Kids are all right. 16 - 20


(16)
 ヒカルは屈託のない笑顔で話すアキラと、緒方を交互に見ながら、複雑な表情を
浮かべました。
「オレもプリンだいすきだぜぇ……。でもよぉ、そのプリン、オレがくっちゃったら
おじさんは……」
 緒方はヒカルの再びの「おじさん」発言に僅かに引きつった表情で「ハハハ!」と笑うと、
ヒカルの頭を軽くポンポンと撫でてやりました。
「アキラ君と遊んでくれたお礼だよ。小さい子が遠慮することなんかないさ。
実はプリンだけじゃなくて、バナナも持ってきているんでね。おじさんはそれを
食べるから、2人は心置きなくプリンを食べるといい」
 「オレ」と言うはずのところを反射的に「おじさん」と言ってしまった自分に
自己嫌悪を覚えつつ、緒方はトートバッグの中から2本のプラスチックスプーンを
取り出し、ベンチに並べた2つのプリンの容器の上に置きました。
ヒカルは心の底から嬉しそうに笑うと、大きな声で緒方に礼を言いました。
「おじさん、ありがとうっ!!すっげー、うまそーなプリンだなぁっ!!」
 ヒカルの三度の、しかも周囲に響き渡るような大声での「おじさん」発言に、
危うく血管がブチ切れそうになりつつも、緒方は穏やかに笑いながら2人のために、
持ってきた麦茶をコップに注いでやりました。


(17)
 アキラとヒカルは仲良く並んでベンチに腰掛け、幸せそうにプリンを食べ始めました。
2人のプリンの食べ方は実に対照的でした。
アキラは行儀よくスプーンでプリンをすくって、一口ずつ味わうように食べる一方で、
ヒカルはプリンの容器を口に付けて、スプーンでかき込むように食べるのです。
そんな好対照をなす2人ですが、幸せそうな笑顔は共通しています。
 その横で、緒方はバナナを潰れんばかりの力強さで握りしめながら、ひとり物思いに
耽っていました。
(このヒカル君という子、オレを三度も「おじさん」呼ばわりするとは、
命知らずな小僧とでも言うべきか……。フッ、子供相手に何を熱くなっているんだ、
オレは……。まあいい。この子が大きくなって、今のオレのように「おじさん」
呼ばわりされる頃には、オレは囲碁界を背負って立つ最強のトップ棋士、
タイトルホルダー緒方精次様になっているであろうことなど、この坊やには知る由も
ないことだな……ハハハ!!)


(18)
 ふと、アキラはヒカルがプリンを食べる様子をじっと見つめて言いました。
「ねぇねぇ、ヒカルくぅん、おくちのまわりにプリンがいっぱいついてるよぉ」
 ヒカルは「そぉかぁ?」と言いながら、プリンの容器から口を離しました。
「ふかないのぉ、ヒカルくん?」
 黄色いプリンと、焦げ茶色のカラメルソースがヒカルの口の周りにたっぷりと
付いています。
「こんなのいちいちふいてらんねぇよぉっ!」
 ヒカルがそう答えると、アキラは楽しそうにヒカルの顔を至近距離で覗き込み、
突然ヒカルの口の周りをペロッと舐めました。
 ヒカルは一瞬びっくりした様子で、大きな目を更に大きくしてアキラを見つめました。
「ほらっ、これできれいになったでしょっ!!」
 屈託のない表情でアキラがそう言うと、ヒカルも思わずクスッと笑いました。
「へへっ、そーだなぁっ!オマエっておもしれーやつだなぁ!!」
 2人は楽しそうに笑いながら、残りのプリンを食べました。
「ふうっ、ごちそうさまでしたっ!!」
 2人が満足そうに声を揃えて言いました。
物思いに耽っていた緒方は、その声に驚いて「うわぁっ!!」と叫ぶと、
手の中で潰れかけたバナナを慌てた弾みで皮ごと食べてしまいました。
アキラとヒカルはその様子を見て、愉快そうに笑うのでした。


(19)
 2人が麦茶を飲み終えた頃、ヒカルの母親が長かった買い物を終え、
大きなスーパーのビニール袋を下げて、ようやく公園に戻ってきました。
母親は緒方に向かって深々と頭を下げると、ヒカルの頭をぐっと押さえて
頭を下げさせました。
「今日は本当にありがとうございました。なんだかプリンまでご馳走になって
しまって……、申し訳ありません。スーパーで隣町の知り合いにばったり会って
しまって、ついつい話し込んでしまったものですから……」
 緒方は穏やかに笑いながら、やんわりと母親の長話を制するように言いました。
「いえいえ、こちらこそヒカル君と一緒に遊んでもらえて、とても楽しい思いが
できましたから……なぁ、アキラ君?」
 緒方の問いかけに、アキラは嬉しそうに答えました。
「うんっ!!ヒカルくん、きょうはいっぱいあそんでくれてありがとうっ!!」
 ヒカルは照れくさそうにしながらも、笑顔で言いました。
「オレもアキラとあそべてすっげーたのしかったっ!!プリンありがとうなっ!!」
 母親は再び礼を言ってぺこりと頭を下げると、ヒカルを連れて帰っていきました。
アキラもヒカルも、互いの姿が見えなくなるまで何度も何度も手を振りました。


(20)
 気がつくと、公園にはもうアキラと緒方しか残っていませんでした。
空は鮮やかな夕日に彩られ、涼しい風がアキラと緒方の間を吹き抜けます。
「そろそろ帰ろうか、アキラ君?」
 緒方は綺麗に空になったプリンの容器とスプーンをビニール袋に入れ、
魔法瓶を片付けると、それらを紺色のトートバッグに入れました。
「うんっ!きょうはヒカルくんにあえて、すごぉくたのしかったなぁっ!!」
 そう言うと、すっかり乾いたおかっぱの髪をさらさらと風になびかせながら、
アキラはヒカルが帰っていった方向を向いて、少し淋しそうな表情をしました。
「ヒカルくん、またあえるかなぁ?」
 ぽつりとそう呟くアキラの頭を軽くポンポンと撫でてやりながら、緒方は
優しく言いました。
「そうだね。またきっとどこかで会えるさ」
 緒方の言葉に嬉しそうに頷くと、アキラは緒方と手を繋いで、公園に来た
ときのように力強くその手をぶんぶん振りながら、家路を辿りました。



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