夏祭り 13 - 15
(13)
「麻奈ちゃん、そっちは危ないよ」
アキラが手を伸ばすと、道路を横切ろうとした麻奈は素直に戻ってきてアキラの白い手を
取った。闇に浮かび上がる膝丈のズボンから覗く脛までが白く、俺はまたムラムラとしかける。
当然のことながら、麻奈はアキラが気に入ったようだった。当たり前だ。アキラの美しさや
可愛らしさは大抵の人間に好意的に受け入れられるタイプのものだった。
アキラは俺が以前着ていた甚平を着ている。外はまだ蒸し暑く、熱中症になりかけたアキラ
がジーンズを履くことを、母親が許さなかったのだ。
「麻奈ねえ、ラムネはじめてのんだよ。あのカラカラってとれないのかなあ?」
イカ焼きをぱくつきながら、麻奈はラムネのビンに入っていたビー玉のことを訴える。ビンを
割ってでも取り出そうとしていた麻奈を二人がかりで止めたときは、もっとぐずられるかと
思ったが、アキラはこう見えて子供の扱いに慣れているようだった。
「取れないと思うよ。…ねえ尚志さん?」
「取れないだろうな。……アキラたんも何か食べる? フランクフルトは?」
「いえ」
「じゃあチョコバナナは?」
「あ、食べてみたいです」
「麻奈もー」
すかさず手を上げる麻奈に舌打ちしながらも、俺はチョコバナナを2本買った。
麻奈に手渡して、次にアキラの口元にチョコバナナを持って行く。
(14)
「尚志さん?」
「――このまま食べてよ」
俺のはバナナほど貧相なものではないと自負しているが、アキラは角度やらなにやらで察した
ようだった。夜目でも判るほど赤くなった頬で、それでも嫌がらずに俺のバナナを口に頬張る。
口の中のバナナを何度かスライドさせているうちに、我慢できなくなったらしいアキラの
白い歯がチョコレートを齧り、バナナを噛み砕いたあたりでは俺の股間も痛んだ気がしたが、
なんともいやらしいアキラの所作にそれも忘れて見入ってしまった。
「も…いいです」
半分ほどバナナを胃の中に収めたアキラは、恥じらいに目元を染めて俯く。その残りを食べて
いると、いつの間にかアキラもまた俺の口元を凝視していた。俺が妄想したように、アキラも
いつかの出来事を思い出しているのかもしれない。ただ、アキラのもこれほど貧弱ではない。
これは俺の口の感覚ではっきりと断言できることだ。
「そんなので遊んでいないで、早く食べてしまってください」
早口に命じられて、俺は凍ったバナナをガリガリ噛んだ。
やっぱり股間でも痛くなったのか、アキラは可愛い顔をしかめてそっぽを向く。
そしてそのまま肩口の匂いを確かめるように息を吸い込んだ。
「樟脳臭い?」
「いいえ。…尚志さんのうちの優しい匂いです」
アキラはそう言って微笑んだ。
(15)
「――尚志さん、さっき聞こえてきたんですけど、天城越えっていう歌があるでしょう?」
「カラオケでおばさんが歌ってた?」
唐突な話題転換だが相槌を打つと、アキラが頷く。切れ長の澄んだ瞳はもう笑みを浮かべて
おらず、俺はアキラの可憐な唇からどんな言葉が飛び出してくるのかと身構えた。
アキラは割と物事をズバズバ口にする子なのだ。
「ボク、あの歌の意味が今日はじめて解った気がします。今日外で麻奈ちゃんを見ようと
思ってずっと待ってて……、気がついたら尚志さんの後をつけて歩いていて。外で
待っているときもどんどんイヤなことを考えてしまって、もし、麻奈ちゃんがボクの危惧
どおりだったら、アナタを殺してしまうかもって思ったんです。
もちろん本気じゃないけど、本当に何をするかわからないかもしれないって」
自分でもどうしてあんなに動揺したのか判らない。アキラは道端にしゃがみこむと、膝を
抱えた。何を思ったか、麻奈まで同じように座る。
「貴方を殺したりしたら、もう逢えないのに。貴方を失うことがなによりも怖いことの
はずなのに、ボクは咄嗟にそうするかもしれない自分が理解できたんだ……!」
小さく叫んだアキラの身体は小刻みに震えていた。その震えが肌で判るほど近くにいて、
俺の身体も震えていた。しかしそれは恐怖の震えではなく、歓喜に身体が揺れていたのだ。
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