tomorrow 16 - 20
(16)
気付いた時にはもうボクの中に彼はいなくて、その彼はボクの横で安らかな寝息を立てていた。
抱え込むようにボクの身体に回されていた腕が嬉しいと思った。
このまま彼に寄り添ったまま眠ってしまいたいという誘惑に逆らうのはひどく難儀なことだった。
でも、彼がボクの中に放っていったものを何とかしなければいけないだろうと思って、きっとそのまま
放置しておいたらひどい目に合いそうな気がして、気力を振り絞って必死で身体を起こす。
トイレに行って、それから風呂場に行って身体を洗った。
さめたぬるい湯で全身を洗う。全てを洗い流してしまうのがなんだか悲しいような気がして、一瞬手が
止まってしまったのだけれど、中途半端なのはそれ以上に気持ちが悪くて、結局は全身を全て洗い
清めた。
そうしてしまったら、なんだか何もかもが無くなってしまったような気がして、急に肌寒さを感じてぶるり
と身を震わせた。
さっきまではあんなに熱かったのに。
ボクの内側も外側も、全部彼の熱さで満たされて燃え尽きてしまいそうに感じていたのに。
冷め切ってしまった湯を全身にざばりと浴びせ掛けて浴室を出て、身体を拭く。
そして、脱衣籠に置いておいた浴衣に袖を通して、あ、とボクは声を上げてしまった。
無意識に、ただそこにあったものを羽織ってきただけだったのに。
進藤が着ていた浴衣には進藤の体温と匂いが残ってるような気がして、ボクは思わずしゃがみ込んで
しまった。
(17)
それにしても、腰は重いし、無理をして進藤を受け入れた箇所はズキズキと熱を持っているようだし、
このままじゃとても眠れそうにない。
鎮痛剤を飲んで部屋へ戻ると、そこに、障子越しの月明かりをの中に、静かに眠っている進藤がいた。
後ろ手で襖を閉めて、彼を見つめたまま、そっと近づいていく。
そうして、眠っている彼を起こさないように気をつけながら、かがみこんで彼の顔を眺めた。
口を半開きにして、子供のような顔をして、安らかに眠っている、キミ。
本当にこの子供が、さっきボクを抱いていた男と同じ人間なんだろうか。
なぜ。
なぜ彼はボクを抱いたのだろう。
そうして彼の寝顔を眺めていたら、ふと感じた空気の冷たさにぶるっと身体を振るわせた。
さっき感じた空虚な肌寒さを思い出して、それを打ち消すようにぎゅっと目をつぶる。
(18)
朝が来るのが怖い。
彼が目を覚ましてしまうのが怖い。
日が昇り、朝の光に全てを晒されてしまうのが怖い。
この思いをなんと呼べばいいのかわからない。
きっと、そんなつもりじゃなかった。
彼も、そしてボクも。
それなのに触れてしまったら止まらなくなった。
自分がこれを望んでいたのかどうかさえわからない。
わからない。何もかもが。
自分の気持ちも、彼の気持ちも、これからボク達がどこへ向かっていってしまうのかも。
彼は何も言わなかったし、ボクも何も言わなかった。
何か言葉を発してしまったら、それで何かが壊れてしまうような気がして、ボクたちをあんな行為に駆り
立てていた魔法が解けてしまうような気がして、何も言葉にしなかった。
それでも彼がボクを欲していたのは痛いほどわかったし、同じくらいボクも彼が欲しかったから。
なぜ、なんて言われても、わからない。
(19)
なのにそんなこちらの当惑など知りもせず、太平楽に寝ているキミ。
そんなキミを見ていると、泣き出したいような胸の痛みが更にぎゅっと締め付けられるように感じた。
「進藤……」
震える声が零れ落ちてしまって、はっと口をつぐんだら、
「……ぉや…?」
寝ぼけたような声が返ってきた。
起こしてしまったのだろうかと怯えながら、それでも彼が応えてくれたのが嬉しくて、
「進藤……」
もう一度そっと彼の名をよんだら、そうしたら彼は、目を閉じたまま優しく笑って、まるでそうするのが
自然なことのように、手を伸ばしてボクの身体を引き寄せた。
え、と思う間もなく、そのままボクは彼に抱き寄せられ、気付いたらボクは彼の腕の中にいた。
温かい。
心地の良い温かさだ。
進藤は目覚めた様子も無く、ボクを抱いたまま、先ほどと同じように静かな寝息をたてていた。
その安らかな寝息が、温かな体温が心地よくて、ああ、彼が好きだ、と思った。
「……進藤…………キミが…好きだ…」
思うと同時に、その言葉は自然にボクの口から滑り落ちて、ああ、そうだったのか、と、自分の声を
聞いて、ようやく腑に落ちた。
(20)
なんだ。
こんな簡単なことだったんだ。
キミが、好きだ。進藤。
それだけの事だったんだ。
ふわり、と、心も、身体も、軽くなったように感じた。
キミの腕がボクを掴まえ、キミの温もりに包まれて、ボクは眠りに引き込まれてゆく。
この腕も、この温もりも、夜が明けるまで、朝が来るまではキミはボクのものだ。
そうして朝がきてしまっても、もうボクの気持ちは揺らがない。
もう明日なんか怖くない。
そう思うことができて、ボクはやっと、安心して眠ることができたのだ。
Tomorrow End.
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