座敷牢中夢地獄 17


(17)
「もっとどんどん飲むといい。さあ、早く空けて」
「いや、俺はもう」
いつになく強く酒を勧めてくる先生に、俺は口を押さえて首を振った。
元来日本酒はあまり得意ではない上に、強い酒と見えてかなり酔いがまわり始めていた。
夕飯は一段落し、卓の上には酒と酒肴ばかりが並んでいる。
酒肴に新鮮な魚介類が多いのは、海の近くという土地柄ならではだろう。
海。
海。
そう言えば出掛けに女将が何か言っていたな。
こんな――こんな日には、海の底から色々なものが這い出てきて人を迷わすのだと。
じゃあこの肴の中にも、海で獲れたオバケが混じっているかもしれないな。
だがこんな刺身やら塩焼きやらになってしまっては、どうせどんな悪さも出来やしない。
だからこれはこの美味な肴は安全だ。危険なのは生きている化け物だけだ。
いや、そもそも化け物は生きたり死んだりなんてするものなのか?
ああそうだアキラくん、キミ海で何を探してたんだ?
化け物を海の底から引きずり出そうっていうのかい?
せっかく沈んでいるものを。

「ははは、どうも私の酌では酒が進まないらしい。アキラ、緒方くんにお酌してあげなさい」
「・・・はい」
アキラの声まで朦朧として聞こえる。駄目だ、もうこれ以上は。
だがアキラの優しい気配が俺の隣に移ってきて、トクトクと盃に酒を注ぎ、
「無理しないでくださいね。辛かったらもう、いいですから」
と気遣うように囁くと、忘れかけていた意地が甦り限界と思っていた臓腑へと
一気にとどめの一献を流し込ませた。
視界が暗転した。



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