座敷牢中夢地獄 16 - 17


(16)
「お父さん、お代わりは?」
「ああ。頼む」
空になった茶碗を先生がひょいと横に渡し、アキラがそれを受け取って飯櫃から
飯をよそう。
「はい」
「ありがとう。・・・ああ、じっとしていなさい」
「え?」
茶碗を受け取りながら先生がアキラの手を捉え、手首のほうへ指を伸ばす。
アキラの袖口に、飯をよそう時に付けてしまったのだろう白い飯粒があった。
アキラはそれに気づくと「あ、」と少しばかり極まりの悪そうな顔をしたが、
先生がそれを取り黙って自らの口に運ぶのを見ると嬉しそうに微笑んで、
またゆっくりな食事を再開した。
「・・・・・・」
目の前で行われたやりとりに、また心が不穏にざわつく。
何かがとても奇妙だ。
ここに来てからアキラを甘やかしすぎたと先生は言っていたが、確かに現実世界において
この父子の間に流れていた一種の緊張感のような雰囲気が、この夢の中の父子には見られ
なかった。
その代わりひたすらに甘く親密で、安らぎに満ちた空気だけがある。
ふと、アキラが幼い頃のこの父子の雰囲気はこんな感じだったと思い出した。


(17)
「もっとどんどん飲むといい。さあ、早く空けて」
「いや、俺はもう」
いつになく強く酒を勧めてくる先生に、俺は口を押さえて首を振った。
元来日本酒はあまり得意ではない上に、強い酒と見えてかなり酔いがまわり始めていた。
夕飯は一段落し、卓の上には酒と酒肴ばかりが並んでいる。
酒肴に新鮮な魚介類が多いのは、海の近くという土地柄ならではだろう。
海。
海。
そう言えば出掛けに女将が何か言っていたな。
こんな――こんな日には、海の底から色々なものが這い出てきて人を迷わすのだと。
じゃあこの肴の中にも、海で獲れたオバケが混じっているかもしれないな。
だがこんな刺身やら塩焼きやらになってしまっては、どうせどんな悪さも出来やしない。
だからこれはこの美味な肴は安全だ。危険なのは生きている化け物だけだ。
いや、そもそも化け物は生きたり死んだりなんてするものなのか?
ああそうだアキラくん、キミ海で何を探してたんだ?
化け物を海の底から引きずり出そうっていうのかい?
せっかく沈んでいるものを。

「ははは、どうも私の酌では酒が進まないらしい。アキラ、緒方くんにお酌してあげなさい」
「・・・はい」
アキラの声まで朦朧として聞こえる。駄目だ、もうこれ以上は。
だがアキラの優しい気配が俺の隣に移ってきて、トクトクと盃に酒を注ぎ、
「無理しないでくださいね。辛かったらもう、いいですから」
と気遣うように囁くと、忘れかけていた意地が甦り限界と思っていた臓腑へと
一気にとどめの一献を流し込ませた。
視界が暗転した。



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