座敷牢中夢地獄 14 - 15
(14)
「互先でお父さんとこれだけ打てるなんて凄い」
アキラの声に意識を引き戻された。
「・・・負けちゃったけどね」
「いえ、凄いです」
あの澄明な目がしっかりと俺を見据え、俺を肯定してくれる。
そうすると薄暗く塞いでいた胸の内が、少しずつ晴れていくような気がする。
「ありがとう。・・・キミのお父さん、強いね」
「!はいっ」
俺が父親のことを誉めるや、それまでとは比べ物にならないくらい弾んだ声で
嬉しそうに答える。
それを見るとたちまちまた胸の内に暗雲が差す。
「アキラ、お話なら後にしなさい。夕飯が冷めてしまう」
「はい」
立ち上がりながら、アキラが俺の耳元に顔を寄せて囁く。
軽い吐息が温かく耳に触れる。
「お父さんも久しぶりに強い人と打てて嬉しいと思います。ボクのせいで最近ちっとも、
他の人と碁を打っていないから・・・」
俺が見つめると、ちょっと寂しそうな顔をした後でアキラはまたニコッと笑った。
アキラの療養のため東京を離れたという先生の言葉が頭をよぎった。
(15)
あれは神話の話だったろうか。
黄泉の国の飲食物を口にした者はその世界の住人となってしまい、
もはや現世へ戻ることは叶わないのだという。
食卓で先生と俺が向かい合って座ると、アキラは迷わず自分の箸と茶碗を先生の席の
隣に配した。
湯気の立つ白い米飯をアキラがよそい、酒を先生がトクトクと俺の盃に注ぐ。
「今日は世話になったね。まあくつろいでくれたまえ」
先生は上機嫌に見えた。
どこを旅行して回ったのかとか、普段はどんな仕事をしているのかとか、
同居人はいるのか、またこの家へ来る前に最後に人に会ったのは何時頃どこで。など
かなり色々なことを根掘り葉掘り訊かれた気がするが、それらの問いにいちいち何と
答えたのかよく覚えていない。
アキラは先生と俺の会話を聞いているのかいないのか、時折思い出したように相槌を
打ちながら、自分の速度で箸を進めていた。
――そう言えば昔からゆっくり物を食べる子だった。
俺が若い時分は先生の家でよく夫人の手料理を振舞われたものだが、そんな時も
幼いアキラは俺や先生の三分の一にも満たない量の食事を俺や先生の倍以上の時間を
かけて漸く平らげるのが常だった。
・・・・・・
いただきますとご馳走様は家族揃って言うことと定められていた塔矢家では、
先生もアキラに合わせてどんなに忙しい時も食べ終わるまで一緒にいる習慣だった。
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