Kids are all right. 6 - 10


(6)
「少し先といっても、アキラ君には結構な距離だぞ。途中でもう歩けない
なんて言わないかな?」
 アキラがぶんぶんと勢いよく振る手に、更に勢いを加えてやりながら、
緒方は確認するように尋ねました。
「だいじょうぶだよ、ボク!だって、つかれちゃったらプリンをたべれば、
またげんきになるんだもんっ!!」
 緒方は「ハハハ!」と笑うと、アキラに見えるよう、わざとトートバッグを
大きく揺らして言いました。
「そうだな。アキラ君はプリンを食べると元気百倍になるんだったな」
 それを聞くと、アキラは得意満面で大きく「うんっ!!」と頷き、
繋いでいる緒方の手を引っ張りました。
「はやくぅ、ねぇはやくぅっ!おがたくん、ゆっくりあるいてちゃだめだよぉ!!」


(7)
 大きな噴水のある公園に着く頃には、気温はもう30度に近付いていたの
かもしれません。
公園で遊んでいる子供達の多くは、半袖やランニング姿です。
噴水の中で裸になって遊んでいる子供もいます。
 アキラと緒方は木陰のベンチに座り、持ってきた麦茶を飲みながら、
その様子を眺めていました。
初めての公園で、見知った子供もいないせいでしょうか、アキラはなんとなく
遊んでいる子供達の中に入るのを躊躇しているようです。
そもそも生活が囲碁中心のせいか、アキラの周りには緒方を始めとする
大人は沢山いますが、同年代の遊び友達がいません。
「ボク、ふんすいのなかであそんでみたいなぁ……」
 そんなアキラの状況をよく知っている緒方は、ぽつりとそう呟くアキラを
複雑な気持ちで見つめました。
 そこへ、遊んでいる子供の母親らしき女性が近付いて来ました。
何かこちらに言いたそうですが、なんとなく言い出しにくそうな様子の
その女性に、緒方が声をかけました。
「あの……、どうかなさいましたか?」
 女性は驚いて少し頬を赤らめると、声をかけてもらえたことを素直に
喜びつつも、はにかみながら言いました。
「いえ……、あの…、大人しくて可愛らしい坊やですね。あんまり大人しいから、
最初お嬢ちゃんかと……あら、ごめんなさいね。それに、お父さんが公園に
連れていらっしゃるなんて、ホント、感心してしまいますわ……」
 緒方はアキラの父親と間違えられたことに軽い目眩を覚えながらも、
事実を説明する煩雑さを考え、敢えてそれを否定せず穏やかに微笑みました。
「ありがとうございます。ところで、お子さんはどこで遊んでいるんです?」
 そう言って、緒方は遊んでいる子供達の方に視線を向けました。
「ええ〜っと……、ああ、あそこです。噴水の中で走り回ってる子。
まあっ、あの子ったら随分日焼けして……。まだ4月だっていうのに……。
もう、あの子は元気がよすぎて、私も困ってるんですよ」


(8)
 そう言うと、女性は思い出したようにパンと手を叩き、緒方に向き直りました。
「そうそう!あの……、これから私ちょっと近くのスーパーで買い物を済ませ
たいんです。今日、特売日なんですよ。……それで、買い物に行っている間、
あの子のこと見ていていただけませんか?」
 女性の申し出を緒方が快く承諾すると、彼女は噴水の方へ歩み寄り、
大きな声で子供を呼びました。
「ヒカル〜ッ!!ちょっとこっちにいらっしゃい!」
 「ヒカル」と呼ばれた男の子は、噴水の中をバシャバシャと勢いよく
走ってきました。
見たところアキラと同い年くらいのその男の子は、裸で全身びしょ濡れのまま、
ひょいと噴水から飛び出ると、裸足のまま母親の元へと駆け寄りました。
「おかあさん、なーにぃ?」
 母親が手渡した大きなタオルで乱雑に身体を拭きながら、大きな目をした
男の子は尋ねました。
「あのね、これからお母さんちょっとスーパーで買い物してくるから。
あそこにいる人に、ヒカルのこと見ててくださいねってお願いしたの。
お母さんがいない間に、危なっかしいことするんじゃないのよ!」


(9)
 母親の言うことを男の子は悪戯っぽくニヤニヤ笑いながら聞いています。
「うん、わかったよっ!!でもオレ、あぶなっかしーことなんかしないん
だけどなぁっ!」
 母親は「ヒカルッ!!」ときつく言うと、緒方に向かってぺこりと頭を
下げました。
「無理言って申し訳ありません。お願いしますね」
 そう言いながら、男の子の頭をぐっと押さえ、緒方に向かって頭を下げさせます。
「あっ、あとこのバッグ、この子の服とかタオルが入っているんで、
ここに置かせてくださいね」
 母親は肩から下げていた大きなナイロンバッグをアキラと緒方の座る
ベンチの脇に置くと、中から財布の入った小さな袋を取り出して腕に下げ、
あたふたと公園を後にしました。


(10)
 アキラはその一部始終をキョトンとした表情で見つめていましたが、
自分に向けられた男の子の視線に気付くと、ニコッと笑って言いました。
「ヒカルくんっていうんだ!こんにちはっ!!ボク、とうやアキラっていうんだ!!」
 男の子は身体をタオルでぐるぐる巻きにして、アキラに駆け寄ると、
やはりニコッと笑って言いました。
「アキラっていうんだな!オレはしんどうヒカル!!」
 言い終わるやいなや、アキラの横にぴょんと座り、興味深げにアキラの方を
見つめました。
「なぁなぁ、アキラはふんすいであそばねーのかぁ?そんなのきてて、
あつくねーかっ?」
 アキラは一瞬驚いたような表情をしましたが、すぐに嬉しそうに笑いました。
そして、横に座る緒方のシャツを引っ張って尋ねました。
「ボク、ヒカルくんとふんすいであそんでもいいかなぁ?」
 一応お願いしてはいるものの、アキラはもうヒカルと噴水で遊ぶ気満々です。
緒方はそんなアキラの頬を撫でると、頭の上の茶色い帽子をそっと取ってやりました。



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