Trap 11 - 15
(11)
『…イヤだ…』
心臓の音がやけに大きく感じられる。血の気が引いていくのが分かる。
こんなの冗談じゃない。
映画やドキュメンタリーで見たような、こんなの現実であっていいはずがない。
男は小瓶のフタを開け、中の液体を注射器に吸い込ませる作業をしている。
今までに得た知識達が、アキラに警告を発する。
きっとアレは大変なモノだ。危険なモノなんだよ、と。
アキラの思考が冷静さを失い始めた。
冷たくなっていく指先。ガクガクと震え始める身体。
――こわい、恐い、怖い!!!
「うわぁっっっ!!」
突然、アキラが叫んで、暴れ始めた。
驚いた男達がアキラの身体を押さえつけようとするが、アキラの必死の抵抗に、
なかなか思うようにいかない。
力任せに暴れるアキラ。
けれど、長く続くかと思われた格闘に終止符を打ったのは、
「…進藤ヒカル」
突然、聞こえた男の低い声だった。
(12)
――アキラの動きが止まる。弾かれたように顔を上げた。
リーダーの男の口から漏れたのは思いもよらぬ名前だった。
驚きに目を見張るアキラに男は続けた。
「キミとは随分と仲のいい友達だそうじゃないか。キミがいうことをきいてくれないなら、
その子に同じことをしてあげてもいいんだよ」
「――」
アキラは絶句した。
まさか、進藤のことまで知られているなんて……。
ただの脅しであるという保証はない。もし進藤の身に何かあったら――。
胸がキリキリと痛む。
進藤とはケンカばかりしていたのに、何故か思い出されるのは彼の笑顔だけ。
無邪気な…まるで向日葵のように笑うヒカル。
その笑顔を壊すようなことがあってはならなかった。
アキラは覚悟を決めた。
「――分かった。もうボクは抵抗しない。だから、だから進藤には手を出さないでくれ!」
アキラの悲痛な懇願に、
「…それでいい」
リーダーの男は無表情に応えると、アキラの腕を押さえるよう指示を出した。
アキラは抵抗することなく、瞼を下ろす。
閉ざされた視界の中でも、ヒカルの笑顔が消えることはなかった。
この悪夢が終わったら、誰よりも真っ先に彼に会いたい、と思った。
ふいに、チクッとした鋭い痛みを左腕に感じて、アキラは眉を寄せた。
針の冷たい先端が、肌に突き刺さっている。そこからジワジワと『何か』が侵食してくる感触。
「……っ」
ぞくり。寒気とも暖気ともつかない奇妙なモノが這っていくようなおぞましさに身震いをする。
――ほどなくして、アキラの呼吸が乱れ始めた。
はぁはぁと大きく息をしなければ苦しい気がして、口を開いた。やけに喉が渇く。
身体が微熱を帯びて、頭がぼうっとしてきた。
「…クスリが効いてきたみたいだな」
男の声がしたようだったが、アキラには僅かにしか聞き取れなかった。
意識が混沌とし始める。
深い深い闇の底へ、まるで底なし沼に足を囚われてしまったかのように沈下していく。
引きずり込まれていく世界は光のない深淵のようで、どこか自分の心に似ているような気がした。
「快楽を与えてやれ。痛みなんて忘れてしまうくらいにな」
ぐったりと力を無くしたようにうなだれるアキラ。命令を下す男の声。
だが、もうそれはアキラの耳に届いてはいなかった。
(13)
――そこは暗闇だった。何もない世界に、アキラは一人で立っていた。
けれど、怖いとは思わなかった。
孤独は平気だ。今までだって、誰といても、自分は独りだと感じていたから。
幼い頃から、優れた碁打ちになるために、必死に頑張ってきた。
父に認めて欲しくて、父のような人になりたくて、どんな時もただひたすらに碁を打ってきた。
そして気がつけば――ボクは独りになっていた。
仲良くしようとしてくれる人達はいたけれど、表面で笑顔を交わすだけ。
誰もボクの心に触れることは出来なかった。
でも、そんなこと気にならなかった。
気にする必要もない。ボクは碁を打っていればいいんだ。寂しいなんて感じることもなく――。
「…?」
ふと、足元に光を感じて、アキラは顔を上げた。
目の前に彼が立っていた。
ぼんやりとした白い光に包まれるように、たたずむ人物を、アキラはよく知っていた。
そう、彼に出会うまで、ボクの中には漠然とした物足りなさがあった。
まるで欠けた月のように満たされない心。
ボクがずっと探し求めていた存在が、ある日、突然、目の前に現れたのだ。
「…進藤ヒカル…」
アキラはその輝きに手を伸ばす。と、その手をヒカルの方から掴まえられた。
…ああ…この手だ……。この指から放たれた一手がボクの心に触れた――。
今、自分の手を捉えているヒカルに、そっと指を絡ませる。
(…ボクはこの感情の名前を知らない…)
胸が切なくて、相手から目が離せない。
名前なんて必要ないのかもしれない。理屈では計り知れないものがこの胸の中にある。
――声もなく見つめあう二人。ふいにヒカルがアキラに顔を近づけた。
「……」
何をされるのか分かっていて、アキラは瞳を閉じる。きっと、それは自分が待ち望んでいたことだから。
ヒカルの唇がアキラのそれに重なった。
誘い込むように薄く開いたアキラの唇を割って入ってくるヒカルの舌。
口腔を舐めまわしてくる。流れ込む唾液はまるでアルコールを含んでいるように酔わせてくれる。
――いつのまにか横たえられていた身体。それとも最初から、こうだっただろうか。
アキラは茫洋とした意識の中、思考をさまよわせながら、けれど…そんなことはどうでもいい気がして、
「…進…藤…」
もう何も考えずに身を委ねてみる。今はただ甘い陶酔に浸っていたかった――。
(14)
……倉庫の薄暗い明かりの下、アキラの裸体に群がる男達。
身体の至るところを這い回る手と舌に、アキラはうっとりした表情を浮かべている。
胸の突起を舐められ、その先端を軽く噛まれると、
「あっ…ん…」
上擦った声と共に微熱がかった吐息が漏れる。
その唇からは飲み込みきれない涎があふれ、口の端を伝い、喉元まで流れて落ちていた。
アキラの開かれた足の間のモノは快楽を待ちわびるかのように、ピクピクと震え、淫液を滴らせている。
まだ触れられてもいないのに勃起しかけているソレを、男が手で更に持ち上げると、
下にある陰嚢がハッキリと姿を現した。男はそこに唇を寄せた。ゆっくりと口に含む。
「…アアッ!」
アキラから声が放たれた。
陰茎を手で扱かれながら、袋状の肉塊を舌で愛撫され、男の唇がもみしだくたびに、
「…ひっ…う…ああっ…」
アキラは情けない悲鳴にも似た声で啜り泣く。
その間にも乳首への攻めは続いていた。
上気してピンクに染まったアキラの頬に自分のペニスを擦りつける男がいる。
熱い吐息がかかる度にイきそうになるのを堪えていたが、ついに我慢できなくなったらしく、
アキラの顔面に白濁の精液を吐き散らした。
乱れた黒髪にまでかかったザーメンが、淫猥さを煽り、更なる興奮をもたらす。
眉間に皺を寄せて、閉じられたままの瞳が何を見ているのか、男達には知る由もない。
(15)
――アキラは幸せだった。
進藤が自分を求めてくれている。
ボクの好きな人が、ボクを好きでいてくれる。
世の中にはどんなに願っても叶わないことがあることを知っている、だから。
「…進藤…」
寂しくないなんて嘘だ。本当は認めたくなかっただけ。
キミはボクの闇を照らし出す光。ボクが隠していた心<モノ>を次々に暴いていく。
それは、とても怖くて気持ちのいいこと。
嬌声を上げる。堪えきれない。身体が打ち震える。
「…もっと…もっとして…」
もっと触れて欲しい。酷くされてもいい。
「…早く挿れて…」
一つになりたい。繋がりたい。もう自分は独りじゃないんだって分かるように――。
そして。
「…!…ッアアアア!!」
挿入の瞬間、ひときわ大きく声が上がった。
「…し…んど…進…藤…進藤…!!!」
泣き叫ぶように、その名を繰り返すアキラ。
身体を揺さぶられ、熱い白濁を注ぎ込まれる。
何人もの男達に貫かれ、その度にアキラは歓喜の涙を流した。
夢と現実の狭間で、幻の思い人に抱かれ続けながら……。
|