夏祭り 16 - 18
(16)
「…まあ、大丈夫だから」
コホンと咳を一つして、俺は立ち上がる。アキラも麻奈も立ち上がった。
「尚志さん…」
「麻奈を見てわかっただろ? 俺のことをこんなに愛してくれるアキラたんが傍にいるのに、
どうやったら俺が他の人を好きになったりできるんだよ。俺こそ離れている間中、アキラ
たんが他のヤツに悪いことされてないかずっと気になってるんだから」
「そんな人、いません」
アキラは即答したが、それこそ嘘をついているに違いない。アキラの父親は大層な有名人
らしいが、アキラを手に入れる為には父親に睨まれることくらい何でもない男や女は
いくらでもいるだろう。ましてやアキラが兄のように慕っている二人の男も怪しいと
俺は踏んでいるのだ。
「本当かなあ…」
「本当ですってば!」
すっかり懐いてしまった麻奈と手を繋ぎながら、アキラは真っ赤な顔で反論してくる。
麻奈が聞いてようがいまいが一向に構わないらしい。
「ボクが好きなのは尚志さんだけなんですからね!」
一生懸命反論するアキラだが、俺は思わず笑ってしまった。
だからそれは俺も同じなんだってば、アキラたん。判ってるのかなアキラたん。
「帰ろうか。麻奈、もう腹いっぱいだろう?」
「うん」
(17)
「尚志さん、さっきアキラ…って呼んでくれました?」
アキラが倒れる間際に叫んだことを、アキラは覚えていたらしい。肩を抱き寄せて頷くと、
アキラは俺に凭れてきた。甘えるように額を俺の胸に擦りつけたあと、両手で胸を押さえる。
「たまに呼んでくれますよね。すごく……ものすごくドキドキしました。…麻奈ちゃん!」
麻奈は俺だけじゃなくアキラからもいろいろと買ってもらっていた。いつの間にか背中に
つけていたたまちゃんのお面をかぶると、『まえがみえない〜』と笑いながらふらふらと
歩き出した。アキラはあっさりと俺の腕の中から抜け出して慌てて追いかけていく。
「アキラたん。もう遅いし、今日は俺の家に泊まってく?」
麻奈の捕獲に成功したアキラは目をキラキラさせて振り向いたが、次の瞬間には寂しげな
微笑を浮かべ首を横に振った。
「流石にそこまではご迷惑をかけられませんよ」
迷惑だなんて、そんな他人行儀な。俺は呆れてしまった。いずれは家族になるのに、今更
何を言っているのだろうと。
「俺と一緒に寝ればいいじゃないか」
「一緒に眠って…って、熟睡できる自信がありません。――今日は我慢できない。
貴方が欲しくなってしまう」
クーラーがある分、実家の部屋はアパートよりも随分と快適な空間だった。クーラーをガ
ンガン効かせた部屋でアキラに触れて眠ることに夢を見ていた俺は、アキラの若い性欲に
打ちのめされる。
(18)
「尚志さんのことが好きで好きでたまらないことを自覚したら、ものすごく――」
「やっぱり俺もアパートに帰ろうっと」
俺はアキラの言葉を遮って決意した。
就職の相談なんて、また今度でいいと思う。卒業までにあと1年半はあるし、何よりも今は
即物的な刺激を求める息子とアキラを落ち着かせることのほうが大事だ。
「そんな可愛いこと言われたら、一晩中ドキドキさせたくなるじゃないか」
そうだろう俺。
そうだろう世間の恋人たちよ。
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