きがボクの脈動とシンクロして、まるで二人で
一つの生き物みたいに感じられた。
いつの間にかシーツを握り締めていた手を離し、すぐ横にある進藤の腕を掴む。
すると彼はボクの上でぶるっと震えた。
目を開けるとすぐ目の前に、本当にすぐそこに進藤の顔があって、目を見開いて彼の顔を見詰めたら、
彼もはっとしたようにボクを見詰め、それからまるで泣き出しそうに顔を歪めて、痛々しいほどの笑みを
向けた。
手を伸ばして彼の頭を引き寄せた。
途端にボクの中の彼がぐん、と動いたような気がした。
構わずそのまま彼を引き寄せ抱きしめるとボクの中の彼は更に膨れ上がり、そしてあっという間にボク
の中で弾けた。
熱い迸りを体内に感じながら、痙攣するように跳ねる身体を抱きとめ、身体全体で進藤を受け止める。
そうして荒い息をつきながらぐったりと倒れこんできた進藤をしっかりと抱きしめる。
射精後の脱力感にボクに全身を預ける進藤を、心底、愛しいと思った。
(13)
そっと、彼の柔らかな髪を撫でていたら、ボクの上で彼がぴくりと動き、彼の身体に緊張が走ったよう
な気がしたから、両手でそっと彼の頭を持ち上げ、顔を覗き込んだ。
どうして、そんな泣きそうな顔をしているんだ?キミは。
大丈夫。辛くなんか無いから。ボクは嬉しいんだから。こうしてキミを感じられて。
そう伝えたくて、彼の頭を引き寄せて、軽く、唇を重ね合わせた。
そうしてゆっくりと彼との口付けに酔っていたら、急にボクの上で彼が動いた。
駄目だ。
彼を引き止めたくてボクは縋りつくように彼の腰を掴む。
まだ、だ。
まだ駄目だ。
出て行くな。まだここにいろ。進藤。
ボクの上にいる、ボクの中にいる彼の戸惑いを感じて、それを打ち消したくてボクは必死に彼の身体
に抱きつく。
違うんだ。
ボクが、キミを欲しいんだ。
もっともっとキミを感じたいんだ。
そうしたらまるでその思いが通じたかのように、ボクの中の進藤がぐっと質量を増した。それに合わ
せたように、ドクン、とボクの心臓が跳ねる。僅かに身を引いた進藤は次にぐっとボクの奥に自身を
突いてきて、その衝撃に思わずぎゅっと目を閉じる。
痛くないといったら、苦しくないと言ったら、嘘だったろう。
ボクと彼との結合部は燃えるように熱く、焼け付くような痛みを感じていた。
(14)
「あああっ…!」
何が何だかわからなくなる。
痛いのに、苦しいのに、それ以上の何かが、ボクをさらっていく。押し流される。
何だかわからない荒い急流に飲み込まれて、身体がバラバラになりそうだ。
助けて。
助けて、進藤。
ひっきりなしに聞こえる、この悲鳴のような声はきっとボクの喉から出ているもので、止めようと思って
も止めることなんか出来ない。
必死に彼にしがみつき、己を保とうとしても、全身を激しく揺さぶられて、体内を強く掻き回されて、ボク
はボクを保つことなんてできない。
気が狂いそうだ。
ボクが、ボクでなくなってしまう。
キミが、ボクを変えてしまう。
こんな、こんなのは知らない。
せめて、せめて一緒に。
ボク一人を追い詰めて追いやってしまわないで。
二人で登りつめる。
一つになる。
(15)
進藤――!
はじける瞬間に、耐え切れずに彼の名を呼んでしまったような気がする。
進藤、進藤、進藤。進藤、ボクは―――
けれどきっと言葉は言葉にはならず、
ボクはそのまま意識を失った。
(16)
気付いた時にはもうボクの中に彼はいなくて、その彼はボクの横で安らかな寝息を立てていた。
抱え込むようにボクの身体に回されていた腕が嬉しいと思った。
このまま彼に寄り添ったまま眠ってしまいたいという誘惑に逆らうのはひどく難儀なことだった。
でも、彼がボクの中に放っていったものを何とかしなければいけないだろうと思って、きっとそのまま
放置しておいたらひどい目に合いそうな気がして、気力を振り絞って必死で身体を起こす。
トイレに行って、それから風呂場に行って身体を洗った。
さめたぬるい湯で全身を洗う。全てを洗い流してしまうのがなんだか悲しいような気がして、一瞬手が
止まってしまったのだけれど、中途半端なのはそれ以上に気持ちが悪くて、結局は全身を全て洗い
清めた。
そうしてしまったら、なんだか何もかもが無くなってしまったような気がして、急に肌寒さを感じてぶるり
と身を震わせた。
さっきまではあんなに熱かったのに。
ボクの内側も外側も、全部彼の熱さで満たされて燃え尽きてしまいそうに感じていたのに。
冷め切ってしまった湯を全身にざばりと浴びせ掛けて浴室を出て、身体を拭く。
そして、脱衣籠に置いておいた浴衣に袖を通して、あ、とボクは声を上げてしまった。
無意識に、ただそこにあったものを羽織ってきただけだったのに。
進藤が着ていた浴衣には進藤の体温と匂いが残ってるような気がして、ボクは思わずしゃがみ込んで
しまった。
(17)
それにしても、腰は重いし、無理をして進藤を受け入れた箇所はズキズキと熱を持っているようだし、
このままじゃとても眠れそうにない。
鎮痛剤を飲んで部屋へ戻ると、そこに、障子越しの月明かりをの中に、静かに眠っている進藤がいた。
後ろ手で襖を閉めて、彼を見つめたまま、そっと近づいていく。
そうして、眠っている彼を起こさないように気をつけながら、かがみこんで彼の顔を眺めた。
口を半開きにして、子供のような顔をして、安らかに眠っている、キミ。
本当にこの子供が、さっきボクを抱いていた男と同じ人間なんだろうか。
なぜ。
なぜ彼はボクを抱いたのだろう。
そうして彼の寝顔を眺めていたら、ふと感じた空気の冷たさにぶるっと身体を振るわせた。
さっき感じた空虚な肌寒さを思い出して、それを打ち消すようにぎゅっと目をつぶる。
(18)
朝が来るのが怖い。
彼が目を覚ましてしまうのが怖い。
日が昇り、朝の光に全てを晒されてしまうのが怖い。
この思いをなんと呼べばいいのかわからない。
きっと、そんなつもりじゃなかった。
彼も、そしてボクも。
それなのに触れてしまったら止まらなくなった。
自分がこれを望んでいたのかどうかさえわからない。
わからない。何もかもが。
自分の気持ちも、彼の気持ちも、これからボク達がどこへ向かっていってしまうのかも。
彼は何も言わなかったし、ボクも何も言わなかった。
何か言葉を発してしまったら、それで何かが壊れてしまうような気がして、ボクたちをあんな行為に駆り
立てていた魔法が解けてしまうような気がして、何も言葉にしなかった。
それでも彼がボクを欲していたのは痛いほどわかったし、同じくらいボクも彼が欲しかったから。
なぜ、なんて言われても、わからない。
(19)
なのにそんなこちらの当惑など知りもせず、太平楽に寝ているキミ。
そんなキミを見ていると、泣き出したいような胸の痛みが更にぎゅっと締め付けられるように感じた。
「進藤……」
震える声が零れ落ちてしまって、はっと口をつぐんだら、
「……ぉや…?」
寝ぼけたような声が返ってきた。
起こしてしまったのだろうかと怯えながら、それでも彼が応えてくれたのが嬉しくて、
「進藤……」
もう一度そっと彼の名をよんだら、そうしたら彼は、目を閉じたまま優しく笑って、まるでそうするのが
自然なことのように、手を伸ばしてボクの身体を引き寄せた。
え、と思う間もなく、そのままボクは彼に抱き寄せられ、気付いたらボクは彼の腕の中にいた。
温かい。
心地の良い温かさだ。
進藤は目覚めた様子も無く、ボクを抱いたまま、先ほどと同じように静かな寝息をたてていた。
その安らかな寝息が、温かな体温が心地よくて、ああ、彼が好きだ、と思った。
「……進藤…………キミが…好きだ…」
思うと同時に、その言葉は自然にボクの口から滑り落ちて、ああ、そうだったのか、と、自分の声を
聞いて、ようやく腑に落ちた。
(20)
なんだ。
こんな簡単なことだったんだ。
キミが、好きだ。進藤。
それだけの事だったんだ。
ふわり、と、心も、身体も、軽くなったように感じた。
キミの腕がボクを掴まえ、キミの温もりに包まれて、ボクは眠りに引き込まれてゆく。
この腕も、この温もりも、夜が明けるまで、朝が来るまではキミはボクのものだ。
そうして朝がきてしまっても、もうボクの気持ちは揺らがない。
もう明日なんか怖くない。
そう思うことができて、ボクはやっと、安心して眠ることができたのだ。
Tomorrow End.
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