怒りの少年王 1 - 5
(1)
「ふ、」
それ―シナリオが届いた瞬間から、封を開ける前から彼は、笑みを抑えきれなかった。
「ふふふふふ、はは、は、は、ふわっはっはっはっはっ!!」
城内に不気味な哄笑が響いた。
―どうだ、見たか、このシナリオを…!
部屋に飾ってある、七夕の日の短冊を飾った額縁に、彼は歩み寄る。
「ふ、ふふっ、くっくっくっ…」
こらえ切れない笑みをこぼしながら、彼はそっとその額縁を撫でた。
額縁の中には、一言。 『華麗に再登場』
長かった。
もう二度と、陽の目をみる事は無いのではないかと、怖れた事もあった。
だが。やっとこの日が訪れたのだ。
―世間はオレを忘れてはいなかった…!
撮影の日の、なんと待ち遠しい事か。
オガタンは早速、カレンダーに大きく花丸をつけ、それからその日までを指折り数える。
そうだ。このまま安穏と日を過ごしてはいけない。
まずは美容院に行って髪を整え、そうだ、当日は何を着ていこう。この際だからメガネも新しいものに新調しようか。
思わず浮かれて懐かしのアニメソングを鼻歌で歌ってしまっているのにも気付かず、オガタンは鏡を覗き込み、手櫛で軽く髪をかきあげ、メガネの位置を直してみる。
「くっ」
―相変わらずの、伊達男ぶりだぜ。
鏡の中の自分を見ながら、彼はそう思いながら、喉の奥で笑った。
「くっくっくっ…」
―何を、恐れることなどあったんだ。そうとも、このオレが、このまま放置されつづけるなどと言う事が、ある筈などなかったのだ!そうだ!『華麗に再登場』!!
これ以上、このオレに似つかわしい言葉があるだろうか…!!
(2)
「遅い!」
少年王は苛つきながら、玄関先でオガタンを待っていた。
「一体、オガタンは何をしているんだ…一緒に行こうと言ったのは彼の方なのに…!」
「怖れながら、王よ、主治医殿にあられては、お召し物をどれになさるかで、いささか迷われていらっしゃるようで…」
命ぜられてオガタンの様子を見て来た小姓がそっと、少年王に告げた。
「もうよい!ボクは先に行くからと、伝えておいてくれたまえ!!ハマグリゴイシの用意を!」
―全く…!今日は私がお送りしますよ…いえ、出番も一緒ですしね、なんて言ってたくせに!
ボクよりも、衣装をの方が大事だって言うのか!?
オガタンの居室には白スーツやら、ワイシャツやら、ネクタイやらが山を成していた。
そして全身の映る姿身の前で、オガタンは眉を顰めながら、二本のネクタイを交互に胸に当ててみていた。どうも気に入らない。
久しぶりの出演なのだ。衣装もばっちり決めていかなければならない。
まず最初にオガタンは、夏らしく麻のスーツでも、と引っ張り出して着てみた。だが作中ではまだ冬であった事を思い出して、そのダンディなスーツはあきらめる事にした。
ワードローブ一杯の白スーツを眺めながら、今日はどれにしたものかと考える。
スーツを着るのはあまりにも久しぶりなので―城内では主治医として白衣を着るのが基本なので―どれを選ぶべきか目移りしてしまって決められない。
「も、申し訳ございませんが、オガタンさま…」
やっと小姓の声が届いて、オガタンは振り返る。
「どうだ?この組み合わせは?しかし、これではやはりネクタイの色が合わんかな?」
「アキラ王が、もうお待ちになれないという事で、先に出発してしまわれまして…」
(3)
「なに!?」
オガタンは慌てて時計を見た。予定の時刻を大幅に上回っている事に、その時初めて気づいて、オガタンは蒼ざめた。あの癇癪持ちの少年王を待たせて、その上先に行かせてしまうとは…オレともあろうものが、何と言う大失態だ。
すぐに出かけなければ、そう思って鏡をもう一度見る。
だがやはり、この組み合わせは気に入らない。
「あーっ、時間がないっ!!」
そう叫びながらオガタンはネクタイを外し、シャツを脱ぎ、もう一度別のシャツを着込む。
それから少なくとも3度は着替えてからやっと今日の衣装を決定し、メイクボックスを引っ掴んで、慌てて愛車RX-7の置いてあるガレージへと走っていった。
このハンドルの握り心地でさえ、久しぶりだ。
制限速度を大幅に越えながら、オガタンはまた鼻歌交じりに撮影所への道を愛車を走らせた。
だが、車の性能も、運転技術も伊達ではない。相当遅くに城を出たにも関わらず、撮影所へはそれほど遅刻せずに済みそうだ。
撮影所前で急ブレーキをかけて回り込み、華麗に車をストップさせた。
―ふっ、大物は遅れて登場というしな。待つのはオレの性分ではない。むしろ待たせてやらねばなるまい。
そう思い、内心の動揺を押し隠して、オガタンは悠然と車を降りた。
(4)
「カーット!」
スタジオ内に声が響いた。
「OK、OK!良かったよ!塔矢君、それに緒方さんも。
いやあ、久しぶりだから、こっちもちょっと不安だったんだけどねえ。」
―ふっ、何を当たり前の事を言っているんだ。このオレが失敗などする筈がないだろう?
と内心では思いながら、「いえいえ、私も少し緊張しましたが…」等と当り障りのない答えを返した。そして、少年王の方を振り返って、言った。
「さあ、撮影も無事済んだ事だし、どうする、アキラくん。寿司でも食っていくか?」
オガタンがそう声をかけたにも関わらず、アキラ王はきょろきょろとあたりを見回している。
またレッドか。そう思ってオガタンはムッとした。
「どうしたんだ、アキラくん。誰か探してるのか?」
と皮肉っぽい声で言ってやった。
「いえっ!別に、レッドなんか探してるわけじゃありませんっ!」
ぷん、と拗ねたようにアキラ王が横を向いた。いつもならレッドの名を出されるとつい嫉妬に声を荒げてしまうオガタンだったが、なにぶん、今日は機嫌がいい。
「ハハ、進藤はきっと別のスタジオで撮影なんだろう。残念だったな、一緒じゃなくて。
さ、送っていくから、帰ろう。」
が、アキラ王はオガタンを小さく睨んで言った。
「何、言ってるんですか。ボクは馬で来たんだから、帰りもハマグリゴイシで帰りますよ。
緒方さんはお一人で愛車でお帰りになればいいでしょう?」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
「いや、今朝は悪かったよ、アキラくん。オレも久しぶりだったものでつい…」
「いいんですよ。気になんかしてません。ボクはゆっくり遠乗りでもしながら帰りますから!」
そう言ってアキラ王はつん、と横を向いてスタスタと歩いてスタジオを出て行ってしまって、オガタンは一人そこに取り残されてしまった。
「ハハハ、振られちゃったねえ、緒方さん。どう、未成年もいない事だし、一杯行かない?」
このまま一人で帰るのもつまらないような気がして、オガタンはスタッフ達の誘いに承諾した。
(5)
アキラ王が久しぶりに紙面に登場する雑誌の発売日が待ち遠しくて、城中、いや国中が浮かれた気分だった。
いつもならうんざりするような書類の山にも、アキラ王は機嫌よく目を通し、決裁を進めていった。そこに、明るい声が響いて、アキラ王は景色満面にその声の方を振り向いた。
「よお、アキラ、いるか!?」
元気な声を響かせて城に入ってきた少年を見て、オガタンは軽く眉を顰めた。
敬愛するアキラ王の寵愛を一身に受け、あまつさえ少年王の名を呼び捨てにするこの少年を、彼がこころよく思うはずが無かった。
「レッド!よく来てくれたね。嬉しいよ。早速あっちで…」
席を立ち、奥部屋へ行こうとしたアキラ王を、オガタンが引きとめた。
「怖れながら、我が王よ、王は未だ公務の残る身。お気持ちはわかりますが、いま少しこちらの書類に目をお通しになって…」
アキラ王は不満そうな顔でオガタンを、そしてまだ随分と残っている書類を見た。
そして、すがるような目で、レッドを見る。
「おいおい、アキラ、オレは待ってるからさ、ちゃんと仕事してからにしろよ。」
「レッド…」
「オレの為に王国の仕事なげた、なんて言われちゃいけないよ。
たいした時間じゃないだろ?待ってるからさ。」
「ああ、レッド、キミはなんて高潔で素晴らしい魂の持ち主なんだろう!」
アキラ王は思わずレッドに抱きついて、頬にキスした。
「そうだね。ボクもキミに不名誉な噂を許すわけには行かない。ボクが悪かったよ。
すぐに、仕事を済ませていくから、待ってておくれ。」
そう言って、アキラ王はくるりと向き直ると、目にもとまらない速さで書類の束をめくり、目を通し始めた。そして鋭い質問を矢継ぎ早に浴びせ掛ける。
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